苦難を乗り越えた力


 『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァと別れ、フォウル国を目指し魔境に踏み入ったエリクとマギルスは凄まじい脚力で駆け抜ける。


 通る大森林には太さが悠に十メートルは超えた樹木がそびえ立ち、空を覆い隠すように木々の葉が覆う光景が広がっていた。

 しかしエリクがアリアと共に訪れた大樹海のように根が飛び出ている様子は無く、樹木自体も過度に密集していない。


 自然の光景ながらも人の手で管理されているような大森林の様子を見たエリクは、走り跳びながら前を走るマギルスに話し掛けた。


「――……マギルス、この森をどう思う?」


「んー?」


「一つ一つの樹木は大きいが、その間隔が一定に保たれているように見える」


「へー、言われてみれば!」


「ここも既に、フォウル国の領域というわけだな」


「フォウル国の魔人ひとが、多い木は薪にしちゃったのかな?」


「そうだな」


 そんな話を交える二人は、地面を蹴りながら再び会話の無い状態に戻る。


 それから二時間以上、二人は大森林を進み続けたが大森林を抜けた場所に辿り着かない。

 更に木々や周囲には魔物や魔獣の気配を二人は感じ取っていたが、それ等が襲い掛かって来る様子も無い。


 しかし確かに向けられる多くの視線を二人は感じており、まるで魔物や魔獣達が侵入者の監視役を行っているようにすら思えた。


「――……見ているな」


「だね。でも襲って来ないの、なんでだろ?」


「……魔獣は賢い。力の差が分かる相手には、襲って来ないのかもしれない」

 

「じゃあ、エリクおじさんを見たから襲って来ないのかもね?」


「俺か?」


「おじさん、クロエの試験を受けてから存在感が強くなってるもん。魔力は感じなくなっちゃったけど」


「……」


「あっ、そういえば!」


「どうした?」


「エリクおじさん、身体はなんともないの?」


「……何の話だ?」


「エリクおじさん、一回アリアお姉さんに殺されてたよね。あっ、三十年後みらいの話ね!」


「……ああ」


「その時にさ、クロエがエリクおじさんに何かを飲ませたら、傷が治って生き返ったんだよ。ほら、皇国で戦った白い人がケイルお姉さんを生き返らせた時みたいに」


「!」


「その時に、クロエが色々と言ってたんだよね。アレを飲んで生き返れば、エリクおじさんは『到達者エンドレス』になるとかどうとかさ」


「……俺が、到達者エンドレスに……?」


「でも起きたエリクおじさんを見ても、存在感も見た目は変わってないみたいだし。普通にアリアお姉さんにもやられちゃってたし。生き返ったけど、到達者エンドレスにはなれなかったのかな?」


