狼の誇り


 会場に姿を現した騎士ザルツヘルムは、自身の目的を語る。

 それは『敵』であるガルミッシュ皇族と帝国貴族を滅ぼすという、単純にして明確な行動だった。


 そして自らの手で対峙しようとするザルツヘルムに対して、隻腕の狼獣族エアハルトは単身で襲い掛かる。

 それを避け対峙するザルツヘルムは、エアハルトに対して敵意とは異なる蔑みの眼差しを向けながら排除する事を告げた。


 しかし対峙した直後、ザルツヘルムは逆に抜いた剣を鞘に戻す。

 排除すると口にしながらも剣を収める行動に、エアハルトは怪訝な表情を見せた。


「……素手で、俺と戦うつもりか?」


「戦う? まさか。――……『餌』を処理するのに、剣を使う騎士はいない」


「!」


 ザルツヘルムはそう述べ、完全に剣の刃を鞘に収める。

 その言葉を気に食わずに睨みを向けるエアハルトだったが、嗅覚が得た匂いで何かを察し、反射的に大きく右側へ跳び避ける。

 そして次の瞬間、ザルツヘルムの前に出ていた彼自身の影から、黒い何かが飛び出しながら襲い掛かって来た。


「ッ!!」


 エアハルトは影から飛び出た黒い何かを紙一重で回避し、その正体を左目で確認する。

 それは黒色に染まりながらも、まるで海に生息している巨大鮫のような姿を模した海魔に見えた。


 その黒鮫サメは飛び掛かった先にある机や椅子に突っ込み、易々と砕きながら破壊する。

 そして破片を散らせながらも、その巨体が一瞬にして床に消えた光景をその場にいる全員が目撃した。


「うわっ!?」


「なんだ、アレは……!!」


「見た事がある。アレは確か、サメ……?」


「馬鹿な。海の生物がこんな陸にいるはず……」


「それに、すぐに姿を消したぞ」


「……どうなっているんだ?」


 突如として現れ消えた黒い鮫を目撃した騎士や帝国貴族達は、自身の目を疑う。

 しかしエアハルトは何が起きたかを間近で見た為か、冷静に状況を見据えたながら黒鮫が消えた周囲から離れた。


 そしてザルツヘルムと向き合いながら身構え、エアハルトは今まで嗅覚で得ていた情報を総合しながら呟く。


「外に出た連中が消えた原因は、黒鮫それか」


「……流石は魔人と言うべきか。黒鮫これに気付き避けるとは」


 エアハルトは今まで嗅覚で感じ取っていた原因を察し、ザルツヘルムの影と黒鮫が消えた周囲の影へ注視する。

 そして僅かな感心を見せるザルツヘルムは、改めるように向き合いながらエアハルトに警戒を向けた。


 そうした一連の流れを壇上から見ていた老騎士ログウェルは、セルジアスとゴルディオスに向けて先程の状況を伝える。


「……アレは、使い魔ですな」


「使い魔?」


「上位の悪魔が使役するという、下級悪魔レッサーデーモンでしょう。どうやら鮫の形を模り、奴の影に潜んでいたようですな」


「あの鮫が、悪魔なのですか……?」


「悪魔とはそもそも、かたちを持たぬ存在。しかしかたちを得れば、人や獣に姿を得るのは造作もない。……どうやらザルツヘルムなる騎士もまた、それなりの位に位置する悪魔のようですな」


