滅びの花束


 帝都の上空うえでウォーリスは語り、首を掴まれたままのアルトリアは信じ難い話を聞かされる。

 

 それは悪魔ゲルガルドの辿らせた、ウォーリスやリエスティアに関する出生の秘密。

 それに付随する数多の謀略が、世界を創造し掌握できる『創造神の肉体リエスティア』に自分ゲルガルドの魂を移すという目的の為に行われていたという話を伝えた。


 しかしそれだけに留まらず、悪魔ゲルガルドは『創造神オリジン』とアルトリアの関係性について様々な状況からある推測に辿り着く。

 それは『創造神の肉体リエスティア』の対となる『創造神オリジンの魂』こそアルトリアだったという、衝撃の言葉だった。


 ウォーリスは邪悪な笑みを浮かべながら、アルトリアを欲する理由を語り終える。

 しかし本人アルトリアはその話を信じようとせず、脱力した両腕に力戻しながら再びウォーリスの腕を掴んで反論を始めた。


「――……なに、トチ狂ったこと言ってるのよ……!」


「ほぉ、まだ認める気は無いと?」


「当たり前でしょ……っ!! そんなぶっ飛んだ憶測で、アンタなんかに捕まってやる義理なんか無いわ……っ!!」


「ふっ、憶測か。……本当に、そう思うかい?」


「何よ……っ!!」


「では、君自身に聞こう。――……君は幼い頃から、随分と異常だと周囲まわりに言われていたそうだね?」


「!」


「君の異常性は父親クラウスからも警戒され、その父親すらも一度は殺し掛けたそうじゃないか。……そんな二歳の子供が、ただの人間から生まれるという話の方が信じ難い」


「……ッ!!」


「そして『青』から教えを受けていたようだが、君の生み出した数々の功績は現世において異常だ。魔法と魔導においての発想も、異常な理解力を有している。……それは才能などという、ありきたりで曖昧な言葉では説明できない。まるで魂に刻まれた知識が、そのまま表面きみに浮彫となって現れているかのようだ」


「違う……っ!! それは、私の積み重ねた……!!」


「努力、とでも言いたいのかい? ……私のように三千年を生き永らえた者ならともかく、たかだが二十年しか生きていない小娘の努力程度で、ここまで異常な存在に出来上がるはずがないだろうっ!!」


「グ……ッ!!」


「模造品とはいえ、『神兵』の心臓コアを独力で破壊し、血の繋がりが無いにも関わらず『創造神オリジン』の肉体を修復できる能力ちからを持っている。……そんな事が出来る人間など、例え七大聖人セブンスワンであっても不可能なのだよっ!!」


「ァ、ガ……ッ」


「君が今まで見せて来た行動の全てが、『創造神オリジン』の魂である事を証明しているっ!! さぁ、私の結論かんがえにまだ何か反論できるのなら、遠慮せずに言ってみたまえっ!!」


 ウォーリスは僅かに憤りすら籠る声を漏らし、掴んでいるアルトリアの首を強く締めながら更に腕を上げる。

 それにより僅かに許されていたアルトリアの呼吸が止められ、苦痛の表情を見せながら言葉を失った。


 十秒ほどそうした状態が続いた後、ウォーリスは腕を下げながら握力を緩める。

 アルトリアは再び呼吸を始めながら咳き込み、そんな様子をウォーリスは微笑みながら見据えた。


「――……ゴホッ、ガハ……ッ!!」


「これは失礼、つい力が入り過ぎてしまったようだ」


「ハァ、ハァ……ッ」


「だが君も、いい加減に自分自身の価値を認識すべきだ。……君の存在そのものが、まさに箱庭せかいの奇跡であり、同時に忌むべき存在なのだから」


「……っ!!」


「この箱庭せかいを創造し、生命で満たした数多の到達者エンドレス達を生み出した、言わば生命の頂点に君臨する存在。……それと同時に、この箱庭せかいを破壊する事が許される存在。その生まれ変わりこそ、君なのだよ。アルトリア」


「……私は、そんなこと……っ!!」


「しない、と言い切れるのかな? ……ウォーリスは、君が何を望んでいるのかを聞いていたよ」


「!」


「幼い君は、あの会場でこう言っていただろう? ――……こんなくだらない帝国くに、全部壊してやると」


「……!!」


「君には、その権利がある。何せ君には、この箱庭せかいすらも破壊する権利があるのだから」


「……まさか……っ!!」


 ウォーリスの優し気な口調から聞こえる言葉に、アルトリアは表情を強張らせる。

 そして真下に広がる惨状を目の当たりにし、ウォーリスが帝都を破壊しようとする理由を察した。


「アンタ、まさか……そんな理由で帝都ここを……っ!!」


「そんな理由? 違うな。この惨状けしきは、君が望んだことだ」


「っ!!」


「私はね、君が望んだこの惨状けしきを叶えているに過ぎない。……さぁ、よく見たまえ。これが君の望んだ帝国このくにの滅びだ」


「……違うっ!! 私は、こんな事なんか望んで――……」


「それは嘘だ」


「っ!!」


「人は常に、何かしらの滅びを望む。それが自分であったり、他者であったり、意に沿わぬ意思であったり。例え高潔な人間であろうとも、必ず何かしらの滅びを願っている。――……『創造神オリジン』だった以前の君も、世界の滅びを望んでいた」


