親子の景色


 らえた妖狐族クビアと狼獣族エアハルトの処遇について話し合うアルトリアと帝国宰相の兄セルジアスは、互いに意見を交えながら察していた目的を共有する。

 そしてアルトリアが帝城を離れた後、セルジアスは皇帝ゴルディオスの下に参じて捕らえた魔人の二人に関する処遇の提案を伝えた。


 信頼するセルジアスの提案ながらも、流石のゴルディオスも始めは難色を示す様子を見せる。

 彼等が確かな実力を備えている魔人である事実に加えて、自ら申し出たとは言え囮になった自分の息子ユグナリスを襲い姪御アルトリアを誘拐しようとした二人を牢獄から解放してしまうのは、危険度が高いことをゴルディオスも理解していたのだ。


 そして更に問題となるのは、既に実行犯である魔人達の情報が帝城内に広まっていること。


 帝城内で護衛を務めていた騎士達や侍女達を倒し、ユグナリスとアルトリアの二名と戦いを繰り広げた襲撃者エアハルト達を奴隷として従えさせたとしても、周囲の者達は彼等に対する風当たりを強くしてしまうだろう。

 オラクル共和王国に関係する事態だけでも対応を忙しくしているにも関わらず、その二人に関連する問題まで生じれば対応も難しい。


 そうした危険性と問題性をゴルディオスも察しながら、魔人達を牢獄から出して奴隷として扱う事にゴルディオスは反対する。

 しかし対面するセルジアスは、とある提案を伝えた。


「――……やはり駄目だ。アルトリア嬢の提案だとしても、魔人達を解放して奴隷とするのは、流石に余も認められない」


「陛下……」


「彼等にも理由があったという話には、ある程度の理解は出来る。しかし、それとこれとは話が別だ。どのような理由があったとしても、帝国の皇族であるユグナリスとアルトリア嬢の二人を襲った件について、処罰も決議せぬままに解放する事は認められんのだ」


「……その点に関しては、私も陛下と同意見です。確かに彼等を処罰も無く解放する事は、当事者達はともかく第三者が認めはしないでしょう」


「そうだ」


「では今回の事件に関する彼等への処罰を、正式に決める場を設けるのはどうでしょうか?」


「処罰を決める場とは……裁判の事か?」


「はい。ただし公の裁判と言うよりも、査問に近い形となるかもしれません。陛下と私、そして各官僚の中から数名を選び、捕らえた魔人の二人に対して査問を行う場を用意します。そして、その場で彼等の処罰を決定したように見せるのです」


「……その処罰の結論が、アルトリア嬢の提案に君が付け加えた奴隷に堕とすという事か」


「はい」


「ふむ……。……分かった。だが今は、オラクル共和王国に関する対応が先だ。それが一通り終わってから、魔人達に関する場を設けるとしよう。いいかね?」


「分かりました。妹にも、そう伝えさせて頂きます」


 ゴルディオスの妥協案にセルジアスは応じ、魔人達の扱いについて一時的に見送る姿勢を整える。


 政務に関する現状は、オラクル王国から来た外務大臣ベイガイル達を使者とは認めずに捕まえてからの対応で、帝国側も精一杯だった。

 そして確実な証拠も無いままアルトリアの誘拐に関してもオラクル共和王国に責め立てるのは、流石にやり過ぎな状況でもある。

 まずは使者である外務大臣ベイガイルに関する言動を問い質し、更に彼等と同行して来たと思しき襲撃者エアハルトの事も伝えて反応を探る事が、今の帝国には最も重大事項となっていた。


 そうしてゴルディオスとの妥協案により、セルジアスは虜囚にした魔人達に関する処罰を伝える機会を用意することを決める。

 話し合いの結果をアルトリアへ伝えたセルジアスは、皇帝ゴルディオスと共に忙しい政務へ戻った。


 それから二週間ほどの時間が経ち、帝国側の物事は順調に進む。


 まず帝国から使者を送り、共和王国から来た外務大臣ベイガイルとの議事録の写しを送り付ける。

 それに合わせて帝国皇帝ゴルディオスの孫とその母親であるリエスティアを帝国から奪い取る意思をちらつかせた脅迫染みた言葉を、以前にローゼン公爵領地へ訪れた共和王国側の国務大臣アルフレッドと今回の外務大臣ベイガイルが行った件について、帝国皇帝ゴルディオスが強い不信感と嫌悪感を抱いている事も書き連ねた書状を届けさせた。


