最善なき選択


 【特級】傭兵スネイクが率いる『砂の嵐デザートストーム』に包囲された村は、彼等から放たれる無慈悲な銃弾によって悲鳴が響き渡る。

 その中にウォーリスとオラクル共和王国の国民を切り離す為の旗印となれる、第一王子ヴェネディクトの悲鳴も含まれていた。


 クラウスとワーグナーを含む黒獣傭兵団の面々は、ヴェネディクトを救い出す為に悲鳴が聞こえた場所へ走り向かう。

 その際に森からの射線を警戒しながら建物伝いに移動し、一行は悲鳴が聞こえた場所に辿り着いた。


 そこは村の奥に寄った森付近であり、村の建物から五十メートル離れた地面に左脚から血を流して倒れているヴェネディクトの姿が見える。

 呻きと嘆きの声とサマザマナ体液を漏らすヴェネディクトの姿を確認したクラウス達は、建物の影に隠れながら話し合った。


「――……第一王子やつを、こちらまで引き戻す」


「だが、どうやって?」


「かなり森に近いぞ」


「このまま行ったら、間違いなく撃たれちまう」


「何か、策はあるのか?」


 団員達はそれぞれにクラウスの言葉に反応し、自身の意見を述べる。

 それを聞いていたクラウスは近い家屋の扉を開き、室内を確認しながら置いてある木製の机に目を向けた。


「……この机を、盾にしよう」


「おいおい……。銃は鉄の鎧も撃ち抜くんだろ? そんな机じゃ……」


「奴等が使っている銃は、命中精度が高い」


「!」


「奴等は数百メートル先から、正確に逃げる者達の足を撃ち抜いていた。腕前は確かに高いだろうが、あの精度は銃の性能が高い事も示している」


「……じゃあ、俺達が持ってる銃でも相手を狙るのか?」


「いや、おそらくこの小銃ライフルは型が古い。奴等が持っている銃は、新型なのだろう。この旧型ライフルよりも射程が長く、精度も遥かに上のようだ」


「それじゃあ……」


「だが長い射程と精度が向上した反面、威力が低い。撃たれた団員かれは、背中まで銃弾が貫通していなかった」


「!」


「使えそうな机と縄を集めろ。寝台ベットでもいい。急ごしらえだが防波堤バリケードを作って持ち運べるようにし、あの王子が出血多量で死ぬ前に助ける」


 クラウスは今までの情報から敵兵の銃が威力が低いと判断し、室内にあった縄を掴み取る。

 それを聞いた黒獣傭兵団の面々は頷き、周囲の建物を捜索しながら持ち運べる木製の机と寝台を集めた。


 そして寝台や机の板を三枚ほど重ねながら縄で縛り、急ごしらえながら二つの防波堤バリケードを作り出す。

 机の脚部分あしを利用して盾のように持てる防波堤バリケードを持ったクラウスは、救出の為に必要な作戦を伝えた。


「私が防波堤これを盾にして王子に近付き、引きりながら戻って来る。お前達はもう一つの防波堤バリケードを敷きながら銃で森側を撃ち、敵を牽制してくれ」


「……いや、俺が行く。アンタが銃で援護してくれ」


「なに?」


「銃の扱い方は、俺達は素人だ。銃を使った事があるアンタが、コイツ等に撃つやり方を教えながら牽制してくれ」


 クラウスが提案する作戦に対して、ワーグナーが口を出す。

 その理由は最もながら、焦る様子で厳しい表情を浮かべてるワーグナーの様子に気付いたクラウスは、鋭い睨みを向けた。


「……ワーグナー。お前は……」


「話してる暇は無い。俺に、それを貸してくれ」


 ワーグナーが防波堤バリケードを渡すように求めて右手を伸ばし、手の平を見せながら受け取ろうとする。

 それを鋭い瞳で見つめるクラウスだったが、二人の横から団員の一人が防波堤バリケードの柄部分を掴み、二人から引き離した。


「!」


「!?」


「……俺が行きます!」


「なっ!?」


「クラウスの旦那は銃の扱い方を良く知ってるし、副団長は弓と弩弓ボウガンの扱いが上手い。だったら二人が、銃で援護してくれた方がいい」


