託される希望


 ミネルヴァの血で描いた魔法陣は、一度は呪印の効力によって発動を阻まれる。

 しかしクラウス達や村人達が手を繋げて起きた奇跡により、ミネルヴァを介さずに転移魔法が発動するに至った。


 村人達が集結していた倉庫の屋根は、転移の光に貫かれ崩れる。

 そして転移魔法が行使された事を察した【特級】傭兵スネイクの命令により、『砂の嵐デザートストーム』の前衛部隊は倉庫に踏み込んだ。


 そこには村人達は居らず、床には赤黒く染まった魔法陣が残されている。

 そしてもう一つ、その場に取り残されるように倒れている『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァが発見した。


 時は少し遡り、一度目の転移魔法で発せられた球体状の光が空へ向かった後。


 魔法陣内で手を繋いでいたクラウスやワーグナーを含む六十人弱の村人達が、白い障壁バリアに包まれて空へと消える。

 転移魔法が発動された事を確認したシスターは、血の気を失くして青褪めた表情で倒れ伏すミネルヴァを抱えながら呼び掛けた。


『――……ミネルヴァ様、転移は成功しました! 私達も――……』


『……先に行きなさい。ファルネ』


『えっ』


『……私が魔法陣内に入ってしまえば、転移が阻害されてしまう。だから、先に……』


 ミネルヴァは失血が酷く朦朧とした意識ながらも、辛うじて思考を回す。

 魔法の行使だけではなく魔法の発動そのものを阻害しかねない呪印がある限り、ミネルヴァが転移魔法に乗じれば再び阻害されるかもしれない。


 下手をすればミネルヴァと共に魔法陣に入ったシスターも、転移できずに転移魔法が妨げられる。

 そうなれば二人だけが取り残されてしまい、どちらもこの包囲網を脱する事が出来ない。


 ミネルヴァはそれを察し、シスターを先に魔法陣内に向かわせようとする。

 しかしその言葉に躊躇し反しようとするシスターは、ミネルヴァを抱えながら言い放った。


『いいえ、ミネルヴァ様も共にッ!!』


『ファルネ、めなさい……』


『止めませんッ!!』


『このままでは、お前まで取り残されてしまう……』


『いいえ! 神の……繋がりで生まれし奇跡は、そのような呪印モノに負けはしませんッ!!』


『……』


 シスターは力強くそう話すと、ミネルヴァを身体を持ち上げるように体の正面に抱える。

 そして白く光り輝く魔法陣に踏み出したが、ミネルヴァの呪印がそれを阻むように変化を見せた。


『!』


『ファルネ、下がれ……!』


 ミネルヴァの肉体に再び色濃く浮上した鎖模様の呪印から、再び黒い霧が生み出される。

 それがミネルヴァの全身に纏わり付くように動いた後、魔法陣に触れているシスターの脚部分に黒い霧が魔法陣を侵そうとする様子が窺えた。


 それに気付いたシスターは、ミネルヴァに制止されると同時に足を下げる。

 するとミネルヴァの呪印から伸びた黒い霧は止まり、再び鎖状の呪印内部に戻るように引いた。


 呪印が魔法陣に反応する状況を確認したシスターは、険しい表情を強める。

 しかしミネルヴァは逆に落ち着いた表情を見せ、シスターを諭すように話し掛けた。


『……ファルネ』


『ミネルヴァ様……。……何か、他の方法が……!!』


『……これでいいのです』


『!』


『やっと、分かりました。私はこの時の為に、神に生かされたのだと……』


『え……?』


『私は未来で、多くの罪なき人々を殺めた。そのような罪人である私を、神は許してくださった。……そして私に、こうして罪を贖う機会を与えてくださったのです』


『そんな……。貴方様は、我等が神を守りし七大聖人セブンスワンですっ!! このような場所で――……』


『違いますよ。ファルネ』


『!』


七大聖人セブンスワンは、神を守る存在ではありません。……人を、そして神が信じる繋がりを守る存在です』


『……!!』


『私がいなくなったとしても、私の繋がりは過去から現在いまへ、そして未来に続く。……降ろしなさい、ファルネ』


 落ち着き払った表情を浮かべるミネルヴァは、抱えられる姿勢から身体を動かす。

 そしてシスターは渋い表情を強めながらも、ミネルヴァを床へ降ろした。


 するとミネルヴァは、床に落ちていた短剣を左手で掴む。

 それを見ていたシスターは不可解な表情を浮かべたが、ミネルヴァが発する次の言動で何をしようとしているのかに気付いた。


『貴方達に、新たな未来を託します』


『ミネルヴァ様ッ!?』


 ミネルヴァは短剣の刃に気力オーラを込め、そして右手首を狙うように刃を振り下ろす。

 それに気付いたシスターが制止するよりも速く、短剣の刃はミネルヴァの右手首を切断した。


 切断された血塗れの右手は床へ落ち、ミネルヴァの切断された右手首から大量の血を流し始める。

 それに怯む様子を見せないミネルヴァは短剣を手放し、自身で切り落とした右手を左手で拾い上げた。


 切り落とされた右手の甲には、七大聖人セブンスワンの証である金色の『聖紋』が刻まれる。

 そして聖紋が金色の光を帯びながら、不思議にも白い光を放ちながら右手を覆う光景が見えた。


 右手それをシスターに渡すように、ミネルヴァの左手を差し伸べる。


『……ファルネ。これを』


『何故、このような……ッ!!』


『貴方が聖紋これを持ち、あの者達と共に、聖堂教会を説き伏せなさい』


『!』


『そして、この共和王国くにの……悪魔の計画を、防ぐのです』


『……ッ!!』


 シスターは強張った顔を伏せ、身体を震わせながら涙を流す。

 そして震える両手を動かしながら、ミネルヴァが差し出す聖紋の右手を握った。


 ミネルヴァは口元を微笑ませ、左手で掴む自身の右手を離す。

 しかしシスターは声を震わせ、涙ながらに語った。


『……私は、また貴方を見捨ててしまう……ッ』


『?』


『百年前、貴方と共にフォウル国へ向かった時。私達の心は困難に挫け、貴方だけを行かせてしまった……。……不甲斐ない私を、御許しください……ッ』


『……いいのですよ。……ファルネ、後は頼みましたよ』


『……はいっ!!』


 シスターは両手でミネルヴァの右手を握り抱え、意思の強い瞳を見せて魔法陣の中に飛び込む。

 すると先に転移した村人達と同じく、シスターの周囲を白く輝いた障壁バリアが纏い、瞬く間に空へ小さな光が届けられた。


 シスターの転移を見届けたミネルヴァは、辛うじて保っていた意識を手放す。

 そして身体を倒して血の魔法陣に触れながら床に伏せると、呪印から放たれる黒い霧が光輝く魔法陣に接触した。


 すると瞬く間に黒い霧が床に塗られた血を侵し、白く輝いていた魔法陣が消え失せる。

 そして残ったのは赤黒い血液で書かれた魔法陣だけであり、その瞬間に『砂の嵐デザートストーム』の傭兵達が倉庫へ踏み込んで来た。


 こうして『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァは、シスター達に未来を託す。 

 そして自身の聖紋おもいを渡し、安堵にも似た表情を浮かべながら血に染まる床に倒れていた。

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