差し出す意味 (閑話その六十九)


 クラウスが発案した盟約に関する内容を、樹海に棲む大族長や族長達にも了承させる為に族長会議が再び設けられる。

 そこに参列する事となったセンチネル部族の族長ラカムと女勇士パールは、必要な説明を大族長と各部族の族長達に行った。


 まずは盟約を結ぶ為に帝国まで訪れたパールが盟約を結ぶまでの経緯を説明し、この内容が帝国側の頂点である皇帝ゴルディオスの意思と他の者達によって定められた盟約だと教える。

 またガゼル子爵なる者が盟約の直接的な交渉相手となるので、その相手が話し合いの場を設けたいと伝えていることも述べた。


 そしてパールの父親である族長ラカムが、書状に書かれた盟約の内容を語り教える。

 それを聞き幾人かの族長と傍に控える勇士達が眉を顰め、反論の言葉を口にした。


「『――……樹海もりで獲れたモノを、外の者に貢物みつぎものとして捧げろということか?』」


「『話にならんぞ』」


「『我々が獲ったモノは、我々のモノだ。外の者に渡す気は無い』」


「『その帝国ていこくという輩の臣民したになるだと? そんなこと勝手に決められて、俺達が認められるはずがない』」


「『その通りだ』」


 族長達はそう述べ、盟約に対して明確な反対意見を持つ。

 それを静かに聞いていたラカムもまた、盟約の内容をクラウスに聞いていた際に同様のことを思った為に、族長達の意見は当然だと小さな頷きを見せていた。


 しかしその反対意見を、クラウスは全く異なる意見を持って否定する。


「『――……お前達の考えも言葉も、あまりに浅すぎる』」


「『!』」


「『なにっ!?』」


「『視野を広げ、思考を広げろ。そして柔軟さを持て。でなければ、お前達はこの樹海もりですら生き残る事は出来んぞ』」

 

「『!!』」


 クラウスの挑発的な言葉に盟約に反対していた族長達は表情を激昂させ、下ろしていた腰を上げて立ち上がる。

 そんな族長達に対してクラウスは腰を落ち着けたまま腕を組み、周囲を見渡しながら話を続けた。


「『何故、お前達は奪われることだけしか考えない?』」


「『!?』」


「『確かに、この盟約はお前達に税となる品物を差し出せという内容だった。だが税を支払う事で、帝国むこうが何を渡すかも述べているはずだ。この樹海に干渉しないという、お前達が望んでいた条件をな』」


「『な……っ』」


「『樹海で暮らす者達が優先すべき事柄は、おのが身を鍛えながら生き永らえ、この樹海を守ることだろう。それを聞き入れる条件を向こうが申し出て、その対価となる物を差し出せと条件を出している。それが何故、ただ奪われることだと考え恐れる?』」


「『お、恐れてなどいない! ただ我々が獲ったモノを、外の者に全て渡すなど……』」


「『全てなどと言っていないだろう? 暖かい時期や暑い時期に物を獲りながら蓄え、その一部を渡す。それで十分だと帝国むこうは述べているだけだ』」


「『……!!』」


「『お前達は知らぬだろうが、外で暮らす者達もそうした税を納めながら国で暮らし、国が擁する兵士などに守られ安全な暮らしを行っている。そうした民が税を素直に納める理由もまた、そうした兵士を育て養い、結果として自分達の安全になると知っているからだ』」


「『……』」


「『時にそうした税が強固な壁を築き、自分達が暮らす場所を囲い覆うことで守る形となったりもする。他にも通り難い道などを整備し、水の無い土地に水を引き、人の暮らしを豊かに、そして力強くしていく』」


「『……豊かに、力強く……?』」


「『国の民が差し出す税とは、ただ国に奪われるモノではなく、国と共に暮らす人を豊かにする為に集めて使われるモノなのだ。そして、お前達が差し出す物もまた、樹海もりとそこに暮らすお前達を守り豊かにする。お前達はそうした事を理解し、それを部族の長として部族の者達に教え、若い勇士達を導かねばならん立場にいるはずだ。……それが出来ないのであれば、この樹海もりで族長など最も不要なモノだ』」


「『……!!』」


 クラウスは力強くそう述べ、族長達に叱責するように語る。

 それを受け腰を上げた者達は怒りが混じる強張った表情をクラウスに向けていたが、逆に放たれる威圧感は自分達よりも遥か上に立つ者の風格を見せ、族長達が張った気を抑え込む。


