書状の内容


 アルトリアを誘拐しようとした魔人の二人組、狼獣族エアハルトと妖狐族クビアが奴隷となってから一週間の時が過ぎた。

 そうした間にも、ガルミッシュ帝国内は慌ただしい動きを見せている。


 オラクル共和王国の使者として訪れた外務大臣ベイガイルを含む使者達を捕らえた後、帝国側は同盟都市の建設を行っている国境付近から帝国民を下げて近隣領地に避難させていた。

 更にローゼン公爵領を中心に各帝国貴族領の兵力を僅かずつ集め、合計で四千名近くの帝国兵士を国境沿いに集める。


 そして共和王国側の返答を待つ間にも、皇帝ゴルディオスを経由して共和王国が『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァに強襲された状況と不可解な爆発による死傷者が発生している事も、ルクソード皇国や四大国家に帰属する各国に伝えていた。

 七大聖人セブンスワンの制約に違反してでもミネルヴァが死を覚悟して共和王国を強襲した理由は定かではなかったが、それだけの理由がある事を推察した為でもある。


 こうして帝国側からの情報により、各国にも『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァが死んだ可能性がある情報が広まる。

 『青』を務めていたガンダルフに続き、僅かな期間の間に長寿を保っていた二人の七大聖人セブンスワンが死に、一人は交代するという大きな変動は、少なからず四大国家に属する国々を動揺させるに十分だった。


 この情報を魔導器越しに伝えた後、皇帝ゴルディオスは僅かな疲れを見せた表情を浮かべて執務室の椅子に腰を降ろす。

 そして目の前に控える宰相セルジアスに対して、改めてこんな話をしていた。


「――……ローゼン公。これで良かったのだろうか?」


「はい。少なくとも七大聖人セブンスワンが死んだという情報を、我々やオラクル共和王国だけで秘匿すべきではないかと」


「しかしそうなれば、間違いなく各国は動揺を起こす。更にミネルヴァの所属国であるフラムブルグ宗教国家は、共和王国に対して何かしらの行動を起こすだろう。あるいは、百年前に起きた世界大戦が再び起こる可能性もある」


「私としても、世界大戦それは望みません。しかしオラクル共和王国に対する牽制には成り得ます」


「牽制?」


「使者として来た外務大臣ベイガイルの話が本当であれば、共和王国内には四大国家に所属しない各勢力も台頭しています。その中に『砂の嵐デザートストーム』なる傭兵組織が所属しているとなると、四大国家では禁忌とされている銃の製造が行われている可能性が高いです」


「!」


父上クラウスから昔、『砂の嵐デザートストーム』に関する話を聞かされています。彼等は以前にも四大国家以に所属しない国に支援を受け、銃の製造工場を作りそれを用いた軍を作ろうとしていた事があるそうですね?」


「……うむ。その件には、余やクラウスも幾らか関わった。その時に、『砂の嵐デザートストーム』の団長スネイクと見知った事もある」


「そして、父上クラウス母上メディアが『砂の嵐デザートストーム』と対立して製造工場を潰し、更にはその国が銃を用いた周辺諸国に侵略準備を行っていたことを各国にも暴露した。当時では大事件になったと、父上から聞いています」


「……私に言わせれば、クラウス達が大事件にした、という方が正しいのだがな。余もそれに巻き込まれ、慌ただしくその国から逃げた記憶がある」


「はは……」


 ゴルディオスは渋い表情を見せながら過去の出来事を話し、セルジアスは両親みうちの事ながら申し訳なさそうに笑みを浮かべる。

 そうして話が逸れた事を自覚したゴルディオスは、咳払いを一つして話を戻した。


「ごほんっ。……それで?」


「今回も、『砂の嵐デザートストーム』は共和王国の支援を受けてながら銃の製造工場を作り、更に銃を用いた軍団を作ろうとしていたのかもしれません」


「!」


「共和王国内に留めている密偵からは、そうした情報は届きませんでした。つまり密偵は既に機能しておらず、共和王国側に取り込まれたか、『砂の嵐デザートストーム』により殺されている可能性が高いと考えます」


