背負う者の思惑


 自身を誘拐しようとした狼獣族エアハルトと妖狐族クビアの二人組に牢獄で対面したアルトリアは、ある程度の情報を得ながら退出する。

 そして地下牢から出た足はそのまま帝城内に留まり、老執事バリスと共にとある場所へ足を運んだ。


 そこは、兄セルジアスが政務を行う宰相室。

 扉の前を警備している衛兵達に敬礼を向けられたアルトリアは、堂々とした面持ちで口を開いた。


「――……兄に会いたいんだけど?」


「少々、御待ちください」


 用向きを手短に伝えたアルトリアは、扉の中に入る衛兵を見送る。

 そして一分程が経った後、その衛兵は戻りアルトリアに返答した。


「御待たせしました。宰相閣下からは、皇室用の客室で御待ち頂くようにと伝えられました」


「そう」


 伝言を伝える衛兵に、アルトリアは素気ない態度ながらも応じる。

 そのままバリスと共に皇室の客間へ向かうと、客室前に待機していた衛兵に呼び掛け室内に通された。


 そして客室内で十分程が経過した頃、扉を軽く叩いた音が聞こえる。

 それに当然のように応じるバリスは、アルトリアの代わりに扉を開けて来訪者を迎えた。


「――……どうぞ。セルジアス様」


 開けられた扉を潜ったのは、客室へ赴くように伝えた宰相セルジアス。

 そして客室内の長椅子ソファーに脚を組みながら待っていたアルトリアを見ると、対面に位置する長椅子ソファーにセルジアスは足を運んで腰を降ろした。


 ローゼン公爵家の兄妹が公の場で面会すると、まずセルジアスから話を始める。


「――……それで、襲撃者達かれらから何かを得られたかい?」


「ある程度はね」


「そのある程度を、聞かせてくれないかな?」


「ええ」


 セルジアスの要望にアルトリアは応え、地下牢で得た情報を淡々と述べ始める。


 まずクビアの話から得た情報として、今回の襲撃と自身アルトリアの誘拐に関する依頼者がオラクル共和王国の財務大臣であるという話。

 その誘拐の報酬には多額であり、また本来の計画はリエスティアの護衛として赴いたエアハルトが隙を見て自分アルトリアの誘拐を実行する手筈だった事も伝えた。


 そして誘拐の実行犯である魔人の一人クビアが、保護していた人間や魔人の子供達を共和王国で匿っている事も語る。

 彼女クビアにとって子供達の暮らせる場所と命を人質に取られている状態の為、多額の報酬と共に今回の依頼を引き受けざるを得なかった事も敢えて話した。


 更に【結社】に関する話によって、ウォーリスが母親であるナルヴァニアを通じて二年前の事件に連なるルクソード皇国での変事に関わっていた可能性がある事を教える。

 その情報を精査する為にもバリスをルクソード皇国へ戻し、事態の調査を皇王シルエスカとダニアスに依頼する事も明かした。


 今まで得た一連の情報をそうして伝えたアルトリアの情報に、セルジアスは考え込むような様子を見せる。

 そして小さな溜息を漏らした後、アルトリアに顔を向けながら話し掛けた。


「……なるほど。アルトリア、よく彼等に情報を吐かせられたものだ」


「単に奴等の現状を伝えただけよ」


「何か交渉をしたんだろう?」


「そうね。処刑だけは止めてくださいって言われたわ」


「帝国側の立場としては、それでは体裁が整わないだろう。その点は、どのように考えてるんだい?」


「そもそもの話、奴等の狙いは私だけよ。私以外の誰かが、この件に突っ込んで来る権利は無いわ」


「そうはいかないよ。襲撃者と対峙した皇子ユグナリスを始め、騎士達や侍女達も負傷している。これは十分に、帝国側の権威にも関わる事件だ」


「ふんっ。正面から堂々と乗り込まれて倒された連中の泣き言の、どこに権威があるって言うつもりよ?」


「……相変わらず、厳しい言葉を向けるね」


