険しい道程
フォウル国の在る大陸に転移し、魔境と呼ばれる自然の中を走り抜けるエリクとマギルスは、進むのに困難な湿地帯を青馬に騎乗して飛翔し、魔鳥の群れを潜り抜ける。
僅か半日足らずで次の地点となる岩盤地帯に辿り着くと、地上から二百メートルほどの位置から二人は顎を上げ、目の前に聳え立つ巨大な崖山を見上げた。
「――……うわぁ。近くで見ると、本当にでっかいねぇ。雲を突き抜けちゃってるよ」
「ああ。……マギルス、これも
「うーん。
「なら、自分で登るか」
「だね!」
二人はそう話しながら、青馬の道にしていた
そして岩盤地帯の麓に降り立ち青馬が消えると、二人は自身の脚を使った移動を開始した。
岩盤地帯は大森林や湿地帯の
剥き出しの硬い岩が地面として存在し、それが山のような壁となって遥か上空まで伸びている。
その岩盤の山も麓部分は緩やかな角度だったが、進むにつれて徐々に角度が急になり、途中から崖のような絶壁となって登山者の進行を阻んでいた。
二人はその岩盤地帯を走り、足を使って登れるところまで登る。
そして絶壁となった部分に飛び移ると、自身の手足を使って巨大な崖を登り始めた。
「――……ここからは、よじ登るしかないな」
「僕は
「なら、先に行っていいぞ?」
「うーん。一人で行くのもつまんないし、一緒に登る!」
「そうか」
そんな会話を交えつつ、二人は余裕の表情と様子で窪みや引っ掛かりのある岩肌に手足を掛けて登っていく。
そうしている間に夕刻だった時刻は過ぎ、夜の暗闇に周囲は覆われた。
二人は休息を行う為に互いに背負う武器を片手で扱い、岩肌を削り一人分の窪みを作り出す。
そこに身を置きながら座り、外套の下に背負っていた鞄の中にある携帯食と水を飲んだ後、小用をその場で済ませて瞳を閉じた。
次の日、西側に聳える崖の向かい側から太陽の光が登り始めた頃。
二人はほぼ同じタイミングで瞳を開け、窪みの中から声を掛け合う。
「――……行くか」
「行こうか!」
ほぼ同時に二人はその言葉を口にし、窪みから出て崖登りを再開する。
二人は命綱も無しに地表から三千メートル程は離れた地点を、稀に雑談を交えながら登っていた。
「――……ミネルヴァが言っていた理由が、分かるな」
「んー?」
「奴以外の者が、フォウル国に辿り着けなかった理由だ」
「あー、そうだね。普通の
「あの
「たまーに、
「ああ。それに、岩の性質が違う部分もある」
「掴んだらボロって崩れるやつね!」
「ただの岩だけなら、登り易いんだがな。……フォウル国の魔人達は、いつもここを通っているのか……?」
「……そういえば、ずっと前にゴズヴァールおじさんから聞いたことあるかも」
「?」
「人の国からフォウル国に行くのは大変過ぎて、
「……人の国に生まれた、魔人か」
「ゴズヴァールおじさんは、そういう魔人達を集めて鍛えてたらしいんだよね。それが闘士部隊と呼ばれるようになったって、ゴズヴァールおじさんは言ってた」
「そうか。……魔人は全員、フォウル国に行きたがるのか?」
「どうだろ、でも魔人の国なら行きたいって思うんじゃない? 魔人って、人間の国だと生き難いらしいし」
「そうなのか?」
「僕やゴズヴァールおじさんが居た
「……俺のようにか」
「そうそう。それに魔人化もすると、人間と違う姿になるでしょ? 人間はそんな魔人が怖いから、バレたら面倒臭いことになるみたい」
「……確かに、そうなるかもな」
「ゴズヴァールおじさんは、そういう魔人を見つけたら
「……居なくなって、何処に行ったんだ?」
「どこだろ? 僕は最後に入ったから、詳しく知らないんだ。ゴズヴァールおじさんも、王様達の世話ばっかりで気にしてなかったし」
「そうか」
エリクは魔人についてマギルスと話しながら山の崖を登り、様々な思考を浮かべる。
過去にエリク自身もそう呼ばれていた時期があり、しかし自身の魂に存在していた
人間と魔族と呼ばれる者達が交わる事で生まれる存在、『魔人』。
魔人も魔族同様に、自身の肉体に宿り生み出す魔力を用いる事が出来る。
更に人間と魔族の姿に変身でき、身体能力は普通の人間と比べることも難しい程に高い。
強さに置いては、完全武装の人間と相対しても瞬く間に素手で屠る事が出来てしまう。
人間とは生物的に異なる存在であり、異形の要素を含んだ怪物。
その反面、マギルスやゴズヴァールのように人間に近い知性を持つ存在でもある。
全く異なる種である人間と魔族が交わり、存在自体に矛盾を抱えてこの世に生まれる魔人。
そんな魔人が棲み暮らす、数千年前から存在し四大国家の一つに数えられるフォウル国。
それがどのような国なのか僅かな興味を持ちながら、エリクはマギルスと共に山を登り続けた。
更に半日以上が経ち、日が沈み始め空が暗くなり始めた頃。
吐く息が白くなり極度の寒さを感じる約二万メートルを超えた地点まで登った二人は、ついに平坦に拓けた場所に辿り着いた。
流石に半日以上もの時間を登り続けて息を乱し、平坦な場所に身を乗り出すと顔を伏せながら数十秒程は息を整える事に集中する。
そんな二人が顔を上げると、その先に映る光景に驚きを抱いた。
「――……はぁ、……はぁ……。……あれは……」
「……はぁ、疲れたぁ。……あっ!」
二人は同時に顔を上げ、山頂に思えた場所に目を向ける。
その先に見えたのは、再び広がる大自然の光景。
岩肌しかなかった山とは打って変わり、頂溢れる程の自然に満ちた山脈の光景が広がっていた。
「ここがミネルヴァの言っていた、ガイストウォール山脈。……人間大陸と、魔大陸の堺か……」
「うわっ、もっと高い山があるんだけど……!?」
「ああ。……あそこの山頂付近に、フォウル国があるのか……」
「……あちこちに、魔力を感じるね」
「
「魔人の国なら、魔力がいっぱい集まってる場所にあるのかな? ……流石に、近くまで行かないと分かんないや!」
「ああ。……行こう」
「だね!」
驚きの心境を治め、息を整えた二人は立ち上がる。
そして目の前に広がる山脈、その更に高い山に進路を定めながら、二人はフォウル国と魔人らしき気配と魔力を探りに向かった。
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