魔人の嫌悪


 包囲された村でワーグナーの呼び掛けに応えたマチスは、一年振りにその姿を見せた。

 そこで語られる話を聞いたワーグナーは、マチスが黒獣傭兵団じぶんたちを裏切った理由を知る。


 それは、マチスと同じ魔人に住む場所を与えるという目的。

 その為にウォーリスと取引を行い、マチルダが居た農村の襲撃と黒獣傭兵団を冤罪に陥れる事に手を貸した事を明かした。


 マチスはその話の続きを、ワーグナーに向けて語る。


「――……俺はフォウル国で生まれて、『』という徒党の中で鍛えられた。二歳くらいの頃からな」


「!」


「『』は情報収集や潜入を得意とする連中だ。ガキの頃から魔力ちからの扱い方を学んで、魔族の姿から人間の姿に擬態できるようになった。そして戦闘訓練と潜入訓練もやったよ。魔獣がひしめいている熱帯雨林ジャングルの中に放り込まれて、数ヶ月間も魔獣達に気付かれずに生き抜くなんて訓練もあったな」


「……」


「俺は『』に課せられた訓練を、十歳で終えた。……そして『』に与えられた任務で、初めて人間が居る大陸に訪れた」


 マチスは懐かしむように語り、自身の過去をワーグナーに明かす。

 しかし途中から表情が僅かな憤りを宿し、マチスは視線を逸らしながら自身が見た人間大陸の光景を伝えた。


「始めは、結構ワクワクしてたんだ。人間って実際は、どんな連中なんだろうってさ。……でも、俺の期待はすぐに無くなった」


「……?」


「権力欲、支配欲、金銭欲、性欲。そうした欲望を叶える為に、無関係な奴等に振るう暴力ちから。……俺は『』として人間大陸で経験を積む中で、色々と嫌なモンを見ちまった。そんな中で出会ったのが、人間大陸で生まれた俺達と同じ魔人達だった」


「!」


「魔人は人間より力が強いし、寿命も長い。でも魔人の血が濃くして生まれると、人間とは外れた姿で生まれちまう。……そういう連中は親と子供共々に殺されるか、良くて奴隷として捕まる。面白半分で見世物小屋なんかに売られると、人間共の酒の肴にされながら、魔物や魔獣にと戦わせる舞台ショーをやらされる事もあるんだぜ」


「……!!」


「運良く人間に似た姿で生まれても、やっぱり魔人は人間と異なる生き物なんだ。体内に流れる魔力ちからでどうしても常人離れしちまうし、見た目の成長速度も違う。……魔人だとバレたら、良くて争いに利用され、使い捨ての駒として扱われる」


「……マチス、お前……」


「俺は……俺達と同じ魔人をそうやって扱う人間が、大っ嫌いになった。人間を見ただけで反吐が出そうになってた時期もある。……そんな時に、俺はある任務を『』から受けた。その任務は、とある傭兵団に所属して、ある男の監視をするって内容だった」


「傭兵団……。……まさか」


「そう。それがアンタ達の居た、黒獣ビスティア傭兵団だ」


 マチスは人間大陸で見た事を教え、人間に対する大きな失望を伝える。

 そうした中でワーグナーと関わりのある黒獣傭兵団の話が出た時、互いの記憶からその話を繋げるようにマチスは黒獣傭兵団に加入した時の事を語った。


「俺は『』と通じてる組織に与してたガルドの傭兵団に入り、がルドが傍に置いている男を監視していた。というより、見極めていた」


「……見極める?」


「その男が『』で探していた人物かどうか。それを見極めて、『外れ』でも『当たり』でも報告するのが任務だった」


「……その男ってのは、エリクの事だな?」


「なんだ、察しがいいな」


「……今までずっと黒獣傭兵団に居たって事は、エリクは当たりだったわけか?」


「ああ。だから俺は黒獣傭兵団の中で、ずっとエリクの旦那を監視し続けた」


「……ウォーリスの野郎と接触したのは、いつだ?」


「多分、七年くらい前だったかな。……俺が一人の時に、向こうから姿を見せたんだ」


「!」


「俺は一目見て、奴が危険ヤバイと感じた。それで逃げようとしたが、結局は捕まっちまった」


「なんだと……!?」


「捕まった俺は、強制的に奴と話をさせられた。……俺が隠し続けた正体を、奴は見破ってやがった。俺がフォウル国から来た『』である事を。そして前団長ガルドが、ある組織に与して汚れ仕事を生業としていた事。そして俺が、エリクの旦那を監視していた事も」


