祝宴は終わる


 二年前に起きたルクソード皇国の騒乱において、首謀者の一人であるランヴァルディアは数多の魔物や魔獣の細胞を用いた合成魔獣キマイラを製造する。

 その研究成果を得ていたウォーリスは、まったく別の場所で合成魔獣キマイラの製造に取り組んでいた事が明らかになった。


 そして千匹を超える合成魔獣キマイラが、ガルミッシュ帝国の帝都へ進攻を始める。

 それを実行させるウォーリスは、まるでアルトリアの憤怒と憎悪を煽るようにその感情を刺激させていた。


 そして時は少し遡り、アルトリアが退場した後の祝宴パーティーに視点は戻る。

 祝宴に参加する人々は外で起きている異常事態に誰も気付けないまま、やっとアルトリアの騒動から落ち着きを戻し始めていた。


 そして壇上に立つ皇帝ゴルディオスが、参列者達に向けて改めて述べる。


「――……慌ただしくも急な決断となったが、改めて告げよう。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンは、この日を持って皇族として皇位継承権を剥奪する。またこうした催事の出席を禁じることを、改めて皆に伝えよう。……それについて、何か異論のある者はいるか?」


「……」


「……異論は無いと判断し、アルトリア嬢に関する話はここまでとする。……だがそれとは別に、アルトリア嬢の言葉から幾らか看過できぬ話も出ていたな」


「!」


「我が息子ユグナリスは、アルトリア嬢と過去に起きた遺恨と同じ形で、貴殿等がリエスティア姫との婚姻を反対しているのだと主張していた。それについて、何か意見はあるか?」


「!?」

 

 ゴルディオスの言葉に、参列している帝国貴族達は表情を強張らせる。

 しかしその言葉を否定するように、幾人かの帝国貴族の当主が前に出て意見を述べた。


「そのような事は、決してございません!」


「我々がアルトリア姫に共謀し、殿下の正妃について反対していたわけではありません!」


私共わたくしどもは帝国の将来を憂い、殿下の正妃について慎重を期すると考えていたに過ぎません!」


 そうした言葉でアルトリアの意思により反対意思を見せていたわけではない事を伝える帝国貴族の面々に、他の貴族達も同意する。

 しかしゴルディオスは視線を細め、ある言葉で彼等のそうした意見を一封して見せた。


「……そうした考え方を持つに至った事にも、アルトリア嬢に思惑に乗せられていないからだと、完全に否定できるか?」


「えっ」


「アルトリア嬢が本気で今回の正妃案について妨害しようと思えば、幾らでもやり様はある。例えば、共和王国との同盟継続やリエスティア姫の悪い話を各地方へ流し、貴殿等の耳に届けるという方法もあるだろう。……そうして正妃に関する反対の思考誘導をアルトリア嬢が行っていないと、完全に否定できるか?」


「……!!」


「他にも、別の意見でリエスティア姫を正妃に置く事を反対する者もいるだろう。中にはユグナリスに自分の身内となる女性を正妃に推したい者もいるはずだ。……だがそう考える者は、本気でその女性を正妃に据えられると思っているのか?」


「な……っ」


「先程も言った通り、ユグナリスはリエスティア姫を心の底より愛している。その意思を蔑ろにして正妃に付かせようとする女性に、ユグナリスがリエスティア姫以上の愛情を注げると思うか?」


「!?」


「仮に注がれると思い込む者がいるとしたら、それはよほど楽天的な女性だろう。そしてそうした女性を推す者は、ユグナリスの感情いしを蔑ろにする思考を持つ者だと考えられる。……どちらにしても、皇族の意思を無視する利己的な意見など、とても対等な意見とは呼べぬな」


「……ッ」


 意見を発した帝国貴族や周囲の者達は、こうしたゴルディオスの言葉に反論を封じられる。


 帝国の形態がルクソード皇族を中心とした貴族社会である以上、中心となるべき皇族の意思を蔑ろにするような言動が帝国貴族達に見られれば、それは皇族の意思に従わぬ事を自ら明かす事と同義だと言ってもいい。

