猶予なき一刻


 足を撃たれた第一王子ヴェネディクトを救出する為に、クラウスとワーグナー、そして残る四名の黒獣傭兵団の団員達は行動を開始する。

 そして煙幕に紛れながら一人の団員が防波堤バリケードを構え持ち、もう一人の団員が足を負傷しているヴェネディクトを引き摺って村へ戻そうとした。


 しかし再び、一発の銃弾がその場に響く。

 それはヴェネディクトを運び出そうとした団員の左首を貫き、右首部分から大量の血を飛び散らせた。


「――……クソッ!!」


「ワーグナー!!」


「!?」


 再び撃たれた団員を見たワーグナーは、憤怒の形相を浮かべながら飛び出そうとする。

 それを制止するように叫んだクラウスは、防波堤バリケードを動かしながら王子達が居る左側に銃口を向けた。


 そして照準金具越しに先を見据え、僅かな煙の薄れた部分から見える銃を構えた敵兵の姿を確認する。


「敵だ! 煙が薄れた瞬間を狙われたッ!!」


「煙の向こうから狙った!?」


「奴等は『砂の嵐デザートストーム』だ! 砂嵐の中でも狙って撃てる! 牽制しろッ!!」


 クラウスはそう命じながら煙越しに見えた敵兵に向けて、引き金を動かし銃弾を放つ。

 それに合わせて二人の団員も遅れて動き、クラウスの隣に座りながら防波堤バリケード越しに銃を撃った。


 始めは銃の反動に驚き、狙った角度よりも高い煙に弾丸の隙間が開く。

 それを修正するように二射目を放つ団員を見たワーグナーは、撃たれた団員に視線を向けて歯を食い縛りながらも、クラウス達に加わるように牽制射撃に加わった。


 村側から銃撃が向けられる事に気付いた『砂の嵐デザートストーム』の傭兵達は、近くの木々に身を隠す。

 そして飛び交う銃弾の合間を見計らい、反撃となる銃口を向けて弾丸を放った。


 そうして互いの射撃が行われる一方、ヴェネディクトを救出しようとした団員達は動きが止まる。


 一人は首を撃ち抜かれ凄まじい痛みと呼吸が困難になりながら吐血を見せて苦しみ、ヴェネディクトと共に横へ倒れてしまった。

 そうした中でクラウス達の牽制射撃が始まると、飛び交う銃弾が防波堤バリケードの盾に数発以上が命中し、それを握っていた団員の手を思わず離させて身を伏せさせる。


「ク……ッ!!」


 思った以上に弾丸の衝撃が強い事に団員は驚愕し、防波堤バリケードを持ち上げるのを諦める。

 しかし防波堤バリケードを引き摺るように引かせながら、後ろで倒れている二人に近付いた。


「……おい、大丈夫かっ!?」


「……か……ぁ……っ」


「……くそっ!!」


 呼び掛けた仲間は首から大量の血を流し、目を見開き口を大きく開けて吐血している状況を見たその団員は、険しい表情を浮かべる。

 そして牽制射撃を行っているワーグナー達に視線を向け、銃声に負けない大声で伝えた。 


「副団長ッ!!」


「!」


「このまま、二人を引き摺って戻りますッ!!」


「っ!?」


 団員はそう伝えると、防波堤バリケードから手を離して身を屈めながら下がり、ヴェネディクトと首を撃たれた団員の腕を両手で掴む。

 そして二人を引き摺りながら、クラウス達が居る三十メートル先へ戻ろうとした。


 その時、今まで鳴っていた森側から放たれていた銃声が僅かな時間だけ消失する。

 その二秒にも満たない沈黙にクラウス達が奇妙な表情を見せる一方、二人を引いていた団員は好機チャンスと判断し、身を起こして運ぶ速度を速めようとした。


 しかし次の瞬間、煙に紛れて一つの物体が森から投げ放たれる。

 それは団員が運んだ防波堤バリケードを跳び越え、引き摺られている二人の足先へ落ちた。


