復讐の影


 未来のホルツヴァーグ魔導国と同じ状況に至っている同盟都市に、狼獣族エアハルトと帝国皇子ユグナリスは合流したマギルスと共に突入を開始する。

 そしてマギルスと青馬ファロス精神武装アストラルウェポンで遺跡の大結界を強行突破した三人は、止まれなくなった二輪車バイクを飛び降りてそれぞれ離れた位置に着地した。


 三人は明かりの無い同盟都市の中を歩き出し、それぞれに周囲を捜索し始める。

 その中の一人であるユグナリスは、着地時に壁を壊した建物を降りながら、改めて地面へ足を着けながら歩いていた。


「――……同盟都市ここは、どの辺りだろう……。そもそも都市構造がどうなっているか、知らないからな……」


 ユグナリスはそうした言葉を口から零し、都市構造が不明な同盟都市内部の位置関係を把握できずにいる。

 そして不意に脳裏に過ったのは、この同盟都市建設計画に携わっている、従兄いとこである帝国宰相のローゼン公セルジアスだった。


「こんな事になるんだったら、ローゼン公に都市構造も聞いておくんだったな……。……ローゼン公か。帝都は大丈夫だろうか……」


 セルジアスの事を思い出したユグナリスだったが、現在の帝都がどのような状況にあるかを懸念する。


 数え切れない程の死体グール達が帝都方面へと行軍する姿を見ているユグナリスは、帝都が今まさに死体グールに襲われている可能性を考えられた。

 帝都にはまだ避難を終えていない者達と、肉親である自分ユグナリス母親クレアシエスティナが今も残っているはず。


 それがユグナリスの不安を掻き立てたが、セルジアスへの信頼から不安それを一時的に払った。


「……ローゼン公なら、きっと上手くやってくれる。……俺はリエスティアを連れ戻して、もうこんな事態ことが起こさない為に、ウォーリスを討つんだ」


 頭を振りながら自身の不安を取り払ったユグナリスは、改めてリエスティアの奪還とウォーリスの討伐を決意する。

 そして身体の向きをそびえ立つ黒い塔に向けて歩み始め、同盟都市の中心地を目指し始めた。


 それから歩き続けるエアハルトは、暗闇に慣れた視界で同盟都市の状況を把握し始める。


 同盟都市の内部は無人であり、外のように死体グール合成魔獣キマイラ達は徘徊していない。

 しかし季節は冬にも関わらず外と違って生暖かさを感じる内部としは、外の音を遮断して不気味な静寂に包まれていた。


 周囲を探りながらそう感じ取るユグナリスは、その違和感を言葉として零す。


「……てっきり、内部なかにも死体や怪物が居ると思ったけど……。……あんな結界を張ってたくらいだし、同盟都市ここに誰かが侵入する事を考えてなかったのか……?」


 同盟都市内部の状況にそうした違和感を覚えるユグナリスだったが、それでも足を止めずに進み続ける。

 そして歩く中で、思い出すように共に来た二人の事を呟いた。


「あの二人は多分、大丈夫だとは思うけど。……あの塔を目指すより先に、二人を探して合流した方がいいのかな……」


 決意ばかりが先立って二人と合流するという発想を置いて来ていたユグナリスは、改めてそうした思考をよぎらせる。

 しかし何処に落ちたか分からない二人を探し回ってこの周辺に留まるよりも、何かしらの手掛かりを得られそうな黒い塔を目指す事を選んだ。


「……いや。エアハルト殿には優れた嗅覚があるし、合流する必要があるなら向こうから来てくれるはず。マギルスという青年ひとの事はよく分からないけど、あの人もリエスティアを助けると言っていた。……だったら、三人で別れて捜索した方がいいのかもしれない」


