新たな技術


 『緑』の七大聖人セブンスワンである老騎士ログウェルにエアハルトの訓練を委ねたアルトリアは、次にクビアの勧誘を始める。

 その意図はガルミッシュ帝国側の人材強化と、対立しかねないオラクル共和王国の弱体化を考える帝国宰相である兄セルジアスの思惑でもあった。


 白金貨二万枚という資金と、更に帝国領の一地方を与えられるという破格の勧誘条件に、流石のクビアも喜びよりも困惑しながら疑心を表情に浮かばせる。

 そしてアルトリアや帝国側が自分を勧誘する理由を聞き、溜息を漏らしながらも納得した様子を見せた。


「――……なるほどねぇ。私を勧誘するのはぁ、共和王国むこうの手駒を減らしたいってことねぇ」


「そうよ。アンタ、転移魔術を使えるらしいわね?」


「使えるわねぇ」


「転移の使い手が向こうに複数人も居たら、はっきり言って不公平じゃない? だったら、こっちにも転移を使える人材が欲しいのよね」


「貴方は使えないのぉ? 高位の魔法使いなんだしぃ?」


「転移魔法は学んでないわ。学ぶ機会さえあれば、すぐに覚えるけど」


「それを言えちゃう貴方は、やっぱり怖いわねぇ」


「誉め言葉として受け取っておくわ。……話を戻すけど、そういうわけで帝国側は貴方を勧誘したい。でも人材を確保した上で、彼等が住み暮らす居場所を確保しなければいけない。そこで、貴方に与えた領地に引き抜いた人材を住まわせる予定なのよ」


「そういうことなのねぇ……」


 クビアは帝国側の意図を理解し、悩む様子を見せながら顔を僅かに伏せて右手を口元に持っていく。

 そうして考える様子を見せた後、クビアは改まるようにアルトリアへ問い掛けを始めた。


「……それ、受けても良いんだけどぉ。質問していいかしらぁ?」


「なに?」


「私が養ってる子供達はぁ、どうやって集めるのぉ? 特に共和王国の子達とかぁ」


「貴方が経営してる孤児院って、何処にあるの?」


「各国にあるわよぉ」


「各国に?」


「えっとねぇ。四大国家に所属してない小国に四箇所とぉ、四大国家なら魔導国ホルツヴァーグ皇国ルクソードとかぁ、マシラ共和国とかぁ。宗教国家フラムブルグにもあるんだけどぉ、あそこは魔人に良い印象を持ってる人は少ないからぁ、匿名で資金だけ送ってるわねぇ」


「匿名で送ってるだけって……。着服されたりしてないの? その資金」


「確かにぃ、そういう確認は出来てないんだけどねぇ。完全に人任せにしちゃってるからぁ」


「呆れた……。牛男もいる共和国マシラにもそういう施設があるのは分かるけど、皇国にもあるのね?」


「そっちも人任せだけどぉ、時々は遊びに行ってるのよぉ」


「魔導国の方は?」


「あそこはねぇ、『青』に任せてるのよぉ」


「『青』の七大聖人セブンスワンに?」


「そうなのぉ。これは『青』の依頼でもあるんだけどぉ、各国で奇妙な子供を見つけたらぁ、自分の所に連れて来てくれって依頼を受けてるのよねぇ」


「奇妙な子供を連れて来る依頼って……どういうこと? 魔人の子供ってこと?」


「違うわぁ。魔人じゃない人間の子に、たまにいるんだけどねぇ。他の子供より成長が遅かったりぃ、生まれた頃から他の子供には無いような力を使えたりぃ、そういう子供を連れて来るように言われてるわぁ」


「……そんな子供が、どれくらいいるの?」


「そうねぇ。ここ五十年近くで集めた限りではぁ、四十人から五十人くらいはいるかしらぁ?」


「!」


「不思議なんだけどねぇ、五十年くらい前からそういう子供が人間大陸で増え始めてるみたいなのぉ。そういう子は始めこそ魔人かもって思われるんだけどぉ、そういうわけじゃないみたいでねぇ」


「……アンタの話だと、平均すれば一年に一人はそういう子供が発見されてるってことよね?」


「そうなのよぉ。『青』が言うにはぁ、生まれながらに『聖人』としての素養が備わってる子供達らしくてねぇ。だから他の子達より成長も遅いしぃ、不思議な力も使えるみたいなんだけどぉ。普通の人達がいる環境に適応できなくてぇ、色々と問題を起こしちゃう場合があるみたいよぉ」