 引いていた団員はそれに気付き、視線を上げて目の前に落ちた物体を視認する。

 それは拳大ほどある緑色の球体だったが、何かの紋様が刻まれており、それが赤く点滅している光景が見えた。


「……な――……」


「――……ッ!?」


 その団員が疑問を漏らそうとした瞬間、その物体全体が赤色に輝き出す。

 その赤い光がクラウス達にも見えた瞬間、三人が居る位置に炸裂音が鳴り響いた。


 そして小規模ながらも爆発が起き、周囲の煙と共に新たな土煙が巻き起こる。

 その爆風と土煙がクラウス達が居る場所に届き、村側に居た四名は叫ぶように口を開いた。


「うわっ!!」


「な、なんだっ!?」


「何が起きたっ!?」


「……まさか、小型の爆弾か……!?」


「ばくだんっ!?」


「銃と同じ、製造が禁止されている火薬の武器だ! だがこの威力、火薬だけではない……。まさか魔石も組み込み、威力を高めたのか……!?」


「!?」


 クラウスは自身の記憶にある爆弾を思い出し、目の前で起きた状況を推察する。

 それを聞いていた他の二人は驚きを見せ、王子達が居た場所に視線を注いだ。


「……!?」


 それから数秒後、土煙が引き始める。

 

 そして三人の視線に映ったのは、爆発地点が抉れるように吹き飛びながら焼け焦げ、その近くに置かれていた防波堤バリケードが破片となって砕け散っている様子。

 更に首を撃たれた団員の両足が千切れるように吹き飛び、王子を運んでいた団員が背中部分を血塗れにしながら地面へ倒れているという、最悪とも言うべき光景だった。


 それを見た四人は唖然とした表情を浮かべ、唇を震わせ目を見開くワーグナーが悲痛の叫びを起こす。


「……なんだよ、こりゃ……。……なんなんだよッ!!」


 その叫びにクラウスすらも返答できず、ただ苦悩の表情して顔を伏せる。

 そして唖然としたまま見ていた残る団員の一人が、何かに気付き上擦った声を漏らした。


「……あっ、あれって……!」


「……!?」


 その団員が指を指した先は、二人を運ぼうとしていた血に塗れて倒れる団員の姿。

 しかし視界を妨げていた土煙が更に晴れると、その団員の下に別の何かが存在しているのが見えた。


 それを見たクラウスは目を見開き、団員が覆い被さっている下に見える黄土色ブロンドの髪を見て察する。


「……ヴェネディクトだ」


「!?」


爆発の瞬間に、王子ヴェネディクトを庇ったのか。彼は……」


「……!!」


 クラウスはそれを見て、血塗れの団員が最後に見せた行動を把握する。


 投げられた物体が爆弾だと知らない団員かれは、それが赤く光った瞬間に危険を察した。

 そして咄嗟に引き摺っていた団員から手を離し、ヴェネディクトの腕を力の限り引っ張り、自身の身体で庇うように覆う。


 ヴェネディクトより身長も高く体格も大きい団員は、そうして爆弾の爆発をもろに受けた。

 しかし庇った第一王子ヴェネディクトは辛うじて爆発の影響は少なく、二人よりも肉体的損傷は軽微にする事が出来ている。


 しかし状況は時が過ぎる毎に悪化している事を、クラウス達は察してしまう。


 爆発の影響で土煙が巻き起こりながらも、同時に周囲に起きていた煙は晴れてしまっている。

 更にワーグナーが散布した発火粉も吹き飛ばされながら土埃に覆われ、その効力は失われていた。


 防波堤たての一枚と団員の二名を失い、更に第一王子ヴェネディクトは負傷と爆発の影響で完全に気を失っている。

 この状況で第一王子ヴェネディクトを救出する為の手段を講じるには、彼等に猶予は残されていなかった。

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