「……だとすれば、共和王国では銃を用いられる兵士達が育成されていた?」


「恐らくは。あるいは七大聖人ミネルヴァが共和王国を二度に渡り襲撃した件についても、それが関わっている可能性もあります」


「……確かに四大国家に所属こそしていないが、フラムブルグ宗教国家でも銃の製造は禁止されている。いや、そもそも銃の製造禁止を四大国家の法として取り込んだのは、ルクソード皇国が四大国家となる前の宗教国家の案だっただろうか?」


「そのように記憶しております。しかも、その宗教国家に属する七大聖人セブンスワンすら死ぬような事態が共和王国で起きた。となれば、銃の製造と使用以外にも何かしらの思惑が共和王国内にはあるのかもしれません」


「銃を用いた軍団を作る以外の、思惑か……。君には、それが分かるかね?」


「いいえ。しかし、その思惑が本当に存在するとすれば。それは銃を用いる数万の軍以上に危険あるという認識をしなければいけません」


「!」


「人類史において歴史に語り継がれる物には、数々の禁忌が存在します。一度に数万の人間を吹き飛ばす爆弾の製造。更に大規模な儀式の代価として多くの人間を生贄とする魔法。そうした規模で共和王国が何かしらの思惑を秘めていると、認識した方がいいかもしれません」


「……となれば、帝国だけで相対する事は難しいか」


「はい。ここは帝国としての矜持プライドを保つよりも、各国に緊急事態である事を伝え、共に共和王国を警戒し相対できる戦力を整えるべきです」


「その準備が出来るまで、帝国われわれは時間稼ぎをする。ということか」


「はい」


 共和王国が銃以外にも更に脅威のある思惑を隠していると推察するセルジアスは、各国と連動した共和王国に対する包囲網を形成する案を伝える。

 それを聞いていたゴルディオスは納得を浮かべながらも、一つの出来事を思い出しながら曇る表情を浮かばせた。


「しかし、そうなれば……。……彼女を、リエスティア姫をどうするべきか」


「……そうですね。それが一番の問題かもしれません」


「偽りとは言え、共和王国のウォーリス王は彼女の兄。そして、その側近を務める本当の人物ウォーリスこそが彼女の身内ちちおやでもある」


「……」


「このまま共和王国に対する包囲網が築かれ、帝国でリエスティア姫を保護したとしても。……彼女は身内がそうした状況に追い込まれる事を、良しと思えるだろうか?」


「……そうした部分は、ユグナリスに期待するべきかもしれません」


「そうか。……確かに、それ以外にないのかもしれんな」


 セルジアスとゴルディオスはそうした話を行い、今後の顛末が分からぬ中で状況に翻弄されるだろうリエスティア姫の境遇を思う。

 それを傍に付きそうユグナリスに委ね、二人は共和王国と相対する為の準備を着実に進める事にした。


 こうして各国に『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァの死亡と、それに関連するオラクル共和王国の懸念が広まり始める。