「……」


「そういう子達を集めてぇ、『青』が暮らせる場所を用意してるみたぁい。私はただ連れていくだけねぇ」


 その話を聞いていたアルトリアは、僅かに表情を強張らせる。

 『青』が保護しているという特殊な能力ちからを持つ子供達に、自分自身アルトリアも該当している事を理解したのだ。


 そんな子供達を保護している『青』は、幼少時の自分アルトリアに会いに来る。

 更に師としてある程度の教えを施し、『青』は自分の下に来ないかと誘う言葉も掛けていた。


 『青』は自分アルトリアも含めて、そうした子供達を集めている。

 そこに何かしらの意図や企みがあるのかともアルトリアは考えたが、クビア自身もそれ以上の情報を得ていない様子だった為、思考を切り替えながら話を戻した。


「……まぁ、その件は後でいいわ。それよりも、子供達を集める話よね?」


「そうなのぉ。出来るのぉ?」


「アンタが孤児院の場所を教えてくれれば、集める事は出来るわよ。ただ共和王国で暮らしてる子供達となると、アンタの協力も必要になるわね」


「転移魔術でぇ?」


「そうよ。アンタの転移魔術って、どのくらいの人数を同時に転移できるの?」


「一度に十人ってとこかしらぁ。回数は私の魔力量と札の数次第だけどぉ、ふださえ尽きなければ一日に三十回くらいは転移できるわよぉ」


「凄いわね。三十回も?」


「でもぉ、私の転移魔術は札が無いと転移できないのよねぇ。転移魔術だと札を一度に百枚くらい使っちゃうからぁ、すっごく作らないとダメなのよぉ。あの札は一枚でも作るのにぃ、結構だけど時間が掛かるのよぉ?」


「あぁ、だからあんなに紙札を……。魔術にも、そういう制約ルールがあるってことね」


「んー。魔符術は妖狐族特有の技術なんだけどぉ、普通の魔術は違うわよぉ?」


「違う?」


「魔人や魔族が使う魔術はぁ、体内の魔力を行使して魔法みたいな現象を起こす事だからぁ。だから魔術に長けた魔族だったらぁ、人間みたいに触媒に使う魔石やぁ、魔法陣なんか使わなくても色んな魔術を行使できるわぁ」


「じゃあ、なんでアンタは魔符術ってのを使ってるの?」


「獣族系の魔族はねぇ、基本的に魔術よりも身体系の技術が得意なのぉ。エアハルトみたいに身体の一部を変化させたりぃ、姿そのものを変質させたりねぇ。妖狐族はそういう魔術の不得意を補う為にぃ、魔符術を独自に編み出したのよねぇ」


「なるほどね。……その魔符術って、人間にも使えるの?」


「どうかしらぁ。だって人間はぁ、体内で魔力を作れないしぃ。魔符術は魔力を持ってる魔人わたしが札に魔力を込めてぇ、札の効力を発揮して魔術を発動させるからぁ。それに物体に魔力を込めるのは他の魔人や魔族でも難しいしぃ、人間には難しいんじゃなぁい?」


 クビアはそう述べ、魔符術が他の魔人や魔族、そして人間では使用できないと伝える。

 それを聞いていたアルトリアは僅かに驚きを見せ、口元を微笑ませ笑いを含んだ小声を漏らした。


「……ふ、ふふっ」


「どうしたのぉ?」


「……つまり、物体ものに魔力を込められる奴なら魔符術を使える可能性がある。そういうことよね?」


「そうねぇ」


「だったら、丁度良かったわ。――……クビア、子供達の移動方法だけど。転移を使えば共和王国の子供達も楽に移動させられそう?」


「えぇ? まぁ、出来なくはないけどぉ。あそこに集まってる子供達ぃ、今は五百人くらい居るわよぉ? 監視もいるだろうしぃ、私一人じゃ全員をすぐに移動させられないわぁ」


「なら、もう一人いれば?」


「!」


「もう一人、転移を使える人材がいれば。子供達の移動は可能でしょ?」


「……出来なくはないけどぉ。転移を使える人にぃ、誰か当てはあるのぉ?」


 アルトリアの問い掛けにクビアは首を傾げ、自身の目算を伝える。

 それを聞いていたアルトリアは更に微笑みを強くし、クビアに対して自信に満ちた態度を見せながら伝えた。


「ええ、いるわね」


「だれぇ? もしかして、『青』かしらぁ?」


「違うわよ。――……クビア。アンタは今日から、私が暇な時に『魔符術まふじゅつ』を教えなさい」


「えっ」


「アンタの使ってる『魔符術それ』を私が覚えて、転移魔術を習得する。そして私とアンタの二人でこっそり、共和王国の子供達を帝国側に移動させるのよ」


「……そんなこと、出来ないわよぉ。人間が魔術を使うなんてぇ」


「やってみなきゃ、分からない事もあるわよ」


「時間の無駄だと思うんだけどぉ」


「それを決めるのは私で、今のアンタは私の奴隷。だったら、命令は素直に聞きなさい?」


「……分かったわよぉ。御主人様ぁ」


 不可解な表情を浮かべるクビアは、奇妙な事を言うアルトリアの言動に不信感を高める。

 逆にアルトリアは自信に満ちた笑みを浮かべ、クビアから『魔符術』を学ぶ機会を得た。


 こうしてアルトリアは、未来の自分とは異なる道を歩み始める。

 それは今まで習得していた魔法や魔導とは異なる、別の技術ちからを得る絶好の機会だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る