悲哀の反動


 同盟都市内で行われる三箇所の戦い、その一つである元特級傭兵ドルフと帝国皇子ユグナリスの戦況に変化が生じる。

 『影』の戦術を看破され追い込まれたかに見えたドルフは、自身が自爆術式を施してある事を告げた後、最後の魔法を使い悪魔に似た形状へと姿を変えた。


 その姿で迫るドルフに真っ向から対峙したユグナリスだったが、意図しない脱力によって吹き飛ばされ、身体に力を込められなくなる。

 それにもドルフの使った魔法マジックの特性が関わっている事を示唆されたユグナリスは、それを判明させようと抗う姿勢を見せた。


「――……グァッ!!」


「オラァアッ!!」


 しかし戦況は完全に覆り、脱力感を強める身体によってユグナリスは再びドルフの殴打を受けてしまう。

 まともに顔面に受けたユグナリスは凄まじい勢いで吹き飛び、幻影ではない本物の建物に激突しながら停止した。


 この段階でユグナリスは、身体が脱力している原因を探り当てている。

 口内を切って口から血を流すユグナリスは、こうした言葉を呟いた。


「……生命力オーラが、上手く練れない……ッ」


 脱力している原因が肉体に内在している生命力オーラの消失である事に気付いたユグナリスは、揺れる視線と身体をどうにか支えて起き上がる。


 大量に流血しながらも先程まで平然としていたユグナリスは、突如として生命力オーラが枯渇する状況を理解できない。

 しかしそれがドルフの魔法マジックに施された種である事を、ユグナリスは感覚的に察していた。


「……またさっきより、相手むこうの力が強まってる……。……もしかして彼は、俺の生命力オーラを……吸収しているのか……!?」


 よろめく身体を剣で支えながら膝を立たせるユグナリスは、ドルフが行っている魔法の内容をそう明かす。


 ドルフはあの姿になってから何等かの手段でユグナリスの生命力オーラを奪い、自分自身の力へと変換している。

 しかし奪われている方法が分からず、揺れる意識の中でユグナリスは安易な結論に至った。


「……俺への接触が、生命力ちからを奪う手段なら……。……もう、彼には触れられない……」


「――……休憩は終わりだぞ。皇子様」


「……っ!!」


 剣を支えに瓦礫の中から歩み出て来たユグナリスを待っていたのは、仁王立ちの姿勢で立つドルフの姿。

 それを見たユグナリスは残る気力を振り絞りながら剣を構え、息を乱しながら睨む表情を向けた。


 そして自ら攻めて来なくなったユグナリスに、ドルフは口元を微笑ませながら嘲笑を向ける。


「どうした? 掛かって来ないのか」


「……ッ」


「どうやら、俺に近付くのが得策じゃないのは気付いたみたいだな」


「……貴方の魔法マジックは、俺の生命力ちからを奪うこと……。そして、自分の力にする事……!」


「御名答。まぁ、そこまで理解してくれなきゃ種明かしも出来ないわけだがな」


「……ッ」


「だが知ってるか? ――……本物の手品師マジシャンってのはな、手品マジックの仕掛けを死ぬまで誰にも明かさないのさ」


 ドルフはそうした言葉を向け、右手に血を媒介とした黒い『影』の剣を作り出す。

 そしてその剣を振り回し近くに落ちている鉄骨を容易く切断した後、ドルフもまた剣を構えてユグナリスに向き合った。


「そっちが近付いて来なくても――……俺から行くぞっ!!」

 

