対峙する敵


 奴隷の契約書を回収に向かうクビアは、自身を囮にしながら怪物と共に会場を離れる。

 そうした事態に帝国貴族達は分裂し、セルジアスの制止も虚しく四百名以上の人々が会場から出て行ってしまった。


 それでもセルジアスの指示に賛同し、ガルミッシュ皇族の守護を考える帝国貴族達は会場に留まる。

 しかしその直後、出て行った者達が出て行った大扉から一人の男が姿を見せた。


 それは帝国騎士団長の姿を偽装していた、騎士ザルツヘルム。

 二年前に起きたルクソード皇国の事件で合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造実験をしていた第四兵士師団の師団長ながら、介入したマギルスの手により死亡していると証言されている人物だった。


 死んだはずのザルツヘルムがその姿を現した事により、幼い頃からの旧知である皇后クレアは驚きを見せる。

 更に皇帝ゴルディオスと帝国宰相セルジアスも、死んだはずのザルツヘルムが騎士団長に変装してこの状況に現れた事を怪訝さを深め、緊張の面持ちを見せた。


 それでもセルジアスは怯まず、残る近衛兵や騎士や魔法師達に伝える。


「――……陛下達は奥へ! 全員、壇上こちらに寄りながら騎士隊と魔法師で防御を固めろっ!!」


 その命令こえに反応したそれぞれが、応じるように動きながら壇上の近くに集まる。


 女性や子供は壇上に近い奥側へ集められ、ゼーレマン卿を含む男性の帝国貴族達がその前に立つ。

 そして十数名程の帝国騎士が帯びた剣を抜いて壇上側を守るように立ち阻み、その周囲で魔法師が触媒の杖や魔道具を持ってザルツヘルムと対峙する態勢を見せた。


 その動きは先程の状況と違い、少数だからこそ短い時間で整えられる。

 しかしそうした一連の動きを敢えて見ていたザルツヘルムは、口元を微笑ませながら会場内に響く声で伝えた。

 

「――……やはり会場ここに残っている者達は、先程のような無様な輩とは違いますな。ゴルディオス陛下」


「!」


「だからこそ、貴方達は我が主君あるじの『敵』に成り得る存在だと認められる。……私も貴方達の『敵』として、敬意を見せるべきでしょうね」


 ザルツヘルムは微笑みを見せながらそう述べ、赤い絨毯の上を歩きながら壇上へ向かい始める。

 それに対してセルジアスは騎士や魔法師達に攻撃命令を下そうとしたが、それを止めるように皇帝ゴルディオスは歩み出ながら話し掛けた。


「セルジアス。魔石それを」


「陛下?」


「私が情報を得る為の時間を稼ぐ。君は状況それを観察し、得た情報から何をすべきか考えてくれ」


「……分かりました」


 そう頼むゴルディオスに、セルジアスは応じながら拡声用の魔石を渡す。

 それを受け取りながら前に出たゴルディオスは、皇族の威厳を見せながらザルツヘルムに話し掛けた。


「――……貴殿はルクソード皇国の騎士、ザルツヘルムだな?」


「……如何いかにも」


「貴殿は二年前、ルクソード皇国で起きた事件にて死亡したという情報が帝国に届いていた。しかしその様子を見る限りでは、死んだという情報に誤りがあったと考えて良いのだろうか? それとも、皇国側が偽の情報を流し帝国われわれを欺いていたと判断しても良いのだろうか?」


