影に生きた者


 同盟都市内部に突入する事に成功したユグナリスは、エアハルトとマギルスの二人から別れながら囚われているリエスティア達を捜索する。

 その最中、建設中の区画にて突如として殺気を放った影が襲い来ると、その影を操る術者と高低のある建物越しに向かい合った。


 それはかつて、ガルミッシュ帝国のある大陸南方に存在する港町で傭兵ギルドのマスターを務めてアルトリアの大陸脱出を支援した人物。

 しかしその後は、オラクル共和王国に加わり第二魔法師団の団長としての地位を得ていた男。


 彼の名はドルフ、本名はヒルドルフ=フォン=ターナー。

 彼は三十年程前までは帝国貴族の地位に在ったターナー男爵家の嫡男の立場にあり、闇属性魔法の使い手として将来を嘱望されていた。


 しかし当時のターナー男爵家は投資した事業に失敗し、多くの負債を抱えた果てに当時の当主だった父親と母親は夜逃げする。

 そこで野盗に襲われ死んだ両親に代わり大きな負債を背負ってしまったヒルドルフは、その負債を支払うべく帝国を出て危険な傭兵稼業へ身を置いたという経歴を持つ。


 そんなドルフが今、同盟都市に居ながら帝国皇子ユグナリスを阻むように襲う。

 更に彼から『帝国への復讐者』という言葉が出た時、敢えてその意味をユグナリスは問い掛けた。


「――……帝国を憎む、復讐者……。どういうことですか?」


「……そりゃそうか。皇子アンタが生まれる前だもんな、俺の家がターナー男爵家が没落しちまったのは。今じゃ家の名前を憶えてる奴も、ほとんどいないだろう」


「没落……?」


「まぁ、ほとんどいないというよりも。死んだからいなくなったと言う方が、今は正しいか」


「!!」


 皮肉染みた口調と微笑みを見せてるドルフの言葉に、ユグナリスは表情を強張らせる。

 その表情を見せた理由を敢えて明かしながら、ユグナリスは強い口調で問い掛けた。


「……あの祝宴から出て行った多くの帝国貴族や、貴族街に残っていた家人達が、姿も無く消えてしまった……。……貴方は、何か知ってるんですか?」


「なんだ? 察しの悪い皇子だな。――……俺もあの場に居たのさ。だから知ってる、それだけだ」


「!?」


化物ザルツヘルムの相手が精一杯で、俺の存在には気付けなかったか。まぁ、俺の役割は化物ザルツヘルムのサポート。各通信用魔道具と防衛装置を潰して、貴族街の連中が外に助けを呼ぶのを防ぐって、簡単な仕事だったけどな」


「……なら貴方も、ウォーリスの……!!」


「仲間――……は、言い過ぎだな。俺は旦那ウォーリスの駒なんだよ。三十年前から、ずっとな」


「!?」


 ウォーリスと長い関係にあった事を明かすドルフの言葉に、ユグナリスは驚愕を浮かべる。

 逆に口元をニヤけさせるドルフは、屋上から見下ろすユグナリスに自身の過去を語り始めた。


「三十年前、俺がまだ十五の頃か。……俺は帝都の、魔法学園に在籍していた」


「!」


「俺は闇属性の魔力以外に適正が無くてな。当時の闇属性魔法の認識ってのは、せいぜい対象者あいてに事実とは異なる認識を作用させる魔法。詰まるところ、幻覚系か偽装系の魔法しか存在してなかった。……俺はそんな闇属性魔法について研究し、その特性を理解して別の活かし方を模索してた」


「……」


「そして俺は、闇属性魔法の起点となる『影』に魔力を織り交ぜるという効果を、別の形で効力を発揮できるようにした。……それがお前等と戦っていた化物ザルツヘルムも使ってた、『影』を操作する魔法だ」


「……あの魔法かげを、貴方が……!?」


影魔法それを発表した時には、周りは俺を賞賛したよ。将来は偉大な魔法師として後世に名が残るなんて、魔法学園の教授達も言ってたっけな。――……まぁそれも、親父達が死ぬまでだったが」


「え……っ」


「俺の家、ターナー男爵家な。没落する前は、それなりに儲けてた領を経営してた。西方領地の中では一番開拓が進んでたし、商売も盛況でな。そのおかげで資金も潤って、他の帝国貴族達に金を貸したり、各事業への投資も精力的に行ってた。……だが十五になった時に、男爵家おれのいえは破滅した」


