繋がりの奇跡


 ミネルヴァに施された呪印の影響で、血で描かれた転移魔法は失敗に終わる。

 その事実で様々な感情と声が漏れる倉庫の人々は、それぞれに絶望の表情を色濃くしながら自分達の最後を悟っていた。


 ミネルヴァは呪印と失血によって意識を朦朧とさせながらも、その上体を起こす。

 そして視線を動かし、魔法陣内に居る村人達の中にいる少年と少女が涙を流しながら手を繋いでいる様子を見た。


 その時、ミネルヴァは過去の出来事を思い出す。

 それはミネルヴァが少女だった百五十年ほど前に、神と出会い話した会話だった。


『――……君はこの国が崇めてる神様が、どういうモノか知ってるかい?』


『繋がりの神様!』


『そうだね。じゃあ、繋がりとはどんなものだと思う?』


『えっと……。友達とか、シスター様とか、司祭様とか……?』


『確かに、君にとって目の前に在る繋がりがそうだね。……でも、視えない繋がりもあるんだよ』


『見えない、繋がり……?』


『君がまだ出会っていない人達。まだ生まれてないけど、きっといつかは君が出会う人達。……そして、もういない人達。それも君にとって、大切な繋がりになるんだ』


『私の、繋がり……』


『繋がりの神様というのはね、そうした繋がりを視通す事が出来る。そして繋がりから生まれるモノを、祝福する存在でもあるんだよ』


『繋がりから、生まれるもの……?』


『【奇跡きせき】だよ』


『!』


『人と人との繋がり。そこに生まれる絆を、人はそれを当たり前のように思っているだろうけど。それはとても尊い、奇蹟のような存在なんだよ。そしてそれによって、更に多くの奇跡が生み出されていく。……素敵だよね』


『……繋がりが、奇跡に……!』


『君達が崇める神様は、そうした繋がりの奇跡が世界で多く生まれる事を願ってる。……そしてそこから生まれる奇跡が、繋がる人達を幸せに出来ると信じてるんだ』


 少女ミネルヴァと出会った神は、こうした話を伝える。

 それを思い出したミネルヴァは朦朧とした意識の中で瞳の生気を戻し、この状況で思い付いた言葉を口にした。


「……繋がりから生まれる、【奇跡】を……」


「え……?」


 ミネルヴァの呟きを聞いたシスターは、意味を理解できずに動揺を浮かべる。

 そして絶望の表情を色濃くする村人達に対して、ミネルヴァは声を向けた。


「手を、繋ぎなさい」


「……え?」


みなで、手を繋ぐのです」


「な、何を……?」


「手を繋いだら、全員で祈りなさい。そして信じなさい。……貴方達の繋がりを」


「……!?」


 ミネルヴァの言葉に全員が意味を理解できず、困惑した面持ちを浮かべる。

 しかし隣で聞いていたシスターだけは言葉の一端を理解したのか、ミネルヴァに続いて全員に伝えた。


「皆さん。隣に居る者達と、手を握り合ってください」


「シ、シスター?」


「どういうことなの……?」


「とにかく今は、手を握るのです。急いで!」


 シスターの急かす言葉が、村人達に伝わる。

 それを聞いた者達は動揺しながらも、命じられるままに手を握り合った。


 そして六十名余りの人々が手を握り合い、円の中で更に人の手と身体で繋がる輪が築かれる。

 全員が手を握り合った事を確認したシスターは、ミネルヴァにそれを伝えた。


「ミネルヴァ様。全員、手を繋ぎました」


「……祈りなさい。そうすれば、きっと。神の祝福が……」


「!」


 ミネルヴァは再び意識を朦朧とさせ、身体を支えていた腕を崩す。

 それを助けるようにミネルヴァの腹部をシスターの腕が庇い、地面へ伏す事を防いだ。


 そしてミネルヴァの言葉を伝えるように、シスターは全員に視線と声を向ける。


「……皆さん。そのまま、祈ってください」


「えっ」


「祈る……?」


「あの、どうやって祈ったら……?」


 祈るように言われた村人達は、そのやり方をシスターに尋ねる。

 そしてシスターは明確に、祈りの方法を全員に教えた。


「皆さん、手を繋いだまま目を閉じて。そして大きく息を吸い込みながら、そして吐き出して。それを五度ほど繰り返した後に、大きく息を吸ってから十秒ほど息を止めてください」 


