少女と師匠


 実家の本邸やしき父親クラウスに反抗し、この手で殺害しようとした幼い私アルトリア

 しかし傷付けてしまった友達クロエのことを思い出し、それが心の傷トラウマとなって私の行動を踏み留める。

 そして周囲が自分に向ける恐怖を宿した瞳を見た時、自身が『人間かれら』とは異なる『化物バケモノ』である事を察し、孤独感と虚無感にさいなまれた。


 それから私は騎士や領兵達に捕まり、領地に設けられている隔離塔の地下に設けられた牢に幽閉される。


 帝都で行われた祝宴パーティーで暴れ、更に屋敷を破壊し父親クラウスを殺めようとした私は、例え公爵家の娘であっても処置に関する寛容は無い。

 逆にそうした寛容すらも跳ね除けてしまったからこそ、地下の檻に閉じ込められ両手両足を枷付きの鎖で繋がれ、自由すらも失ってしまった。


 今まで当然のように与えられていた衣食住の生活も、極端に変化する。


 檻の中には粗末な寝台ベットしかなく、読める本すらも無い殺風景な状態となり、飽きや暇を潰せるモノは何も無い。

 食事も今までのように豪勢な愚材が調理されたモノではなく、コップ一杯分の水と乾燥パン、そして小さく刻まれた人参と芋が入った白いシチューだけとなった。


 皇族に連なる公爵令嬢から一転し、二歳にも関わらず囚人のような生活を幼い私は体験する。

 しかしそうした状況にも関わらず、私はただ強い孤独感と虚無感によって憎悪や憤怒すら滾らず、捕まえられてから一度も言葉を発しないまま不平不満すら言わずに投獄生活を受け入れていた。