 更に書状の中には、共和王国側の使者と共に訪れた魔人が、帝国皇子と公爵家ローゼンの長女を襲った事も書き連ねる。

 敢えてそれを糾弾するようには書かず、ただ威圧を込めて強くした言葉を一つ一つ書き綴り、帝国側の怒りを伝えた。


 その返答を待つ間、帝国側は再び閃光事件で生じた各地の負傷者や設備に関する救援の対応に重点を置く。


 そうした政務の合間に、皇帝ゴルディオスと皇后クレアは護衛を伴い帝城から外出し、貴族街に設けたローゼン公爵家の屋敷へ訪れる。

 二人は屋敷内のとある部屋へ訪れると、微笑みを強くしながらそこに居る者達に声を掛けた。


「――……どうだね? 様子は」


「お邪魔するわね、ユグナリス、リエスティアさん」


「父上、母上!」


 二人を迎えたのは、息子である帝国皇子ユグナリス。

 そしてユグナリスが訪れた二人に対応する中で、部屋の奥に備えられた寝台ベットで上体を起こすリエスティアが居た。


 更にリエスティアの傍には、大事そうに厚く軟からな布に包まれた赤ん坊がそれに応じた寝台の揺り籠に寝かされている。

 そして小さな声をかごの中から聞こえながら、リエスティアも皇帝夫婦を迎えた。


「皇帝陛下、そして皇后様。ようこそ御越しくださいました」


「リエスティアさん、まだ万全ではないでしょう? 寝ているままでもいいのよ」


「ありがとうございます」


 クレアの言葉に応じるように、リエスティアはまだ違和感や痛みを残す身体を寝台ベットへ預ける。

 そして皇帝夫婦はリエスティアの隣に設けられた揺り籠に近付き、その中で瞳を見せながら自分達を見つめる赤ん坊を覗き込んだ。


「あー、うー……」


「おぉ、もう目を開けるようになったのか」


「はい。一週間ほど前から」


 ゴルディオスは出産後から久し振りに見る孫の様子を見て、微笑みを強める。

 そうしてクレアも開かれている孫の瞳に注目すると、何かに気付きながら呟いた。


「……あら、この子の瞳……。もしかして、左右で色が違うのかしら?」


「む?」


 クレアはそう呟き、ゴルディオスも孫の瞳に浮かぶ色に注目する。


 父親であるユグナリスの瞳は碧眼であり、その瞳はルクソード皇族というよりもゴルディオスやクラウスの母方であるルクソード皇国貴族ハルバニカ公爵家の血筋に見られる事が多い。

 そしてリエスティアは瞼をまだ閉じたままだったが、『黒』の七大聖人セブンスワンと同じ黒い瞳である事をクレア達も知っている。


 そうした二人の間に生まれた子供の瞳は、右目が鮮明な青い瞳であり、左目が美しい黒い瞳。

 両親の色をどちらも受け継いだような虹彩異色症ヘテロクロミアである赤ん坊は、自分の瞳を覗き込む祖父母に小さな両手を伸ばした。


「あぅー」


「確かに、左右で瞳は違うが。それでも、余達の孫に代わりはない」


「そうですね」


 小さな手を伸ばす孫の姿に、ゴルディオスとクレアは愛らしさを感じながら自分達の右手を差し出す。

 そして祖父母の伸ばした人差し指に触れる赤ん坊は、まだ掴み方も分からぬ小さな手で確かめるように二人の指に障った後、疲れたように小さな両腕を敷き布に落とした。


 そんな孫の様子を愛らしく見ているゴルディオスだったが、隣に居るクレアは別の場所に視線を向ける。

 それは親となったユグナリスとリエスティアであり、寄り添うように近付く二人にクレアは問い掛けた。


「二人とも、子育てはどうかしら?」


「はい。まだ慣れなくて、色々と大変で……。侍女達にも教えられながら手伝ってもらっていますが、なかなか上手くは……」


「まだ出産したばかりなのだから、それは当たり前の事よ。そうした経験を積んで、貴方達は貴方達なりに子育てをしなさい。助けが必要なら、遠慮せずに言うのよ」


「はい。ありがとうございます」


 クレアは二人にそう言い、子育てについて二人にそうした方針を促す。


 侍女達に赤ん坊の面倒を全て任せるのではなく、親である自分達も子育てに加わる。

 そうした方針を行うように伝えていたクレアの言葉に、二人は頷きながら応じていた。


 そして何かを思い出したように、ゴルディオスは赤ん坊に向けていた視線を逸らし、ユグナリスの顔を見ながら尋ねる。


「……それで、もう決めたのか? ユグナリスよ」


「えっ、決めたというのは……?」


「名前だ。この子の名前は、もう決めたのか?」


「あっ、いえ。それはまだ……」


「なんだ、まだ決めていないのか?」


「色々と、やる事が多過ぎて。でも、幾つか候補はあります。落ち着いたら、その中からリエスティアと一緒に決めようかと」


「そうか。……この子の為にも、良い名前を付けてあげなさい」


「はい!」


 ゴルディオスはそうした言葉を伝え、息子であるユグナリスは少し嬉しそうな表情を浮かべながら応じる。

 そうして帝国を統べるガルミッシュ皇族の一家が赤ん坊を中心に明るさを見せる光景は、殺伐とした帝国内の状況を僅かに忘れさせるモノとなっていた。


 こうして生まれた二人の娘は、左右で違う瞳から小さな揺り籠の世界を見渡す。

 そして祖父母や両親に抱かれながら見える周囲の景色や、耳に届く音を聞きながら、生まれた現世の光景を見ながら楽しそうな笑みを浮かべていた。

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