備えあれば


 クラウスはミネルヴァと交渉を行い、第一王子ヴェネディクトのベルグリンド王国復興をフラムブルグ宗教国家に協力させるよう求める。

 それによりウォーリスの支配する共和王国民の意思を分断し、移民と旧王国民の支持を失わせ戦力を低下させる事を目論んでいた。


 その作戦を聞いたミネルヴァは協力に応じ、クラウスと握手を結ぶ。

 そしてこの作戦に必須となるミネルヴァ達と村人の逃亡を助ける為に、クラウスと黒獣傭兵団は自ら囮として陽動役を買って出た。


 そうした形で事が進められる中、集会所に戻るワーグナーはクラウスに尋ねる。


「――……そういえば。あの王子ヴェネディクトには、何も言わなくていいのか?」


「何も、とは?」


「いや。王子に王国を復興させるんだろ? 旗印の張本人に話をしておかなくって、いいのかよ?」


「話をしたところで、あの王子おとこが承諾すると思うか?」


「……しないだろうなぁ。それどころか、今すぐこの村から逃げ出しちまいそうだぜ」


「そうだ。あの王子は、ウォーリスに対する反抗心が完全に挫けている。今この話を提案したところで、無意味に錯乱するだけだろう。ならば黙ったまま連れて行き、勝手に旗印にした方がマシだ」


「うへ……。アンタ、結構えげつないよな」


「ふっ、王族に生まれた者の宿命だ。あの王子は幾つか幸運に恵まれているが、その部分だけは不幸だと言えるな」


「王族のアンタが言うのかよ?」


「皇族の血筋でなければ、私も息子や娘を連れて、メディアと共に帝国からも旅立っているさ」


 そうした事を述べながら口元を微笑ませるクラウスに、ワーグナーは目を見開きながら驚く。

 冗談に聞こえないその言葉と表情は、クラウスが本心から物語っている事なのだろうとワーグナーも無意識に察した。


 そして集会所に戻ったクラウスは、村人達から得た道具を整理している団員達に声を掛ける。

 更に村の周辺を監視している団員達も呼び戻し、再び一行は集まって話し合いを行った。


 その話し合いで述べられるのは、黒獣傭兵団じぶんたちが囮となって村人を逃がす作戦。

 それを聞いていた団員達は何も反論せず、全員が覚悟を秘めた微笑みを見せて頷きながら話した。


「了解っす」


「確かに、それしかここの連中を逃がす手段は無いですからね」


「徒歩で移動となると、東側に行くまでに確実に冬になりますね」


「いや、むしろ良い機会チャンスかもしれない。雪でも降ってくれれば、捜索網にも穴が出来易いからな」


「問題があるとしたら、村人達が逃げ切れるかってとこっすね」


「その為には、黒獣傭兵団おれたちが派手に立ち回らないといけないわけだ」


「武器もそうっすけど、食料の確保もしときたいっすね。でも村の食料は全部、村人の為に使ってもらった方がいいっす」


「だとしたら、置いて来た荷車まで戻って俺達の食料だけでも回収するか?」


「荷車が発見されてる可能性は高いからな。出来るだけそれは避けたいとこだが、確認だけでもしときたいな」


「長距離の移動なら、馬も必要になるだろう。食料や馬は、ここの兵士共から奪っちまうのも手だ」


「それ、いいっすねぇ。ついでに銃って武器も奪っちまいます?」


「銃って、訓練しねぇと使えないんだろ?」


「どの武器だってそうさ。だが、短剣ナイフ弩弓ボウガンだけで戦うのは不可能だからな。銃も逃げながら確保して、俺達が使えるようになれば最良ベストだ」


 団員達は囮になる事を受け入れ、それぞれに囮として立ち回る為に必要な事を意見し合う。

 それを聞いていたワーグナーは意見を聞きながら何も言わなかったが、囮になる事を反対せず離反しない団員達の様子に信頼となる微笑みを浮かべていた。


 そうして囮として必要な動きや、逃亡する為に考えられる限りの段取りが決められた後。

 黙って話を聞いていたクラウスから、こうした言葉が出される。


「敢えて、言わせてもらう。……囮となる我々は、死ぬ可能性が高い」


「……」


「その場合。シスター達の語った未来の通り、我々の死体は死霊術で利用されてしまう可能性もある。……そうなれば、黒獣傭兵団きみたちせられた不名誉は注ぐ事は叶わないだろう。……それでも、この囮役をやりきれるか?」


