魔人の里


 新たに現れた干支衆の妖狐族、『いぬ』タマモと合流した『うし』バズディールは、エリクと抱えられたまま気絶しているマギルスと共に、魔符術を用いた転移魔術でフォウル国の里へ転移する。

 

 『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァと同様に、転移時に金色の粒子を纏った四名は先程とは違う場所へ出現する。

 そこは青い空が更に近く見える高い場所で、四人の周囲に浮かんでいた紙札は焼失するように消え失せた。


 そして躊躇せずタマモとバズディールは先に存在する洞窟に歩み始めると、エリクは周囲を見回しながら呟く。


「……ここは?」


「里の入り口だ」


「入り口……」


「はよぉんさい」


「……ああ」


 バズディールとタマモは互いに振り向き、足を止めて周囲を観察しているエリクに呼び掛ける。

 それに応じる形で歩みを進めると、二人は再び前を見ながら歩き始めた。


 四人は洞窟の中に入り、薄暗い中でも辛うじて足元や周囲の岩壁が視界に捉えられる中央を歩く。

 それから数分程の歩みを続けていると、エリクは奇妙な違和感を感じた。


「――……なんだ? これは」


「あら、気付きはったん?」


「なにか、膜ようなモノを通り抜けた」


「それ、うちが張っとる結界」


「結界……? 防御に使う結界なのに、通り抜けられるのか?」


「結界は防御だけやのうて、幻術の敷居にも使えるんやで。この洞窟周辺は、幻術で隠しとるんよ。外からやと、自然がいっぱい囲まれとる森にしか見えへんようになっとるん」


「……そうなのか」


「そろそろ着くぞ」


「!」


 タマモが幻術について話す中で、バズディールが里が近い事を告げる。

 それから数十秒ほど歩みを進めると、洞窟の先に光が見え始めた。


「――……ここが、我等の里だ」


「……!」


 洞窟から出て光が差し込む出口に辿り着くと、エリクは周囲を見回しながら驚きの目を見せる。

 上には光が差し込む日の光と青い大空に浮かぶ雲が存在し、その下には多くの建物群と自然が同居した空間が広大に広がっていたのだ。


 洞窟の中に入り地下空間だと思った場所が、まるで地上の街のような光景にエリクは驚いている。

 更に驚いたのは、そこで暮らす人々の様相だった。


「……ここは、地下のはずでは……。……それに全員から、魔獣や魔人と同じ気配が……」


「当たり前やろ? ここ、魔人が仰山ぎょうさんおる里なんやから」


「獣族や、魔族もいるぞ」


「!」


 隣に立つタマモとバズディールが、エリクの言葉に付け足すように言葉を出す。

 街には獣染みた顔立ちなから二足歩行で歩む獣族や、人に近しい姿ながら鱗や濃い毛を生やしている者達、更に耳や尖った角を生やしている者も始め、様々な種類の尻尾が生えている者達もいた。

 

 目に見える景色から住民が魔人や魔族であることが分かり、エリクは唖然としながら二人に尋ねる。


「……見た目は、人間と変わらない者も多いんだな……」


「そやねぇ。人と交わっとるから、人に近い姿をしとる子も多いんよ」


「人に近い姿をしていない魔人と、している魔人がいるのか?」


「そうやね。生まれた時に人の姿に近い子は、人間の血が濃い証拠やねぇ。逆に人とは違う姿で生まれた子は、魔族側の血が濃い証拠でもあるんよ」


「……お前達は、人に近い魔人なのか?」


「うちらは、人の姿に近く擬態しとるだけやから」


「元々、我々は魔族側に寄って生まれた。だが修練で、魔力抑制の一環で人の姿に擬態できるようにしている」


「全員、そういうことが出来るのか?」


「勿論、出来へん子もおるよ。自分の身体に宿っとる魔力を、使うのが苦手な子は多いんやから。そういう子には、うちら十二支士が修練したることもあるなぁ」


「……そうか」


「こっちから降りる。付いて来い」


 タマモと話すエリクだったが、先に歩いていたバズディールが里まで降りる道を示すように先導する。

 それにマギルスを抱えたエリクは付いて行き、その後ろをタマモが歩く形で四人は足を進めた。


 階段上の下り道を降りながら、四人は十分ほど歩いて里の入り口に辿り着く。 

 そこで門番をしている二人の魔人おとこが、バズディールとタマモに向けて頭を下げた。


「――……おかえりなさいませ。バズディール殿。そしてタマモ殿」


「ただいまぁ」


「……そちらの男と子供は?」


「巫女姫の客人だ」


「そうですか」


 エリク達を見た門番に対して、バズディールは短くそう伝える。

 それを掘り下げようとはせず、門番達は四人を柵の内側へと通した。


 通過するエリクは、二人に視線を向けながら尋ねる。


「……簡単に通れるのだな」


「あら、不思議なん?」


「人間の国は、もっと町に入るのに手間が掛かる」


「そうなんよねぇ。うちも最近、人の国に行ったんやけど。アレは慣れへんかったわぁ」


「……」


「我等は十二支士の頭領でもある。里の守りと巫女姫の警護は、我々に全て委ねられている。こうして通れるのは当たり前だろう」


「……お前達の一人を捕らえ、その姿を偽装し、身分を偽り侵入されることは?」


「それはありえへんねぇ」


「何故だ?」


干支衆うちらを倒せるモンなんて、そうそうおらんからよ?」


「!」


「仮にここまで辿り着き、我々を倒して姿を奪い侵入できる程の手練れなど、少なくとも人間の中には居ないだろうな」


「……自信があるのだな」


「それが干支衆われわれだ」


「……そうか。……俺は一人、それが出来る人間を知っているがな」


「む?」


「へぇ、誰なん? まさか、あんさん言うつもり?」


 自信満々の様子で述べる干支衆の二名に対して、エリクが不敵な笑みを漏らしながら呟く。

 それを聞き振り向きながら尋ねるタマモの言葉に、エリクは脳裏に少女アリアの姿を浮かべた。


「――……俺の、相棒パートナーだ」


「……ほぉ」


「そうなん。面白い子もおるんやねぇ」


 エリクはそう告げると、二人は興味深そうな表情を浮かべる。

 しかしそれを追求しようとはせず、再び前を歩きながらエリクを先導した。


 こうしてフォウル国に辿り着いたエリクは、魔人の街へ入国する。

 そして魔人が溢れるほど存在する街中を歩み、自分を招いているという巫女姫との面会に向かった。

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