「は、はい」


「……息を止め終わったら、ゆっくりと吐き出して。それから少しだけ、繋がる手を強く握ってください。――……そして自分を、隣り合う者達や繋がる者達を感じてください」


 村人達は深呼吸を繰り返した後、シスターの言う通りに息を止める。

 そして息が止まっている中でシスターの声が聞こえると、息を吐き出した後に手を握る力を僅かに強めた。


 窮地と呼べる状況の中で、今も村人達は不安と恐怖に襲われている。

 しかしそれとは別に、自分達が握り合う手から伝わる体温を始め、呼吸音や血の流れる脈動が僅かに感じ取れる気がした。


 それが伝わってくると、不思議と自分自身の鼓動や動悸の存在感が強まる。

 それを知っているかのように、シスターは再び声を発した。


「手を繋いでいる者だけではなく、自分の鼓動が強く感じ取れる者は、目を閉じたまま願ってください」


「願う……?」


「貴方を、そして隣り合う人々を、自分の大切な者達の存在を。強く願ってください」


 シスターの新たな言葉を聞いた者達は、それに従うように願う。


 ここに集う者達の中で、隣り合う者は家族であったり、親しい者である事もある。

 逆にそれほど親しくもなく交流の少ない者もいるが、手を握り合う者の生きている感覚を握る手から感じ取り、不思議と不快感とは異なるモノが感じ取れていた。


 気を失っている第一王子ヴェネディクトも、横たわる姿勢のまま村人達が手を握ってくれている。

 クラウスやワーグナーもまた、先程まで共に戦った村人達と手を強く握り合い、互いの生命いのちを感じ取っていた。


 そうして手を握り合う人々が瞼の裏で閉じた暗闇に慣れ始めた頃、小さな違和感を感じる。


 瞼の暗闇に仄かに赤く光る光景が浮かび、更に握り合う両手に熱さを感じ始めた。

 その違和感に気付いた幾人かの者達が、薄らと瞼を開けて周囲の状況を確認する。


 するとそうした者達から、驚愕の声が漏れ聞こえた。


「――……な、なんだ……!?」


「これって……!!」


「!」


 そうした声が漏れ聞こえると、クラウスやワーグナーも瞼を開けて周囲を確認する。

 二人は他の者達と同様に目を見開き、今まさに起こっている状況を理解できずに困惑を強めた。


 それはミネルヴァの血で描かれた赤い魔法陣が、再び赤い光を放ち始めている光景。

 しかしミネルヴァ本人は魔法陣に手を触れておらず、シスターに支えられながら手を握り合う村人達の光景を見て微笑みを浮かべているだけだった。


 その疑問を口にするクラウスは、シスターに問い掛ける。


「これは、いったい……!?」


「繋がりによる【奇跡】です」


「!」


「貴方達の繋がりが、こうした【奇跡ちから】を生み出したのです」


「奇跡の力だと……!?」


「繋がりをえさせないで。先程のように、意識を貴方達と繋がりを持つ者達に向けてください」


「……わ、分かった」


 クラウスは今までに体験した事の無い未知の現象に困惑していたが、瞼を開けた者達が多くなるにつれて赤い光が弱まっていく事に気付く。

 そしてシスターの指示に従い、再び手を握り合う全員が瞼を閉じて意識を生命いのちへ集中させた。


 それから魔法陣の赤い光は徐々に強まりを見せ、魔法陣として描かれる血の全体に赤い光が浮かび上がる。

 それから一分程が経つと、全ての魔法陣が赤い光ではなく、白い発光となって強く輝き始めた。


「……魔法が、発動しました!」


「な――……ッ!?」


 シスターの言葉に驚いたクラウス達は、目を見開きながら改めて周囲を見る。

 しかし次の瞬間、魔法陣の中央に位置していた全員が白い光に飲まれるように包み込まれた。


 村人達を包み込んだ白い光に、更なる光が重なり覆う。

 すると倉庫内全体を照らすように眩い閃光が起こし、屋根を貫き空へ届く一筋の光が倉庫内から放たれた。


「――……な、なんだっ!?」


「これは……!!」


 外で包囲していた『砂の嵐デザートストーム』の傭兵達は驚愕を浮かべ、村人達が籠城している倉庫の異変を目にする。

 その異常な事態が何なのかを即座に察して指示を飛ばしたのは、彼等を率いる【特級】傭兵スネイクだった。


「前衛部隊、倉庫内たてものに踏み込めッ!!」


「!?」


「アレは転移魔法の光だッ!! 奴等を逃がすなッ!!」


 スネイクが放つ怒声の指示を聞いた傭兵達は、一気に行動を開始する。

 大多数の部隊が防波堤バリケードの合間を走り抜けながら倉庫まで詰め寄り、一部の部隊は屋根側に射線を確保しながら警戒を強めた。


 しかし倉庫の屋根が空を貫く細い光の筋によって砕かれ、そこから白く輝く球体が光速で飛び出る。

 倉庫の天井は僅かに崩れながらも、その魔法陣の中央に居たクラウスやワーグナーを始めとした村人達は、一人も残らず姿を消していた。


 そうした場に『砂の嵐デザートストーム』の傭兵達は踏み込み、扉を開け放ちながら倉庫内に侵入する。

 全員が銃を構えながら倉庫内を索敵すると、床に描かれ赤黒く変色した魔法陣とは別に、もう一つの発見を声で伝えた。


「――……村人てきの姿、ありません!」


「なんだ、この床……?」


「魔法陣なのか……?」


「……隊長!」


「どうしたっ!?」


「一人、あそこに倒れてます!」


「!」


 一人の傭兵が発見した報告が、突入部隊の班長に伝わる。

 そして突入した傭兵の半数がその発見された人物に近付きながら銃を構え、落ちた屋根の瓦礫に遮られた順路を遠回りしながら距離を確保し、倒れている人物の容姿を確認した。


「……コイツは……」


黄土色ブロンドの女。例の目標かもしれません」


 傭兵達は交互に確認して見合いながら、倒れている女性に少しずつ近付く。

 それは右の手首を切断された状態で床に倒れ伏す、『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァの姿だった。

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