 アルトリアの物言いに対して、セルジアスは微笑みを浮かべた口を右手で隠す。

 そして小さな笑いをしずめた後、セルジアスは改めてアルトリアに聞いた。


「それで、君はどうしたいんだい?」


「二人共、私に預けさせて」


「預ける?」


魔封まふうじのかせを嵌めさせた状態で、私が彼等の身柄を預かるわ。あのかせを嵌めた状態なら、魔人と言えど人間の身体能力と大差は無くなるわよ」


「しかし、それでも逃げられたらどうするんだい?」


「その時はその時ね。逆に依頼を諦めずに私を誘拐しようとしたら、また撃退すればいいだけの話よ」


「君にそれが出来るかい?」


「例え魔人が二人や十人だろうが、相手に出来るわよ。まぁ、その時は帝都の一区画が壊れる覚悟はしてもらうけどね」


「……はぁ……」


 アルトリアの自身に満ちた表情でそう述べ、セルジアスは小さく首を振りながら溜息を漏らす。

 そして僅かに思考した後、セルジアスは妥協案を伝えた。


「……君の傍に彼等を置くなら、奴隷紋を施してほしい」


「奴隷紋を?」


「そして君を主人マスターとして、彼等を奴隷の制約で縛る。奴隷の誓約書は帝国側で厳重に保管する。それでどうだい?」


「……制約の内容は?」


「君が決めていい。ただし、主人マスターである君の許可なく誰かを傷付けるような行動、また帝国内からの外出を禁止する制約だけは、必ず設けてほしい。それでいいかい?」


「まぁ、十分な落とし所かしらね。……ただ奴隷にするとなると、あの二人をまた説得しなきゃいけないわね」


「難しそうかい?」


「……お兄様に、少し御願いがあるんだけど」


「なんだい?」


「資金と領地を貸してほしいの」


「資金と、領地?」


「魔人の一人、クビアって女は基本的に金が目当てよ。孤児院の話が本当かどうかは分からないけど、依頼者である共和王国よりも良い条件を付ければ、帝国こっちに寝返ってくれる可能性はあるわ」


「なるほど。でも、そう簡単に寝返ってくれるかな? その女性クビアは、子供達を人質に取られているんだろう?」


「その点に関してだけど、一領地を彼女に与えて、彼女達が保護している子供達を集めさせたいの」


「!」


「クビアの話を信じるなら、彼女にとっての優先度は、子供達が安全に暮らせて成長できる場所。そして子供達を不自由させない為の資金。この二つさえ揃えれば、寝返ってくれる可能性は高まるかもしれない」


「……資金の点はともかく、領地となると約束はしがたいね」


「場所ならあるでしょ? 前に反乱を起こした領地とかね」


「!」


「反乱を起こした貴族領地は、お兄様の主導で管理されてるのよね? その中の一つに、彼女と子供達が暮らせる場所を確保してくれるだけでいい」


「なるほど。そういう話なら、検討はし易い。……しかし、もう一人の方は?」


「エアハルトは、強さを求めてる単純な思考よ。感情的に怒りっぽいだけで、基本的にはクビアの方よりも扱い易いと思うわ」


「感情的なだけで、十分に危険じゃないかい? 相手は魔人だ」


「感情で動く奴と、打算で動く奴ほど読み易い相手はいないわ。それに成果さえ見せれば、噛み付く犬でも少しは大人しくなるわよ」


 そう述べるアルトリアの言葉に、セルジアスは再び顔を横に振る。

 そして改めるように口調を整え、アルトリアに対して警告の言葉を向けた。


「その成果に嫉妬するやからが必ず現れる事も、少しは考えてほしいね」


「嫉妬するやから?」


「君自身がそれで良くても、周りの人々にはそれを良く思わない者もいる。君を誘拐しようとした魔人達を君が従え、そして君自身の提案で彼等の為に何かを施すというのは、あまり良い印象を持たない。勿論、良い印象を持たないのは君にではなく、君が従える魔人達の方だ」


