少女の傷


 幼い私アルトリアは友達になったクロエオベールという少女が虐められる現場を目撃し、今まで滞っていた鬱憤と共に怒りの感情を爆発させる。

 そして二日目に開かれた祝宴パーティーは、私の存在によって搔き乱された。


 周囲に居る各貴族達の護衛や警備、そしてついに魔法師らしき者達も私の周囲に押し寄せる。

 しかし魔力そのものに干渉し操作する私は、空気中の魔力マナを竜巻のような動きをさせながら周囲を覆った。


 そして周囲に在る机や椅子、調度品や食器などを巻き込む魔力マナの竜巻は、私達に押し寄せる者達に浴びせ薙ぐ。

 重量のある机や椅子が護衛達に直撃し、更に魔力マナに干渉する私によって魔法師は空気中の魔力マナを思うように取り込めず、魔法を発動できないまま護衛達と同じように飛んできた障害物によって弾き飛ばされた。


 私は他者を拒み、友達であるクロエオベール以外の者達を攻撃する。

 そして自分達に理不尽を強いる周囲の者達に対して、私はこの帝国くにすら滅ぼすことを考えていた。


 そんな時に、騒ぎを察知した父親クラウスが私の前に現れる。

 後ろには十数人の護衛兵を連れ、吹き荒れる魔力マナの突風で飛んできた食器を拳で叩き落として割ると、父親クラウスは私に怒鳴り叫んだ。


『――……アルトリアッ!!』


『……お父様』


『これは……お前は、自分が何をしているか分かっているのかッ!?』


 クラウスは周囲の惨状を見渡し、自分の娘が起こした出来事を正確に把握する。

 貴族達や会場を護衛していた騎士や魔法師を十数人以上も吹き飛ばし、更に巻き起こす竜巻によって飛び襲う物体が会場を破壊し、周囲に居た人々を巻き込みながら傷付けていた。


 私の周囲が多くの怪我人で溢れている状態を見た父親クラウスは、憤怒を宿した表情を見せながら左腰に携えている伸縮自在の赤い槍を握りながら、再び怒鳴る。


『今すぐ、これをめろッ!!』


『……嫌よ!』


『!』


『コイツ等は、そしてお父様も、そうやって私達に理不尽を背負わせる……。……もう、アンタの言うことなんか聞くものかッ!!』


『ア、アルトリア……!!』


 その時に私が自分の父親に向けたモノは、紛れも無い殺気。

 自分をしいたげる者に対する敵意と反抗心が殺気それを放ち、肉親であるという理由から今まで我慢していた私が、初めて父親クラウスを敵と見做した瞬間でもあった。


 私の殺気は周囲の魔力マナに干渉し、凄まじい負の圧力を生み出す。

 その圧力は瘴気にも似た性質を生み出し、私の周囲に居る者達に息苦しさと眩暈を生じさせた。


『な……ッ』


『い、息が……』


『ぁ、う……』


 周囲の者達は唐突に息苦しさと眩暈を感じ、その場に膝を着いて倒れる。

 その状況を確認したクラウスもまた自身の息苦しさを感じ、その状態を引き起こしているのが自分の娘アルトリアだと瞬時に理解した。


『アルトリア……。……仕方ない。こうなれば……ッ』


『!』


 クラウスは能力ちからを暴走させる自分の娘アルトリアを見かねて、ついに左腰に携えた赤い槍を右手に持ち、構えながら槍を伸ばす。

 それを見た私は鋭い殺気を向けながら睨み、白い輝きを纏わせた左手をかざして父親クラウスを攻撃しようとした。


 その時、その場に伏せながら周囲に起こる状況を見ていたクロエオベールが立ち上がる。

 そして腕に抱えて守っていた私の刺繍入りの布生地を落とし、父親クラウスに向けていた左腕を抑えるように身体と両腕で掴んだ。


『――……ッ!?』


『ダ、ダメ――……きゃあっ!!』


『!!』 


 クロエオベールが抑えて下げようとした左腕には、私が魔力マナを操作して空気中から集めた荷電粒子プラズマを纏わせていた。

 そんな私の腕や身体は能力ちからで守られていたからこそ、集めた荷電粒子プラズマから放たれる高熱にも問題なく耐えられている。


 しかし、クロエオベールは何の防御手段も肉体に施していない。

 その結果、荷電粒子プラズマを纏う私の左腕に接触したクロエオベールの腕と身体が焼け焦げるように傷付いた。


『クロエッ!?』


 クロエオベールは重度の火傷を負いながら倒れ、私は驚愕しながら左腕に纏わせた荷電粒子プラズマを解除し散らす。

 そして憎悪や憤怒といった感情が全てクロエオベールに対する心配へと変化し、吹き荒れる周囲の竜巻が徐々に消え失せた。


 それに続いて息苦しさと眩暈を感じていた者達が、その状態を少しずつ快復させて意識を戻す。

 しかしそんな事を気にする暇も無い私は、両重度の火傷を負ったクロエオベールに慌てて声を掛けながら屈んだ。


『クロエッ!!』


『――……アリス……』


『なんで、なんで……!?』


『……友達、だから……っ』


『!』


 クロエオベールはそれだけを呟き、息を荒げてながら意識を途絶えさせる。

 私はその時、今まで抱いていた憎悪や憤怒が吹き飛び、頭が真っ白にさせた後で必死に考えた。


 この能力ちからで、クロエオベールの傷を治す事が出来るのか。

 自分自身の治癒は出来るが、他人の傷を治すことは出来るのか。

 こんな時、魔導書に書いてあった魔法の知識が役立つんじゃないか。


 今まで知り得た知識と、自分の能力ちからに対する理解を総動員させた私は、ある手段を行う。

 それは周囲の魔力マナを呼吸と共に体内へ取り込み、それを操作して自身の生命力へ変換し、生み出した生命力をクロエオベールに送り込んで怪我を治癒させるという方法。


 言わば魔法を応用して自分の能力ちからを使う手段を一瞬で考え付いた私は、自身の両手をクロエオベールにかざして大きく息を吸い込んだ。


『――……ッ!!』


『な……』


『な、なんだ……この光は……!?』


 その瞬間、私の身体は白い光を放ちながらクロエオベールの身体も光で包み込む。

 そして呼吸と共に身体へ流れる魔力マナを生命力へ変え、クロエオベールの火傷を負った患部へ両手を優しく触れさせながら生命力を送り込んだ。


 すると荷電粒子プラズマで焼け壊死したクロエオベールの肉体の細胞が活性化し、再生力を高める。

 流れ込む私の生命力がその再生力を促し、少しずつクロエオベールの肉体を治癒させていた。


 周囲の人々は何が起こっているのか理解できず、ただ光を放つ私達を見ている。

 父親クラウスも同じようにその光景を見ながら、驚いた表情を浮かべていた。


 それから数分後、私はクロエオベールの治癒を全て終える。

 荷電粒子プラズマによって焼け焦げていた肉体は全て元通りに治癒され、意識を失いながらもクロエオベールの息は正常に戻っていた。


 それを確認した私もまた、自身の生命力を魔力マナで変換し送り込みながら治癒するという荒業を使い、身体を横に倒して意識を途絶えさせる。

 こうして私は暴走の果てに、自身の能力ちからで傷付けたクロエオベールの治癒をおこなった。


 この事件がきっかけとなり、私は魔法を習う際に回復や治癒の魔法を真っ先に習得する。

 そして事件の後、その学びを得る機会と出会うことになった。

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