血の戴冠式
ウォーリスを首謀者とした悪魔騒動が起きるガルミッシュ帝国の帝都に、何故かフォウル国に居るはずの
そして三人はそれぞれの場所に別れながら状況に対応し、各々が思う行動を行っていた。
その一人である干支衆の『
互いに一目で敵である事を察して立ち合うと、名を教える事も交える言葉も無いまま互いに攻撃を仕掛けた。
「――……フンッ!!」
「ッ!!」
ガイは凄まじい加速を見せながら右拳を放ち、瘴気を甲冑を纏うザルツヘルムの顔面を撃ち抜く。
しかしザルツヘルムは紙一重でその拳を回避し、右側に捻った身体を捻りながら右手に持つ黒い長剣をガイの身体に刺し込もうとした。
加速した
しかし左横腹に控えていたガイの左拳が、剣の突きよりも速くザルツヘルムの胴体に捉えて凄まじい殴打を浴びせた。
「グッ!!」
右手で放つ長剣に突く姿勢により、ザルツヘルムは隠れた左拳に気付かずに直撃を受ける。
そして宙に浮かびながら吹き飛ばすと、ザルツヘルムの足元に繋がっていた影が千切れるような光景をガイは見た。
「……アレは……」
影に出入りするザルツヘルムと足元の影が千切れた事を確認し、ガイの思考が巡る。
そして吹き飛びながらも地面に両足を着けながらザルツヘルムは、再び足元に影を集めながら直撃を受けた腹部と、
「……やはり脅威となるのは、
「……ッ」
ザルツヘルムは強打された瘴気の鎧が無事である事を確認し、逆に殴打したガイの左拳を纏う
ガイに出来ているのは瘴気を肉体で触れさせない為に『
狼獣族エアハルトもそうした状態になる事を避け、電撃で瘴気を散らし
しかしガイには直接的な攻撃手段しかない事を悟るザルツヘルムは、目の前の相手が脅威ではない事を悟る。
逆にガイも瘴気の鎧が砕けていない事を確認し、左拳に侵食しようとする瘴気を強く纏わせた
「……」
互いに無言で睨み合い、ザルツヘルムは黒く染めた長剣を構える。
そしてガイは
「……
「む?」
「だが、もう遅い。――……さらばだ、魔人達よ」
「!」
ザルツヘルムは剣を引き、同時に影の中に身を潜らせる。
それを防ごうと加速しながら左拳を下側から振り上げたガイだったが、その行く手を影から飛び出した異形の
「ッ!!」
影から襲って来る
それに対応している間に、ガイはザルツヘルムの姿を完全に見失った。
一方その頃、
しかし次々と生み出されながらザルツヘルムと変わらぬ動きを見せる
それを防ぐべく赤い閃光を思わせる程の速度で動くユグナリスは、息を乱しながらこの状況に悪態を漏らす。
「――……クソッ、
「やはり、
正気の鎧を纏った
しかし優れた嗅覚でもザルツヘルムの行方は追えず、時間が経つにつれてユグナリスが消耗する姿を見せ始めた。
それをユグナリスも自覚しているのか、表情には焦燥感が見え始める。
壇上側に立つセルジアスやゴルディオスも、次第にユグナリスの動きが遅くなり始めている事に気付いた。
「――……やはり、ユグナリスだけでは対処が難しいか」
「
皇帝ゴルディオスと帝国宰相セルジアスは、互いに状況を分析しながら打開策を練る。
頼みの綱とも言えるユグナリスは高い戦闘能力を有しているが、無限にも思える
先程のように影ごと焼き払おうにも、
対抗できるユグナリスが防戦一方に持ち込まれている原因が、まさに会場に残る自分達だと自覚する二人は、苦々しい面持ちを浮かべていた。
そんな時、壇上側から見て左側を見ていたセルジアスが何かに気付く。
それは
「アレは――……クビア殿っ!!」
「!」
セルジアスは戻って来たクビアの姿を確認し、大声で呼び掛ける。
それに気付き顔を向けるクビアだったが、僅かに首を傾げながらも納得した表情を浮かべていた。
「――……あそこに居るのが、奴隷契約しとる
「――……あっ、うぅ!」
「!?」
奇妙な様子を見せるクビアに気付いたセルジアスは、左手で投げ捨てられたモノが何かに気付く。
それはクビアと同じ顔をした女性であり、服装は違いながらも金色の髪と映える獣耳と九つの尻尾は同じである
一方はボロボロで倒れながらも見覚えのある