「ッ!!」


 『影』の剣を振り翳すドルフは、凄まじい勢いで近付きながら剣を振る。

 ユグナリスはその剣を辛うじて跳び避けると、ドルフの剣が切り裂いた真正面の建物や瓦礫を一閃しながら吹き飛ばした。


 その破壊力に驚愕するユグナリスだったが、再び身体に掛かる脱力感を強めた事を実感する。

 触れても居ない状況で脱力が強まった事に気付いたユグナリスは驚愕をしながらも、それに驚く暇すら無いまま回避したドルフの剣が迫っていた。


「死になッ!!」


「グ、ァアアッ!!」


 振り向きながら近付き『影』の剣を振ったドルフに対して、ユグナリスは『炎』を纏った剣で反撃する。

 互いの剣が交差するように交わった瞬間、闇属性と火属性の魔力が閃光のように弾け合った。


 しかし結果は当然、ドルフの力が勝ってしまう。

 辛うじて直撃は免れながらも再び吹き飛ばされたユグナリスは、脱力した身体で身を捻りながら剣を折らぬように転がって着地した。


「……ク……ハゥ……ッ」


 整備中の道路に吹き飛んだユグナリスは、息も絶え絶えに苦しみながら起き上がろうとする。

 しかし疲弊する身体とは別の、思考する意識はドルフとの激突である出来事に気付きかけていた。


「……さっきは、触れていないのに生命力ちからを奪われた……。……でも剣が触れ合っても、生命力ちからは奪われなかった……。……どういう、ことなんだ……?」


 生命力オーラを奪われていく手段が分からないユグナリスは、再び剣を支えにしながら身体を起こす。

 そして顔を伏せている中、不意にあるモノに気付いた。 


 それは道路に落ちる建物の影であり、夜空から注がれる僅かな光によってそれが地面に映し出されている。

 無意識にその影を目で追っていたユグナリスは、自分自身の影も見ながら大きく目を見開いた。


「……影……。……まさか、この魔法マジックの種も……!」


 何かに気付いたユグナリスは、自分の影を見ながら周囲の影を確認する。

 そして夜の光によって落ちる影の向きを確認すると、自身の気付きが思考に言語化されていく。


 更に自身の剣に炎を纏わせ、再び自分の影を見る。

 そして炎の出現によって自身の影が向きを変えた事を目にし、ただの気付きが確信へと変化した。


「……そうか。……だとしたら、これだけ強力な魔法だ。必ずあるはず――……『反動リスク』が」


 ユグナリスはそう呟き、自身が吹き飛んできた場所に視線を向ける。

 するとそこから悠然とした様子で歩み寄って来るドルフの足音を確認し、炎を纏わせたままの剣で待ち構えた。


 そして道路まで辿り着いたドルフは、僅かに視線を動かして周囲を探る。

 それを終えたからユグナリスに視線を向けると、変わらぬ余裕を見せて言葉を投げた。


「――……どうした? 逃げないのか」


「……もう、逃げるだけの体力ちからも無いさ」


「だろうな。……それで、大人しく殺される為に待っててくれたってのか? 諦めの良い皇子だな」


「……俺は、諦めてなんかいない」


「ほぉ?」


「貴方を倒して、リエスティアを取り戻す。――……そしてウォーリスを討つ。それまで俺は、もう何も諦めないっ!!」


「……そういうところが気に喰わないんだよ、甘ちゃん皇子やろうぉッ!!」


 ユグナリスの不屈の意思を受けたドルフは、苛立ちの表情を強めて再び剣を振り翳しながら襲って来る。