「しかしクレアの話を信じるなら、あのザルツヘルムは確かに人間だったはず……。……まさか人間が、悪魔になったとでも……?」


「可能性としては、有り得なくはないかもしれません」


「……!」


 ログウェルはそう述べ、人間だったザルツヘルムが悪魔になっている可能性がある事を伝える。

 それを聞いた二人は驚きを浮かべ、その傍で聞いていた皇后クレアも幼少時から知るザルツヘルムを見ながら困惑した瞳を向けていた。


 そうした情報が明るみになる壇上側を他所に、対峙するエアハルトとザルツヘルムは向き合う。

 しかし次の瞬間、ザルツヘルムの影から別の下級悪魔が姿の一部を現した。


「……!」


「お前達のにえだ。喰らえ」


 影から出ている下級悪魔の一部は、まるで海洋生物のタコ烏賊イカを思わせる幾本もの触手を見せる。

 それがザルツヘルムの影からエアハルトに襲い掛かり、幾本もの触手が掴もうと凄まじい速さで迫った。


「フッ!!」


 先程と違いエアハルトはその触手から逃げず、真っ向から立ち向かう。

 そして瞬時に伸ばした自身の右爪を武器とし、自身の魔力で強化した肉体で迫り来る触手を迎撃して見せた。


 最初に迫る二本の触手に対して、エアハルトは右爪で作り出した手刀を瞬時に斬り裂く。

 斬り裂かれた触手は一瞬で無数の肉片へ変化したが、根本から瞬く間に再生し他に迫る触手と合流した。


 斬り裂けながらも再生する触手を確認したエアハルトは、今度は迫り来る触手を回避しながら前に出る。

 そしてザルツヘルムが立つ場所を目指しながら駆け跳び、迫る触手を回避しながら右手で魔力斬撃ブレードを放った。


 しかしザルツヘルムは動揺する様子も見せず、周囲に残している触手が魔力斬撃ブレードを防ぐ肉壁となるように動く。

 そして魔力斬撃を受けて触手は斬られたが、守られたザルツヘルムは無傷のままであり、それを見て眉を顰めたエアハルトは大きく飛び退きながら迫る触手を回避し続けた。


「チッ!!」


「貴様を掴み喰らうまで、触手それは追い続ける。――……それに、お前を喰い損ねたものもな」


「ッ!!」


 舌打ちを鳴らしながら触手の追跡を回避するエアハルトだったが、その途中で別の匂いを嗅覚が感じ取る。

 それは一部の触手が机や椅子などを崩すように薙ぐ動きと連動し、先程に見た黒鮫がそれ等に生じる影に匂いを生じさせていた。


 そして次の瞬間、机の影から現れた巨大な黒鮫が飛び出る。

 更に大口を開けて尖る牙を見せながら迫ると、それを迎撃する為にエアハルトは身を捻りながら右脚を回転させ脚撃からの魔力斬撃ブレードを放った。


 顔面から尾まで斬り裂く大きな魔力斬撃により、黒鮫は真っ二つになりながら床へ飛び散る。

 それを見ながら更に怪訝そうな表情を見せたエアハルトは、黒鮫も触手と同様に再生する様子を見て悪態を吐いた。


「チッ。コイツもか」


「無駄だ。貴様では下級悪魔そいつらは殺せない」


「!」


「貴様は『敵』にあたいしない。そのまま餌として消えろ。忠義なき者よ」


 ザルツヘルムはそう語り、エアハルトを『敵』ではなく下級悪魔達の餌として処理している事を明かす。

 その言葉と共に襲い来る触手から飛び退こうとした瞬間、真っ二つに裂いた黒鮫から別の触手が形成されエアハルトの右腕を掴み取った。


「クッ!!」


 エアハルトは右腕の力で触手を引き剥がそうとするが、それより早く掴んだ触手が動く。

 そして凄まじい勢いで触手は動き、エアハルトを掴んだまま周囲の机や床、そして石柱などに叩き付け始めた。


「グ、ガ……ッ!!」


 エアハルトは顔や胴体を守れる唯一の隻腕みぎうでを掴まれたまま、それ等に激突して身体中から血を散らす。

 それが十数秒ほど続いた後、石柱に放り投げられながら叩き付けられたエアハルトは大きく血を吐き出し、床へ倒れ込んだ。


 その光景を見ていた壇上のユグナリスは、思わず叫びながら前に出ようとする。

 しかしそれを止めたのは、右腕を伸ばすログウェルだった。


「エアハルト殿ッ!! ――……ロ、ログウェル?」


「お前さんは、守るべき者をしっかり守っとれ」


「し、しかし……あのままだと、エアハルト殿は……!」


「今日は、良い月が出ておるはず。それに、今の彼奴なら問題は無かろう」


「えっ?」


 止めながらそう述べるログウェルの言葉を、ユグナリスは理解できず怪訝な表情を浮かべる。


 そうしている間にも、数多の黒い触手と再生した黒鮫が影を伝いながらエアハルトを捕食しようと迫る。

 しかし床へ倒れたままのエアハルトはボロボロの服と血を流す肉体を見せながらも、鋭い犬歯きばを見せながら呟いた。


「――……人間如きが、調子に乗るなっ!!」


「!」


 そう呟いた瞬間、エアハルトの体内に巡る魔力が凄まじい高まりを見せる。

 それが空気を伝わりながら会場内の大気に振動を起こし、ザルツヘルムや他の者達にも起きた変化を感じさせた。


 しかし喰らう事を目的とする触手と黒鮫は止まらず、倒れるエアハルトに襲い迫る。

 だがエアハルトが金色の輝きを纏いながら迫る下級悪魔レッサーデーモン達に放つ光を浴びせると、触手と黒鮫の肉体が一瞬で散るように崩壊する光景を見せた。


「……なんだ? コレは……」


 ザルツヘルムはエアハルトを纏う金色の光を目にし、怪訝そうな表情を浮かべる。

 更に大きく負傷しているエアハルトは右腕を支えに立ち上がり、金色の光を纏う姿を見せながら憤怒の瞳を見せていた。


 そしてザルツヘルムは何かに気付き、エアハルトの周囲を見て呟く。


「使い魔が、再生を始めない……?」


「……この奇妙な生物やつは、魔力で再生しているのだろう。ならば、再生できぬように消滅させればいい」


「!」


「貴様は俺を、狼獣族おれの誇りを侮った。――……その侮りは、絶対に許さん」


 エアハルトはそう述べながら、身に纏う金色の輝きを強めて周囲に散らす。

 その輝きが机や椅子に飛び散るとそれ等に焦げ目を与えながら火が灯り、ザルツヘルムはその状況からエアハルトが発する金色の光が何なのかを察した。


「……まさか、電撃を身に纏っているのか。……しかも、ただの電撃ではない。魔力そのものを消滅させる、電撃だとでも言うのか」


「俺は、誇り高き狼獣族ろうじゅうぞく! 魔獣の頂点に立つ魔獣王、雷神フェンリルの末裔だッ!!」


 エアハルトはそう述べ、電撃を纏いながら血を流す肉体を瞬く間に治癒させる。

 更に金色の電撃ひかりに混ざる白い光を高めながら、身体中から金色の毛を伸ばし始めた。


 そしてエアハルトの姿は、人型の狼へ変貌する。

 その身体は金色の毛を纏いながら高い魔力を放ち続け、明確な敵意を向けながらザルツヘルムに対する憤怒を漲らせていた。

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