「……破滅した?」


「俺の親父は、人が良過ぎたんだ。……当時の帝国は、特に国境付近の東方領地が経営を苦しくしていた。定期的に続くベルグリンド王国との戦いに疲弊して満足に食い扶持も稼げない連中が、何処にも行けずに飢えて死にそうになってた。……そして当時の帝国宰相だったゼーレマン侯爵が、国境付近の一時的な改善政策として、東方領地以外から資金や物資を援助する事を決めた」


「……!」


 ユグナリスはその話を聞き、祝宴の場に姿を見せていた元帝国宰相だったゼーレマン卿を思い出す。

 そして彼の政策がヒルドルフの生家であるターナー男爵家の没落にどう関わるのかを、ただ話を聞き続けた。


「勿論、ターナー男爵家からも東方領地への支援を要求された。……だが当時の西方領地も、開拓業で物資や金銭の猶予がギリギリで、何処にも余裕が無い。だが各領地の収支を計算して求められてる、支援条件を満たす物資か金銭は出さなきゃいけない。……そんな時、他の西方領地の貴族達はどうしたと思う?」


「……まさか……」 


「そう。一番儲けているターナー男爵家に、足りない金と物資を出させたんだよ」


「そんな……!? ……でも要求、拒否してしまえば……!」


「それがな、親父が拒否しなかったんだ」


「えっ!?」


「親父も知ってたからな、西方領地ほかのやつらの状況を。だから顔馴染みの貴族達に頼み込まれて、仕方なく代わりに出してやったんだよ」


「……でも、そんな事をしたら自分達の経営が……!」


「危なくなるよな。だが親父も、ちゃんと計算はしてたはずなんだ。開拓業や投資してた各事業で更なる利益が出れば、失った分も補える。その時には、そう考えてたのかもしれん」


「……でも、そうはならなかった……?」


 ターナー男爵家が没落した経緯をようやく理解し始めたユグナリスに、ヒルドルフは再び皮肉染みた微笑みを見せる。

 そして呆れるような息を漏らすと、ドルフはターナー男爵家の終わり方を教えた。


「そう。運悪くその時期に、魔物や魔獣被害の事件が多発した。開拓事業は中断に追い込まれ、投資してた分も白紙。各商人達との繋がりも失って、ターナー男爵家の領地は一気に廃れ始めた」


「……ッ」


「それでも親父達は、諦めずに領地を盛り返そうとした。支援金を代わりに払った貴族達から金を借りたり、魔物や魔獣対策で人員の補強をし、魔法学園からも魔法師達を雇い入れた。……でも結局、事態は解決しなかった。それどころか、ますます被害を増やして状況は悪化した」


「!」


「親父達は返せない負債に悩まされた。オマケに今まで親切にしてた貴族連中からも疎まれて、見捨てられた。そんな時に、生活に苦しくなった領民達の不満が暴発しちまう。……親父達にとって残る選択肢は、領民に殺されるか、自殺するか、上手く国外に逃げるか。それしか選択肢は無かったんだろうよ」


「……」


「そして親父達が選んだのが、領地を捨てて逃げる事だった。……それに気付いた領民達やとうに追われて、俺の両親と付いて来た家人は全員、殺された」


「……そんな……」


「あんな政策さえ無ければ、そして西方ほかの貴族達が自分達でちゃんと支援金を支払っていれば。開拓業が失敗しても、そのまま領地の状況を維持できた出来たはずだ。……親父の性分よさが、その時に災いになって返って来た。情けない話だよなぁ? えぇ、皇子様よ」


「……ッ」 


 ドルフの話を聞いたユグナリスは、生まれる前の出来事ながらも帝国貴族家の一つが没落した理由を初めて知る。

 それは当時の当主だったヒルドルフの父親が善意を施した結果として生まれた、まさに悲劇のような人生の閉じ方だった。


 しかしその悲劇は、それで終わらなかった事を証明している。

 それはこの場に立ち塞がるドルフの存在が証明しており、彼自身の口からその顛末が語られた。


「ある意味、親父達は死ぬ事で重責から逃げられたとも言える。――……だがターナー男爵家の跡取りとして定まっていた俺は、何処にも逃げられなかった」


「!?」


「家の名と共に大き過ぎる負債を背負った俺は、まだ十五のガキだ。魔法の研究のことばっかで、商売や事業なんて、ましてや金勘定しながら領地経営なんて出来るはずがない。……学園で仲の良かった連中は、そんな状況になった俺を知ると、すぐに離れて行きやがった」