「……」


「そんなやからの嫉妬や不満が彼等に向けられた時、彼等は自分自身の感情を自制できるのか。もし出来なければ、新たな問題となる可能性もある。……その点に関して、君は何か考えはあるのかい?」


 セルジアスの警告をアルトリアは聞き入れ、少し考える様子を見せる。


 確かに襲撃者である魔人達を奴隷として引き入れれば、周囲の者達は二人を必然的に冷遇するだろう。

 自分アルトリアが口を挟んで待遇に関する改善が行われても、やはり感情の一面として魔人達の事を信頼など出来ず、態度などに偏見を見せる可能性も十分に高い。


 そんな時、魔人達は自分達の感情を制御し押し留められるのか?

 それについて考えたアルトリアは、思考を止めて堂々とした口調で答えた。


「……そうなったら、どうしようもないわ」


「!」


「他人の感情なんて知ったことじゃないし、そんな自分勝手な感情をぶつけて衝突させるような奴に興味も無い。私は私がしたいようにやって、その結果として何かが起こるんだとしても、その全ては私の責任という事で構わないわよ」


「……」


「あの二人が何かまた起こすようだったら、その責任は全て私に背負わせればいい。それに文句や不満がある奴は、私に直接言えばいい。私に文句も言えないような奴がどんな形で責め立てたって、単なる馬鹿だと思えばいいだけよ」


「……そういうところは、本当に父上に似ているよ。君は」


「それ、褒めて無いわね?」


「勿論だよ。……話は分かったけれど、少し待ってほしい。皇帝陛下にも相談をする必要があるからね」


「その辺は任せるわ。説得が必要なら、私を呼んでも構わないわよ」


「その時にはお願いしよう。……そうだ、生まれた子はどうだい?」


「状態的には問題は無いわ。まだ目も開けてないし」


「そうかい。リエスティア姫は?」


「そっちも問題は無いわ。今のところはね」


「……その様子だと、気付いているようだね?」


「そっちも気付いてたのね」


 含みのあるアルトリアの言葉を聞いたセルジアスは、微笑む顔から真剣な表情へ戻る。

 そして互いに似た認識を持っていた事を把握し、セルジアスからその話題を口にした。


「出産を控えているリエスティア姫の……いや、君が主治医として訪れるだろう寝室に襲撃者エアハルトは迷いも無く来た。しかも客室までの道中、誰にも怪しまれる事も無いままね。……彼が魔人で隠密性に長けた動きを出来たと考えても、少しだけ奇妙ではある」


「そうね」


「今回の事件は、あらかじめ君があの客室に訪れている時刻を知っていなければ成立しない。……その点に関して、彼等に聞いたかい?」


「いいえ。聞いたらバレるでしょ?」


「そうだね。しかし、このまま放置しておくわけにはいかない。……君の周辺で、それらしい人物はいたかい?」


「まったく。そっちこそ、怪しい奴は?」


「幾人かはしぼれたけれど、確実な証拠が無い。現場を押さえる方が簡単そうだ」


「だからこそ、あの二人を地下牢から出すのよ。そうすれば、かならず動きがあるわ」


「なるほど、その目的もあったわけだ。流石は、私の妹だね」


「そっちも、私の兄なだけはあるわよ」


 ローゼン公爵家の兄妹きょうだいは互いに含みを持つ笑みを浮かべ、何かを企てている様子を浮かべる。

 それを聞いていたバリスは、こうして向かい合う兄妹が姿だけではなく性格的にも似た部分を持っている事を自覚した。


 こうしてセルジアスと対面したアルトリアは、今後の事を話し合う。

 その中には不穏な会話も含まれていたが、二人の兄妹にとってはそうした事態すらも想定の中に含んでいた様子を窺えた。

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