 そうしたクラウスね言葉を隣で聞いていたパールは、帝国の村や街の様子を見て幾らか納得を浮かべている。

 帝国で暮らす村や町の者達は、差異はあれど壁や兵士に守られ、そうした安全なの中で物を行き来させながら豊かな暮らしを送っていた。


 そうした豊かな暮らしを支える為に、セルジアスのような国の上層部うえを治める者達は忙しく働き、また民の暮らしを安全なモノへと導く。

 それが上に立つ者達の仕事であり、下に立つ者達は税を払う事でそうした事柄を成り立たせることで安全な暮らしを支えているとクラウスが語っているのを、パールは正しく理解した。


 しかし実際に外の暮らしを見たことが無く理解できない者達は、クラウスの反論に対して呟きながらも愚痴を零す様子が見られる。

 そうした面々を黙らせるように、クラウスは大族長に向けて声を発した。


「『大族長、お前はどう思う?』」


「『!?』」


「『この盟約を理解できず不満だと思うのならば、断るのもまたお前達の勝手だ。だがそうなれば、結局この大陸の中でお前達の立場は何も変わらぬ。ただ弱き者達が樹海もりの中で傷を舐め合い、自分より巨大で強大な者達に怯えながら暮らすだけの日々に戻るだけだ』」


「『……ッ』」


 今の樹海に棲む者達に対する見識をはっきりと述べたクラスの言葉に、族長達や周囲に控える勇士もまた口を閉じながらも表情を強張らせる。


 過去に樹海に攻め込み自分達を打ち倒したクラウス本人にそう述べられてしまえば、自分達の弱さを指摘されて反論できる余地など無い。

 しかし樹海に棲む部族としての矜持プライドを傷付けるその言葉は、族長達や勇士達の憤りをクラウスに集める形となっている。


 それを危惧し察するラカムとパールは、クラウスを抑えるように互いの手を身体の前に翳した。


「『――……クラウス、その辺にしておけ』」


「『あまり怒らせるな』」


「……ふんっ」


 二人に制止されたクラウスは鼻息を漏らしながら溜息を吐き出し、言葉を止める。

 しかし自分クラウスを睨むように見る族長達を無視し、クラウスは大族長に対して視線を向けた。


 そして視線の返事を行うかのように、大族長が口を開き返答する。


「『――……儂は、この盟約を良きモノと考える』」


「『!』」


「『大族長っ!?』」


 大族長が告げた言葉に対して、族長達は驚きを見せながら顔を振り向かせる。

 そして大族長は静かに語り、クラウスが述べた事に対する賛同を伝えた。


「『この男の言う通り、儂等は樹海もりを守れぬ程に弱くなった』」


「『!』」


「『数で負け、技術で負け、戦いに敗れた。外は儂等より強い者達が蔓延っておる。例え守る樹海もりの恩恵を授かっているとしても、樹海もりそのものが失われれば、儂等は守護者ではなくただの人となる』」


「『……ッ』」


「『ならば。この課せられる盟約を利用し、弱き我等を強くする機会を得るべきだ』」


「『……!』」


「『そのクラウスは言ったな。ただ差し出すのではなく、我等に与えられるモノもあると。……あの使徒殿が見せた力や、その男が齎したモノように、外には我々が知らぬモノも多いのだ』」


「『……!!』」


「『それを知り得る機会を設け、我々が再び強さを戻すまで、外のしがらみに加わることも悪い話ではない』」


「『……』」


「『外の者は、我等が得る樹海の実りを利用する。そして我等は、外の実りを得て勇士の強さを戻す。お前が言いたいのは、そういうことか? 若者クラウスよ』」


「……ふっ」


 大族長の言葉に全員が耳を傾け、何を言わんとしているかを察する。

 そして大族長は尋ねる言葉を向けると、クラウスは不敵な笑みを見せながら静かに首を頷かせた。


 大族長も口元を微笑ませ、静かに首を頷かせて隣に座る中年男性に小声で語り掛ける。

 そしてその場を仕切るように、大族長の言葉をその男性は伝えた。


「『――……大族長の御言葉である』」


「『!』」


「『大族長わたしは盟約に賛同する。しかし他の者達は考える時間が必要だ。今回は各部族に話を持ち帰り考えよ。そして外から訪れるガゼルなる者を迎え招き、改めて賛同する者だけで取り決めればいい。――……以上が、大族長の御言葉だ』」


 大族長の言葉が伝えられ、族長達はそれに対して異を唱えずに全員が頷く。

 族長ラカムとパールは大きく安堵の息を漏らしながら肩を動かし、クラウスもまた鼻で息を吐きながらその場から立ち上がった。


 こうして盟約に関する賛否の決議は、ガゼル子爵が樹海に訪れるまで持ち越される。

 しかし大族長が述べた言葉が族長達には響き、弱くなってしまった自分達が再び強さを戻す為の礎として盟約を受け入れる方向に、それぞれの意思は傾いていた。

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