『……』


 捕まってからどれほど経ったのか、正確には分からない。

 少なくとも一ヶ月以上は、私は檻の中で暮らしていたと思う。


 その間に父親クラウス長男セルジアスは会いに来ることは無く、訪れるのは私を監視し食事を運んで来る領兵だけ。

 私はそれを悲しいと思う事は無かったが、少なくとも暴走し制御できない自分は見捨てられたのだと悟り、暗い地下牢の中で訪れるだろう己の最後を待ち続けた。


 そんなある日、地下牢に続く階段を降りてくる足音が響き聞こえる。

 もう食事の時間かと思い、私は粗末な寝台ベットに腰掛けてながら伏せていた顔を上げ、灯火が近付く階段の方へ目を向けた。


 しかし降りて来る足音をよく聞くと、いつもより多く足音が聞こえる。

 そして硬い何かが地面を叩きながら歩いているのだと気付いた私は、目を凝らしながら階段の降り口を見た。


『――……こちらです』


『……?』


 その時、領兵らしき声が地下牢の中に響く。

 武装し階段を降りて来た一人の領兵が促すような言葉を述べた後、二人目に降りて来た人物の様相が私にも見えた。


 その人物は、まるでてらうような様相をした人物。

 青い服装と青い帽子を被り、長い白髪の髭を伸ばした長い錫杖を右手に持つ大柄の老人だった。


 そして青い帽子の影から鋭くも青い瞳を浮かべ、その老人が私を見ている事を察する。

 しかし老人が向ける瞳は他の者達と違い、私に対して恐怖を宿していないことがなんとなく分かった。


 その老人の後にもう一人の領兵が続いて階段を降りると、その三名が私に視線を向ける。

 そして老人が二人の領兵に視線を向けると、皺枯れた声ながらも低く重圧のある言葉を述べた。


『――……この子と、二人だけで話をさせてもらいたい』


『し、しかし……』


『儂はここの領主からは、この子に関する事を一任されておる。……もし何かあっても、儂一人で対処は出来よう』


『……わ、分かりました』


 老人の言葉に二人の領兵は渋る様子を見せたが、彼等もまた領主あるじが命じた事に従って階段を登っていく。

 そして檻の中に居る私と二人きりになった地下で、青い老人は歩み寄りながら話し掛けて来た。


『まず、自己紹介をしておこう。儂はホルツヴァーグ魔導国に所属する『青』の七大聖人セブンスワン、ガンダルフだ』


『……ガンダルフ……。……私が持ってる、魔導書を書いた著者?』


『ほぉ。儂の本を読んでいたか?』


『……まぁね。面白そうな内容だったし』


『そうか。それはまた、著者として喜ばしい言葉よな』


 私はガンダルフと名乗る名前に覚えがあり、それがいつも読んでいた複数の魔導書に記載されていた著者である事を思い出す。

 それを聞き口元を微笑ませたガンダルフは、左手で顎髭を撫でながら不思議そうに尋ねた。


『しかし、一言も言葉を発さぬと聞いていたのだが。思いの他、よく喋れるようじゃな?』


『……別に、話す相手がいなかっただけよ。みんな、私の事を怖がってるし』


『なるほど』


『……で? そのガンダルフさんが、私に何の用なの?』


『ちと、知人に頼まれてな。お前さんの様子を見に来た』


『……その知人って、私の父親?』


『いいや。だがここの領主……お前さんの父親からは、確かにお前さんを更生させるようにと頼まれておる』


『更生……。……ふっ。結局、他人頼りなのね……』


 ガンダルフの言葉を聞いた私は、失望にも似た思いを抱きながら呆れ気味の嘲笑を浮かべる。

 他人任せで娘の更生を依頼しなければならない程、父親クラウスが私を恐れているのだと察してしまったのだ。


 そうした失望を抱いて笑う私に対して、ガンダルフは再び話し掛ける。


『お前さんの事は、少し聞いておる。どうやら、魔法とは少々異なる奇妙な能力ちからを持っているそうだな?』


『……だったら、なに?』


『儂は依頼こそされたが、お主の更生なぞに興味は無い。そんなモノは親がやるべきことだ。……だが、お主の持つ能力ちからには興味がある』


『……へぇ?』


『そこで儂は、お主と取引をしたい』


『取引?』


『お主をここから出し、ある程度の自由をお主の父親に約束させよう。そして儂が更生させるフリをし、ほとぼりが冷めるまで傍に付く。その間に、お主の能力ちからを儂に見せる。そういう取引はどうかな?』