しかし顔立ちや姿はほとんど同じであり、その情報からセルジアスは搾り出すような
「……幻影……? ……いや、まさか……双子?」
その呟いた
双子の妖狐族である姉タマモは、妹クビアを見下しながら扇子を広げて問い掛けた。
「んで、
「……そ、そんな感じぃ」
「そんなら、さっさと解除して
クビアにそう命じるタマモだったが、会場の正面側に見える異様な気配と景色を見ながら怪訝そうな表情を見せる。
会場の照明が無い正面入り口で蠢く影達と、そこから生み出されている黒い瘴気で形作られた悪魔の騎士達。
それが無数に生み出され壇上に集まる人達を襲おうとする瘴気の騎士達に、たった一人で立ち向かう炎を纏った赤髪の
それを見たタマモは訝し気な表情を浮かべながらも、すぐに状況を察する。
そして起き上がりながら壇上へ向かおうとするクビアに、こうした呼び掛けを向けた。
「ウチは向こうの相手をしとくから、アンタは
「はぁい」
「ちなみに、逃げても無駄やで。アンタに貼った
「は、はぁい……」
釘を刺すように言葉を放つタマモの言葉に、クビアは怯えながらも壇上に向かう。
そしてタマモは右手の扇子を広げながら着物の袖口に控える紙札を左手で取り出し、
「なんや、
タマモはすぐに
そしてタマモの匂いに既に気付いていたエアハルトは驚きも見せずに一瞥を向け、互いに目を逸らしながら
タマモは左手に重ね持つ紙札を広げ、魔力を込めながら
その動きに気付いたユグナリスは、息を乱しながらタマモの顔を見て驚きを浮かべた。
「ク、クビア殿っ!? いつの間に戻って――……」
「ちゃう。ウチは妹やない」
「えっ」
ユグナリスの呼び掛けを否定するタマモは、そのまま張り付けた紙札を経由して魔力を巡らせる。
すると下級悪魔達の居る影と、光が残る会場内を堺に、分厚い結界が形成された。
それに会場に残る人々は驚きを浮かべ、ユグナリスは改めてタマモを見る。
「こ、コレは貴方がっ!?」
「まったく、律儀に一匹一匹プチプチと潰さんでもええやろうに。こうやって
「ふ、蓋って……。でも、奴等は影なら何処でも……!」
ユグナリスは張られた結界を見ながらも安堵を浮かべず、
そして結界を破ろうと瘴気で作られた剣を振り突く
更に影を伝って結界内部に侵入して来ようとする
「こ、これは……!?」
「
「え……?」
「けど、お
「……ま、魔力で作る結界に
「
「……あっ」
必死に悪魔達の侵攻に対応していたユグナリスだったが、タマモの言葉を聞いてその
その様子に呆れるタマモは、ユグナリスに歩み寄りながら別の話題を向けた。
「
「い、いや。えっと……この国の皇子で、ユグナリスです。……クビア殿じゃない……?」
「ウチは、クビアの姉。アンタ等が言うところの、フォウル国に住んどるタマモ言います」
「タマモ殿、ですか?」
「そうそう。ウチをあんな不出来な妹と一緒にせんといてな。――……ところで、この状況は何なん? 外からは奇怪な魔獣やら攻めて来とるし、中は悪魔が蠢いとるし、
「え……。ま、待ってください。そ、外って……っ!?」
「
「!?」
タマモはここに来るまでに見た帝都の状況を教えると、ユグナリスは驚愕のあまり声を失う。
一方で壇上に向かいセルジアスと合流したクビアも二人分の奴隷契約書を渡しながら、タマモから聞いていた外の状況を伝えていた。
「――……それは本当ですかっ!?」
「本当みたいよぉ。お姉ちゃんってぇ、そういう嘘は吐かないからぁ」
「……
「私にも分からないわよぉ。お姉ちゃんもパっと見だけっぽいしぃ。でもぉ、貴方達みたいな人間だけでぇ、あんな
「……ッ!!」
帝都全体に及ぶ状況を聞いたセルジアスは焦りを浮かべ、詳しい情報を聞こうとする。
しかしクビア本人も実際に見た情報ではなく、更にユグナリス達が対峙する悪魔を見る限り、とても常人で編成された帝都の兵力では悪魔達の侵攻に敵わないことを悟らざるを得ない。
それを共に聞いていた皇帝ゴルディオスは、口を挟む形でセルジアスに話し掛けた。
「セルジアス。今から
「……彼女の話を聞く限り、既に帝都には
「……ッ」
