証拠なき罪過


 創造神オリジンの『魂』と『肉体』を持つアルトリアとリエスティアの接触により、日食を迎える世界は黄金色に染まる。

 そして数多くの巨大な歯車が世界を覆う中、上空の日食で生じる巨大な穴が『天界』に続く通路みちとなって現れた。


 ウォーリス等はそれを利用し、魔鋼マナメタルの黒い塔で『天界』まで赴こうとする。

 それを防ごうと追跡する魔導母艦マザーシップを撃墜し終えると、『鍵』となるアルトリアを乗せたままウォーリス達は『天界』へ向かった。


 一方その頃、同盟都市の激戦で生き延びたエリクとマギルスはとある場所で意識を戻す。

 そして自分達を救い出した『青』に対面し、状況を確認する為にその背中を追った。


 すると『青』が赴いた一室に訪れると、そこに見覚えのある面々を含めた人物達が居るのを目撃する。

 その中には共に旅をしていたケイルや顔見知りの姿も確認し、エリクとマギルスは驚愕を見せながらも呼び掛けた。


「――……ケイル!」


「……よぉ」


「ゴズヴァールおじさんだ!」


「マギルス、久しいな」


 エリクはケイルに注目しながら足を進め、マギルスはゴズヴァールの方へ足を運ぶ。

 そして視線を合わせながら近付き、最初にエリクとケイルが会話を交え始めた。


「ケイル、これはいったい……?」


「アタシも、『やつ』が来て箱舟ここに乗せられた」


「……やはりここは、未来で乗った箱舟ふねなのか?」


「ああ。アタシも現代このじだいで見た時には、どうだってんだと思ったぜ」


「だが、未来で作られた箱舟ふねがどうして……。……そして、箱舟ここを操縦しているのは……魔導人形ゴーレムか?」


 エリクはケイルと会話しながら、改めて自分達の居る場所が未来で乗った箱舟ノアだと確認する。

 しかし未来で作られたはずの『箱舟ノア』が現代に存在し、更に操縦しているのが人間ではなく未来で敵側だった魔導人形ゴーレムである様子は、エリクの思考を困惑させていた。


 そんなエリクに対して、僅かに渋る様子を浮かべるケイルは自分自身が知る情報を明かす。


「……話を聞く限りじゃ、どうやら『青』が作ったらしい」


「『やつ』が?」


「未来の『クロエ』がやった能力ちからで、『やつ』も未来の記憶ことを覚えてたらしい。未来それを参考にして、この箱舟ふね魔導人形ゴーレム達を作ったんだってよ」


「そうなのか」


 ケイルの話を聞き、エリクは驚きながらも納得を浮かべる。

 自分達と同じように未来の記憶を持った『青』であれば、未来で枯渇していた人材や資材を用いて製造していた箱舟も短時間で製造でき、未来の魔導人形ゴーレムも作り出されるのではと考えたのだ。


 しかし微妙な面持ちを浮かべるケイルは、エリクに何かを教えようと口を開く。

 