 更にリエスティアの出産から一ヶ月が経とうとする頃、帝都に一通の書状が届けられた。


 その書状が届けられた事を、セルジアスはゴルディオスへ直に伝える。

 それは帝国側が待っていた、オラクル共和王国の王ウォーリス=フォン=オラクルからの書状だった。


「――……ウォーリス王から書状が?」


「はい。ただし気になる事がありますので、その書状は帝城しろに持ち込んではおりません」


「気になる事、というのは?」


「悪魔や魔人。それ等を使役する者が送り届けた書状です。しかも前回は、リエスティア姫の護衛に紛れてアルトリアを誘拐しようと企てていた件もありますので」


「……なるほど。その書状に、何かしらの魔法しかけが施されている可能性か」


「はい。書状の内容を確認する場合や、読み上げる際には注意が必要になります」


「しかし、中身を確認せぬわけにはいかん。君は、どうすべきかだと考えるかね?」


「中身を確認するのに適した者に、心当たりはあります」


「まさか、アルトリア嬢が奴隷にした魔人達か?」


「それも適任だとは思いますが、アルトリアが拒否する可能性は高いかと。――……私が考える適任者は、今も地下牢に繋がれている共和王国の使者達です」


「……ああ、なるほど。すっかり忘れておったわ」 


「書状を読ませるのに、彼等を用いてもよろしいでしょうか?」


「構わぬ」


「ありがとうございます」


 セルジアスはゴルディオスへ確認し、仕掛けが施されている可能性が高い書状の内容を確認する為に共和王国の使者達を使う判断を委ねる。

 生まれたばかりの孫の顔を見ていたゴルディオスは、それを取り上げようと脅迫した使者ベイガイルを嫌悪しており、躊躇も無く用いる事を許可した。


 そうして届けられたウォーリス王の書状は、帝城の地下に捕らえている共和王国の使者達の下に運ばれる。

 更に使者の代表だった外務大臣ベイガイルの牢へ赴いた帝国騎士は、届けられた書状を鉄格子を挟む形で見せながら告げた。


「――……ベイガイル殿。これは、貴殿の王ウォーリス殿から届けられた書状だ」


「……ウォ、ウォーリス様から……!」


「貴殿が内容を確認し、それを読み上げろ。向かいの使者ものには台と筆を用意するので、それを聞きながら書状の内容を書き記すように」


「……なぜ、そのようなことを……?」


「我々は、そうした指示を受けている。貴殿等が従えぬのなら、別の使者殿に委ねるが?」


「……いいえ。私が読みます……!」


 帝国騎士の言葉を受け、ベイガイルは訝し気な表情を浮かべながらも書状の確認と読み上げを許可する。

 そして向かいの牢に囚われている使者にも簡易的に組み立てられる机と黒インクの入った瓶が用意され、その使者も承諾してから筆を持った。


 準備が整うと他の帝国騎士達は傍を離れ、二人の牢に立つのは同じかずの帝国騎士だけとなる。

 奇妙な状況に緊張感を持つベイガイルは、息を飲みながら書状を開封し、そこに書かれていた文章をゆっくりと読み上げ始めた。


「――……ガルミッシュ帝国皇帝、ゴルディオス陛下。そちらから受け取った書状の内容を確認し、その返答を行います。まず今回の使者として帝国へ赴かせた、外務大臣ベイガイルについてですが。彼の発言と今回の不祥事につきまして、改めて私から深い謝罪の意を……述べさせて頂きます……」


 そこまで読んだベイガイルは、表情を渋くさせながら読み上げる口調がよどむ。

 ウォーリス王自らが今回の件について、使者である外務大臣ベイガイルが行おうとした話に非がある事を認めたのだ。


 こうなってしまえば、今まで行ったベイガイルの発言はウォーリス王の名代とは認められず、共和王国の使者とは呼べない立場ものとなる。

 それは使者を任されたベイガイルにとって自分の非を否応なく自覚させる言葉であり、息の詰まるような憤りと屈辱にも似た感情を内側に宿らせるのに十分だった。


 そんなベイガイルに対して、鉄格子の向こう側に立つ帝国騎士が催促を飛ばす。


「どうした? 早く続きを読め」


「……また、今年の初頭に帝国領のローゼン公爵領地に訪れた、我が国の国務大臣アルフレッド。彼もまたリエスティア姫とその子供に対する不誠実な対応を帝国側に要求した事を、そちらの書状で初めて認識しました。そして当人に真偽の程を尋ねると、その事実を認めたのです。そこで……えっ!?」


「どうした?」


「……そこで、今回の件につきましては私の対応を御伝えさせて頂きます。使者として赴かせた外務大臣ベイガイルについては、その立場の職を辞して下級士官の位置に戻り、強く反省させたい所存です。また国務大臣アルフレッドに関しましては、長年の友ながら同盟関係での取り決めに脅迫を交えた事を認め、オラクル共和王国の国務大臣の職を辞させ、共和王国からも追放する処分を行いました……ましたっ!?」


「!!」


 読み上げるベイガイル自身も驚きを持ちながら、書状に書き記された文章を読み上げる。

 それを聞いていた帝国騎士の二人や内容を書き記している使者の一人も驚愕し、書状に書かれた思わぬ状況に困惑を強めた。


 こうしてオラクル共和王国から届けられた書状には、驚くべき内容が記されている事が分かる。


 それはアルフレッドと名乗っていたウォーリス本人が、共和王国の国務大臣を辞めさせられながら更に追放処分にされたという情報。

 まるで三文芝居で描かれているような不可解な展開が、今のオラクル共和王国に起こっている事が明かされたのだった。

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