諦めない思考


 人間社会の中で生まれた『魔人』の居場所を得る為に、同じ魔人であるマチスはウォーリスと取引をする。

 その条件に黒獣傭兵団を冤罪に追い込む内容が含まれていた事を知ったワーグナーは、マチスの抱える事情を得ながらも納得する事が出来なかった。


 そして納得できない部分を、敢えてワーグナーは問い質す。


「……じゃあ、なんでテメェはこの村の連中を庇ってた?」


「……」


「人間が大っ嫌いなんだろ? ここに居る連中は、みんな人間のはずだぜ。……それとも、村人の中に魔人でも居たのかよ?」


「……確かに、人間という種族は嫌いさ。……だが別に、人間全員が嫌いなわけじゃない」


「!」


「黒獣傭兵団に入って、それなりに気に入ってる奴も居たさ。……アンタみたいにな。ワーグナー」


「……俺を気に入った?」


「俺が嫌いな人間の部分を、アンタも嫌悪していた。欲望に塗れた人間の貴族共を嫌っていた感情は、俺にも理解できたからな」


「……だから、裏でやってた事にも手を貸してたのか?」


「勿論、それだけで手なんか貸さない。監視対象エリクが『当たり』だと分かった以上、怒らせると何が起こるか分からないからな。エリクの旦那の周囲でちょっかいを掛けたり、怒らせる可能性がある要素は、出来るだけ排除したかった。だから手を貸してたんだよ」


「……つまり。ここの連中を庇ってたのは、エリクの奴を怒らせない為か? ガルドのおやっさんが死んだ時みたいに」


「ああ」


 話を聞いていたワーグナーは、マチスがシスターや貧民街の人々を含む村人達を庇っていた理由に心当たりを浮かべる。


 二十年以上前にガルドが死んだ時、エリクは生存本能と感情のまま『鬼神フォウル』の力を使った。

 その光景を実際に目の当たりにしていたワーグナーとマチスは、あの時のエリクがどれだけ危険な状態だったかを肌で感じている。


 黒獣傭兵団は王国を脱出したが、ワーグナーやマチスを含む団員達を除いて、エリクだけは別行動になった。

 エリクが王国内の貧民街の人々が害されたと知れば、再び王国へ舞い戻り、感情のまま鬼神の力で暴れ回るかもしれない。

 そうした可能性を考えていたマチスは、今までエリクを刺激しない為にシスターと貧民街の人々が居るこの村を守るように庇い続けていたのだ。


 しかし今現在、アリアと同行していたはずのエリクは行方不明。

 更にクラウスとワーグナー達が潜入し村人と接触した事で、マチスが黒獣傭兵団の密偵行為を補助していたのではと疑いが掛けられてしまう。


 そこで村人達をマチスの目の前で殺させ、それを見届けさせる。

 ウォーリスを裏切ってはいない事を証明する為にこの場に赴いているマチスの状況を察したワーグナーは、表情を強張らせながらもある程度の納得を得た。


 しかし新たに浮かんだ疑問を、ワーグナーは鋭い視線を向けながら聞く。


「なるほど、テメェの事情は何となく分かった。……なら、なんでこの状況で俺の呼び掛けに応えた?」


「……」


共和王国そっちの企みだと、別に俺達は死んでも問題ないんだろ? ……テメェが内通者だと疑われてる状況で、なんでわざわざ俺の呼び掛けに応えて姿を見せた?」


「……アンタと一つ、取引をしたいからだ」


「取引?」


「この村に居るよな? 『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァが」


「!」


「ここの村人れんちゅうを殺す事は、もう決まっちまってる。俺ではその決断をくつがえせない。……しかしアンタがミネルヴァを共和王国こっちに引き渡せば、アンタは……黒獣傭兵団アンタたちは見逃してもいい。そう言われた」