 ゴルディオスはそうした疑問を敢えて口に出し、拡声させながら問い掛ける。

 それを聞いたザルツヘルムは微笑みから微妙な面持ちに変化し、構え待つ騎士達から距離を離したまま足を止めて答えた。


「これは失礼した。確かに貴殿等から見れば、私の立場はどういう位置なのか分からないだろう。『敵』である貴方達には、私の立場を知る権利がある」


「……自分から聞いておいて申し訳ないが、貴殿はそれでいのか?」


「これは、貴方達という対等な『敵』に対する敬意です。我が主君あるじの『敵』として立つ覚悟をするのならば、可能な限り御答えましょう」


「……では、問わせてもらう。我々の『敵』だという、貴殿が『主君あるじ』と呼ぶ者。それは誰だ?」


「それについては、御答えしましょう。――……私が忠誠を尽くすべき相手は、今も昔もただ一人。ナルヴァニア様だけです」


「!」


「!?」


 ザルツヘルムはそう語り、自身が忠誠を向けている人物ナルヴァニアの名を告げる。

 それに壇上に居たガルミッシュ皇族全員が驚きを浮かべ、帝国貴族達の中にも僅かな動揺が広がった。


 その動揺を言葉で表すように、ゴルディオスは新たな問い掛けを向ける。


「まさか、ナルヴァニア陛下も……彼女も貴殿と同じように、生きておられるのか?」


「いいえ。ナルヴァニア様は二年前の事件後に処刑され、死亡しています。その点に関する情報に、間違いはありません」


「なら……」


「しかし。そのナルヴァニア様から、私はある命令を与えられていました」


「命令?」


「『自分ナルヴァニアの亡き後、息子ウォーリスに忠を尽くして欲しい』。生前のナルヴァニア様から、私はそう命じられています」


「!?」


「!!」


 ザルツヘルムの口からその命令ことばが伝えられ、ゴルディオスや周囲の者達は驚きを深める。

 特に驚きを深めているのはその場に残る帝国貴族達であり、それぞれが耳にしていなかった情報をザルツヘルムから聞き、動揺を見せていた。


「ウォーリス……。まさか、共和王国のウォーリス王……!?」


「あのウォーリス王が、女皇ナルヴァニアの息子っ!?」


「まさか……。しかし、そうなるとリエスティア姫は……」


「女皇ナルヴァニアの、娘なのか……?」


「……ならば、この事態にも何か関わりを……!」


 帝国貴族達はウォーリスの名を聞いた瞬間、ナルヴァニアと共和王国の王ウォーリスに繋がりがある可能性を瞬時に察する。

 更にウォーリスの妹と称されているリエスティアにも幾人かが目を向け、彼女リエスティアがナルヴァニアと血の繋がりがある可能性を考え、この事態にも関わっている事を考える様子さえ見えた。


 しかし壇上に立つガルミッシュ皇族の面々は、リエスティアがナルヴァニアの身内まごで可能性がある事を既に知っている。

 更に彼女自身がこうした事態に関われぬ状況である事を理解しており、ゴルディオス自らが疑いの目を向ける帝国貴族達に短くも事情を伝えた。


「……諸君も驚いているだろう。ウォーリス王とリエスティア姫の身内が、あのナルヴァニア陛下であるという情報を知った時には、余も半信半疑だった」


「!」


「しかし彼女達に血の繋がりがある事を証明するモノも無く、悪戯にこの情報を明かすべきではないと判断し、余が公表しない事を決めた。……事情があったとはいえ、貴殿等に黙っていた事を許してほしい」


 ゴルディオスはそう述べ、自身の判断でウォーリスとリエスティアが女皇ナルヴァニアの身内であった事を隠していた事実を教える。

 そして言葉だけながらも謝罪を伝え、改めてザルツヘルムへ視線を向けながら問い掛けた。 


「……ザルツヘルム。つまり貴殿はナルヴァニア陛下の命令に従い、今この場でもウォーリス王に忠誠を尽くしている。そういう事か?」


「その通りです」


「で、あれば。それはオラクル共和王国のウォーリス王が、こうした事態を招き起こしている。つまり貴殿の言う我々の敵とは、『オラクル共和王国』。そういう事か?」


「……いいえ。それも違います」


 ゴルディオスの問い掛けに対して、ザルツヘルムは首を横に振りながら否定する。

 その返事に多くの者達が疑問を浮かべると、一同の意見を代表するようにゴルディオスは問い掛けた。


「何が違う? ウォーリスとは、現オラクル共和王国の国王ウォーリスの事だろう」


「いいえ。あの国王は、ウォーリス様ではありません」


「!」


「彼はウォーリス様の影武者。ウォーリス様に付き従っている、アルフレッド殿です」


「……なるほど。つまり共和王国の国王であるウォーリスと、国務大臣だったアルフレッド。二人は素性を入れ替え、立場すらも入れ替えて共和王国を治めていたということか」


「その通りです」


「だが、何が違う? その二人が共和王国を牛耳り、昨今に起きる事態を招き、そして今回の事態にも関わっているはず。そうでないのなら、貴殿の言う我々『敵』とは誰の事を指している?」


「……先に誤解を解くのであれば。共和王国かのくには既に、ウォーリス様の手から離れました」


「……なんだと?」


「それだけではありません。今回の事態を起こすに辺り、影武者として国王を務めていたアルフレッド殿、そして私を含む幾人か使える者を除き、既に共和王国はウォーリス様の手から離れています」


「……まさか、共和王国を捨てたのか?」


「はい。故にオラクル共和王国は、貴方達の『敵』ではない。――……貴方達の『敵』とは、この事態を起こす事を決めたウォーリス様。そして、彼に付き従う者達です」


 淀みも無く伝えるザルツヘルムの言葉に、壇上側に立つほとんどが驚愕の表情を見せる。

 しかしその結論に既に至っていたセルジアスやログウェルは驚きを見せず、国の事情をよく知らないパールは話を理解できずに首を傾げていた。


 そうした驚きを見せる帝国側の様子を確認したザルツヘルムは、改めて声を向ける。


「御理解して頂けましたか? 貴方達の『敵』について」


「……ああ。だが、まだ完全に理解できてはいないな」


「完全な理解、ですか?」


「そうだ。……どうやらウォーリスの目的は、私達を殺める事なのだろう。だがここには、彼の家族であるリエスティア姫もいる。そして、我が息子と彼女の間に生まれた子供も。その二人も、ウォーリス殿は殺すよう命じているのか?」