「……よく分からない。……だが、俺自身も異常は特に感じていない」


「ふーん。じゃあ、やっぱり到達者エンドレスになれなかったんだね。到達者エンドレスって神様みたいな存在だから、なった気分はどうかなって聞きたかったのに!」


「……俺は、ただの傭兵だ。それでいい」


「そっか。クロエを見てたら、僕も僕のままでいいやって思った! ――……あっ」


「……見えたな」


 二人はそう話しながら目の前に顔を向け、視線の先に見えた光景を口にする。


 そこは大森林を抜けた巨大な崖を隔てた先に広がる、広大な密林と水場の多い湿地帯。

 地熱で発生する強い水気を含んだ風は熱風のように吹き荒れ、それが二人の顔面に当たり表情を僅かに歪めた。


「うわっ、あつっ……!」


「……ミネルヴァが話していた、湿地帯か」


大森林さっきまでは涼しいくらいだったのに……!」


「……急激な環境変化が起こる場所。これが魔境と呼ばれる理由か」


「普通の人間ひとが来たら、暑さだけでやられそうだね」


「そうだな」


 マギルスの言葉にエリクは同意し、下に広がる湿地帯を見下ろす。

 そこから感じ取れる魔物や魔獣の気配は大森林の比では無く、数十歩も歩けば魔獣の群れと遭遇するだろう予測を二人は感じ取っていた。


 崖から降りて湿地帯に入り、泥濘ぬかるみの強い足場で数多の魔獣と交戦しながら進むのは、多くの疲弊を伴うだろう。

 ミネルヴァが述べた脱落者がここから出始めたのだろうと考えたエリクは、マギルスに視線を向けて頼んだ。


「マギルス。馬を出せるか?」


「僕も同じこと考えてた!」


 互いに青馬を使った移動手段を求め、それに応じるように青い魔力を纏った青馬が姿を見せる。

 そしてマギルスは青馬の背に乗り魔力で作り出した青い手綱を握ると、エリクに向けて声を掛けた。


「おじさんも乗る?」


「頼む」


「じゃあ、後ろね。――……それじゃあ、行くよ!」


 応じる形でエリクは後ろ部分に乗り、マギルスは手綱を振りながら青馬の足元に魔力障壁バリアの道を作り出す。

 そして高い崖の段差を利用し、いつものように青馬で空を駆けながら湿地帯を抜けようとした。


 しかし数分後、湿地帯の森に僅かなざわめきが生まれる。

 更に下から、夥しい数の何かが上空に向けて飛び出した。


「――……うわっ、いっぱい来た!」


「アレは……魔鳥まちょうか」


 上空を飛ぶ青馬に対して、凄まじい速度で飛翔する大規模な魔鳥まちょうの群れを二人は視認する。

 その鳥は一匹の大きさが一メートル程で魔獣にしては小さめながら、その数は数百匹を超えていた。

 

 魔鳥群はマギルスの青馬を囲むように上空を飛び、その進路を塞ぐ。

 マギルスはそれを見て口元を微笑ませ、後ろに座るエリクに話し掛けた。


「――……三十年後みらいの時よりも、かなりマシだね!」


魔導人形ゴーレムの船に囲まれた時か。……確かに、そうだな」


「どうする? 全部やっちゃう?」


「いや、全て相手にしたらキリが無い。それに魔鳥まちょうたぐいは、敷いた縄張りから離れることは少ない。俺が動きを止めている間に、縄張りにしている湿地帯ここを突破してしまおう」


「止めるって?」 


 エリクはそう言いながら、背中の腰部分に巻き帯びていた刃の折れた黒い大剣を右手で引き出す。

 そして大剣に夥しい量の生命力オーラを宿らせると、とても幅の広い気力剣オーラブレードを作り出した。


「――……散れッ!!」


「!」


 エリクは横向きに掲げた大剣を、正面に飛ぶ魔鳥の群れに向けて扇ぐ。

 すると斬撃で生み出された風圧が凄まじい乱流となり、魔鳥達の飛行を困難にさせながら前方に飛ぶ魔鳥の群れが態勢を崩して落下した。


 それを見ていたマギルスは即座に手綱の握りを強め、魔法障壁バリアの道を形成しながら青馬の走行を再開させる。

 それを追い始める魔鳥達も、エリクが剛腕と共に振られる気力斬撃ブレードの風圧で追撃を妨害された。


「ひゅー、すっごいねぇ!」


「マギルス、そのまま行け。魔鳥とりは俺が払う」


「りょーかい!」


 魔鳥の相手をエリクに任せたマギルスは、そのまま青馬を上空に駆けさせながら湿地帯を進む。

 それでも上空を通過する為に必要だった時間は二時間を超え、次々と飛行型の魔獣が下から迫る度にエリクが気力斬撃で生み出す風圧で迎撃することで対処していった。


 おそらくこの湿地帯を歩けば、軽く数十日間は時間を取られるだろう。

 そう思うエリクだったが、それに反してマギルスは休息も無しに青馬の走らせ、夕暮れに入る前には険しい山となっている岩盤地帯へと辿り着くことに成功した。

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