夜を裂く光


 その日に行われるはずだったリエスティア姫の治療は、倒れた後に自身の記憶を垣間見たアルトリアの影響によって中断される。

 そして互いの体調を鑑みた結果、治療は翌日に持ち越される形となった。


 アルトリアは別邸の一室を使用する形で今夜は泊まり、翌日にリエスティアの治療を行うべく休息を摂る。

 老執事バリスはその隣室に待機し、用意された食事の確認や暇をするアルトリアの話し相手を務めていた。


 一方で、皇后クレアは息子である皇子ユグナリスと老騎士バリスを別邸で借りている部屋に呼び、リエスティアに関するアルトリアの記憶を伝える。

 ユグナリスはそれを聞き、当時の出来事を必死に思い出そうとしていた。


「――……俺も、その頃の事はよく覚えては……」


「そうでしょうね。貴方はまだ四歳だったし、途中で熱を出して一日目以降は会場に赴いていなかったのだから」


「……でも、まさか。リエスティアやウォーリス殿が、私の誕生日パーティーに来ていたなんて話……。……母上は、アルトリアの話を信じるのですか?」


「リエスティアさんを見て思い出した事だとしたら、可能性としては十分にあり得るのでしょう。……記憶も無く覚えていないアルトリアさんやリエスティアさんの関係性に確証を得るには、当時の関係者に聞くのが一番なのだけれど……」


「その、関係者というのは?」


「当時の出来事を正確に把握していたのは、アルトリアさんの父親であるクラウス君くらいでしょうね。けれどここに居ない以上、アルトリアさんが助けた友達の女の子が、リエスティアさんかどうかは分からないわ」


「ほ、他に知っていそうな人は?」


「十七年前の出来事だから、当時の会場に居た方々に尋ねても覚えているか難しいところね。それにあの時は、リエスティアさんと思しき女の子よりも、アルトリアさんに全員が注目していたでしょうから」


 皇后クレアは当時の事情に最も詳しい人物こそ、自身の娘が起こした事件の火消しをしていたクラウスだと語る。

 しかしクラウスは二年前に起きた反乱で戦死扱いとなり、このローゼン公爵地には居ない。

 それを把握しているクレアは口惜しさを僅かに含みながら、小さな溜息を吐き出して言葉を続けた。


「……とにかく。リエスティアさんやウォーリス君の素性に関して、アルトリアさん達には本人やそれ以外にそうした事を伝えないように御願いしているわ。その点で問題が起こる事は、まず無いはずよ」


「そ、そうでしょうか……」


「ええ。……でも今、最も問題にすべき事があるとすれば。それは貴方なのよ、ユグナリス」


「!」


「ログウェル様から聞いたわ。貴方は一人で共和王国に赴き、ウォーリス君に謝罪する事を考えていたそうね?」


「……ッ」


「それは止めなさい。確かに今後は、共和王国やウォーリス君への謝罪は必要となるでしょう。でも貴方自身が今動き共和王国に赴けば、何をされるか分からない。下手に対応すればウォーリス君の怒りを買い、貴方達個人の問題だけに留まらず、帝国と共和王国に深刻な対立を起こす事になるわ」


「……では、どうしたら……?」


「ログウェル様も言ったでしょう。まずは、リエスティアさんが懐妊した事を共和王国とウォーリス君に素直に伝えることよ。そしてその情報を下に、共和王国がどのように動くか見極める。それしか今の帝国には出来ないのよ」


「……ッ」


「それより、今の貴方は考えるべき事がある。それは分かるわね?」


「……リエスティアと、お腹の子供ですね」


「そうよ。もう貴方はただの皇子でもなければ、私達に甘えられる子供でもない。愛する女性を持ち、その女性に自分の子供を身籠らせた男なのよ」


「……はい」


「貴方はいい加減に、大人になりなさい。……それが母親として今の貴方に送れる、唯一の言葉よ」


 皇后クレアは厳しい表情を見せながら述べ、正面の長椅子ソファーに座るユグナリスに視線を向ける。

 それを聞き僅かに顔を伏せながら頷いたユグナリスに、再び口を開いたクレアが別の事を伝えた。。


「……それと。アルトリアさんはリエスティアさんの治療を終えたら、この帝国から去ってしまう。本来ならば故郷であるはずの国に、あの子は留まろうとする意思が無い。何故か分かる?」


「……俺のせい、ですか?」


「それも理由の一つでしょう。記憶を失っているけれど、貴方に対する不信感と嫌悪感が拭えないからこそ、アルトリアさんは同じ屋敷に居ても貴方の顔や声すら聞きたくないと言っている。……それだけ貴方に向けていた憤りが、今でも根強いということね」


「……ッ」


「アルトリアさんが戻る前に、貴方から謝罪する機会を与えるように御願いしたわ。……もしその時が来たら、誠意を持って謝罪をしなさい。いいわね?」


「……」


「いいわね?」


「……はい」


 アルトリアに対して謝罪するよう強要する母親クレアの言葉に、ユグナリスは抵抗感のある表情を宿す。

 しかし強く聞き返す母親クレアの問い掛けに渋々ながらも承諾し、アルトリアに対して謝罪する事を受け入れた。


 それを確認し頷いたクレアは、席を立ち部屋から出て行く。

 しかしユグナリスは顔を伏せながら考え込み、それを静かに見守っていたログウェルは夕陽が沈み夜が訪れる窓の外を眺めていた。


「――……今日は、ちと風が不自然じゃな……」


 窓から見える木々の葉や枝が、少し強い風に煽られているのか大きく揺れている。

 その吹き混む風に何かを感じ取ったログウェルは、顔を伏せたまま床を眺めるユグナリスに声を向けた。


「ユグナリス」


「……」


「お前さんは、リエスティア姫の近くにれ。剣も忘れずにな」


「……えっ?」


「外の風が、ちと怪しい。何か起こるかもしれん」


「怪しいって、どういうことだ……?」


「さて。儂の勘じゃよ」


「勘って……」


「取り越し苦労ならば、それで良いのじゃがな」


「……分かった、俺はリエスティアの部屋に行くよ。アンタは?」


「儂は、念の為に外へ出ておくかの」


 いつになく真剣な表情を見せるログウェルの言葉と強い口調に、ユグナリスもまた不穏さを感じ取る。

 そして深く腰を下ろしていた長椅子ソファーから立ち上がると、ユグナリスは急いで自室に置いてある剣を腰に帯びて、リエスティアが休む寝室へと向かった。


 ログウェルもまた部屋を出て、夜の暗さに沈む屋敷の外へと赴く。

 そして庭に出ながら星が見え始める夜空を眺めると、風に揺れる周囲の音を聞きながら佇み、緩やかに空を見上げた。


「――……何か、空にるな」


 ログウェルは暗闇に染まる空を見上げ、風から何かを伝えられるかのように上空を見つめる。


 その視線の先に存在しているのは、ただ夜に覆われる空ではない。

 それに乗じるように黒い外套を羽織った一人の人影が、遥か上空に佇みながら浮かんでいた。


 ログウェルは高めた視力でそれを視認した時、大きく目を見開く。

 その瞬間に、上空に浮かぶ人影から鋭く細い白色の極光が発生し、真下に伸びるように向けられた。


 アルトリア達が滞在しているローゼン公爵領の都市の上空は、夜を斬り裂く巨大な光によって襲われる。

 それは都市に居る誰も予想する事が出来ない、上空そらからの襲来だった。

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