生存する者 (閑話その七十)


 ガルミッシュ帝国と樹海の盟約が大族長と族長達に伝えられた十日後、ガゼル子爵家当主フリューゲルが十数人の護衛兵を伴いながら樹海の前まで到着する。


 一同は朝から待機し、パールと約束していた迎えを待つ。

 そして昼頃に樹海側から人影が出て来ると、それを視認した護衛兵を通じてガゼル子爵は馬車から出て迎えに来た人物を確認した。

 

 それは見覚えがあるパール本人であり、ここで別れた際と同じ旅装束を纏っている。

 ガゼル子爵もそれを視認すると、歩み出ながらパールに声を向けた。

 

「――……パール殿!」


「……ガゼル子爵殿」


「約束通り、迎えに来て頂けましたな」


「ああ」


「少し御待ちしましたが、パール殿もここに着いたばかりで御疲れでしょう。少しここで休息しますか?」


「いや。正確な時間が分からなかったから、昨日の夜からこの近くで待っていた」


「えっ。……では、我々が到着した頃には?」


「ああ、既に居た」


「それなら、すぐに出て来てくれれば……」


「お前達だけで来たのか確認したかった。また兵士の大群を連れて来るようだったら、こちらも数を揃えるつもりでな」


「……ああ、そういうことですか……」


 パールが今も帝国側こちらに警戒心を抱いてるからこそ監視し、様子を窺っていた状況にガゼル子爵は納得を浮かべる。

 そしてパールはガゼル子爵に背を向けながら、樹海の方へ歩み出した。


「行くぞ。お前達も休息は出来たはずだ」


「わ、分かりました。……私の護衛兵も伴っても?」


「構わない。だが樹海はけわしい。付いて来れないようだったら、大人しく待たせることを勧める」


「存じております。そうした事に慣れた者達を選んでいますので、お気遣いなく」


「そうか。なら行くぞ」


「はい。――……予定通り、それぞれに別れて行動を。二ヶ月経っても私が戻って来ないようであれば、予定通りの行動を」


「ハッ」


 パールの言葉にガゼル子爵は応じ、護衛を五名ほど伴いながら樹海へ入る。

 残る護衛達には馬車を近隣の町まで届けさせ、この場所に二名ほど残し樹海と待機予定の町までの連絡係とさせた。


 既に役割分担を伝え終えていたガゼルは、自身も旅用の装備を身に纏い五名の護衛達を伴いながら樹海へ赴く。

 そしてパールの案内で、巨大で広大な樹海に自らの足を踏み入れた。


 パールは比較的に安全な場所を通りながら歩き、ガゼル子爵達の遅い進みを待ちながら案内を行う。

 ガゼル子爵と護衛兵達はそうした道を通りながらも、地面を飛び出した巨大な根と植物群に遮られる獣道を通らされ、疲弊し休息を行いながら歩みを進めた。


 中年の帝国貴族ながらも、ガゼル子爵はそれなりに身体を鍛えていることがパールにも分かる。

 アリアが途中で根を上げていた樹海の道をしっかりとした足取りで進み、疲弊し息を乱しながらもパールに置いて行かれずに歩けていた。


「――……お前は、見た目通りの男ではないな」


「……ははっ。当主となってからは、少し太ってしまいましたが。若い頃には、帝国騎士を目指して修練を行っていたのですよ」


「あの帝国騎士にか?」


「そうですよ。貴方が軽々と倒してしまったね」


「それが何故、領主になったんだ?」


「……私は、ターナー男爵家の次男として生まれましてね。長男である優秀な兄が家督を継ぐ為に本家に残り、私は家同士が親しく男児が生まれなかったガゼル子爵家に養子という形で引き取られました」


「ようし?」


「別の家で生まれた子供が、別の家族に引き取られることです」


「本当の両親ではない者達に、育てられたということか」


「はい。しかしガゼル子爵家の方々は、養子である私に良くしてくださった。そして私が成人となって、ガゼル子爵家の長女と結婚し、正式に婿養子としてガゼル子爵家を継いだのです」


「そうか。……じゃあ、お前は兄もいるんだな」


「……いいえ。今は居ません」


「居ない?」


「私や兄の父であるターナー男爵は、多くの者達に金銭を借用しある事業に取り組みました。しかしその事業が失敗に終わり、多くの負債を抱え返却できなかった父と母は、兄や私を置いて国から逃げようとした。……しかし急いでいたのが祟ったのでしょう。道中で野盗に襲われ馬車が転落し、ターナー男爵である父と一緒に逃げた母は死んでしまった」


「!」


「私は既にガゼル子爵家を継ぐ婿養子となる事が定められていましたので、両親が残した負債が向く事はありませんでした。何より、ガゼル子爵家にも父達は金を借りていたようでしたので。……しかしターナー男爵家を継ぐ予定だった兄はその負債を背負わされ、それを支払う為に卓越した魔法力を買われて親国であるルクソード皇国に渡ったと聞いています」


