悪役令嬢の舞台


 新年を祝うはずの祝宴において、突如としてアルトリアとユグナリスの大喧嘩が皇座の置かれた壇上で行われる。

 更に二人が婚約破棄に至った騒動の原因が、子供染みた悪戯の仕返しであるという事を聞いた帝国貴族達は、引き気味の表情で二人に対する印象を大きく冷めさせた。


 しかし壇上で始まる大喧嘩に対して皇帝ですら止められない状況に、思わぬ人物が介入する。

 それは今まで車椅子に座り続けていたリエスティアであり、それは自らの両足で真っ直ぐと立つ姿であった。


 その姿には喧嘩をしていた二人のみならず、皇帝とセルジアス、そして壇上の下に並ぶ各帝国貴族達も驚きを浮かべる。

 しかしシエスティナを抱きながら傍に付く皇后クレアだけは驚かず、姿勢を保ちながら立つリエスティアの様子を見守っていた。


 そんなリエスティアに対して、ユグナリスも驚きながら喧騒を止める。

 今まで立つ練習リハビリをしていないリエスティアが立っている様子を心配し、歩み寄ろうとしながら声と意識に傾けた。


「リ、リエスティアっ!? 無理に立ったら――……」


「ユグナリス様!」


「!?」


 心配そうな声を向けながら歩み寄るユグナリスに、リエスティアは一喝するように名前を呼ぶ。

 その声を聞き足を止めたユグナリスに対して、リエスティアは今までに無い程に鮮明ではっきりとした声色で言葉を発した。


「このような祝宴で、幼稚ようちな喧嘩は御止めください!」


「よ、幼稚……」


「アルトリア様もです! いつまでの過去の出来事を種にして、ユグナリス様を馬鹿にするような物言いは御止めください!」


「……ふんっ」


 喧嘩をする二人に対して、リエスティアはそうした叱りの言葉を向ける。

 それに対してユグナリスは落ち込む様子を見せ、アルトリアは不満を見せる表情で腕を組みながらリエスティアと向き合った。


 そして先程まで大喧嘩をしていたユグナリスから、アルトリアは目標を変えて言葉を飛ばす。


「何よ、文句でもあるっての?」


「あります。例えガルミッシュ皇族の血を引く御方であり、ユグナリス様を幼い頃から知る元婚約者という立場であっても、物の言い方に限度があります!」


「私がこの馬鹿をどう言おうと、私の勝手よ」


「いいえ。もうそのような勝手は、私が許しません」


「隣国から来たばっかりの御姫様が、私とこの馬鹿の事に口を出す権利は無いわ」


「いいえ、有ります。――……私は、ユグナリス様と生涯を添い遂げると誓った者です!」


「!」


「!?」


「……ティア……!」


 リエスティアは瞼を閉じたままながら、自分自身の胸に右手を置いてそう主張する。

 それを聞いた周囲の者達は驚きを深め、各帝国貴族達も小さな騒めきを起こし、当人であるユグナリスは驚きながらも感動するような面持ちを表情に見せた。


 そしてアルトリアに対して、リエスティアは一歩も引かぬ様子を見せながら言葉を続ける。


「私は、確かに正式な婚約も出来ないままユグナリス様と関係を持ち、シエスティナを産みました。けれどそれだけではなく、私はユグナリス様を心から愛しています!」


「この馬鹿を愛してるですって? 冗談も止めなさいよ」


「冗談ではありません!」


「子供の頃から周りに甘やかされて、それが自分を堕落させてるのにも気付かない馬鹿で間抜けなこの皇子を、本気で愛せる女なんてこの世の何処にもいないわよ!」


「私が居ます!」


「!」


「例えユグナリス様がどれほど愚かであっても、その傍で一生を添い遂げる事を私は願いました! そのユグナリス様への愛を冗談や嘘だと言われるのは、例えアルトリア様でも許せません!」