「……ウォーリスの野郎にか?」


「ああ。……ミネルヴァをここに連れてきて、俺達に引き渡す。それだけで、アンタ達の命は助かるんだ。簡単な事だろ?」


 マチスはそう述べ、ワーグナーにミネルヴァを連れて投降するように交渉する。

 それを聞いていたワーグナーは眉間の皺を増やすように眉をひそめ、怒りの形相を浮かべた。


 その取引はワーグナーに対して、自分が助かる為に村人達を見捨ててミネルヴァを売れという行為を要求しているということ。

 それはワーグナーにとって自身の死よりも拒むべき内容であり、既に死んでしまっている仲間達を裏切る行為をマチスがそそしているように受け取る。


 その理解が怒りの感情を噴出させ、ワーグナーは感情の赴くままに拒絶の答えを吐き出そうとしたが、その僅かな間にクラウスの姿が脳裏によぎった。


 それがワーグナーの憤怒を引かせ、怒鳴ろうとした口を止める。

 そして胸を膨らませる程の深呼吸をした後、冷静な表情を戻したワーグナーは理性ある答えを伝えた。


「……分かった。ミネルヴァを引き渡す」


「!」


「ワーグナーさん……!?」


 ワーグナーの答えを聞いたマチスと、建物の影に隠れていたシスターは驚きを浮かべる。

 そして二人が驚きを引かせる前に、ワーグナーは承諾の言葉を続けた。


「少し時間をくれ、ミネルヴァを連れて来る。それにも、少し骨が折れそうだしな」


「……本当に、引き渡すつもりか?」


「ああ」


「アンタらしくない答えだな。てっきり断るか、ここの村人れんちゅうも助けろって言い出すかと思ったのによ」


「ふっ。別に不思議じゃねぇだろ? 他人の命より自分の命が可愛いなんてのは、よくある話だ」


「……そうだな。でもアンタは、そういう連中とは違うと思ってたぜ」


「なんだ、俺にも失望したか? お前の嫌いな人間やつみたいによ」


「……少しだけな。……なら、交渉は終了だ。後はアンタ自身の手で、ミネルヴァを連れてここに来れば、交渉は成立する。……だがこちらが遅いと判断した場合、問答無用で銃を持った奴等が村に突入して、アンタも殺すぜ」


「分かった。……それじゃ、また後でな」


 ワーグナーは不敵な微笑みを見せ、マチスの持ち掛けた取引に応じる。

 そして背を見せながら村の中に戻っていくワーグナーを見ながら、マチスは右手を上げて森側で銃を構える者達に合図を送った。


 その合図が取引に応じた事を伝える行為だったらしく、ワーグナーに向けられた銃口が下げられる。

 そして建物の影を通り過ぎたワーグナーは、そこで強く睨むシスターに顔を向けた。


「……ワーグナーさん。貴方は本気で、ミネルヴァ様を引き渡すつもりですか?」


「……」


「もしそうだとしたら、私も貴方に失望を禁じ得ません」


「……慌てるなよ。シスター」


「!」


 ワーグナーはそう話し、ミネルヴァや生き残っている村人達が匿われている武器庫へ向かう。

 その背中を追うようにシスターは付いて行き、村の中央に差し掛かる辺りでワーグナーは顔を向けないまま話した。


「……生き残ってる村人の中に、まだ敵の密偵スパイがいるかもしれない」


「!」


「もし密偵スパイが今も紛れ込んでいたら、何をするか分からない。その前にどうにか押さえたい。……シスター、アンタは密偵そうだと思える奴に心当たりはあるか?」


「……分かりません。集団か、それとも個々に訪れた者の中にいるかもしれませんが……」


「そうか、なら一芝居も考えないとな。……それからミネルヴァの件だが、これはクラウスに相談する必要があるな」


「……どういう事です?」


「確か連中は、死霊術とやらで死体を操れるんだろ? だったら魔法が使えないミネルヴァも、村人と一緒に殺しちまえばいいはずだ」


「!」


「なのに奴等は、ミネルヴァを敢えて引き渡せと言って来た。……つまり奴等は、ミネルヴァだけは殺すつもりが無い。もしくは殺せない理由がある」


「……ワーグナーさん。貴方はあの取引はなしで、それだけの事を考えて……?」


「まぁな。……これで少しだけ、時間は稼げた。連中が踏み込む前に、何か策を考えないとな」


 足を進めながら思案を口にするワーグナーに、シスターは感慨深い表情を浮かべる。


 黒獣傭兵団の指導者リーダーとしてエリクや団員達と共に過酷な道を歩み続けたワーグナーは、ガルド以外に学ぶべき人間クラウスと出会った。

 その影響を受けながら思考し、仲間達の死を無為にしない為に何をすべきかを考え続けていた結果、自身の感情を押し殺しながら行動する事に成功する。


 こうしてワーグナーはマチスの取引に応じた素振りを見せ、銃を持つ敵兵が突入するまでの時間を稼ぐ。

 この絶望的な状況を打開する為に、ワーグナーもまた最後まで諦めない意思を見せ続けていた。

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