「……エリク、実は……」


「?」


「――……その男が、くだんやからか? 軽流ケイル


「!」


 何かを教えようとしたケイルだったが、その言葉は後ろから掛けられる声で阻まれる。

 そこに立つのはアズマ国の着物姿に身を包み、腰にはケイルと同じく大小の刀を提げて髪を結うようにまげている三十代前後に見える男性だった。


 初めて見る相手おとこの顔に、エリクは誰か分からず僅かに首を傾げる。

 そんなエリクに対して詰め寄るように足を進ませて鋭い睨みを向けながら問い掛けた。


「おぬしが、エリクか?」


「ああ。……アンタは?」


「儂の名は武玄ブゲン軽流ケイルの師であり、育て親でもある」


「そうか、ケイルが言っていた師匠か」


 武玄ブゲンは自らの名を伝え、エリクに対して自身の素性を明かす。

 それを聞いたエリクは思い出しながら納得した面持ちを浮かべたが、逆に武玄ブゲンは不機嫌な様子を強めながら問い掛けた。


「確かに、軽流ケイルが腕を認めるだけの実力ことはありそうだが。……おぬし軽流ケイルの何が不満だ?」


「え?」


「ちょっ、師匠っ!?」


軽流ケイルメシは美味いし、器量はトモエ譲りだ。身体も健康、容姿も良い。いったい何に不満が――……ゴホッ!!」


 武玄ブゲンは怒気を交えた表情のままそうした事を語り始め、エリクを問い詰めようとする。

 しかしそれを阻むように武玄ブゲンの後頭部に一撃を浴びせたのは、覆面をした黒装束で身を包んでいる女性だった。


 凄まじい一撃を浴びた武玄ブゲンは昏倒するように前に傾き、その襟首を黒装束の女性が右手で掴み止める。

 そうして気絶した武玄ブゲンが床に這わないようにした後、覆面で隠れぬ視線をエリクに向けながらその女性が話し掛けて来た。


「不躾な方で、申し訳ありませんね」


「い、いや……」


「私はトモエと申します。親方様と同じく、軽流ケイルの師であり育て親です」


「そ、そうか」


「挨拶も短いですが、親方様を休ませる必要がありますので。では――……」


 トモエはそう言いながら頭を下げて一礼し、昏倒させた武玄ブゲンと共にその場を退く。

 そんな二人に対して溜息を大きく漏らすケイルだったが、エリクは状況を理解できずに問い掛けた。


「はぁ……」


「どうしてここに、お前の師匠達が?」


「『茶』の七大聖人セブンスワンに代わって、援軍として来てくれたんだ」


「『茶』……。確か、アズマ国に居る七大聖人セブンスワンか?」


「ああ。アタシの師匠、さっきの武玄ブゲンって人が『茶』の息子なんだ」


「そうなのか。……あの二人は、強いのか?」


「強いよ。アズマ国の中では、最も腕の立つ人達だ」


「そうか。……そういえば、さっき何か言おうとしていたか?」


「……いや、やっぱり何でもない。忘れてくれ」


「?」


 ケイルはそう言いながら渋る表情を浮かべ、言い掛けていた言葉を飲み込む。

 それを疑問に感じたエリクだったが、新たに歩み寄る二人の人物が声を掛けた。


「――……エリク、久し振りだな」


「シルエスカ……。……それに、あの時の執事……?」


「――……そういえば、貴方には名乗り忘れていましたな。改めて、私の名はバリスと申します」


 その場に歩み寄ったのは、現ルクソード皇国の皇王シルエスカと、ハルバニカ公爵家に仕える老執事バリス。

 顔見知りである二人が声を掛けて来た事を確認したエリクだったが、逆に新たな疑問を浮かべながら二人にも問い掛けた。


「どうして、お前達も?」


「『やつ』が一年前に皇国に現れて、ケイルが話していた未来の事態を防ぐ為に手を貸せと言って来た。そして今回の事態が起きて、我々も戦力として招集したらしい」


「一年前? この事態が起こる前からか」


「ああ。……その時、『やつ』の正体を知らされた。まさか『青』が全て、同じ聖人から作られた人間だったとは……」


 シルエスカは複雑な面持ちを抱きながら、操縦席に座る魔導人形ゴーレムの傍まで移動している『青』を睨む。

 ルクソード皇国で起きた事件で遺恨のある『青』ガンダルフと今現在の『青』が同一の魂を共有した複製クローンである事を理解し、今も心情を穏やかには出来ないらしい。


 しかしシルエスカに後ろに控えるバリスが、ある情報をエリクやケイルに伝えた。


「実は皇国の事件に関して、後ほど判明した情報が幾つかあります」


「?」


「実は前皇王であるナルヴァニアですが、彼女は十年ほど前にある一人の人物を皇国に招き入れています。そして生物研究機関の研究者にしていた事が分かりました」


「……何の話だ?」


「その生物研究機関の所長を務めていたのが、皇国の事件を起こしたランヴァルディア=フォン=ルクソード。……そして彼の妻であり妊娠していたネフィリアス女史が惨殺されていたのが、それから少し経った時期の事です」


「?」


「事件で生き残った研究者の中に、ナルヴァニアが招いた研究者を覚えていた者がいました。……その研究者は十代に見える男性であり、黒髪と青い瞳を持った青年だったそうです」