 それに対してユグナリスは炎を纏わせていた剣を切り替え、刀身の光属性の魔力を帯びさせながら極光を生み出した。


 再び起きた極光に、ユグナリスやドルフを始めとした周囲の景色は光に飲まれる。

 その状況の中でも構わず動くドルフの剣は、ユグナリスの脳天を割るように迫った。


「その程度のことでっ!!」


「ッ!!」


 止まらぬドルフの剣に対して、ユグナリスは歯を食い縛りながら左手を突き出す。

 そして残る全ての生命力オーラを左手に纏わせ、手の平にドルフの刃を喰い込ませながら受け止めた。


 深々と切り裂かれた刃でユグナリスの左手の平は血が溢れ、その苦痛にユグナリスは顔を歪める。

 しかし光を放ちながら右手に持つ剣を自分の後方の投げ捨てたユグナリスの動きに、ドルフは驚愕を浮かべた。


「なにっ!?」


「アンタの魔法マジック! その種と仕掛けは、俺達の『影』だッ!!」


「ッ!!」


 ユグナリスはそう叫び、光を放ったままの投げられた剣によって自身の影がドルフの姿を覆う。

 するとドルフの背中側に浮かぶ地面の影から溢れるような白い生命力オーラが湧き出ると、それがユグナリスに送られるように流れ込み始めた。


 そして全ての生命力オーラを使い果たし脱力していたユグナリスの肉体に、再び生命力オーラが戻り始める。

 自身の力が蘇った事を確信したユグナリスは、身体全体に生命力オーラを滾らせながら右拳に集め、それをドルフの顔面へと叩きつけた。


「ァアアアッ!!」


「ガ、ギァッ!!」


 渾身の生命力オーラと腕力を乗せたユグナリスの右拳は、ドルフの左顔を深く歪めながらその身体を凄まじい勢いで吹き飛ばす。

 それは今まで吹き飛ばされていたユグナリス以上に吹き飛ばし、幾つもの建物を破壊しながらドルフの身体を衝突させ続けた。


 それを見送りながら息を乱すユグナリスは、剣の光を消しながら膝を落とす。

 乱れた息を整えながら左手から流れ出る血液を見下ろすと、口元を微笑ませながら呟いた。


「……あの魔法マジックの種も、『影』。……自分の影で相手の姿を覆う事で、その分だけ相手の生命力を大きく奪える……。……当たっていて、良かった……ッ」


 ユグナリスは深々と切り裂かれた左手の痛みを我慢しながら、そうした言葉を口にする。


 ドルフが変化した姿で攻撃を仕掛けた時、ユグナリスはその影に覆われて生命力ちからを大きく奪われた。

 その後もドルフは自分の影をユグナリスに被せるように立ち回り、ユグナリスの生命力を奪いトドメを刺そうとする。


 しかしドルフの剣を避けてから迎撃した際、自分とドルフの影は剣の炎によって自分達の後方に移り、互いに影を覆える状況ではなかった。

 それ等の出来事に気付いたユグナリスは、『影』こそが相手の生命力を奪う為の手段である事を察し、自分の後方に光を作り出して影を大きくし、ドルフの身体を全て覆うという決断に至る。


 それこそが『影』によって生命力ちからを奪うという、この魔法の弱点であり反動リスク

 相手の生命力ちからを奪えるという魔法は、自分の生命力ちからも相手から奪われるという反動リスクが無ければ成立しないという考えに至った理由を、表情を険しくしながらユグナリスは呟いた。


「アルトリアが、前に言っていた……。……魔法師の魔法には、必ず反動リスクが生じる。特に大きな効果を齎す魔法ほど、必ずその反動リスクも大きくなるって……。……俺を馬鹿にしてた時に言ってた言葉ことだから、覚えてるのも癪だけど……」