『……あの人は、私を殺したがってるんじゃない?』


『さぁな。だが、お主の在り方を持て余しているとは聞いた』


『……持て余す、ね……。……別に、私はここに居たままで十分だし。その気になれば、外に出れるわ』


『父親から離れ、帝国くにの外に出てどうする?』


『さぁね。自分が自由に暮らせる場所を探すわ』


『なるほど。……だが、それが果たせるかな?』


 私はそう話していると、ガンダルフは嘲笑を含む言葉を向ける。

 それに対して表情を強張らせた私は、鋭く睨みながらガンダルフを見た。


『……どういう意味よ?』


『お主が知る知識以上に、世界は広い』


『!』


『知識を高め叡智を集める儂ですら、今だにこの世界には知らぬ事が多々あるのだ。そんな世界にお主のような子供が飛び出たところで、何も成せずに死ぬだけとなるだろう』


『……私の能力ちからを知らないくせに、よくそんな事を言えるわね』


『今まで常軌を逸する存在など、儂は幾人も見て来た。それに比べれば、今のお主に怯える点は無い』


『……だったら、今ここでアンタを叩きのめして私の能力ちからを分からせてもいいのよ?』


 ガンダルフの言葉を聞いた私は立ち上がり、周囲にある魔力マナに干渉しながら自身の殺気を高める。

 すると檻に使用されている鉄が大きく震え始め、周囲に設けられた魔道具の明かりが点滅しながら激しく振動し始めた。


 更に地下全体も僅かに振動し、まるで地震でも起きたかように揺れる。

 更に自分が放つ殺気によって負の圧が生まれ、それだけでも常人ならば膝を着き意識を朦朧とさせる事を私は知っていた。


 にも拘わらず、ガンダルフは平然とした様子でそれを見ている。

 そして白い顎髭を左手で撫でながら表情を変えずに、穏やかな口調で呟いた。


『……なるほど。大気中の……いや、物質に含まれる魔力マナに干渉し操作する力。言わば事象に対する干渉力を、お主は持っておるわけか』


『……!』


『ならば、こうすればどうなるかな?』


 私の能力ちからがどういうモノかを一瞬で見抜いたガンダルフは、口元を微笑ませながら右手に握る錫杖を僅かに持ち上げる。

 そして錫杖の先端を地面に軽く叩いた瞬間、振動する地下空間が一瞬にして静かになった。


『!?』


『なるほど。周囲の魔力マナが消失すれば、お主に干渉できるモノは無くなるというわけじゃな』


『……何をしたの?』


『なに。お主が干渉しとった魔力マナを、儂が全てこの錫杖つえに取り込み消失させただけだ』


『!?』


 魔力マナを含む物質や空気からも魔力マナが消失した理由が、ただ錫杖を着いただけの行為で成された事に私は驚く。

 そんな驚きの表情を見せる私に対して、ガンダルフは再び問い掛けた。


『儂の話を、少しは信じる気になったかね?』


『……』


『儂より強い者など、この世界には溢れるほどにる。そしてお主もまた、儂以上に世界を知らぬ小童こわっぱに過ぎんのだよ』


『……ッ』


『断言しよう。何も知らぬお主が野に出て好きに動けば、それを排除しようと世界の猛者達が動き出す。そして敗北し、お主は選択を迫られるであろう。……死ぬか、強者に対して従うか。その二択をな』


 確信を得て述べるガンダルフの言葉に、私は嘘が無い事を察する。

 能力ちからを使う為に必要な魔力マナを一瞬にして周囲から消失させられれば、今の自分にすべは無い。

 もしくは自分以上に魔力マナへの干渉力を持つ相手と敵対しても、同じ結果となるだろう。


 初めて格上とも呼ぶべき相手と対峙した私は、自信に満ちた自分の能力ちからが完璧ではない事を認識し、息を吐きながら反抗する意思をおさめた。


『……そう。……確かにこんな事をされたら、私にはすべが無いわ。……貴方の言う通りになるんでしょうね』


『ふむ。……で、どうするかね?』


『……いいわ、取引に応じてあげる。……でも、私からも要望がある』


『聞こう』


『私に、貴方の知る知識と魔法を教えて』


『ほぉ。儂にか?』


『世界の広さとやらを、知っておきたいのよ。……それに貴方に教わることなら、少なくとも他の大人達よりはつまらなくはないみたいだし』


『……良かろう。ただし、幾つか条件がある。それを果たせぬのなら、儂はお主に教えは説かない』


『条件?』


『先程も述べた通り、お主の能力ちからを儂に包み隠さず明かすこと。そして儂を師事し、儂が説く教えを必ず守ること。そして感情のまま能力ちからを行使せず、危害を加えようとする相手以外には攻撃を加えぬようにすること。少なくとも、その三つは守ってもらおう。もし破れば、儂はお主を殺すことになるだろう』


『……分かったわ。貴方を師事し、貴方の言う事を必ず守る』


『そのげん、確かに聞き届けた。――……アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。お主は今から、『』が教えを説くに足る弟子と認める』


『はい』


 私はその瞬間にガンダルフの弟子となる事を認め、素直にその教えを受ける事に従う。

 こうして二歳の私は『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフと師弟の関係となり、三年間の教えを受けた。


 この時の私は尊敬できる師を得る事で、『化物』から『人間』になれる知識と技術を得る。

 そして退屈に思えた狭い世界が、実は好奇心に溢れる程に満ちた広い世界だと知り得た私は、飢えた心を満たすように様々な事に取り組み向上心を持ちながら学び続けた。


 二歳の頃に起きた出来事が、私に様々な事を与える。


 友達を得ながらも傷付けてしまった事に対する罪悪感と、師を得た事で知れた世界への好奇心。

 そしてその世界の成り立ちには多くの人々が必要であり、自分一人だけでは好奇心に満ちる世界が成り立たない事を知り得た。


 それが『アルトリア』という人格を育て、能力ちからだけが全てではない事を悟らせる。

 だからこそ自身の感情を抑えながら我慢して仮面えんぎを身に付け、私が起こした事件に対する謝罪を父親達に告げ、人と接する為に必要な社交性を習得した。


 これが、『化物わたし』から『人間わたし』になる為に必要だった出来事きっかけ

 それを激しく流れて来る感情と記憶と共に視た私は、長くも短い過去の夢からようやく目を覚ました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る