「……!!」


「滅びを願える君にこそ、この惨状けしきが相応しい。……これが君へ送る、私からの地獄はなたばだ」


 ウォーリスは首を掴む右腕を下げ、アルトリアの背後に展開された残り二枚の翼を砕き、身体を回り込ませる。

 そして左手でアルトリアの両手首を掴みながら背中側に回させ、右腕で首と身体を締めるように抱きながら合成魔獣キマイラ達に襲わせる帝都を見せた。


 身動きが出来なくなったアルトリアは、強張る表情を強めながら目を瞑る。

 しかしその耳には絶叫を上げる人々の声が聞こえ、青い瞳を開けながら地獄したを見た。


 合成魔獣キマイラが突入した南東と南西の外壁は、もはや原型を留めていない。

 そして止めどなく押し寄せる合成魔獣キマイラの大半が、既に流民街の南地区から中央近くまで侵入していた。


「――……うわぁあっ!! た、たすけ――……っ!!」


「きゃあああっ!!」


「逃げろぉっ!! 逃げるんだっ!!」


「うわぁああん! おかあさん! おかあさん!」


 南地区で逃げ遅れている人々が合成魔獣キマイラ達に喰われ、それを見た者達が絶叫を上げながら逃げ惑う。

 そうして逃げようとする人々が連れて来た小型の合成魔獣キマイラ達も中央に向かい、奥に沢山の人間エサがいる事を察して建物を破壊しながら進撃していた。


 大型の合成魔獣キマイラは建物を破壊しながら進み、消えていない火元が燃え易いモノに広がり始めている。

 そして小型の合成魔獣キマイラ達は瓦礫や建物を縫うように移動し、隠れている人間の匂いを嗅ぎつけて襲っていた。


「――……こ、子供達を連れて逃げろっ!!」


「あなたっ!?」


「お父さんっ!!」 


 建物内で逃げ遅れている幼い子供連れの家族は、閉じた扉を破った小型の合成魔獣キマイラに見つかる。

 そして家族を守る為に太い木の棒を持った父親が、飛び掛かる四足獣の姿をした合成魔獣キマイラに向けて棒を突き込んだ。


 その棒は開けられた口に見事に突き込み、合成魔獣キマイラを止める。

 しかし藻搔くように四足を暴れさせながら棒を噛み砕こうとする様子を見て、父親は棒を振り合成魔獣を壁に抑えつけると、再び叫ぶように言った。


「行くんだっ、早くっ!!」


「……ッ!!」


 その声を聞いた母親は、口元を噛み締めながらも二人の子供を建物から連れ出す。


 それを見届ける父親が抑え込んだ合成魔獣キマイラを再び見る。

 目の前には口内に広がる暗闇があり、次の瞬間には父親の頭は噛み砕かれ、その周辺に夥しい血を撒き散らした。


 そして逃げた母親と子供達にも、別の終わりが訪れる。

 十メートルを超えるだろう複数の大型獣類を合わせた合成魔獣キマイラが逃げる家族三人を発見し、建物を破壊しながら凄まじい速度で追い掛けて来た。


「――……あっ!!」


「!?」


 焦る母親は走る速度を上げ、連れて走る二人の子供と逃げようとする。

 しかし幼い方の子供が速度に付いて行けずに転び、母親の手を離して地面へ倒れた。


 母親はそれに気付き、倒れた子供を抱えようとする。

 しかしすぐ後ろの建物が崩れ落ち、三人の頭上には追い付いた大型の合成魔獣キマイラが赤い目を向けていた。


「……ごめんね……。ごめんね……」


 母親はそれを見上げながら呟き、涙を流して二人の子供を抱き締める。

 そして二人の子供も母親を抱き締めた後、頭上から襲い掛かる合成魔獣キマイラの大口に噛み砕かれる光景を、アルトリアは見てしまった。


「――……なんで……」


「……もし彼等に力があれば、助かっただろうか。……それとも、君に更なる力があれば、彼等を救えただろうか?」


「……ッ」


「私に抗える力があれば、こんな事態にはならなかったのに。そう思っているのかい? ……だが、それは大きな間違いだ」


「……!?」


「これは、君が選び、望んだ光景だ。――……最初の誘いで素直に付いて来てくれれば、私もここまでするつもりは無かったのに。……実に残念だ。彼等は君の選択によって、犠牲になってしまった」


「……どの口が……っ!!」


「いいや、本当にそのつもりだったのだよ。……だが君は、それを拒否した。その選択によって招かれたのが、この惨状けしきだ」


「……ッ!!」


「君には選択肢があった。しかし君は、この地獄けしきを選んだのだ。――……さぁ、まだまだ地獄は広がるぞ。いいのかな?」


「アンタ……ッ!!」


「私が命じれば、あの合成魔獣キマイラ達は止まる。帝城しろに配置している悪魔ぶか達も引かせられる。……全ては、君の選択次第だ」


「……ク……グゥ……ッ!!」


「もし断るのなら、それもいい。共に、この地獄が終わるまで見続けよう。……そして、新たな地獄を探しに行こう。君が関わって来た国、全てにね」


 ウォーリスは微笑みながら優し気な声を聞かせ、アルトリアへ再び選択を迫る。


 物理的な攻撃や魔法が一切通じない悪魔化した合成魔獣キマイラ達に、帝国の兵力は何の意味も成さずに餌となるしかない。

 そして次々と押し寄せる合成魔獣キマイラ達に人々は見境なく喰われ、帝都には絶望とも言える状況が広がっていた。


 恐らく帝都が陥落するまで、一時間も掛からない。

 それを上空から見て察するアルトリアには、この地獄を終わらせる為の選択肢は一つしか残されていなかった。

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