「お前、何を言ってるか分かって――……」


「俺は昔から、弓や弩弓ボウガンの扱いが下手なんで。……訓練もしてない銃なんか俺が撃ったら、間違って王子に当たっちまいそうだ」


「……!!」


 そう団員は強張った笑みを見せながら話し、自ら銃撃を浴びる危険がある役目を担う事を伝える。

 それを止めようとしたワーグナーだったが、更に別の団員が口を開いた。


「……いや、ここ二人で行った方がいいと思います」


「!」


「な、お前まで……!?」


「一人で向かったら、片腕で防波堤これを掴みながら王子を引き摺ることになる。下手したら防波堤これから出た部分が、撃たれちまうかもしれない」


「!」


「だから一人が防波堤バリケードを持って銃弾を防ぎながら、もう一人が銃で牽制しつつ王子を引きって戻す。その方が確実です。……俺が、その二人目をやります」


 もう一人の団員がそう提案し、王子の救出作戦の改善を求める。

 その提案には確かに一理あり、クラウスは渋い表情を見せながらも伏せ気味だった顔を上げて二人の団員へ視線を送りながら伝えた。


「……出来るか?」


「ああ」


「やれます」


「なら、頼む」


「おい……!!」


 団員達の提案を承諾したクラウスを、ワーグナーは止めようとする。

 それを予測していたかのように、クラウスは反論される前にワーグナーへ問い掛けた。


「ワーグナー。確かお前達は、アレを持っていたな」


「……アレ?」」


「アレがあれば、敵が向ける銃の命中率を下げられるはずだ。彼等の生還率も高まる」


「……そうか、コレか!」


 クラウスはワーグナーの腰鞄へ視線を向けながら話すと、ワーグナーは思い出したように何かを取り出す。

 それは黒く染められた小さな球であり、クラウスとワーグナーは互いに視線を合わせて意図を汲み取りながら作戦を実行する事を選択した。


 それぞれが突入と援護の準備を整えると、ワーグナーはクラウスと視線を合わせて頷き、右腕を大きく振りながら森側へ黒い球体を投げ込む。


 そして草木の生える森部分に、黒い球体が地面へ落下する。

 すると球体の殻部分が割れ、その中から出て来た灰色の粉が草木へ跳び散った。


 すると灰色の粉が、僅かに赤みを帯び始める。

 そして浴びた草木が徐々に煙を立ち昇らせ、突如として発火を始めた。


 ワーグナーと他の団員達も黒い球体を森側と王子が居る左右の空間に投げ込み、落下した周囲から煙を発生させる。

 そして村側からしか王子が見えない状況となった後、ワーグナーとクラウスは同時に声を放った。


「いけ!」


 その声と同時に、防波堤バリケードの盾を担う団員と、銃で援護しながら王子を引き戻す役を担う団員の二人が駆け出す。

 そして王子が倒れている場所へ近付き、王子を守る態勢に入りながら二人の団員が王子に呼び掛けながら状態を確認した。


「おい、生きてるか!?」


「……た、助けて……」


りますけど、我慢してくださいよ!」


 王子は痛みで疲弊し肌から血の気を引かせていたが、それでも意識は残っている事を団員達は確認する。

 そして団員が銃を背負いながら両腕で王子の両脇に腕を通し、引き摺って戻ろうとした。


「早く、早く戻って来い――……っ!?」


「!!」


 焦るワーグナーは王子を救出する団員達に呼び掛け、早く戻るように促す。

 しかし王子の回収が順調に進む中、再び彼等の耳に銃声が届いた。


 そしてクラウスやワーグナー達の視界には、王子を運んでいた団員の右首から血が飛び散る光景が見えてしまう。

 その団員は右側へ身体を倒し、首から大量の血を流して地面を血で染め上げた。

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