 そうした言い方で黒獣傭兵団の覚悟を尋ねるクラウスは、ワーグナーも含めて全員の意思を確認する。

 それを聞いた全員が、口元を微笑ませながら返答した。


「勿論っすよ」


「ああ」


「俺達の死体を利用されるのは嫌だが、背に腹は代えられないからな」


「それに、黒獣傭兵団は俺達だけじゃない」


「俺達に何があっても、村の連中が逃げ切ってくれれば。樹海あそこに残った団員なかまが、いつか黒獣傭兵団おれたちの疑いを晴らしてくれるはずです」


「……だ、そうだ。クラウスさんよ」


「そうか。……本当に、良い仲間を持っているな」


 団員達の意思を聞き、ワーグナー達は自慢気な笑みを見せながら伝える。

 それを聞き終えたクラウスは、心の底から信頼できる仲間を得ているワーグナーを羨ましく思いながら、自身の覚悟も明かした。


「……可能性として、私達は死ぬ確率が高い。だが、私は君達を死なせるつもりは無い」


「!」


「村人達を逃がす為にも、我々も逃げ続ける。我々が早々に殺されてしまえば、村人達も逃げ切れないだろう」


「確かに」


「敵捜索網を攪乱し、敵の物資を利用して逃げ切る。――……出来る限りの準備を行い、今日の夜に出発だ」


「了解」


 クラウスは一同に向けて囮役としての条件を加え、夜間に出立する事を伝える。

 それに全員が頷いて応じると、それぞれに必要な物を整えながら準備を始めた。


 団員達は再び使えそうな物を探す為に、村人が置いていく物品を貰っていく。

 そうした中で一人の団員が訪れたとある家に訪れると、ある人物に遭遇した。


「ごめんくださーい」


「――……なんじゃ?」


「俺等、黒獣傭兵団って者なんっすけど。何か要らない物があれば、いただけないかなっと――……えっ、あっ!?」


 団員は驚きの声を浮かべ、家主として出て来た老人の姿に驚く。

 それから少し時間が経過すると、クラウスと共に道具を整理し簡易的な道具を作成していたワーグナーに、戻って来たその団員が呼び掛けた。


「……ふ、副団長!」


「なんだ?」


「あ、あの人! あの人が居たんっすよ!」


「あの人?」


「――……久し振りじゃな。悪ガキ共」


「!」


 慌てる団員の言葉に疑問を浮かべたワーグナーだったが、それもすぐに解消される。

 団員の後ろから聞こえる枯れた老人の声は、ワーグナーにとって聞き知った人物のモノだった。


 その老人は集会所の中に歩み入り、ワーグナー達に姿を晒す。

 それを見て確信したワーグナーは、腰を上げながら嬉々とした声を浮かべた。


「アンタ、やっぱり武具屋の爺さんか!」


「おう。元気にしとったか?」


「ああ! アンタこそ、まだ元気そうじゃねぇか」


「まだとはなんじゃ、まだとは」


「アンタ、俺が知ってる頃から爺さんだろうがよ。いい加減、死んじまってるのかと思ったぜ」


「ふんっ。お前等みたいな悪ガキより先に、死ぬ気は無いわ」


 ワーグナーは黒獣傭兵団に所属してから旧知の仲である武具屋の老人と再会し、喜びを浮かべながら歩み寄る。

 二人は再会を喜び合うように互いの右手を叩き合い、健在な様子を見せた。


 そして老人は道具が散乱する室内の様子を見て、ワーグナーに訪れた理由を伝える。


「お前等、儂等を逃がす為に囮役をやるんだってな」


「ああ。だが、死ぬつもりは無いぜ。アンタも、ここから逃げる準備をしてくれ」


「とっくに終わっとる。それに、鍛冶しごと道具を持っていくわけにもいかんからな。担ぎきれん物は全部、お前等にやる」


「そりゃ、ありがてぇけどよ。でも俺達も、要らん物を全部もっていくわけには……」


「それが武器でもか?」


「!」


「ついて来い。儂が管理しとる、武器庫にな」


 老人はそう述べ、背を見せながら建物から出て行く。

 ワーグナーは不可解な表情を見せながらも老人の後を付いて行き、共に居たクラウスと団員も老人の言葉が気になって付いて行った。


 それから村の奥にある鉄製の施錠が施された大きめの倉庫に老人達は訪れる。

 そして老人は鉄鍵を取り出して施錠を外すと、扉の中を開けて中に置かれている品々に驚かされた。


「……おい、これって……!?」


「シスター達や、孤児院の子供達が集めた物じゃ。手入れは全部、儂がしとる」


「……武器。それも、剣や弓だけではない。……銃も、弾丸や弾倉もあるのか?」


「一応、自衛の為に集めたモンじゃ。普段は使わんから、こうして収めておる。……お前等、好きな武器モンを持っていけ」


「!」


「必要になるじゃろ? 儂等も移動する時に、一人一つは持っていく。これだけあるんじゃ。気にせんでいい」


 老人はそう述べながら、倉庫の中にある武器を見せて使用する事を許可する。


 そこには数十以上の剣や斧、そして弓や矢などを始めとした武器だけではなく、敵兵が使用する銃と弾薬もかなりの数が存在していた。

 それ等が全てシスター達が掻き集めた物だと知り、ワーグナー達は引き攣った表情を見せながらも心強く思う。 

 クラウスもまた村の人々が思った以上に備えている事に驚き、乾いた笑みを零していた。


 こうして一行は、準備を整える中で思った以上の武器を得られる。

 その収集された武器を基点に必要となる荷物を掻き集め、夜間に出発する為の準備を整える事になった。

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