 この現状をそう結論付けたユグナリスは、選択の迷いを振り払って黒い塔を再び目指し始める。

 それから慎重ながらも淀みの無い意志で歩き続け、数分後には区画を隔てる内壁まで辿り着いた。


 ユグナリスは壁を左右に見渡し、次の区画に入れる壁門が無い事を確認する。

 その高さは帝都と同じ三十メートルから四十メートル程に及び、ユグナリスは何か思案してから一息を吐いた後、目を見開きながら壁に向けて走り出した。


「――……ッ!!」


 ユグナリスは身体全体の生命力オーラを瞬時に高め、十メートル近くの跳躍を見せる。

 そして壁に右足を突き立てるように蹴り込むと、壁の煉瓦が砕けながらその部分に窪みとなる足場が作られた。


 それを足掛かりにしながら両手も壁の煉瓦に窪みを生み出しながら掴むと、今度は腕力だけで自分の身体を跳ね上げる。

 窪みを自ら作り出す事で壁を登れるようにしたユグナリスは、見事に内壁を登り切る事に成功した。


「――……ハァ……。……門を探すより、これが一番早い……っと……」


 ユグナリスは内壁の頂点である塀を手で掴みながら、身体を壁上へと運ぶ。

 そこに降り立つユグナリスは、次の区画を眺めながら一息を漏らして呟いた。


「……こっちは、作り掛けって感じだな……。道路はある程度まで整備されてるけど、建物が……」


 ユグナリスはそう言いながら、次の区画に見える景色をそう語る。


 外壁と隣接した区画に比べ、まだ仕掛り部分と言える骨組みが露になっている建物が多く見える。

 まだ未完成の区画ながらも都市の造形を模っている光景を見下ろしながら、ユグナリスは渋い表情を浮かべた。


「……やっぱり、人の気配が無い。敵の姿も……。……リエスティアやアルトリアは、何処で捕まってるんだ……?」


 人気が無さ過ぎる状況に不可解さを感じるユグナリスは、壁上から内側へと飛び降りる。

 そして高めた生命力オーラで踏ん張るように着地すると、そのまま周囲を探りつつ足を進め始めた。


 ユグナリスは近くに置いてある手頃な木材を掴み、使い捨てられていた布生地を巻くと、魔法で火を点けて松明にする。

 それを明かりにしながら建物や骨組みが建てられている場所を探り、二人が捕まっていそうな場所を見つけようとしていた。


 黒い塔を目指しながら入念に一件ずつ調べるユグナリスだったが、それらしい場所や人影の姿は無い。

 そして精神的な疲弊を漏らすように息を吐き出すと、改めて自分の判断が間違っている可能性に思考を進めていた。


「……やっぱり、エアハルト殿とだけは合流した方がいいかもしれない……。こんな広い都市の中で、二人を見つけ出すのは――……ッ!!」


 地道な捜索よりエアハルトの嗅覚を頼ろうとしたユグナリスだったが、その不意を突くように何かが向かって来る気配を感じ取る。

 そして右手に持っていた松明を左手に持ち替え、左腰に携える自身の剣を右手で引き抜いた。


 その瞬間、ユグナリスは周囲から夥しい殺気を感じ取る。

 生命オーラの気配も無く明確な殺気だけが向かって来る状況を察知したユグナリスは、その場を大きく飛び退きながら鋭い殺気を回避した。


「ッ!?」


 しかし次の瞬間、ユグナリスの目は驚くべき光景を目にする。

 何せ自分を襲って来たモノの正体は、明かりによって照られ見える周囲の影だったのだ。


 その影が鋭い刃のようにユグナリスが居た場所を襲い、その先にある建築物や地面を勢いよく切断する。

 木材は勿論、鉄骨すらも容易く切り裂いた影を見たユグナリスは、驚愕を浮かべながら剣に炎を灯しながら体勢を整えた。


 するとユグナリスは大声で叫び、影を操り襲って来た相手をこう特定する。


「この影は、ザルツヘルムかっ!?」


 影を操るという点でザルツヘルムをすぐに連想したユグナリスは、警戒度を引き上げる。

 するとユグナリスの近くに在る建物の上から、その返事とも言うべき言葉が聞こえて来た。


「――……ガルミッシュ帝国の皇子、ユグナリスか」


「!」


「アンタは死んだって聞いていたんだが。……スネイクの奴、仕損じてたみたいだな」


「……ザルツヘルムじゃない……。誰だっ!?」


 聞いた事の無い男の声を耳にしたユグナリスは、相手がザルツヘルムではない事を察する。

 そして声が聞こえる建物の屋上に意識と視線を向けると、暗闇で隠れたその人物の姿をユグナリスは捉えた。


 その人物は黒に寄った藍色の髪を持ち、青い瞳を持つ四十代程の男性。

 身に纏うのは魔法師らしい衣服ローブと右手に持つ黒い魔石付きの杖であり、その人物を見たユグナリスは怪訝そうな表情を見せながら呟いた。


「……この気配は、ザルツヘルムのような悪魔けはいじゃない……。……まさか、人間なのか……!?」


「前に見た時よりも、逞しくなってるみたいじゃねぇか。皇子様よ」


「えっ」


「なんだ、覚えてないか。……そういえば、あの時はあの爺さんとだけ話したんだったな」


「爺さん……。……ログウェルの事か?」


「そうそう。あの爺さんが傍に居たせいで、アンタを拉致らちれなかったんだ。覚えてるか?」


「……!!」


 ユグナリスはその言葉を聞き、四年程前の出来事を思い出す。


 それはログウェルに帝都から連れ出されて地獄のような訓練を受けた後、アルトリアの消息を掴んで共にとある港町まで行った時の出来事。

 エリクの殴打で気絶していたユグナリスはそれから後の状況を見てはいないが、ログウェルから何があったかは聞いていた。


 それは悪魔ヴェルフェゴールとならず者達が、自分が狙って誘拐しようとした話。

 しかしログウェルによってその企みは防がれ、ならず者達は死屍累々の状況となってユグナリスを驚かせていた。


 そこまで思い出したユグナリスは、改めて屋上に立つ男の顔に見覚えを感じる。


 あの出来事の後、死体が散乱するあの場に現れた彼は、警備兵を抑えながら場を治めてくれた男性おとこ

 その人物と屋上に居る男の姿が、改めてユグナリスの記憶で重なって見えた。


「……貴方は、あの港町で見た……!」


「そういえば、自己紹介はしてなかったかな。――……俺はドルフ。本名は、ヒルドルフ=フォン=ターナー。元傭兵だが、昔は帝国貴族のターナー男爵家の跡取りだった事もある」


「!?」


「だが俺は、もう帝国貴族でも傭兵でもない。……ただ皇子アンタ帝国くにを憎む、復讐者リベンジャーさ」


「え……っ!?」


 その素性を明かしたドルフは、改めて声色を低くしながらそう告げる。

 それを聞いたユグナリスは驚愕を浮かべ、見下ろすドルフと視線を合わせていた。


 こうしてユグナリスの前に現れたのは、港町の傭兵ギルドマスターであり共和王国ウォーリスに組していたドルフである事が判明する。

 その素性を敢えて伝えるドルフは、かつて金銭に執着する傭兵らしい表情ではなく、復讐者としての顔を明かしたのだった。

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