結社の問題


 フォウル国の干支衆、『いのしし』ガイと『さる』シンと戦闘したエリクとマギルスは、互いに勝敗を決する。

 敗北し気絶したマギルスに対して、勝利したエリクは『牛』バズディールの言葉を受け、巫女姫と呼ばれる存在と面会する為に干支衆の後を付いて行く事を選んだ。


 先導する干支衆の三名に対して、二十メートル程の距離をけながらエリクはマギルスを抱えて歩みを続ける。

 すると数分後には山林地帯を抜け、見晴らしの良い草原部分に五名は赴いた。


 そこに踏み込んだエリクは、前に新たな人物が現れている事に気付く。

 そこに立っていたのは、アリアより濃い金色の髪と九つに靡かせた尻尾を背中側に持つ妙齢で優美な女性が待っていた。


 その女性は歩いて来るシンとガイに向けて微笑み、声を掛ける。


「――……お疲れさんやねぇ。ガイ、シン」


「勝った!」


「負けた」


「見とったから知っとるよ。――……で、その二人は合格なん?」


「ああ」


「うん! タマモも試す?」


「うち、肉体派やないからなぁ。そういうの分からんから、二人に任すわぁ」


 タマモと呼ばれる女性は二人と談話を交え、エリクとマギルスに視線を向ける。

 エリクは他の干支衆に比べてタマモに強者の気配を感じず、どちらかと言えばアリアのような魔法師の面持ちに近い雰囲気を感じていた。


 そんな中で会話に参加していないバズディールは振り向き、エリクに話を向ける。


「――……このタマモが、お前達を我々の里に連れて行く」


「……里?」


「お前達がフォウル国と呼ぶ国だ」


「……フォウル国は、この山の山頂にあるんじゃないのか?」


「普通に赴くのならば、山頂を目指す事になるな。それを省く為の移動手段を、このタマモは持っている」


「……そうか。確か『転移魔術』というモノを、魔人は使うんだったな」


「知っていたか」


 エリクはルクソード皇国のダニアスに聞いた話を思い出し、目の前に現れたタマモが転移魔術を扱う事を察する。

 それに感心しながらもすぐに興味を失くしたバズディールは、タマモに声を掛けた。


「タマモ」


「はいはい、分かっとるよ。シン、ガイ。また後で」


「うん!」


「うむ」


 その言葉に促されたタマモは二人に軽く挨拶を終えた後、バズディールと合流しながらエリク達に近付く。

 僅かに警戒心を持ったエリクだったが、それに対してタマモは手に持つ扇子センスを広げて口を覆いながら声を掛けた。


「……ッ」


「心配せんでも、手ぇ出したりせんよ。さっきの戦い見取ったけど、うちは逆立ちしたってアンタに勝てへんもの」


「……」


「巫女姫様からの頼みやからねぇ。しっかり連れてったるさかい、安心してええよ」


 独特な口調で話すタマモに対して、エリクは違和感を覚える。

 その違和感を拭えないエリクは近付くタマモとバズディールに対して後退り、距離を取ろうとする姿勢を見せながら話し掛けた。


「……止まれ」


「?」


「お前達に、聞きたい事がある」


「あら、何なん?」


「お前達フォウル国は、【結社】という組織を使って俺と仲間達に賞金を懸け、各国に捕まえさせようとしたな? どうしてそんなことをした?」


「……何の話なん?」


「なに……?」


 然も不思議そうに首を傾げるタマモの様子に、エリクは訝し気な視線を向ける。

 それに対してタマモは傾げた首と顔を横に向け、隣に居るバズディールに話し掛けた。


「何か知っとる? バズ」


「……恐らく、『』の方で探らせている話だろう。俺達は関与していないからな」

 

「そういえば、そういう話やったねぇ。裏切りもんを探しとるんよね?」


「……裏切り者?」


 二人が話す会話をエリクは聞き、その中に交わる言葉に違和感を持つ。

 そして幾度か会話を交えた後、タマモはエリクに顔を向けながら話した。


「ごめんねぇ。うち等のゴタゴタに、あんさん達も巻き込んでしもとるようで」


「……どういうことだ?」


「うち等の下で、ちょっとイザコザがあったんよ。それが人間の国そっちも巻き込んどるみたいなんよ」


「……そのイザコザとは、なんだ?」


「――……人間の国に潜り込ませていた下級戦士達と、十五年ほど前から連絡が取れなくなったそうだ」


「!」


 タマモの横に立つバズディールがフォウル国の内側で起きている問題を説明し、エリクに聞かせる。

 それを継ぐように、タマモも状況の説明を始めた。


「確か、百年くらい前やったかなぁ? 巫女姫様が『青』と話しうて、人間の国に変な組織を作るいう話になったんよ。それで十二支士うちらの下級戦士が降りて、その組織を作る言う『青』の助けとったんよね」