「……まさか……」


「私はガルミッシュ帝国に赴き、そこである青年を見ました。その人相絵を描き証言をした研究者に確認したところ、名前こそ違いますがその青年と同一人物で間違い無いという証言を得られました。……ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。彼は一時期にはルクソード皇国に身を置きながらナルヴァニアに近付き、ランヴァルディアとネフィリアスと交流を持ち、彼等の研究にも協力していた人物です」


「!!」


「ここからは私の推測ですが、恐らくネフィリアス女史を殺したのはナルヴァニアの意思ではなく、ウォーリスの思惑だったのではないかと思われます。……そしてランヴァルディアに皇国とルクソード血族に対する復讐心を抱かせ、合成魔獣キマイラの研究を積極的に行わせたのでしょう」


「……ちょっと待てよ。なんだそりゃ……!?」


 意味も分からず話を聞いていたエリクとケイルだったが、バリスの話によって過去の出来事の真相が伝わり始める。

 更に悔やむような表情を浮かべるシルエスカが、戸惑うケイルに対してある話を伝えた。


「ケイル。ゾルフシスから伝言がある」


「えっ」


「二十五年程前に起きた皇国の内乱。その時にお前の一族が殺され捕らわれた件について、ハルバニカ公爵家を使ってゾルフシスが調べ直した。……そこで判明したのだが、当時のナルヴァニアではお前達の一族とルクソードの血縁に関して何も知らなかった可能性が浮上した」


「……は?」


「当時のナルヴァニアは皇族の位置に居ながらも、ルクソード血族ではない為に内乱に関われていなかった。そして皇国内においても、ナルヴァニアに手を貸すような勢力は無かったはずだ。……だがナルヴァニアは不自然な程に皇国内で勢力を強め、内乱後に皇王の地位に就いた。……ナルヴァニアは、皇国外の勢力によって支援を受けていた可能性が高い」


「……それが、【結社】なんだろ?」


「いや、この件に対して『青』自身が否定した。少なくとも『青』が把握している【結社】の構成員は何も関わってはいなかったらしい」


「え……っ。……それじゃあ……!?」


「そこで過去の記録や記載されている情報ではなく、人の記憶からお前達の一族の行方を捜索した。すると古くから港に住む者達の中に、お前の様相に似た一族らしき犯罪奴隷が港の商船に乗せられていたという証言を得られた」


「!?」


「その船の記録や情報は、何一つとして残されていない。人の記憶にしかない証言だ。……だがその船は、帝国方面に向かう大きな商船だったと証言者達は口にしている」


「な……」


「証拠は無く、証言だけではあるが……。……恐らくお前の一族を捕らえるよう命じ、ナルヴァニアと繋がりのあり大きな商船を持つような帝国の有力者がいるとしたら。――……それはナルヴァニアが嫁いだ、帝国のゲルガルド伯爵家だったのかもしれない」


「!!」


「ゲルガルド伯爵家、そこを生家として育てられたウォーリス。奴等は全ての悪事をナルヴァニアに着せながら、影に隠れてそれ等の事件を実行していた可能性がある。……そして、奴の目論見がルクソード血族の弱体だったとするならば――……その末裔である私としては、奴等の所業を看過できない」


 シルエスカはそう述べながら、滲み出る自身の怒りを抑えながら両拳を強く握る。

 その情報を聞いたケイルも自身の一族と家族が関わる事件の新たな情報を聞き、穏やかならぬ感情を抱きながら歯を噛み締めた。


 それ等の情報を伝えた後、改めてバリスはエリクを見ながら伝える。


私達わたくしたちは、アルトリア様の御依頼によってそれ等の再調査を行っておりました」


「!」


「物的な証拠は掴めませんでしたが、それ等の証言と不自然に残されていた証拠と照らし合わせれば、我々も嫌でも気付きます。……ゲルガルド伯爵家、そしてウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。彼等はルクソード血族と皇国に害を成した者として、我々も自分の意思で討伐に協力するつもりです」


 バリスは穏やかな口調ながらも、その瞳には憤りを宿した鋭さが感じられる。

 それを見たエリクは、ルクソード皇国に居る二人がこの場に居る理由を理解できるような気がした。


 こうして過去に起きたルクソード皇国の変事に関して、ゲルガルド伯爵家とウォーリスが関わっている可能性が判明する。

 その為にウォーリスを討つ理由を得た者達は、静かな憤りを見せながらこの場に参じたのだった。

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