憎悪の火種


 ガルミッシュ帝国の帝都の上空で対峙するアルトリアとウォーリスは、そこで凄まじい攻防戦を繰り広げる。


 アルトリアが作り出した夥しい数の魔力球ボールがウォーリスを襲うが、その全てが一蹴するまでも無くウォーリスの魅せる金色の眼力の影響を受けるように爆発し、その身体に直撃させる事が出来ない。

 帝都の上空ではその爆発は魔力の粒子を散らして様々な色合いの輝きを魅せながら、あたかも祝宴を祝う花火に帝都の人々には思えた。


「――……うわっ、なんだアレ……?」


「空で、なんか光ってる……」


「綺麗だなぁ」


帝城しろ上空うえっぽいけど、花火でも上げてるのかな?」


「アレが花火? それにしちゃ、随分と上空うえまで打ち上げられてるなぁ……」


 帝都の流民街や市民街の区画で祝宴に興じている人々は、上空の光に気付きながらも何が起こっているか判断できていない。

 その光の中に混じる二人の存在も高度の高い夜空では気付けず、催事が行われている事もあり、祝宴の催事で花火が打ち上げられていると誤認する者がほとんどだった。


 しかし帝都の外壁付近で結界の整備と警備を担う兵士に混じる魔法師の中には、上空の光によって異変に気付く者もいる。


「……妙だ。あの花火」


「え?」


「確か、今回は花火を打ち上げる予定は無かったはず。あんな大量の花火を持ち込んだら、流石に警備わたしたちも覚えているはずだ。……それにあの光の高さは、帝都に張られてる結界より遥かに上に見える」


「!」


「花火を打ち上げるにしても、結界に当たればその範囲内うちがわで散るはず……。……それにあの光、火薬の光には見えない。あれは、まるで魔法の……!」


「……まさか、魔法の光?」


「警備隊長に伝えて、帝城に急ぎ連絡を! 上空の光が何なのか、確認するんだっ!!」


 外壁の中から外を見上げるその魔法師の言葉を切っ掛けに、帝都の上空で見られる光の連続が火薬を用いた花火では無いことに多数の兵士達が気付く。

 それを皮切りに市民街と流民街を警備する兵士達が魔道具を用いた通信を帝城しろに行ったが、その応答に誰も出ないことに気付き、帝城でも異常事態が起きている事に気付かせた。


 その情報が流民街と市民街の兵士達にも共有され、各場所に配備されていた兵士達を束ねる隊長達が帝城へ向かうべく兵員を集め始める。

 そうした状況すらも見えているのか、アルトリアの攻撃を諸ともしないウォーリスは帝都を見下ろした後にこう述べた。


「――……なるほど。この魔力球こうげきは、下の人間に異常事態を気付かせる為でしたか」


「ッ!!」


「しかし、気付かせてどうなるのです? 帝都したの彼等が逃げる時間でも作ってあげているつもりですか?」


「……ッ」


「無駄ですよ。……帝都ここにいる者達は、誰一人として逃げられない」


「グッ!!」


 新たな魔力球を周囲に作り出して放とうとするアルトリアだったが、金色の瞳に変えたウォーリスの眼力によってそれ等が爆発を起こす。

 自身の間近にあった魔力球の爆発に巻き込まれたアルトリアは、背中に纏う翼を盾にしながらも飛び退きながらウォーリスとの距離を大きく離れた。


 しかし爆発の影響で、アルトリアの視界からウォーリスが見えなくなる。

 それを苦慮する表情を見せながらアルトリアは周囲を見回すと、僅かに逸らした正面からウォーリスが浮遊した状態を維持して姿を現した。


「……やはり貴方にとって、帝都したの人々は脅迫とりひきの材料として十分だったらしい」


「ッ!!」


「最初に言ったはずですよ。――……この状況は、貴方の選んだ結果ことです」


 ウォーリスは口元を微笑ませながらそう述べると、自ら右手を軽く上げ始める。

 それを警戒し身構えるアルトリアだったが、そこからウォーリスに何かしらの変化が起こるわけでもなく、怪訝そうな表情を見せながら睨みを向けた。


「……アンタ、何を……」


「合図ですよ」


「!」


「貴方が私の提案に応じなかった際に、用意していた新たな提案。それを実行する為の合図です。……周囲をよく御覧になれば、貴方の選んだ選択がどのような結果をもたらしたか。分かると思いますが?」


「……っ!?」


 ウォーリスの言葉と態度に警戒しながらも、アルトリアは周囲を見下ろしながら状況の変化を確認する。

 すると真夜中の暗闇に閉ざされている帝都の周囲で、奇妙な変化が見え始めている事に気付いた。


 その変化とは、帝都周辺で動く奇妙な影。

 しかも帝都の上空からでも確認できる程の影であり、その数は単独などではなく、夥しい数の動きを見せていた。


 そしてその動く影が、それぞれに奇妙な赤い光を放っている。

 目を凝らしながら動く影を確認するアルトリアだったが、視力の限界を察し、周囲に出現させた魔力球を影が見える位置に放ち、地面を照らす位置で爆発させながら散りばめられる魔力の粒子によって影の正体を見極めた。