「……その組織が、【結社】か」


「そういう名前になっとるんやねぇ? その組織を使つこて、『』が人間の国でこてる情報を巫女姫様に伝えとったんよ」


「……その、『』というのはなんだ?」


十二支士うちらが徒党を組んどる一つの集団やねぇ。ちなみに、うちは『いぬ』やね」


「俺は『うし』だ」


「『』は、諜報とか情報収集とかが得意な魔人達でなぁ。戦闘も魔術もそこそこ出来るんやけど、戦闘や魔術を得意としとる子達よりは劣るんよねぇ」


「……そいつ等が、人間の国に潜んで『結社』に入っていたのか?」


「そうなんよ。でも、その子等の一部と連絡が取れなくなってしもとるらしいんよね」


「……!」


「『青』も知らんところで、コソコソ動いとるらしくてなぁ。それを今、『』で色々と探らせてるらしいわぁ」


「……それが、裏切り者か?」 


「まだ確定やないけどねぇ。……でもその中に、うちの妹もおるんよねぇ」


「!」


「クビアっちゅう子なんやけど、うちにようとる双子なんよ。あんさん、何処かで見かけたりしてへん?」


「……いや、知らない」


「そうなん? 残念やわぁ。見かけた場所があったら跡を探って、殺しに行けるんやけどねぇ」


「!!」


「と、言う訳なんやけど。うちらはあんさん達がどういう事になっとるか、よう知らんのよ。ごめんねぇ」


 タマモは穏やかで悠々とした口調でそう述べ、エリクに小さくこうべを下げる。

 それが虚偽では無い事を確認できないエリクだったが、目の前の干支衆達が自分達の状況に対して関わっていないことを信じ、話を進めることにした。


「……分かった。今はその話を信じる」


「ありがとねぇ」


「だが、その巫女姫に会えば。俺達に懸けられた賞金を取り消せるか?」


「うーん、どうやろ。『』を通して『青』に伝えれば、出来るんやない?」


「……なら、その巫女姫に会おう」


「ええ子やねぇ。なら、そっちに近付いてもええ?」


「……ああ」


 制止を促していたエリクに律儀に許可を得たタマモは、再びバズディールと共に歩み出す。

 そして二メートル以内に近付いた四人は、改めて向き合う形となった。


 タマモは左手に持つ扇子を閉じ、右手を胸元に入れる。

 その中から取り出した複数の紙札を見せると、エリクは訝し気な表情を見せながら聞いた。


「……それは?」


「これ? 紙札」


「紙の札……?」


「うちの術は、これを媒介に使うんよ。妖狐族ようこぞくの魔術って言うたら、分かり易いやろか?」


「そうなのか……」


「普通の魔術は、人の使つこてる魔法と同じようなモンやけどねぇ。うちの魔符術は、少し使い方が違うんよ。――……それじゃあ、行くでぇ」


 タマモは説明を終え、右手に持つ札を周囲に散らすように腕を振る。

 宙に舞う紙札には様々な紋様が刻まれており、それ等が金色の光を放ちながら四人を囲むように展開された。


 エリクはそれを見ながら驚きの目を向け、空中に留まる紙札を見上げる。

 逆にタマモは微笑みを浮かべ、紙札を通して転移魔術を使用した。


 その場から四人が消え、それを遠巻きに居たシンとガイは見送る。

 そして互いに顔を向け合い、話を交えた。


「――……行ったね!」


「うむ」


「手は治った?」


「ああ」


「じゃあ、さっきの反省会だ!」


「うむ!」


 シンとガイは互いに顔を頷かせ、先程の戦いに関する反省会と称した修練をその場で始める。


 互いに十二支士の干支衆トップで有りながら『さる』シンは手傷を負ったことを反省し、『いのしし』ガイは敗北さえしてしまった。

 その反省をすぐに実施し身体に刻むように鍛え上げる二人の姿は、まさに典型的な『魔人』と呼べる思考を見せる。


 こうしてエリクとマギルスは、合流した『いぬ』タマモの魔符術によってフォウル国の里に転移した。

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