救いの逃亡


 上体を起こし話せる状態になった『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァから、クラウスとワーグナーはある話を聞く。


 それは、時が戻る前の未来で起きた出来事。

 クラウスの娘アルトリアが三年後に死亡し、死霊術によって操られガルミッシュ帝国を滅ぼし、人間すらも滅ぼそうとしたという未来の話。

 その事態を防ぐ為に神に選ばれた者達は、未来の記憶を現在に引き継ぎ、その事態を解決する為に各々が動いているという状況。


 そして神に選ばれた者の中に、アリアを救おうとする黒獣傭兵団の団長エリクが加わっている事をワーグナーも聞く。

 その話に驚きを持ちながらも落ち着きを取り戻した二人の中で、クラウスがミネルヴァと向かい合いながら改めて話を始めた。


「……ミネルヴァ殿、貴方が話した悪魔の男の事だか。奴の正体は、古いルクソード皇国の貴族家とガルミッシュ帝国のゲルガルド伯爵家の血縁として生まれた者。ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルドという男だ」


「!」


「奴は謀略によって家族を殺された母親ナルヴァニアの復讐に手を貸し、復讐の対象に含まれている黒獣傭兵団を陥れる為にベルグリンド王国へ赴き、王の養子となって王の地位を得た。だが実際に王の立場に就いたのは偽者であり、その王の腹心と呼ばれるアルフレッドという名でウォーリスは動いている」


「……」


「貴方はウォーリスを【悪魔】だと述べた。私達もある話を聞き、ウォーリスが【悪魔】ではないかと確信している。……我々は同じ悪魔ウォーリスを敵と認識し、その打倒を目指す立場にあるようだ。それに異論はありますか?」


「……いいや」


「ならば、私達と貴方は協力し合えるはずだ。……ウォーリスという【悪魔】の野望を討ち砕く為に、七大聖人セブンスワンとしての貴方の力を御借りしたい」


 クラウスはそう語り、歩み寄りながらミネルヴァに右手を差し伸べる。

 それが協力を約束する握手を求める姿勢だとミネルヴァは気付いていたが、それを拒むように首を横に振った。


 それを見たクラウスは、渋い表情を見せながら右手を引いて尋ねる。


「我々と、協力は出来ませんか?」


「……違う。例え協力したとしても、無意味なのだ」


「無意味?」


「今の私は、奴に施された呪印に侵されている。……そのせいで、魔法が使えない」


「!」


「お前達が私の転移魔法で、国内からの脱出を考えていた事はファルネに聞いた。……今の私では、お前達の力にはなれない」


 ミネルヴァは肉体に刻まれた呪印の鎖によって、習得している魔法を使えない事を明かす。

 それを聞いていたワーグナーは渋い表情を見せたが、クラウスは意思の強い青い瞳を見せながら口を開いた。


「確かに、貴方の転移魔法は一つの頼りでもあった。……しかし私が協力を頼んでいるのは、また別の用件も含まれている」


「……別の用件?」


「今のウォーリスは、ベルグリンド王国を四大国家から外して改名し、オラクル共和王国と名乗り国民を従え支持を受けている。彼等は四大国家が禁じる『銃』を主力武器とし、大兵力を用意しながら各国の強者達を引き入れているようだ」


「……それで?」


「このまま我々が無事に逃げ、各国が悪魔であるウォーリスを討つという流れになったとしても。その争いに無関係な共和王国の民が巻き込まれるのは必至。兵士だけではなく国民も銃を持ち、支持するウォーリスを守ろうと外敵を排除しようとするだろう。そうなれば、内外に関わらず多大な犠牲が生じてしまう」


「……」


「それを防ぐ為には、ウォーリスと共和王国の国民を切り離す必要がある。……しかし、ただ切り離すだけではウォーリスを討ったとしても共和王国内は混乱に陥る。そこで生み出される国民の無用な血を、出来る限り防ぎたい」


