大事な存在
自らの意思で祝宴から退場したアルトリアは、パールと別れて帝城の外に出る。
そこにはただ一人、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルドが馬車を連れ立って待っていた。
まるで祝宴から出て来る事を知っていたかのように待機するウォーリスを見たアルトリアは、冬時の夜間ながらも冷や汗を首筋に流す。
以前に向かい合った時とは異なる気配を纏っているウォーリスの気配を否応なしに感じ取るアルトリアだったが、最大の警戒を向けながらも強気な態度で怒鳴りを向けた。
「――……アンタが、どうしてここに……!! 警備をしてた騎士達は、どうしたのっ!?」
「その答えを知って、何か意味がありますか?」
「……まさか……!!」
呆れるように答えるウォーリスの口調に、アルトリアの脳裏はある予感を思い浮かべながら渋い表情を浮かべる。
そのアルトリア対しては微笑みを浮かべるウォーリスは、敢えてその質問に答えた。
「しかし、淑女の問い掛けには答える器量は紳士として必要でしょう。――……彼等は既に、死んでいますよ」
「ッ!!」
「それだけではない。あの
「……な、なんですって……」
ウォーリスからその言葉を聞いたアルトリアは、驚愕を深めながら周囲を探る。
帝城の内外には争ったような痕跡も無く、また襲撃されたような痕跡も無い。
それどころか警備の騎士達や他の人員が争ったような跡も確認できず、アルトリアは改めてウォーリスを意識しながら鋭い視線を向けて言い放った。
「……嘘にしては、大胆過ぎるわね」
「嘘だと思いますか?」
「殺したって言う割には、その跡が何処にも無かったわ」
「しかし、それらしい物は残っていたはずだ」
「!」
「そこに居た人間がそのまま姿を消したような、そんな跡。――……その意味が、貴方に分かりますか?」
ウォーリスの余裕を持つ笑みを見せながら向ける言葉に、アルトリアの脳裏には更なる予感が膨らむ。
それを否定するように思考を傾けるアルトリアだったが、ウォーリスは一歩だけ足を進めながら答えを述べた。
「彼等は何の抵抗も出来ず、その場で死んだ。自分が死ぬ瞬間まで何も気付けずに、誰にも気付かれずに」
「……!!」
「私という異物に対して、彼等は抗う事すら出来ない無力な存在だった。……実に脆弱で滑稽な、哀れな生き物だ。人間という存在は」
「……まるで、自分が人間とは違うみたいな言い方ね?」
「私を人間だと、貴方は思いますか?」
「……残念ながら、とても思えないわ」
目の前に居るウォーリスから放たれる気配が、明らかに人間や聖人とは異なる事をアルトリアは察する。
そうした返しに微笑みを絶やさぬウォーリスは、再び一歩を踏み出しながらアルトリアに近付こうとした。
その瞬間に警戒心を最大限にしているアルトリアは、身構えた右手を左手に持つ手持ち鞄に翳しながら、ウォーリスに叫び怒鳴る。
「こっちに来ないでっ!! また近付いたら、今度は攻撃するわっ!!」
「……貴方が私に抗ったとしても、結果は何も変わらない」
「アンタが殺した騎士達と同じように出来ると思ったら、大間違いよ!」
「いいえ、分かりきった事です。――……今の貴方と私では、存在の
「!?」
「
「……ミネルヴァ。
「
「!」
「残念だったのは、
「……死体を回収して、駒にする。……やっぱりアンタ、
アルトリアの口から
それほど表情に変化を見せないウォーリスだったが、改めるようにアルトリアへ話し掛けた。
「やはり貴方は、私が
「!」
「ここ最近、私の周囲では奇妙な出来事が多い。私を悪魔だと知り襲って来たミネルヴァもそうでしたが、そのミネルヴァを
「……ッ」
「貴方もまた、そうした不可解な動きに加わっている一人なのか。それとも、自分自身が得た情報から私を
今まで微笑むだけだったウォーリスの顔色が、更に微笑みを強くする。
それは余裕から深めた笑みではなく、目の前に居る
そして踏み出した足を戻しながら両足を並び揃えたウォーリスは、改めた言葉をアルトリアに向ける。
「さぁ、この馬車に乗って頂こう。アルトリア嬢」
「……私が素直に、乗ると思うわけ?」
「乗るはずがないでしょうね。ならば安直ですが、こうした提案をさせて頂く」
「!」
「もし貴方が馬車に乗る事を拒否すれば、祝宴に参加している全員が死ぬ事になる。帝城に居た他の者達と、同じようにね」
「……ッ!!」
「ついでに、この帝都に居る人間も全て死ぬことになるでしょう。……それでもよろしければ、拒否して頂いても構いませんよ。抵抗しても問題はありません。……どちらにしても、貴方は私に抗えないのだから」
ウォーリスは帝都に居る人々の命を人質とし、アルトリアが馬車に乗る事を強要する。
それを聞いたアルトリアは寒気を感じながらも憤怒の表情を見せ、ウォーリスに罵りを向けた。
「帝都に居る十万人以上の人間を、一瞬で殺せるとでも言うつもりっ!?」
「ええ。私なら容易い事です」
「……仮にそれが本当だとしても、
「リエスティアですか。それなら御安心ください。彼女は死なせませんよ」
「……他は殺すってことね」
「ええ」
「人間とは違うと言いながら、人間らしい感情は残ってるようね。自分の娘だけは殺さないなんて、随分と親馬鹿なことをするじゃない」
「……ああ、そうか。そういえば貴方達には、そう伝えるように言っておいたんでしたね」
アルトリアの言葉で何かを思い出したように呟くウォーリスは、小さな溜息を漏らしながら納得を浮かべる。
そんなウォーリスの奇妙な様子に気付いたアルトリアは、その口から放たれる言葉を驚きながら聞いた。
「確かにリエスティアは、私にとって大事な存在です。……何せ、やっと得られた貴重な肉体なのだから」
「……えっ」
「貴方も御存知なのでしょう? リエスティアの肉体が、『黒』の
「!」
「しかし『黒』は、
「……まさか、アンタ……」
ウォーリスの話を聞き続けていたアルトリアは、次第に表情を険しくさせながら驚きの声を零す。
その様子を確認するウォーリスは、嘲笑するような笑みを零した。
「おや? 私が死霊術を扱えると知る貴方であれば、私の目的にも既に気付かれていたと思ったんですが。……少し、貴方を買い被っていたかもしれませんね」
「……アンタが確保したいのは、
「ふっ。……私は
「!!」
ウォーリスは自分の娘であるリエスティアについてそう語り、本当に守っていた大事な
それはリエスティアという意思を持つ娘ではなく、『黒』の
その身体を禁忌とされる死霊術で用いるウォーリスの意図に、アルトリアは初めて思考を至れたのだった。
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