「いいえ。ウォーリス様の命令は、『この祝宴に集まるガルミッシュ皇族と帝国貴族を殺せ』という命令だけです」


「つまり、リエスティア姫とその子供は殺さない。ということか?」


「そうなります。……そしてもう一人、私の願いで殺す事を留めるよう御願いしている者もいます」


「一人……?」


「それは、貴方です。クレア=フォン=ルクソード様」


「!?」


「……私を……?」


 そう伝えるザルツヘルムの言葉に、クレア本人すらも驚愕を見せながら全員が唖然とした様子を見せる。

 そしてクレアを殺すつもり意思が無い事を明かすザルツヘルムは、クレアに視線を向けながら話し掛けた。


「御久し振りです。クレア様」


「……ザルツヘルム。貴方が、何故……?」


「貴方に関する助命は、私自身の情や意思から来るものではありません。――……ナルヴァニア様の意思を、ウォーリス様が汲んで頂いたからです」


「えっ」


「様々な出来事で、ナルヴァニア様は御自身の復讐に貴方を巻き込むまいとしていた。……例え憎むべきルクソード皇族の血筋である、貴方であっても」


「!!」


「ナルヴァニア様は、本当の妹のように貴方の事を大切に思っていた。そして何も知らずに姉と慕い続けた貴方だけには、復讐の矛先を向けず、そして安寧を過ごされるよう望まれていた。……ウォーリス様もその事を御存知で、私の願いを聞き届けてくださいました」


「……そんな……。ナルヴァニア姉様……」


貴方クレアとリエスティア様。そして姫君の御子様も、私から生命の保証をさせて頂きます。――……しかし、他の方々はそうではない」


「!」


「ゴルディオス皇帝陛下、ローゼン公爵家当主セルジアス。そしてユグナリス殿下。このガルミッシュ皇族の三名を殺し、この場に集った帝国勢力を屠る。それがウォーリス様から命じれらた、私の役目です」


「……!!」


「貴方達を対等な『敵』と認め、私が御相手させて頂きます。……どうぞ、御覚悟を」


 この場に赴いた自身の目的を改めて説明したザルツヘルムは、再び歩み始める。

 そして明確に殺意を持つザルツヘルムの目的を知った面々は、身構えながら対峙する覚悟を見せながら呟きの声を漏らしていた。


「……しょ、正気か? あのザルツヘルムという男……」  


「まさか、たった一人で我々を殺せるとでも……?」


「他に伏兵がいるはずだ。周囲を警戒しろ」


 全員がそれぞれにザルツヘルムの動向を伺い、警戒しながらも疑問を浮かべる。

 それはゴルディオスやセルジアスも同じだったが、その傍に控えているログウェルが眉を顰めながら二人に届く声で伝えた。


「……迂闊に攻撃をせぬよう、他の者達を抑えてください」


「!」


「あの男から、奇妙な気配がします」


「奇妙な気配……?」


「どうも、悪魔と似通った気配ようすですな」


「……まさか、奴も悪魔と何かしらの関係が?」


「分かりません。しかし、常人が相手をすべきでは無いでしょう。ここは儂が――……!」


「!?」


 ログウェルはザルツヘルムから感じ取る気配を警戒し、自分が迎撃に出る事を考える。

 しかしそれを提案するよりも早く、ザルツヘルムの方で状況の変化が起きた。


 それはザルツヘルムに対して、一人の男が襲い掛かった姿。

 しかも凄まじい脚力で会場の中空を跳び、その頭上を襲わんと右脚で蹴りを放つ者の姿を見たユグナリスは、思わずその名を叫んだ。


「エアハルト殿っ!?」


 その叫びと同時にエアハルトはザルツヘルムの頭に蹴りを落とす。

 しかしザルツヘルムは身を捻るように回避しながら蹴りを外し、そのまま左腰に帯びていた剣を右手で抜きながらエアハルトを斬ろうとした。


 それより早くエアハルトは飛び退き、距離を開ける。

 更に互いに身構えながら、鋭い視線と声を向け合った。


「――……何をするのですか? 魔人殿」

 

「……」


「言ったはずですよ、私は『帝国勢力』を屠る事が役目だと。貴方達は『帝国勢力そのなか』に含まれていないのだから、そのまま見ているだけで良かったのに」


「……気に食わん」


「?」


「貴様から感じる、その奇妙な気配。それに先程からの匂い。……そして他の人間と同じように、貴様の何もかもが気に食わん」


「……よろしいのですか? 貴方が私と敵対するという事が、どういう意味になるのか」


「そんな事は知らん。それに貴様が殺すと言った奴の中には、俺との再戦を望んでいる奴もいる。それを果たす前に、貴様には殺させるつもりはない」


「……分かりました。では貴方も、愚か者達と同様に処理しましょう」


 エアハルトはそう述べ、帝国側に人々に加担する理由を明かす。

 それを聞いたザルツヘルムは呆れるような息を零し、エアハルトを処理する決断を見せた。


 こうして自ら『敵』である事を語るザルツヘルムは、会場に残る帝国側の人々を殺そうとする意思を見せる。

 それを阻んだのは帝国側の誰でも無く、ただ孤高である事を貫く元闘士、狼獣族のエアハルトだった。

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