「……それを防ぐ為に、協力しろと言う話か……。しかし私に、どのような助力を求めているのだ?」


 クラウスの講じる、国民の犠牲を最小に留める為の策が必要だという話をミネルヴァは理解し納得する。

 しかしその助力の仕方が不鮮明であり、ミネルヴァはクラウスが述べる話にどのような協力が必要になるかを聞き返した。


 その言葉を待っていたかのように、クラウスは不敵な微笑みを見せながら案を語る。


「実はこの村に、ベルグリンド王族の生き残りがいる。第一王子のヴェネディクトだ」


「!」


第一王子ヴェネディクト七大聖人セブンスワンである貴方が保護し、フラムブルグ宗教国家に連れて行ってもらう。そしてベルグリンド王国の正統政権を樹立する事を手伝い、第一王子を旗印としてベルグリンド王国を復興させて欲しい」


「!」


「!?」


「ベルグリンド王国を、復興……!?」


「元々、初代ベルグリンド王は宗教国家が崇める神を信仰する信者だったと聞いた事がある。その末裔たる彼も信者として迎え、悪魔であるウォーリスの被害者であると各国に対して大々的に公表する。そしてオラクル共和王国が悪魔に支配された状態だと国民にも知らせ、ウォーリスと国民を切り離す工作を仕掛ける」


「……!!」


「そして切り離した国民を、フラムブルグ宗教国家がベルグリンド王族たる第一王子ヴェネディクトの下で樹立した政権で保護する。これでウォーリスを討ったとしても国民は第一王子の政権下に置かれ、ある程度まで国内の混乱は抑えられるはずだ」


 クラウスはそうした案を述べ、ミネルヴァと周囲に居るシスターやワーグナーにも聞かせる。


 それはフラムブルグ宗教国家を用いて、ベルグリンド王国を復興させるという手段もの

 オラクル共和王国の王であり悪魔であるウォーリスを討ち、切り離す国民を再びベルグリンド王国の国民として戻す為の大規模な作戦。


 その旗印となるのが、悪魔ウォーリスの所業を実際に体験した第一王子ヴェネディクト。

 彼をフラムブルグ宗教国家でぐうし、悪魔の所業によってベルグリンド王国と国民を奪われた事を主張させ、オラクル共和王国の内部を分裂させようというのだ。


 確かにこの方法ならば、移民して来たばかりの国民は共和王国から離れようとするだろう。

 旧王国民もウォーリスの正体が悪魔だという話を聞けば、国民同士で意見が別れる可能性もある。 


 第一王子ヴェネディクトの使い道をこうした手段で考えていたクラウスは、その協力にフラムブルグ宗教国家の助力が必要だと考えていた。


「確かに、私は七大聖人セブンスワンである貴方ミネルヴァの力も悪魔ウォーリスの討伐に御借りしたいとは考えていた。だがそれよりも、貴方が属するフラムブルグ宗教国家の力こそ借りたいと望んでいる」


「……!」


「その仲介を行える者こそ、七大聖人セブンスワンである貴方が最も有力だと考えた。……これ以上、悪魔ウォーリスの犠牲者を無駄に生み出さない為にも。我々と協力して頂きたい」


