本当の正体


 悪寒と恐怖を感じさせるウォーリスと睨み向かうアルトリアは、その口から驚くべき言葉を聞く。

 それはウォーリスの娘リエスティアについての事であり、今まで自分の娘リエスティアとして大事に扱っていた本当の理由が、『黒』の七大聖人セブンスワンとしての肉体を持つからという家族の情を感じさせない内容だった。


 更に『黒』の肉体が『創造神オリジン』と呼ばれる存在の肉体でもある事を承知していたウォーリスは、その肉体と死霊術を用いた企みである事を明かす。

 それを聞いたアルトリアは驚愕を深め、ウォーリスを鋭く睨みながら怒鳴り声を向けた。


「……アンタがリエスティアを守って来た理由は、身体だけが目的だったってこと……!?」


「人聞きが悪いことを言う。私が求めているのは、あくまで『黒』の誕生と共に存在する『創造神オリジン』の肉体。それ以上でも以下でもありません」


「よく言うわ。詰まるところ、アンタは一度としてリエスティアを家族むすめとして見て無かったって事でしょ! それが最低だって言ってるのよっ!!」


「なるほど。そうした非難であれば、甘んじて受け入れましょう。――……だが結局、貴方はこの状況を何も変えられない」


「!」


「貴方は従わなければ、この帝都に居る『創造神の肉体リエスティア』以外の全員が死ぬことになる。……さぁ、答えを聞かせて頂けるだろうか? アルトリア嬢」


 ウォーリスは帝都に居る人々の命を脅迫おどしの種とし、アルトリアを服従させようとする。

 それを聞いたアルトリアは躊躇いの息を漏らしながらも、口元を微笑ませながら言い放った。


「……私を馬鹿にしないことね」


「?」


「例え私が脅迫おどしに応じたとしても、アンタは帝都ここの人間を皆殺しにするつもりでしょ。違う?」


「……ふっ」


「成立しない脅迫おどしに屈するほど、私は馬鹿じゃないわ。そもそも、他人の命と自分の命を天秤に掛ける気なんて無いもの。その脅迫おどし自体が、今の私には無意味ナンセンスよ」