 複雑な表情を浮かべたユグナリスは立ち上がり、左手の傷を治癒する。

 そして戻った生命力オーラを身体に巡らせながら脱力感を無くし、立ち上がるまで気力を戻した。


 そして落ちている剣を拾い、ドルフを吹き飛ばした場所に視線を送る。

 するとそちら側へ歩きながら、ドルフの身体で破壊された建物群を追って、ついに倒れているドルフを発見した。


「……」


「――……クソ……が……ッ」


 無言で見下ろすユグナリスに対して、普通の姿に戻ったドルフは傷付いた様子と苦痛の表情を浮かべて苛立ちの声を呟く。

 自らの魔法による反動リスクで自分自身の生命力ちからも奪われたドルフは、立ち上がるどころか指一本も動かすのさえ困難になっていた。


 そんなドルフに対して、ユグナリスは敢えて声を向ける。


「今度こそ、貴方の負けです。……連れ去った二人の居場所を、教えてください」


「……教えると、思うのかよ……」


「……そうですか」


 ドルフの返事を聞いたユグナリスは、右手に持つ剣を静かに動かす。

 その動きを見て瞼を閉じ死を受け入れて口元をニヤつかせるドルフだったが、その場で聞こえたのは鞘に収められた剣の鍔鳴つばなりだった。


 更に歩み去っていくユグナリスに気付き、ドルフは瞼を開ける。

 そして振り絞るような掠れた声で、ドルフは怒りの言葉を向けた。


「テメェ……! 情けを掛けた、つもりか……っ!!」


「貴方に施されている自爆術式それは、命を絶った場合でも発動するかもしれないと聞いています。俺が殺せば、貴方はここで自爆するだけだ」


「グ……ッ。……だったら、お前が去った後に……。体力が戻ったら、自分の命を絶ってやる……! 武器なら、そこら中にあるんだぞ……!!」


「御自由にどうぞ」


「!?」


 顔を僅かに振り向けるユグナリスは、そうした冷たい言葉をドルフに向ける。

 それを聞き僅かに目を見開いて驚愕を浮かべたドルフだったが、その言葉から続けるようにユグナリスは問い掛けた。


「そういえば、最後に聞いてもいいですか?」


「……何も、教えんぞ……」


「俺が聞きたいのは、貴方が話していた事です」


「あ……?」


「御両親は既に死んだと仰っていましたね。でも話にあった、弟さんは生きているんですか? ……貴方の弟さんは、襲われた帝都や町などに居たんですか?」


「……」


「御両親を殺した帝国このくにに復讐したいという、貴方の憎しみは理解できます。……でももし、生きている弟さんさえも巻き込みかねない企みに、自分の意思で手を貸していたのなら。……俺は貴方を理解できないし、強く軽蔑します」


「……ッ」


「聞きたかったのは、それだけです。……では、後は御自由にしてください」


 ユグナリスはそうした言葉を向けながら、物悲しそうな表情を見せる。

 それに対してドルフは閉じた唇を強張らせ、ユグナリスを鋭く睨んだ。


 そんな視線を無視するように、再び背を向けたユグナリスはその場を離れようとする。

 しかし強張らせた唇を僅かに開けたドルフは、向けられた問い掛けに答えた。


「……フリューゲル……」


「!」


「今は確か、ガゼル子爵家の当主をやってる……。……フリューゲル、俺の弟だ……」


「ガゼル子爵家……。……確か南方領地の、少し小太りの方が当主をしている?」


「……昔は、弟が騎士になるって言って……。魔法師団に入った俺と一緒に、帝国の為に……。領民や、国民の為に……。兄弟で一緒に戦うんだって、言ったんだ……ッ」


「……」


「……なんで、こうなっちまったんだろうな……。……ただ俺は、家族で……みんなで、一緒に……ッ」


 ドルフはそう言葉を漏らしながら涙を零し、理想で夢見た景色が現実が大きく異なることで苦しむ。

 それを聞いていたユグナリスは悲し気な顔を深めた後、真剣な表情を向けながらドルフに伝えた。


「ガゼル子爵家当主フリューゲル殿。彼とは、ちゃんと生きています」


「!」


「彼は家族と一緒に、あの会場に残っていました。……そして今は、自分の領地に戻って帝都に救援を向かわせようとしているはずです」


「……」


「俺は、貴方に対して何も言えない。言える立場ではない。……でも、だからこそ。貴方には自分で決めてほしい。これからの事を……」


「……ッ」


 ユグナリスはそう伝えると、今度こそ足を止めずにその場から立ち去る。

 そしてその場に残されたドルフは、ただ倒れながら無言で夜の空を見上げながら、記憶に残る弟と家族の姿を思い浮かべるしなかった。


 こうしてユグナリスとドルフの戦いは、互いに何の目的も果たせぬ決着によって締め括られる。

 しかし同盟都市の内部で起きている戦いには、まだ決着おわりに至れていない者達も居た。

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