「それでも、生き残っている避難民はいるはずです。……クビア殿。奴隷契約を解除した後、ここに残る者達を転移魔術で移動させる事は可能ですか?」
「そうねぇ。私の
「なら、ルクソード皇国に転移させる事は可能ですか?」
「で、出来なくはないけどぉ。
「帝都がこの状況では、各帝国領地もどうなっているか分かりません。例え無事でも、逃げた先で悪魔達に攻め込まれれば耐えられない。ならば皇国に逃げ延びるのが、最も最善でしょう」
セルジアスは現状から帝国が壊滅的な状況に陥る事を考え、命を狙われている帝国貴族達やガルミッシュ皇族を親国であるルクソード皇国に避難させる事を考える。
しかしそれを聞いていたゴルディオスは、現皇帝としての立場からセルジアスの提案を否定した。
「セルジアス。……君の考えも分かるが、それは承諾できない」
「陛下……!?」
「私はこの
「いえ、民は見捨てません。しかし帝国の象徴である陛下達は、速やかな避難の必要が――……」
「その避難の指揮を、君だけが
「……ッ」
「私も同じ立場なら、君と同じ決断するだろう。……君は生き残り、この帝国と新たな皇帝を支えて欲しい」
「え……!?」
ゴルディオスはそう伝えると、自ら頭に乗せている
そしてユグナリスの方に目を向け、壇上の階段を降りながら近衛兵達を片手を上げて止めた。
するとその場の全員が唖然とした様子で見送る中、ユグナリスに呼び掛ける。
「……ユグナリス!」
「ち、父上っ!?」
壇上から降りて歩み寄って来る
そして虚脱感を感じて膝を震わせながらも、ゴルディオスの方へ歩み寄りながら呼び止めた。
「父上、まだ危険です!
「ユグナリス、これを受け取れ」
「……え?」
ゴルディオスは両手に持つ
いきなりそうした行動を見せる父親の意図を理解できないユグナリスは、動揺した面持ちを見せながら声を返した。
「な、何を言っているんですか? それは、父上の――……」
「いいや。
「……え?」
父親の言葉にユグナリスは困惑を浮かべ、再びその意味を理解し損ねる。
そんな
「な、何を……?」
「ユグナリス。今日からお前は、第十一代ガルミッシュ帝国皇帝。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュだ」
「……え?」
「この
ゴルディオスはそう伝え、ユグナリスの左肩に右手を乗せる。
そして父親としての優しい微笑みを見せながら、息子に託すべき未来を任せた。
その答えをユグナリスが返す間も無く、次の事態が起きてしまう。
それは正面出入り口の壁を破壊し、響く轟音と憎悪に満ちた叫びで現れた。
「――……ガァアアアアアッ!!」
「!?」
「なっ!?」
壁を破壊しながら現れたのは、悪魔化したベイガイル。
本体のザルツヘルムが目的ある憎悪を植え付けた
「いたなぁああっ!! ゴルディオオオオオスッ!!」
「!!」
その憎々しい叫びと共に聞こえる名前に、全員が驚愕する。
そしてベイガイルはタマモの張った結界に突っ込み、頭に生えた三本の角に集中させた
「コイツ、さっきのっ!?」
「く……っ!!」
そしてベイガイルの動きに対応しようとしたユグナリスは前に出たが、『生命の火』で消耗した身体は姿勢を崩し、目の前に迫るベイガイルへの迎撃が遅れてしまった。
「死ねぇエエエッ!!」
「ッ!!」
憎悪を叫びながら瘴気を纏う右拳を振るったベイガイルは、前に出た
それでも剣を構えようとしたユグナリスだったが、突如として横から突き飛ばされた。
ユグナリスを突き飛ばしたのは、最も近くに居た人物。
それは、必死に
「え――……」
「――……ユグナリス」
突き飛ばされたユグナリスが見たのは、自分の名前を優し気に呼ぶ父親の顔。
その僅かな時間に流れる緩やかなゴルディオスの言葉と姿は、次の瞬間には黒い巨体に覆われて消えた。
床へ倒れたユグナリスは、咄嗟に顔を上げて目の前に映る光景を見る。
しかしそこには、巨大な拳に胴体を貫かれながら血を流す、無惨な父親の姿が映るだけだった。
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