「……ッ」


「オマケに領地へ帰っても、そこに俺の親を殺した領民達がいる。……なんで俺がそんな連中の為に、苦しい思いをしなくちゃいけないんだ?」


「……ッ」


 そう話すドルフの瞳に浮かぶ感情は、暗闇に在りながらも怒りに満ちている事が声色で分かる。

 しかし僅かに揺れた瞳を見せるドルフは、何かを思い出しながら寂し気な言葉を見せた。


「俺も始めは、国外に逃げようかと思ったさ。……でも、もし俺まで逃げちまったら。今度は俺の弟に、その負債を背負わせる事になる。……俺は弟に、そんなくだらん負債モノを背負わせるのは嫌だった」


「……弟さん……?」


「そんな時に、ある男が負債の返還に手を貸すと言って来た。――……それが誰かは、アンタにも分かるだろ?」


「……ウォーリス……」


「正確には、ゲルガルド伯爵家の使いだったがね。その使いは、ゲルガルド伯爵家が俺の抱えてる負債を全て支払う代わりに、生涯に渡ってゲルガルド伯爵家に協力し、その当主に従うよう交渉して来た」


「!?」


当時あのときの俺は、ゲルガルド伯爵家の申し出にすがるしかなかった。……ゲルガルド伯爵家に保護された後は、改めてルクソード皇国に渡るよう命じられた。そこで魔法の研究と共に傭兵稼業に勤しみ、実戦経験を積みながら自分の研究成果を実戦に投入できる技量レベルまで高めろと言われてな」


「……だからその研究成果を、ゲルガルド伯爵家に……ウォーリス達に渡したんですか……!?」


「ああ。あの人等はすげぇよ。なんたって、俺が三十年間も研鑽させた『影』の魔法を、もう俺以上に使いこなすようになってんだ。しかも、更に発展させてな。……自分が天才じゃなくて、単なる凡人だったんだと嫌でも理解させられたぜ」


 自分に対する皮肉を込めた言葉と共に、乾いた笑いをドルフは浮かべる。

 それを聞いていたユグナリスは、初めて港町で出会った時の事を問い掛けた。


「なら、俺を誘拐しようとした襲撃ときも……!」


「俺がゲルガルド伯爵家に命じられて、連中にアンタ達を襲わせた。まぁ、裏仕事が本業の傭兵共だがな」


「ッ!!」


「ついでに言えば、あの時に居たアルトリア嬢の方にも連中を差し向けたぜ。帝都を出た時と、そしてあの港町に来た時の二回な」


「アルトリアも……!?」


「しかしあの御嬢様、憶測とはいえ俺が連中をけしかけた事や、ゲルガルド伯爵家の関係つながりを言い当てた時には、思わず笑っちまいそうになったぜ。良い勘してやがる」


 思い出すように笑いの声を含ませるドルフは、それから一息を吐いて呼吸を整える。

 そして改めるように笑みの無い真剣な表情と殺意を放ちながら、ユグナリスを見下ろしながら睨んだ。


「……さて。そろそろ向こうもってるようだし、俺達もるか。皇子」


「向こう……? ……まさか、あの二人もっ!!」


余所見よそみして良い状況かぁっ!?」


「ッ!!」


 この瞬間にもエアハルト達が別の場所で戦っている事を察したユグナリスは、壁の向こう側に意識と視線を向ける。

 それに対して右手に持つ黒い魔石付きの杖を振り向けたドルフは、暗闇に沈む影が殺気を放ちながらユグナリスを襲わせた。


 その殺気に反応し跳び避けたユグナリスだったが、自分が居た場所に影の斬撃が飛び交う。

 地面や周囲の建築物を瞬く間に切り刻んだ『影』を操るドルフは、ユグナリスに反撃の暇すら与えずに周囲一帯の影を操り襲撃を開始した。


 こうして元特級傭兵にして長きに渡りウォーリスの駒として従い続けたドルフが、自ら編み出した『影』の魔法によってユグナリスを襲う。

 それは否応なく陥った状況の中で藻搔き続けたドルフと、沈みゆく現状を打開する為に藻搔こうとするユグナリスの、悲しき刃の交わりでもあった。

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