「……貴方の性格を考える限り、そうは思えませんが」


「それにアンタの計画を進めると、より多くの犠牲が生まれてしまう。――……例えかなわなくて、アンタの計画だけは阻止して見せるわっ!!」


「……その言い方、やはり私が明かしていない計画くわだてまでも知っているようだ。……何処でソレを知った?」


「!!」


 脅迫おどしに屈しない様子を見せるアルトリアは、気丈にも抗う様子で身構える。

 その態度と言葉の端から感じられる違和感に気付いたウォーリスは、今まで微笑んでいた表情を消失させ、声色を低くしながら初めて睨みを向けた。


 次の瞬間、睨みと共に向けられるウォーリスの殺気がアルトリアにも届く。

 極寒でも感じない程の悪寒と恐怖で身を震わせるアルトリアだったが、手に持つ小鞄ポーチを投げ捨てながら、自身の能力ちからを用いて魔法を行使した。


「――……『魂で成す六天使の翼アリアンデルス』ッ!!」


「!」


 叫ぶアルトリアは自身の背後に六枚の翼を顕現させ、その場から大きく飛翔する。

 そして二百メートル以上の上空へ五秒にも満たない時間で到達し、帝都に張り巡らされている結界へ接触すると、それを突き破ること無いまますり抜けるように突破して見せた。


 それを見上げるウォーリスは、おごそかな表情を見せながらも納得したような言葉を呟く。


「……なるほど。始めから全力で逃走にはいるとは、貴方の言葉に嘘は無いようだ。……だが――……」


「――……ッ!?」


「……転移も使えない貴方では、私から逃げられない」


 上空に逃げたアルトリアを追うような様子すら見せず、帝都の地を踏んでいたウォーリスはその姿を消す。

 そして次の瞬間には、帝都を離れようと飛翔しながら動くアルトリアの前方に出現し、翼も無いままに浮遊する姿を晒した。


 それが転移魔法である事を明かすウォーリスに、アルトリアは苦々しい面持ちを浮かべる。


「く……っ!!」


「悪足掻きは止めたほうがいい。大人しく捕まれば、痛い思いをせずに済む」


「誰がっ!!」


 投降を勧めるウォーリスに対して、アルトリアは躊躇せずに攻撃態勢に移る。

 自ら広い背負う六枚の翼を一気に広げた瞬間、その周囲には数百にも見える白い羽根が舞い散った。


「『我が盾にエルメス! そして切り刻めアダージュッ!!』」


 その白い羽が自分アルトリアの周囲に結界を作り出し、身を守る為の盾となる。

 更に百以上の羽がけんとなり、ウォーリスに向きながら百以上の閃光が重なるように放たれた。


 それをウォーリスは回避する様子も無いまま受け、白い閃光に飲まれる。

 攻撃を加えたアルトリアはそのまま翼を羽ばたかせて飛び下がり、ウォーリスとの距離を開いた。


 しかし次の瞬間、放たれた閃光がまるで四散するように消え失せる。

 四散した閃光の光は粒子となって周囲に撒かれ、アルトリアは目を見開きながら驚愕する様子を見せた。


「な……っ!!」


「――……かくが違う。そう言ったはずだ」


 四散する粒子の中から姿を見せたウォーリスは、身体の前に広げた右手を横に振り払った状態を見せる。


 百を超える魔力で形成した斬撃を合わせた放出こうげきを、ウォーリスはただ右手で振り払い散らしたように見えた。

 アルトリアは無傷のウォーリスの驚愕を深めながらも、展開したままの羽から新たな攻撃を仕掛けようと動く。


 しかし右手を前方に翳したウォーリスは、親指と中指をこすわせながら指音を鳴らした。


「ッ!!」


 その音が周囲に強く響いた瞬間、アルトリアの周囲を待っていた羽が突如として砕け散る。

 更に背中へ展開している六枚の翼も砕け散ると、飛翔できる術を失ったアルトリアは上空から一気に帝都の地面に向けて落下し始めた。


「クッ――……『魂で成す六天使の翼アリアンデルス』ッ!!」


 羽と翼を失いながらも、アルトリアは再び六枚の白い翼を背中に展開させて飛行能力を得る。

 そして落下を停止させウォーリスが居る上を見上げた瞬間、自身の背後に強い悪寒を感じた。


「――……いい加減に、諦めた方がいい」


「グッ!!」


 背後から感じる悪寒と声で回り込まれた事を察したアルトリアは、身体を捻るように空中で回転させ背の翼を動かしながら後ろに居るウォーリスを襲う。

 しかし叩き襲う翼を全て右手のみで払い除けたウォーリスにより、再びアルトリアの翼は全て砕け散った。


 再び翼が砕かれたアルトリアは、重力に逆らえずにそのまま落下し始める。

 それを見下ろすウォーリスを視界に収めるアルトリアは、苦々しい表情を強めながらも諦めずに再び翼を展開させた。


「くそっ!! ――……『魂で成す六天使の翼アリアンデルス』ッ!!」


 再び展開された六枚の翼に支えられながら、アルトリアは落下を免れ上体を起こしながら重心を戻す。

 そして緩やかに降下するウォーリスの姿を確認し、真下から飛び退くように離れた。


 降下したウォーリスはアルトリアと同じ高度を保ちながら浮遊し、両腕を後ろに回しながら真っ直ぐとした姿勢を見せる。

 それに対してアルトリアは疲弊した様子を見せ、息を整えながら額から流れる汗を左手で拭った。


「はぁ……、はぁ……っ!!」


「いい加減に、理解できただろう。私との差を」


「ま、まだ……終わってないわ……っ!!」


「君の魔法や秘術は、既にランヴァルディアとの戦いで知り尽くしている。諦めた方がいい」


「……ランヴァルディア、ですって……!?」


「そう、ルクソード皇国で君達と戦った『神兵』ランヴァルディア。彼との戦いで、君が使用した魔法や秘術のほとんどは既に解析されている。その翼も、実に簡単な仕組みだった」


「!!」


「その翼は、周囲の魔力を凝縮し形成された模造品ものでしかない。ならば周囲の魔力を振動させる音で崩壊させれば、触れずとも容易く翼は破壊される。触れた場合でも、その翼以上に凝縮した魔力や生命力で纏った衝撃を与えれば、苦も無く砕ける。私がやったように」


「……どうして、そんな知識をアンタが……!」


「かつては、私も魔力という物質について探究する者の一人だった。今では『青』と呼ばれている、あの男と同じように」


「……アンタ、いったい何者なのよ……っ!?」


 アルトリアは追い詰められた状況で、更に深まる疑問を思わず口にする。


 自分アルトリアに匹敵する魔法知識を有し、自分アルトリアを上回る魔法力と存在感を発揮するウォーリスという男。

 更にランヴァルディアや『青』と面識があるような口振りを見せ、その素性や能力が今まで明かされた情報と矛盾が生じている事をアルトリアは察しながら不可解さを強めていた。


 そんな怪訝さを隠さず問い掛けるアルトリアに対して、ウォーリスは口元を微笑ませた後に口を開く。


「……三千年ほど前。この人間大陸には、巨大な国が存在していた」


「!」


「その国は君達の祖国であるガルミッシュ帝国と同じ、『帝国』の名を冠する国だった。しかしある人物が皇帝となった後、様々な国や人種を飲み込んだその帝国は、『大帝国』として人間大陸を支配し、更に魔大陸にまで至った」


「……第一次、人魔大戦……!?」


「そう、君達がそうした形で語り継ぐ時代の話。――……私はその時代から、現在まで存在し続けている」


「……三千年前から、存在って……。嘘よ! だって、アンタは――……」


「そう、私は『ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド』。私という存在は、三十五年前にナルヴァニア=フォン=ルクソードを母胎として産まれた。……しかし、それはこのうつわの話だ」


「……うつわって……。……じゃあ、アンタは……ッ!!」


 ウォーリスの口から明かされる話の数々で、ようやくアルトリアは一つの結論に至れる。

 それに応じるようにウォーリスは深い微笑みを見せ、両手を広げるように見せながら告げた。


「私の名は、『ゲルガルド』。――……そして過去に築かれた大帝国の時代から、現在まで続く人間大陸で生き永らえ続けた、異物バケモノ


「!」


「そしてこの『ウォーリス』を通じて、私はかつて大帝国を築き上げた男と同じ領域に至れた。――……今の私は、多くの命を奪い、多くの命の信仰される者。『到達者エンドレス』だ」


「……到達者エンドレス……!!」


 ウォーリスは自身の名を『ゲルガルド』と称し、自身の存在が三千年前から続く異物バケモノであり、更に神と呼ばれる者達と同じ『到達者エンドレス』だと言い放つ。

 それを聞いたアルトリアは目の前の人物ウォーリスから感じる悪寒と恐怖で身を震わせる理由こそ、到達者エンドレスだからだと理解し表情を強張らせた。


 こうして逃走を図ろうとしたアルトリアだったが、用いれる限りの手段が通じない事を体験させられる。

 そして目の前に居る『ゲルガルド』と名乗る人物は、この世に数人しかいない『到達者エンドレス』の領域に達している事を、否応なく察せられる事になった。

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