村の叫び
陽動の為に村を出ようとした際、黒獣傭兵団の
胸を撃たれた団員の死を見届ける一行は悲しむ暇も無く、村を包囲し展開する【特級】傭兵スネイクが率いる傭兵団『
息を引き取った団員の止血を行っていたクラウスは、血が滲む布から手を離す。
そして握った拳を広げて地面へ擦り、血に濡れた手の平を拭いながら表情を険しくさせて口を開いた。
「――……既にこの村は、敵に包囲されている」
「!」
「……っ!!」
「以前から発見されていたのか、それとも私達が追跡されていたのか、それは分からない。だがこれは偶発的な
「……!!」
「敵は敢えて彼を撃ち、私達を村の中に押し戻した。……この村に居る全員を、逃がさない為に」
クラウスは冷静に状況を分析し、自身が抱え持っていた
地面の土と血が交じり合った手の平は滑り止めとなり、クラウスは襲撃して来るであろう敵の迎撃に備え始めた。
今も仲間の死で唖然としている団員とワーグナー達は、クラウスの話を理解しながらも動く事が出来ない。
しかし一方で、村人達の状況は混迷し始めていた。
「――……う、うわあぁああっ!」
「!?」
その声が一行の耳に届く、村で暮らしていた一人の男性が慌てるように動揺しながら走っている。
そして村の外へ向かい森の中へ逃げ込もうとする様子が見えると、クラウスは大声で怒鳴り叫んだ。
「戻れッ!!
「!?」
しかしクラウスの叫びは、再び一発の銃声によって掻き消される。
そして森の方へ走っていた村人の男性は団員と同じように脚部分に弾丸を受けると、前へ傾きながら地面へ倒れた。
「あ、ぎゃぁあ……!!」
村人の男性は脚部分から血を流し、悲痛な呻き声を上げながら地面の上で悶える。
それを見たクラウスは歯を食い縛り、厳しい表情を見せた。
再び撃たれた者の姿を見た黒獣傭兵団の面々は驚愕を見せながらも、一人の団員が倒れた人物を助けようと立ち上がる。
しかし団員の腕を掴んで止めたのは、クラウスの左手だった。
「駄目だ、行くな」
「な、なんで! まだ、生きてるんだぞ……!?」
「今から出ても、お前が撃たれるだけだ」
「……!!」
「奴等はああして、囮を作り出している。負傷している者を救い出そうとする人間を、仕留める為に」
「……で、でも。だからって、放っておくのかよ……!?」
「こちらの迎撃準備が整うまでは、耐えろ。……お前達も、銃を持て」
「く……っ!!」
クラウスは真剣な表情を見せながら掴んでいた団員の腕を放し、再び銃を構える。
それを聞かされた団員達は憤りに近い感情を顔に見せながらも、今の状況がクラウスの話している通りだと理解せざるを得なかった。
ワーグナーと団員達は目の前で死んだ仲間の姿を再び見下ろすと、内側に抱える感情を抑え込みながら銃を構える。
それを確認したクラウスは、シスター達が走り逃げた建物側へ叫んだ。
「シスター!」
「!」
「敵に包囲されている! 全員に武器を持たせて、武器庫の倉庫で迎撃の準備をさせろっ!! それから村人達を一箇所に集めて、倉庫周辺に
「――……分かりました!」
クラウスの言葉に対して、シスターから返答が聞こえる。
そしてシスター達が建物の影を利用して移動する姿が確認できると、黒獣傭兵団の面々にも命じるように伝えた。
「我々も、武器庫へ行くぞ」
「……あ、あそこの奴は? それに、こいつは……」
「置いて行く」
「!」
「あの位置では救出は出来ない、森に近過ぎる。……そして
「……だ、だけどよ……ッ」
「これは既に、戦争だ」
「!?」
「この
「……ッ」
「包囲している敵が数を揃えている以上、我々も数で対抗しなければ押し負ける。……敵の包囲を崩して一点突破するには、全員でこの村から逃げるしかない」
「……上手く、行くのかよ……?」
「出来なければ、私達はここで死ぬ」
「……クソ……ッ」
苦悩を漏らす団員は、一つの深呼吸をした後に頷く。
それを確認したクラウスはそれぞれに目配せし、腰を上げて立ち上がりながら移動しようとした。
「……」
「ワーグナー?」
「……ああ」
その際にクラウスは、ワーグナーと視線が合わなかった。
ワーグナーは死んだ仲間へ顔を向けながら、僅かに身体を震わせている。
しかしクラウスに声を掛けられた後は俯き気味に立ち上がり、後を追って建物伝いに移動した。
それから
その後に銃声が響いた方角から叫び声や呻き声が聞こえ、他の村人が逃走しようとして撃たれた事をクラウス達は理解させられた。
更に幾度か銃声が続き、新たな叫び声や悲鳴が聞こえる。
それが撃たれた者達を助けようとした者が撃たれ、それが家族や親しい者達だという悲痛な声も聞こえていた。
その声には女子供の声も含まれており、敵が誰であろうと容赦なく銃を撃ち放っている事が理解できてしまう。
黒獣傭兵団の一行は何度も振り返りながら、周囲から聞こえる悲鳴へ顔を向ける。
しかし足を止めないクラウスに続く形で進み、他の者達と合流しながら武器庫のある方角を目指した。
そこには武器庫を管理していた老人や、シスターと孤児院の少年達、そして男性を中心とした村人達が集まっている。
それぞれが武器庫から銃などを取り出して受け取り、防波堤として築けそうな丸太や木材を必死に掻き集めていた。
そこに合流したクラウス達は、統率しているシスターに声を掛ける。
「シスター!」
「!」
「他の者達は?」
「倉庫の奥に。今は戦える者達に武器を持たせ、
「ミネルヴァは? それに、あの
「ミネルヴァ様は既に奥へ避難させました。ただ、あの男性はここに来ていません……」
「なに……!?」
クラウスは状況を聞き、懸念しているミネルヴァと
その二人の内、
「――……ぎゃぁあぁあ……!!」
「!?」
「……おい、あの声……。まさか……!?」
その声に聞き覚えがある黒獣傭兵団の面々が、険しい表情を見せながら状況を察する。
おそらく臆病な
そして森へ向かおうとした際、他の者達と同じく脚を撃たれたのだ。
その銃声と悲鳴が今まさに聞こえた事を察した一行の中で、クラウスは表情を険しくさせながら呟く。
「あの
「お、おい!」
「私は、あの王子を救出する!」
「!?」
「奴が生きていなければ、ウォーリスの対抗勢力は成立させられない!」
クラウスはそう言いながら、叫び声が聞こえた場所に走る。
それに続く形で、ワーグナーがシスターに話し掛けながら仲間達に伝えた。
「シスター、アンタ達は迎撃の準備を!」
「ワーグナーさん!?」
「この状況を乗り越えられるのは、クラウスの知恵が頼りだ! ここで死なせるわけにはいかん! ――……お前等、行くぞッ!!」
「了解!」
ワーグナーはそう伝え、黒獣傭兵団を伴いながらクラウスの後を追う。
それを止められないシスターは、迎撃の準備を指揮する為にその場に留まるしかなかった。
こうして村が包囲される状況の中で、愚かながらも
それは最も難しい、死と隣り合わせの救出劇だった。
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