 リエスティアは声高にそう述べ、状況に流されてこのような経過を辿ったのではなく、自らの意思でユグナリスを愛した結果である事を大衆の前で明かす。

 それを聞いていたユグナリスは微妙な面持ちながらも、確かに自分がリエスティアに愛されている事を知り、苦笑を浮かべながら目から小さな涙を零した。


 そうした女性としての強い決意すらも感じさせるリエスティアの声は、壇上の下で並ぶ帝国貴族達にも届く。

 その決意の言葉を聞いた各貴族家の女性達は、それぞれに思う表情を浮かべながら、秘かに注目の視線を集め始めていた。


 そんなリエスティアと真っ向から向か合う形となったアルトリアは、まるで演劇で魅せるような言動を行う。


「……こんな馬鹿の男を愛してるだなんて、アンタも馬鹿な女ね。いや、いっそ相応しいと言うべきなのかしら?」


「!」


「馬鹿な皇子に、馬鹿な御姫様。御似合いの御二人じゃない。それに、そんな馬鹿達を利用しようと自分の利益ばかりしか考えない馬鹿な貴族達。この馬鹿ばっかりの国には御似合いの祝宴だわ」


「な……っ!!」


「今まで我慢してあげてたけど、この際だからハッキリ言ってあげるわ。――……アンタ達みたいな馬鹿ばっかりの国に、私は一切の興味も無いのよ」


「!?」


「私の血と知識、そして才能だけが欲しいくせに、御大層な矜持だの伝統だのを押し付けて私という天才を抑え込んで。――……こんな凡人ぼんくらばっかりの国に、私は飽きたのよ」


「……ッ!!」


 アルトリアはユグナリスやリエスティアだけではなく、周囲に立つ帝国貴族達に対しても罵詈雑言を向ける。

 それを聞いていた帝国貴族達も流石に感情を激化させ、歯を見せながら憤りを宿して睨む表情を見せた。


 それを見回しながら確認するアルトリアは嘲笑の表情を浮かべた後、再びリエスティアに向き合いながら声を大きくして周囲にも聞こえるように歩き始める。


「ねぇ、馬鹿な御姫様。さっき、アンタは私を許さないって言ったわね?」


「……はい」


「私はね、別にアンタやユグナリスに許されたいだなんて微塵も思ってないのよ。……でもアンタ達みたいな馬鹿を見ると、無性にイラつくのよね」


「……ッ」


「特に口先だけの女なんて、私が一番嫌いなタイプだわ。――……アンタが本当にあの馬鹿を愛してて、私を許せないって言うなら、それを証明してみなさい」


「……!」


 アルトリアは悠然とした歩みでリエスティアの前まで来ながら、そうした言葉を向ける。

 周囲にはアルトリアがリエスティアを侮り挑発するような言葉に聞こえ、その言動はまさに悪役令嬢とも言うべき態度に見えていた。


 しかしアルトリアの言葉にどのような意味を持つか気付いたリエスティアは、驚きの表情を浮かべながら表情を強張らせる。

 そして目の前に居るアルトリアは、小声で伝えた。


「本気でやりなさい」


「……で、でも……」


「アンタが本気だと分からなければ、誰もアンタを認めないわよ」


「!」


「その機会チャンスすら不意にするようなら、私はアンタを本気で軽蔑するわ」


「……ッ」


 アルトリアのそうした声を聞き、リエスティアは胸に置いた右手を強く握り締めながら表情を強張らせる。

 それを確認したアルトリアは口元を微笑ませながら、再び声高な声を周囲に聞かせながらリエスティアを罵り始めた。


「自分で歩けもしない馬鹿な御姫様なんて、何の役にも立たないくせに! それが王妃になろうだなんて、馬鹿らしくて笑っちゃうわね!」


「……!」


「こんな馬鹿の間で生まれたその子も、どんな馬鹿に育つのかしら! どうせ碌な大人に――……ッ!!」


「!!」


「!?」


 限度を超えた罵詈雑言を向けるアルトリアの言葉に、リエスティアの右手が動く。

 大きく振られた右腕から放たれた右の平手打ちは、その場で大きな音を鳴らしながらアルトリアの左頬を強く叩いた。


 それに周囲は驚き、驚愕した面持ちを浮かべる。

 先程まで車椅子に座りながら大人しくしていたはずのリエスティアが、横暴な態度を見せるあのアルトリアに躊躇せず平手打ちを与えた光景は、帝国貴族達の内心にも思わぬ衝撃すら与えていた。