 そしてユグナリスの意思を無視してまでリエスティア姫を側妃として扱わせ、別の女性を正妃に推そうなどとすれば、帝国貴族としての皇族の意思を無視して自己の利益を追求していると咎められてしまう事もあるかもしれない。


 このような反撃の言葉をゴルディオスは伝えると、帝国貴族達は反論する言葉や様子さえも隠し、口を閉じながら渋い表情を見せる。

 そして改めるように元帝国宰相のゼーレマン卿に視線を落としたゴルディオスは、改めてその意思を尋ねた。


「ゼーレマンよ」


「はい。陛下」


「貴殿の意見は、余としても理解できる。だがやはり、帝国の利益と正妃とする者の立場を結び付けて語る事は、この場で最も不適当な意見だと余は思う」


「……」


「ユグナリスとリエスティア姫。若い二人が双方に愛し合い、その結果として子供シエスティナが生まれた。その順序こそ問題はあるが、その点に双方の意思が間違いなく存在するのなら、二人の仲を裂くような行為は不粋とも言える。……その点について、お前はどう思う?」


「……確かに若い双方が愛し合う仲なのであれば、それを裂くのは不粋と言えましょう。……しかもアレほどの覚悟と度量を持つ姫君であるのなら、今の殿下に最も相応しい女性とも言えます」


「!」


 ゴルディオスの問い掛けに応じたゼーレマンは、自ら『利』を取り払った個人の意見を伝える。

 それに帝国貴族の面々は驚きを見せながら、続くゼーレマンの言葉に耳を傾け続けた。


「失礼を申しますが、私はアルトリア姫との仲違いついて、ユグナリス殿下に大きな非があるモノだと考えていました。……しかし実際には、双方の未熟さ故の仲違い。どちらが悪いとは言えない状況を間近で見せられ、少し呆れておりました」


「……」


「そしてリエスティア姫についても、盲目で足の動かぬ姫と聞き、一人で何も出来ぬ姫君を殿下の正妃とするのははばかられると思うておりましたよ」


「思っていた、か?」


「はい。……先程、リエスティア姫が二人の口論を仲裁し、あのアルトリア姫に対等に向き合う姿。あの時に見せたリエスティア姫の対応は、殿下の正妃として頼もしい姿に見えました」


「!」


「これからも、まだ御若い殿下の成長は続く事でしょう。その成長を良き方向に促し、更に帝国の将来に最も良い関係を築くのであれば、リエスティア姫が最も相応しい正妃となるだろうと、私は考えます」