 そして照らされる夥しい影の正体を見たアルトリアは、驚愕するように瞳を見開く。


「――……アレって……!!」


 アルトリアは目を見開きながら、信じられない様子で表情を強張らせる。

 

 帝都の周囲に群れを成して現れていたのは、夥しい数の魔獣。

 しかもただの魔獣ではなく、明らかに自然の生態系から外れた形状をした魔獣が多く、通常の個体とは異なるような体格や発達を見せている。

 更に他の魔獣と組み合わせられたような姿をした奇妙な魔獣も、小型から大型の魔獣も含めて確認できた。


 その魔獣達の奇妙な姿を見て、アルトリアは記憶に浮かび上がるその正体を口に出す。


「まさか、アレは全て……合成魔獣キマイラ……!?」


「そう、アレ等は合成魔獣キマイラ。貴方がルクソード皇国で戦ったランヴァルディア、彼が製造していた合成魔獣キマイラ達ですよ」


「ランヴァルディアの……!?」


「彼とは友人でしてね。彼の生態研究に幾らか関わり、少しばかり彼の研究成果を融通して頂いたんです。もっとも、合成魔獣キマイラに関してはすぐにランヴァルディアの手から離れて研究されていたようですが」


「まさかアンタも、合成魔獣キマイラを製造を……!!」


「していましたよ? ただし、共和王国オラクルではなく別の場所で行っていましたが」


「……共和王国アンタのくに以外にも、アンタの拠点があるってことね」


「ええ。興味が御有りなら、今すぐにでも御連れする準備は整えていますよ」


「冗談を聞ける状況じゃないのよ。……あの合成魔獣キマイラ達を、アンタが動かしたってことは……」


「御察しの通りです。――……今から千体を超える合成魔獣キマイラの群れが、帝都を襲います」


「!」


「いずれも上級魔獣に匹敵する、あるいは超える個体ばかりです。……アレだけの魔獣に攻め込まれれば、帝都の戦力ではどうする事も出来ない」


「……合成魔獣キマイラを使った、魔獣災害スタンピード……!」


「アレ等は通常種と異なり、人も躊躇無く喰えるように調整しています。そして食事を与えていない餓鬼状態でもある。……帝都に居る十万人の人々は、魔獣に喰われて死に絶えるというおぞましい状況となる」


「そんなこと、私が――……」


「させるものか、ですか? ……そもそも貴方は、私の相手で手一杯。いや、私の相手にもなっていない」


「ッ!!」


「確かに貴方ならば、一人で合成魔獣キマイラの群れを屠る事も可能でしょうが。……私を前にしてそれが出来ると自惚れるほど、私との差に気付いていないはずもないでしょう?」


「……アンタ、まさか……」


 仰々しくもそう述べるウォーリスの態度に、アルトリアは嫌悪に近い表情を浮かばせる。

 それを見るウォーリスは微笑みを浮かべながら、新たな言葉を口にし始めた。


「では、新たな提案をさせて頂きましょう。――……あの千匹を超える合成魔獣の進撃を止めたければ、私に大人しく従いなさい」


「……ッ」


「もし従うのなら、合成魔獣キマイラは大人しく退かせましょう。……しかし抵抗を続けるのなら、貴方は帝都に居る人々が合成魔獣キマイラに喰われる姿を、私と共に眺めるしかない」


「……結局、成立するかも分からない理不尽な脅迫ね」


「私も出来れば、こうした手段は取りたくなかった。穏便に事を運び、貴方が私のもとくだるよう計画を進めていたのに。……ミネルヴァを始めとした不穏因子イレギュラーのおかげで、強行手段に至るしかなくなった」


 溜息を漏らすウォーリスの言葉に、アルトリアは怪訝な面持ちを強くする。

 そして聞こえた言葉から見えたウォーリス側の実情を確認し、改めて微笑みを見せながら反論の声を向けた。


「……強行手段。つまり今のアンタは、こうせざるを得ない状態に追い込まれたってことね?」


「……」


「当初の同盟計画が御破算になって、私の誘拐が失敗して。……今度は自分で乗り込んで攫おうだなんて、随分と焦ってるじゃないのよ?」


「……ふっ」


「何をそんなに焦ってるんだか知らないけど、ここでアンタの計画を阻めば更にアンタを追い詰められる。そういう事でしょ?」


「素晴らしい状況判断ですね。……しかし、実力が伴わなければ意味が無い」


「!」


「貴方は私に抗えず、そして合成魔獣キマイラの進攻も止められない。――……貴方は何をしても、私に従うしかない。それが貴方の限界だ」


「……ッ」


「さぁ、答えを聞かせてもらいましょう。――……素直に私へくだり、帝都ここを去るか。人々が喰われる様を見た後で、帝都ここを去るか。……さぁ、選びなさい」


 ウォーリスはそう述べ、相手の感情を刺激するような提案を問う。

 それを聞いたアルトリアは僅かに憤怒の表情を見せ始め、ウォーリスに対する憎悪を強め始めていた。


 そうした感情の変化を確認したウォーリスは微笑みを強くし、まるでアルトリアの憎悪を喜ぶような様子を見せる。

 互いに余裕の無い状況だと理解しながらも、アルトリアとウォーリスは異なる表情で互いの事を見続けていた。

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