「……なら、その兄とは?」


「もう、二十年以上も会っていません。生きているかも分かりませんね」


「心配か?」


「そうですね。……兄は優秀な魔法師として、帝国でも将来を嘱望されていたと聞いています。……ヒルドルフ兄上ならば、上手く世を渡っているでしょう」


 ガゼル男爵はそう述べながら木々が生い茂る空を見上げ、懐かしむ瞳を見せながらかつての兄を思い出す。


 年の差は僅かでありながら、優秀な兄ヒルドルフと、それに見劣ってしまう弟フリューゲル。

 しかし兄弟仲は決して不仲と呼べるモノではなく、弟フリューゲルは兄を尊敬しながら慕い、そんな弟を兄ヒルドルフは可愛がっていた。


 兄弟が居ないパールにとって、そうした感覚は分かり難い。

 しかし過去に繋がりがあり今は近くに居ないという意味では、ある人物の顔が頭に浮かんだ。


「……アリス。お前も、元気にしているか……?」


 パールも空を見上げ、同じ空の下にいるであろう友人アリアに問い掛ける。

 しかし返事が来る事は無く、休息を終えたガゼル子爵一行を伴いパールは案内を続けた。


 それから十日ほどが経ち、ようやくガゼル子爵達はセンチネル部族の村まで訪れる。


 未開発の樹海内部に、突如として現れた要塞のような防壁と監視塔を見たガゼル子爵と護衛兵達は驚きを浮かべた。

 逆にパールは慣れてしまった様子を見せ、防壁に設けられた扉を開けさせる。


 そして中に招かれたガゼル子爵と護衛兵達は、未開の樹海とは思えない発展しているセンチネル族の村を見て仰天した。


「――……な、な……っ!?」


「お前達も驚くのか?」


「い、いや! 聞いていた樹海人もりびとの暮らしと、かなり違いがあるようなので……」


「ああ。少し前は、お前達が想像していた通りの暮らしだった」


「え……?」


「私の村をこんなにした原因が、お前に会いたいと言っていた。来てくれるか?」


「え? ええ、分かりました……」


 パールはそう言いながら村の奥へ向かい、ガゼル子爵を案内する。


 村には百名前後の人々が賑わいを見せ、また設けられた建築物は帝国の村や町と風貌は違いながらもしっかりとした建築技術で作られている。

 更に作られている道具は近代的であり、そうした物を扱う樹海の人々に、ガゼル子爵達は驚きを持ちながら村の景色を見渡していた。


 その時、視界の中に樹海の部族とは異なる風貌を者達も含まれている事に気付く。

 褐色の肌と違い、白い肌が日に焼けて髪質や瞳の色が明らかに違う人間。

 樹海の人間ではない者が樹海の村で暮らす様子を見て、ガゼル子爵は前を歩くパールに問い掛けた。


「パ、パール殿。樹海の人とは異なる者も、居るようですが……?」


「ああ。最近、ここに入った者達だ」


「樹海の者は、外から来る者を拒むのでは……?」


「最近までそうだった。だが奴が来てからは、そうした事が緩くなってしまっている」


「奴……?」


「会えば分かる」


 パールはただそう述べ、ガゼル子爵は首を傾げながらも後を追う。

 そしてある建築物に近付くと、パールは振り向きながら一行に伝えた。


「――……ここからは、ガゼル子爵だけが来て欲しい。他の者達は待っていろ」


「……フリューゲル様? どうしますか」


 パールの物言いに護衛兵達は眉を顰め、指示を仰ぐ為にガゼル子爵に問い掛ける。

 そしてガゼル子爵は一考した後、護衛兵達に頷きながら告げた。


「少し、ここで待っていなさい」


「ハッ」


「パール殿。私だけに会わせたいと思う者が、ここに居るのだね?」


「そうだ」


「ならば、会おう」


 ガゼル子爵の答えを聞いたパールは頷き、建物に設けられた扉を開ける。

 そしてガゼル子爵を招き、建物内の奥へ案内した。


 建物内はしっかりとした作りで、支柱や家具なども一通り揃えられている。

 未開人らしからぬ家の様子にガゼル子爵は怪訝さを浮かべたが、建物の奥に設けられた室内に導かれた。


 その時、ガゼル子爵の思考は驚愕を浮かべ、その人物以外の全てが真っ白な光景へ変化する。

 そして室内で椅子に座り待っていた人物が、ガゼル子爵に不敵な笑みを見せながら話し掛けた。


「――……久しいな。ガゼル子爵」


「……あ、貴方は……貴方様は……ッ!!」


 ガゼル子爵はその声と姿を見て、思わず平伏するように膝を着く。

 しかし伏せた顔をもう一度だけ上げ、目の前に居る人物の姿を再び確認した。


「……ッ!!」


「そうかしこまるな。今の私は、ただの世捨て人だ」


「……やはり貴方は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン閣下……!!」


 ガゼル子爵は死んだと伝えられているクラウスの姿を目視し、頭の思考が全て吹き飛ばされる。

 それは幽霊でも無ければ偽者でもなく、間違いなく以前と同じ雰囲気を纏うクラウス本人だった。


 こうしてガゼル子爵は樹海の中で発展するセンチネル部族の村に訪れ、驚くべき人物と再会する。

 それはガルミッシュ帝国にとっての亡き偉人であり、かつて樹海に攻め込むと定めた際に畏怖を抱かせた元ローゼン公クラウスだった。

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