「そうか。それならば、余も同意見だ」


「……!!」


 ゴルディオスとゼーレマンはそうした話を行いながら、車椅子に座るリエスティア姫に視線を向ける。

 その傍にはユグナリスは親身に付き添い、皇后クレアの手から母親の腕に戻された子供の姿も見えながら、先程の立ち振る舞いを見せたリエスティアに一同の視線が集まった。


 そして改めるように、ゴルディオスはこの場に参列する帝国貴族達に問い掛ける。


「改めて、諸君に問おう。リエスティア姫をユグナリスの正妃とすることに、反対する者はいるか?」


「……」


「このリエスティア姫以上に、ユグナリスに相応しいと言える女性がいるか? もし居ると名乗れる者がいれば、前に出て答えよ」


 高らかに問い掛けるゴルディオスの言葉に対して、帝国貴族の誰もが意見を述べない。

 その沈黙はゴルディオスの意見に同意している意味も含まれており、誰もが反発する意見や言動を零す様子も無くなった。


 そしてゴルディオスは、改めてリエスティアに右手を傾けながら告げる。


「反対する者は居ないな。――……ではこの日より、リエスティア姫をユグナリスの正妃として迎える。同意する者は、二人を……いや、三人を拍手で迎えてやってくれ」


 そうして拍手を起こすゴルディオスの言葉に続き、現帝国宰相セルジアスと皇后クレア、そしてゼーレマン卿が拍手を起こす。

 その拍手に合わせるように立ち並ぶ帝国貴族達も、重なるように拍手を起こしながら会場全体に拍手の音が巻き起こった。


 祝宴に満ちた拍手で改めて迎えられるリエスティアは、子供を腕に抱きながら動揺した面持ちで隣に居るユグナリスへ話し掛ける。


「――……ユ、ユグナリス様。これって……」


「皆、君を正妃として認めてくれたんだ。ティア」


「……そ、それでは……」


「ちゃんとした式は、後ですると思うけど。……今日から、俺達は家族だよ」


「……はい」


 拍手で迎えられるリエスティアは、改めて帝国の人々に自分が認められた事を察する。

 そしてユグナリスの言葉を聞きながら涙を零し、微笑みを浮かべ合った。


「……ぅー、うぅー……」


「あっ」


「あはは。周りがうるさくて、起きちゃったかな」


 リエスティアの腕に抱かれていたシエスティナは、その場に満ちる拍手の音で起こされた為に泣き声を漏らす。

 それを微笑みながらなだめる二人は、喜びを共有しながら家族として満ち足りた表情を浮かべていた。


 しかし次の瞬間、その拍手の音が静まり始める祝宴の場に一つの音が鳴り響く。

 それは会場内の出入り口となっている扉を開いた音であり、そこから現れた人物は場に満ちる空気を無視しながら焦りの色を濃くした表情を浮かべ、赤い絨毯の上を走っていた。


 それに気付いた会場内の人々が、絨毯の上を走る女性の姿に気付く。

 その女性に気付いたガゼル子爵家当主フリューゲルは、再び青褪めた表情を見せながら口を開けた。


「――……パ、パール殿っ!? またですかっ!?」


 ガゼル子爵はそうした嘆きを零し、赤い絨毯を走るパールの姿に唖然とした表情を浮かべる。


 しかしそうしたガゼル子爵の声にも視線すら向けないパールは壇上まで駆け上がると、荒々しい声である人物の名を呼んだ。


「――……セルジアスッ!!」


「!!」


「き、君は……」


 壇上に上がりながら大声でセルジアスを呼んだパールに、ゴルディオスや周囲の者達は驚きを見せる。

 走って現れたその姿は足元の装束ドレスが走る為に引き裂かれており、思わぬ人物の乱入に周囲の帝国貴族達は怒鳴った。


「あ、あれは!」


「さっき、アルトリア姫と一緒に居た……!」


「衛兵や騎士は、何をしているっ!?」


「あの無礼な女を、壇上から下げさせろっ!!」


 各帝国貴族達は、壇上の付近で備えていた衛兵や騎士に呼び掛ける。

 それに呼応するように衛兵や騎士がパールを取り押さえようと動いたが、それより先にセルジアスの制止する声が場に響いた。


「――……彼女を取り押さえる必要はありません!」


「さ、宰相閣下!」


「しかし……!」


「ここは私に任せなさい。――……パール殿、どうしたのですか?」


 取り押さえようとする衛兵や騎士達を制止したセルジアスは、壇上に上がったパールに歩み寄る。

 そして慌てる様子で右手に持つ白紙の紙札を差し出したパールは、セルジアスにそれを受け取らせながら荒い声で伝えた。


「アリスが危ない!」


「アリス……。アルトリアの事ですか? それに、この紙は……」


紙札これから、アリスの声が聞こえた!」


「声が?」


「さっきまで、アリスと男の声が聞こえた! よく分からないが、こっちに来るなとか、帝城しろにいた人間が死んだとか、アリスを連れて行くとか、そういう話が聞こえた!」


「!!」


「そうしたら、アリスの声が聞こえなくなって……。……多分アリスは、私に渡した紙札これで、何かが起こった事を伝えた!」


 パールは言葉の拙さを見せながらも、アルトリアが自分に何かを伝える為に紙札を使って声を届けた事を理解する。

 その情報を伝える為に祝宴の場に戻ったパールは、帝国の中で最も信用できるセルジアスに状況を伝え、アルトリアに何かしらの異変が起こった事を伝えた。


 こうしてリエスティアはユグナリスの正妃として認められながらも、それを許さぬように事態は急変する。

 それはアルトリアがウォーリスと対峙した際に手持ち鞄に収めていた紙札を通じてパールに伝えさせ、再び帝都に異変が起きたことをセルジアス達にも伝えさせていた

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