若者の愛情 (閑話その五十二)
ベルグリンド王ウォーリスの妹と称されるリエスティア姫の正体が、実はガルミッシュ帝国の門閥貴族であるゲルガルド伯爵家の血縁者である可能性が浮上する。
しかしその根拠が、リエスティアが目の
そして和平の交渉材料である婚約者候補として、また人質としての価値があるのかの是非も含め、リエスティアの処遇に関してセルジアスは保留した。
『――……ログウェル殿。ユグナリス。そしてリエスティア姫。今回は表向き、二人の様子を確認する為の懇談という形で私は
『ほっほっほっ。分かっておりますよ』
『わ、分かりました……』
『……』
『リエスティア姫。よろしいですね?』
『……はい』
こうして四名の中で話の内容は秘匿され、リエスティアがウォーリス王の偽称した妹である可能性や、ゲルガルド伯爵家の血縁者である可能性は伏せられる。
仮にこの情報が帝国貴族の中で明るみになれば、リエスティアの身分と安全を保障できない。
ゲルガルド伯爵家を主体に反乱貴族達が決起した事実や、それが前ローゼン公爵クラウスの死に繋がる要因である事を考えても、リエスティアがゲルガルド伯爵家の血縁者である事が明かされれば、必ずそれ等の責任を追及する声が上がるだろう。
そうなってしまえばベルグリンド王国との和平は崩れ、リエスティアを発火点として帝国民衆の大半が王国に対する敵対心を高める。
今でこそ復興作業に伴い平穏に戻りつつある帝国の空気が、一気に荒れる事に間違いない。
近衛騎士の護衛を伴い馬車で本邸へ戻るセルジアスは、その流れが読み取れるからこそ碧眼を瞼に閉じながら呟いた。
「……ウォーリス=フォン=ベルグリンド。ここまで情報が明るみになることを計算して、あの姫を送り込んだのだとしたら……」
呟いたセルジアスは、過去に家令を通じて黒獣傭兵団のワーグナーが話したという伝言を思い出す。
『あの
その忠告を今まさに実感させられるセルジアスは、不快感を覚えながらも僅かな高揚感を宿らせている。
リエスティアという不確定の『
仮に
それを承知し、更に
それを用いた
「――……いいだろう、ウォーリス=フォン=ベルグリンド。お前の渡した『
セルジアス=ライン=フォン=ローゼンは僅かな高揚感と戦意を高め、ウォーリス=フォン=ベルグリンドの用意した
今まで戦ってきた相手とは異なる対戦者に、セルジアスは期待さえ抱いていた。
一方その頃、別邸に暮らし残る事になったリエスティアの傍には、ユグナリスが居た。
ログウェルは二人に気を利かせて客間から去り、まだ二人が談話中であると言いながら互いの護衛や侍女を近付けないように客間の扉前で待機している。
しばらく二人は沈黙し、語り合う言葉を見つけられない。
そんな中で、ユグナリスが沈黙を破るように振り絞った声を出した。
「……ごめん。俺のせいだ」
「え……?」
「俺が、君に贈り物をしたいと言ったから……」
「ち、違います! ……ユグナリス様は、何も悪くないです。……私が、悪いんです……」
「君は何も……」
「私が、
「嘘なんて何も……」
「私は、お兄様の本当の妹ではないことを、隠していました……。……ユグナリス様に、嘘を
「あ……」
「……私に兄がいることは、里親の家から連れ出してくれた方から初めて聞いたことでした。……私は、自分に家族がいることを、知りませんでした……」
「……」
「兄も同じ孤児院に居て、まだ私が幼い頃に、別の方に引き取られたと聞きました……。そして、その兄が独り立ちし、妹である私を引き取りたいと、そう申し出がありました。……私はその救いとも思える手を、必死に掴みました……」
「……ッ」
「私は、お兄様の妹となるしか、なかったんです……。……例え、本当の妹ではなくても。……何かに、利用される為であっても……。それを、理解した上で……」
「……リエスティア……」
「リエスティアという名も、今のお兄様から与えられたモノなんです。……私はずっと、貴方に嘘を吐いていたんです……。ごめんなさい、ユグナリス様……」
リエスティアはただ謝り、自身の嘘を明かしていく。
声は徐々に小さくなり震えながら、再び瞼を閉じた瞳から小粒の涙が頬を伝って流れた。
それを見たユグナリスは意を決し、席から立ってリエスティアが座る車椅子の前に立つ。
そして膝を着きながら伏せるリエスティアの顔を覗き込み、服を握り震える手に自分の手を重ねるように触れた。
「リエスティア」
「……!」
「確かに、君は嘘を吐いた。……でも俺は、そんなの気にしない」
「え……」
「今まで君が語った言葉に、嘘があったのかもしれない。……でも今まで、俺個人と君個人の間で、偽りがあったと思わない」
「……でも……」
「この手拭いだって、嘘や偽りなんかじゃない。目が見えない君が、俺の為に編んでくれた品だ」
「……」
「君と俺が今まで接して来た時間に、偽りなんて無い。そうだろ?」
「……はい……」
リエスティアはユグナリスの言葉を聞いて大粒の涙を溢れさせ、大きく頷く。
それを見れたユグナリスは微笑みながら、右手で胸ポケットに収めていた
リエスティアが泣き止むまで、ユグナリスは傍で見守り続ける。
そして泣き止んだ後、大きく深呼吸したユグナリスはリエスティアの顔を覗き込みながら告げた。
「――……リエスティア。君に伝えたいことがある」
「……?」
「俺は、君が好きだ」
「!」
「今までは、婚約者候補として交流し接して来た。……でも正式に、俺の婚約者になってほしい」
ユグナリスの唐突な
そしてその口から、振り絞るように尋ねる言葉が出された。
「……で、でも。私は……ただの孤児で……。ユグナリス様は、皇子で……」
「そんなの、何の関係も無いよ」
「そ、そんなことは……。……きっと、皆さんが反対を……」
「ローゼン公も、そして父上や母上も、必ず俺が説得してみせる」
「で、でも……でも……。私は、目が見えなくて……足も動かなくて……」
「リエスティア」
「……!」
「俺は今、君の気持ちが聞きたいんだ。……俺の婚約者に、そして妻となって、一生を添い遂げてほしい」
ユグナリスは再び
それを聞いたリエスティアは自分の手を握るユグナリスの手の温度を感じながら、震える声で再び尋ねた。
「……よろしい、のですか……?」
「何がだい?」
「私で、いいのですか……?」
「君じゃなければ、俺が嫌なんだ」
「……ユグナリス様を、信じても、いいのですか……?」
「ああ、俺を信じてくれ。……俺が必ず、君を幸せにすると誓うよ」
「……はい……」
自信に満ちた声を向けるユグナリスに、リエスティアは再び涙を零しながら頷く。
それを見て微笑みと喜びを強くしたユグナリスは膝を浮かせ腰を上げると、そのまま優しくリエスティアの涙が伝う頬に右手を触れた。
更に互いが互いの応じに応えるように、その唇を触れ合わせた。
扉の前で耳元に緑色の光を従え吹かせていた老騎士ログウェルは、瞳を閉じ微笑んだ表情を浮かべる。
そして扉の前から動き去ると、呟きながら述べた。
「――……立派な『男』になられましたな。ユグナリス様」
若者達が結ぶ絆と愛を、ログウェルはそう述べて祝福する。
こうしてユグナリスとリエスティアは、秘かに婚約者候補という関係から将来を誓い合った恋人となった。
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