 しかし叩かれたはずのアルトリアは、僅かに口元を微笑ませる。

 そして姿勢を戻しながらリエスティアを見ると、小声でこうした言葉を漏らした。


「……やれば出来るじゃないの。――……御返しよッ!!」


「!!」


 リエスティアの行動を褒めた後、その左頬をアルトリアは躊躇せずに叩く動きを見せる。

 そして先程と同じ音が壇上で鳴り響き、リエスティアの身体が右側に傾きながら床へ倒れてしまった。


 それに驚く周囲の中で、ユグナリスが真っ先に動き出す。

 倒れたリエスティアの傍まで駆け寄り、慌てた様子で声を掛けた。


「ティアッ!!」


「……えっ、あれ……?」


「ティア、大丈夫か!? ……アルトリア、お前ッ!!」


 倒れたリエスティアを抱き支えるユグナリスは、アルトリアに憤怒の睨みを向ける。

 しかしリエスティアは身分自身に起きた事に困惑しながら何かに気付き、ユグナリスに小声で伝えた。


「……ユグナリス様。私、叩かれてはいません」


「えっ。で、でも……!」


「左側で、凄い音がして……。それで、驚いて倒れてしまって……」


「それって……。……アルトリア、お前まさか……」


「……フンッ」


 床へ屈む二人を見下ろしながら、アルトリアは視線を逸らして背中を向ける。


 周囲に居た者達にはアルトリアがリエスティアを力強く叩き返したように見えているが、叩かれたはずの当人にはそれらしいあとが無い。

 それはアルトリアが何かしらの魔法しゅだんで音を偽装し、叩いたフリをして音を鳴らして、リエスティアを驚かせながら横に倒しただけだった。


 しかし壇上の下に居る帝国貴族達には、背中を見せるアルトリアがリエスティアを強打して床に倒したようにしか見えない。

 そのような事態になり流石の皇帝ゴルディオスも憤りを浮かべ、アルトリアに対して厳しく対応せざるを得なくなった。


「――……アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン!」


「……何かしら。皇帝陛下?」


「君は今まで、この帝国に多くの貢献をして来た。帝国における魔法学と魔導学を大きく発展させ、優れた魔法力を発揮し、数々の取り組みを成功させた。……だが今回の振る舞いは、流石に見過ごす事は出来ない!」


「あっ、そう。なら、どうするって言うつもりかしら? まさか謹慎なんて甘いこと、私にまで言わないわよね? 伯父様」


 ゴルディオスの叱りに対して、アルトリアは悪びれもしない様子で逆に挑発染みた言葉を向ける。

 それに対してゴルディオスも憤りを宿す表情を見せ、大きく息を吸い込んだ後に拡声された意思を伝えた。


「――……アルトリア。お前からガルミッシュ皇族の皇位継承権を剥奪し、皇族名である『ユースシス』を外す!」


「!?」


「そして今後一切、ガルミッシュ皇族の出席する催事に姿を見せる事を禁ずる! ……異論はあるか?」


「ふっ、無いわよ。逆にせいせいしたわよ。これでくだらない皇族ごっこの生活とも、そしてくだらない貴族達の醜い権力争いとも、おさらば出来るんだからね」


 ゴルディオスの宣言を聞き、帝国貴族達は一様に驚愕を浮かべて動揺する。

 しかし続くアルトリアの言葉が動揺していた一同の驚きを引き下げ、逆に一同の内心に憤りを高めさせた。


 破天荒な言動を繰り返すアルトリアは、自ら壇上を降りて赤絨毯の通路に戻る。

 しかし壇上に上がった時とは裏腹に、周囲に向けられる視線は敵意と憎悪を含んだ睨みを向けられていた。


 そんなアルトリアを待っていたパールは、躊躇とまどう様子も無くその背中を追う。

 そして車椅子に乗せられたリエスティアと傍に居るユグナリス、そして兄セルジアスと皇后クレアだけは、去っていくアルトリアの背中を見送りながら複雑な面持ちを浮かべていた。


 こうしてアルトリアは自らの意思で壇上に上がり、自らの意思と言葉に偽る事なく舞台を降りる。


 その振る舞いは、まさに絵に描いたような悪役令嬢。

 多くの者達に敵意と憎悪を向けられながら歩くその姿は、まるで美しくも鋭い棘を剥き出しにした薔薇の輝きを魅せているようだった。

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