「……!!」


「奴は俺を通じて、フォウル国から潜入している魔人達に呼び掛けるよう脅した。勿論、始めは死んでも断ると言ったさ。……だが、奴はこう言って来た」


「!」


「『俺達おまえたちが匿う不幸な魔人達に、豊かで静かに暮らせる居場所を与えてやろう』。……そう言って、奴は俺に取引を持ち掛けたんだ」


 マチスはそう述べ、過去にウォーリスと接触していた事を語る。

 それは本人にとっては強制的で否応の無い始まり方だったが、ウォーリスが口に出した言葉はマチスにとって表情を強張らせる程の衝撃を与えたモノだった。


 その部分を指摘するように、ワーグナーは敢えて聞く。


「お前達が匿ってる、魔人ってのは?」


「……人間大陸に潜入してる魔人。その一部で、各国の人間社会で生まれた魔人達を保護していた」


「!!」


「捨てられた連中を拾ったり、奴隷になってる連中を買って保護したり。そして保護した連中が一人前になるまで、人間が居ない場所で匿っていた」


「フォウル国ってのに、連れて行かなかったのか?」


「……フォウル国ってのは、確かに魔人が暮らして居る場所だ。でもその土地は、鍛え抜かれた強者しか暮らせないような厳しい環境だ」


「!」


「実力を身に付け、あの自然の中でも生き永らえる事が出来る魔人達だからこそ、あの環境でも暮らせている。……フォウル国では生まれた魔人はすぐに鍛えられて、その土地で適応できる強さってのを身に付けるのさ」


「……」


「でも人間大陸で生まれた魔人は、そうはいかない。……中には才能に長けた奴もいるが、ほとんどが人間と少し異なる姿をしているだけだったり、自力も人間に毛が生えた程度だったりする。魔大陸に近いフォウル国の環境では、とても耐えられない」


「……だから、人間大陸こっちで匿うしかないってことか?」


「そうさ。……だが、人間と関わらずに匿える場所は少ない。あったとしても、暮らすのに困難な場所だったりする。……それに魔人ってのは、体内に魔力を宿してるからな。魔力があるモノを喰らって進化する魔物や魔獣には、恰好かっこうの獲物なんだ」


「!」


「人間・魔物・魔獣。その三つから保護した魔人を守れる場所があるとしたら、それは文明として築かれた都市や町しかない。……でも人間が居る都市で魔人が暮らせば、どんな目に遭うか分からない。……奴は俺達がそうした事情で困っている事を知った上で、魔人達を保護できる環境をこの国で与えると言って来た」


 マチスはそう語り、保護した魔人達の過酷な人生を語る。


 それはフォウル国に生まれた魔人マチスにとって、人間大陸で生まれた同族に対する哀れみにも似た同情。

 その感情を抱いていた隙をウォーリスによって付け込まれたマチスは、持ち掛けられた取引に応じてしまった。


 ワーグナーはそれを察し、怒気を交えながら口を開く。


「……そんな取引に、お前は乗ったのかよ? 守られるかも分からない、そんな取引に……」


「……」


「それで、黒獣傭兵団おれたちをウォーリスの野郎に売ったのか?」


「……ああ、そうさ」


「お前……ッ!!」


「はっ。仲間だと思ってた俺が、黒獣傭兵団アンタたちを売ったのが気に食わないか? ……だが違うぜ、ワーグナーよ」


「何が違うってんだッ!?」


「……俺は人間のアンタ達を、仲間だと思ったことはない」


「な……っ!?」


「もし俺の正体を知ってたら、アンタ等は……人間はどう思う? ……自分達とは違う存在モノだと、嫌悪するだろ?」


「……お前……」


「実際、アンタ達は俺の正体を見てどんな表情かおをしてた? ……まるで化物を見たように驚いたぜ」


「……ッ」


「俺は始めから、アンタ達の……『人間』の仲間じゃないんだ。……確かに俺は、色んなモノを裏切った。だが魔人として、そして同じ魔人を守る者として、何も間違った事はしていない。……そう思ってるんだぜ?」


 マチスは眉を顰めながらも微笑み、自身がウォーリスの取引に応じた理由と、人間であるワーグナー達を裏切った経緯を語る。


 『人間』と『魔族』の間に生まれた『魔人』は、今も異端の存在として迫害を受け続けている。

 そしてフォウル国で生まれ育った『魔人』マチスもその事実を目にし、『人間』という存在に強い失望を抱いた。


 その経験が『人間』であるワーグナー達と黒獣傭兵団の中で、築き上げたはずの信頼関係に溝を残す。

 その溝は埋められる事も無いまま、黒獣傭兵団の存在は『魔人』に向けるマチスの情にまさる事が出来なかった。

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