 そう述べたクラウスは、改めて右手を差し伸べながら握手を求める。

 そして求められるミネルヴァは僅かな驚きを秘めながら差し出される右手を数秒ほど見つめると、呪印の刻まれた右腕を動かし、互いの右手で握手を交わした。


「……分かった。我が神に誓い、お前達に協力しよう」


「御願いする」


「だが、私が魔法を使えない事に変わりは無い。……ファルネから状況は聞いている。転移魔法以外で、どうやって国を脱出する事が叶う?」


「一番簡単な方法は、南方ここに居る兵士達の服を奪って変装し、西側へ赴き帝国へ逃げ込む事でしょうな」


「……だが、この村に居る全員を変装させたとしても、すぐに偽の兵だと暴かれるのではないか?」


「その通り。それに、敵兵が大規模な捜索を始めているようだ。兵服を奪う事も、困難な状況でしょう」


「ならば、どうする?」


「かなり危険な策になりますが、彼女シスター達が行っていた陽動を真似て敵の捜索網を引き付け、村人達と共に貴方達は穴が開いた捜索網から脱出を図るしかないでしょう」


「……その、陽動役は誰が?」


「私と、黒獣傭兵団かれらが請け負いましょう」


「!?」


 クラウスはそう述べ、自身に親指を向けながら陽動役を買って出る。

 その中に含まれるワーグナーも、クラウスの提案に納得しながら受け入れる言葉を口にした。


「確かに、それがいいかもな」


「そう、敵の狙いは侵入者である我々だ。我々が東側へ逃げ、南方ここの兵士達を引き付ける。貴方達はそれを利用し、西側から脱出してほしい」


「し、しかし……!!」


「この作戦の決め手は、七大聖人セブンスワンである貴方ミネルヴァと、フラムブルグ宗教国家に属する貴方シスターが鍵となる。貴方達が第一王子を連れて帝国まで亡命し、帝国そこを経由しフラムブルグ宗教国家へ赴いてほしい。そして、先程の策を実行してくれ」


「……ですが。貴方達は、どうするのです?」


「我々も東側から南方土地を脱し、帝国へ戻る。貴方達は先に帝国へ赴き、フラムブルグ宗教国家へ向かってくれ」


「いけません! 貴方達だけでは、今の共和王国くにから逃げ切れるはずが……!」


「シスター」


「!」


 自分達から囮になろうとするクラウスとワーグナーの言葉を聞き、シスターは引き留めようとする。

 しかしワーグナーは覚悟を秘めた笑顔を見せ、シスターに呼び掛けながら話した。


「今度は、黒獣傭兵団おれたちがアンタ達を助ける番だ」


「……!!」


「王都で俺達は、アンタ達に助けられた。そして二日前も。黒獣傭兵団おれたちは、アンタ達に大きな恩がある」


「しかし……!」


「今まで俺達は、俺達だけがウォーリスの野郎と戦ってると思ってた。……でもアンタ達や、そしてエリクも、ウォーリスの野郎を倒す為に動いてくれている」


「!」


「ウォーリスの野望を打倒して、この国の奴等を救う為には、アンタ達の助けが必要なる。なら俺達は、アンタ達を生かす事こそが役割ってわけだ」


「……ワーグナーさん……」


 ワーグナーはそう話し、自らが囮となってシスター達を逃がす意味を見出す。

 それを聞いたシスターは悲哀の表情を見せ、ワーグナーの決意が本物である事を察してしまった。


 そうした話を交える二人に、クラウスは言葉を差し挟む。


「今から我々は準備を始めて、今日の夜間には出発する。貴方達は村人を連れて明朝の朝に出発し、捜索網の穴を見つけて帝国へ向かってほしい」


「……分かりました」


「それまでに私の名で一筆書き、血判も捺した書状を用意しよう。貴方シスターは私の古い知り合いだということにして、息子まで話を通せるようにな」


「……ありがとうございます。……でも、どうか御無事で。貴方達もまた、死んではいけません」


「私達も、ただ死にに行くのではない。むしろ人数の多い貴方達こそ、逃げる困難は多いはずだ」


「……承知しています。私が必ず、ミネルヴァ様と村の者達を連れて、帝国へ向かいます」


「あと、例の第一王子ヴェネディクトだが。鶏小屋を掃除している男がその人物だ。ただ村人達には内緒にしたまま、彼も同行させて守ってくれ。あの男が居なければ、ウォーリスの反抗勢力を成立させるのは不可能だろう」


「彼が……。……分かりました。必ず彼も、私達の故郷へ送り届けます」


「頼んだ」


 クラウスとシスターはそう話し、ミネルヴァと第一王子ヴェネディクトを含む村人達を逃がす為の算段を立てる。


 転移魔法が使えない今、捜索網を広げられている現状ではこの手段しか彼等が共和王国から脱する道は無い。

 それを互いに承知しているシスターはクラウスと握手を交わし、またワーグナーとも握手を交えた後、各々が逃亡する為の準備に取り掛かった。


 こうして一行は、共和王国の南方から脱出する為に準備を始める。

 それは王国民を救う為の唯一の手段であり、未来で生み出された惨劇の一つを防ぐ為にも必要な道でもあった。

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