遺恨の血筋 (閑話その五十一)


 ベルグリンド王ウォーリスの妹と称されるリエスティア姫が、実の妹では無いという可能性が明かされる。

 それを隠していたのが自己中心的な理由も含まれている事を認めたリエスティアは、俯かせた顔と閉じた瞼から涙を零していた。


 そんなリエスティアに対して、対面に座るセルジアスは机の上に置かれた刺繍入りの手拭いを見た後に話を続ける。


「――……王国に戻すという話をしてから、貴方は真実を教えてくださいましたね」


「……」


「貴方はこのまま王国に戻されれば、自分の身が危うくなるという事を御承知しているということですね?」


「!」


「……はい」


「どういうこと……なのです? ローゼン公……」


 セルジアスが尋ねる言葉にリエスティアは同意するが、傍らで聞いていたユグナリスはその意味を理解し損ねる。

 それを説明するように述べたのは、窓際に立っていた老騎士ログウェルだった。


「――……彼女は、偽りの姫君である可能性がある。それが暴かれ戻されたとあれば、実妹と称して帝国に赴かせたウォーリス王はどう彼女を処遇すると思うね?」


「そ、それは……」


「本当に偽りの妹であるのならば、彼女を抹殺されかねんのじゃよ」


「……!?」


「あるいは王国に戻る途中で、彼女は殺されるかもしれんな。事故か、もしくは盗賊にでも襲われたという体裁ていでの」


「そんな……!?」


「この姫君は、それを承知しておる。故に、隠していた胸の内を明かしたのじゃろうな」


「……ッ」


 ログウェルの説明でユグナリスは理解し、リエスティアの状況が悪い事を知る。


 偽者の妹として引き取られ姫に奉られた彼女リエスティアは、和平の材料となる帝国皇子ユグナリスの婚約者候補という立場で帝国に訪れていた。

 しかし偽者である事を暴かれ、更にそれを理由に王国へ戻させられれば、現在のベルグリンド王国を取り纏めているウォーリス王の基盤に僅かな不信感を抱かせることになる。


 そうなる前に、王国側は何らかの形でリエスティアを処分するだろう。

 その結論にユグナリス以外の者達は辿り着いており、それを脅迫としてセルジアスはリエスティアに真実を引き出させた。


 改めてその結論に至れたユグナリスは、セルジアスに対して動揺しながら尋ねる。


「……ロ、ローゼン公! まさか本当に、彼女を王国に戻すつもりですか……!?」


「そう、問題はそこだ。――……リエスティア姫。貴方がウォーリス王にとって偽の妹である可能性がある以上、和平の花嫁としても、そして人質としても帝国側としては価値を認められません」


「……はい」


「前提条件が崩れている以上、これを知れば多くの者達が貴方を王国へ突き返すべきだと言うでしょう」


「……はい」


「ローゼン公……!」


「この薄紅ピンク雛菊デイジーを見るまでは、私もそうすべきだと考えていました」


「……え?」


 セルジアスはリエスティアの存在に疑念と懸念を抱く事を述べた上で、それを否定するような言葉が漏れる。

 それを聞いたユグナリスは、セルジアスの見る手拭いの刺繍を見て再び尋ねた。


「どういう、意味なのです? さっきからこの雛菊デイジーの刺繍が、なんだと言うのですか……?」


「それを、私も知りたいんだよ。……リエスティア姫。もう一度だけ御聞きします。貴方は薄紅の雛菊デイジーを何処で見たのか、本当に覚えていないのですね?」


「……はい。……少なくとも、孤児院に居た頃にも、見た事はないです……」


「そうですか。……もしこの雛菊デイジーが、白や純粋な赤であれば。これ程の問題にはならなかったのですが……」


「その、問題というのは何なんですか……!?」


 リエスティアに再び雛菊デイジーについて聞くセルジアスに、ユグナリスは問い質す。

 セルジアスは鼻で小さな溜息を吐いた後、足元に置いていた革鞄から一つの本を取り出した。


 それを机の上に広げるように開くと、ユグナリスに説明しながらセルジアスは語る。


「――……ユグナリス。これが何か、分かるかい?」


「……それは、華家紋はなかもんですか?」


「そうだね。……この本には、百年以上前から存在するルクソード皇国の貴族一門の華家紋が記されているんだ」


「皇国の……?」


「ルクソード皇国は、私や君にとって血筋の大元だ。故にガルミッシュ皇族とローゼン公爵家の華家紋は、ルクソード血族として赤薔薇を使う事を認められている」


「それは、存じておりますが……?」


「先日、ログウェル殿から一報があってね。リエスティア姫から君に贈られた手拭いに、薄紅ピンク雛菊デイジーが刺繍されていたと。……そこで調べたんだが、皇国貴族の中に薄紅ピンク雛菊デイジーを華家紋として与えられている貴族一門が在った」


「!」


「ただその一門は、既に六十年近く前に皇国で反乱を起こそうとした罪で没落し、一族全員が処刑されている」


「処刑……」


「ただ、その処刑から免れている者が居たそうだ。……私や君も、知っている人だよ」


「え……?」


「ルクソード皇国、第二十一代皇王。ナルヴァニア=フォン=ルクソードだよ」


「!?」


 ナルヴァニアの名を聞いた時、ユグナリスは十年前の出来事を思い出す。

 あの時、帝国皇帝ゴルディオスと皇后クレアと共に息子である皇子ユグナリスはルクソード皇国に赴き、それにセルジアスとアリアも共に同行していた。

 

 そして式典に呼ばれた際、その全員が当時の女皇王ナルヴァニアと面会する。

 当時のユグナリスは黒髪に白髪が混じり鋭い碧眼を持ったナルヴァニアに苦手な印象を持っていた為に、顔と名前を憶えていた。


「あの人が……処刑された貴族家の、生き残り……!?」


「こちらも、情報が伝えられたばかりだったんだけどね。反乱を起こされた第十九代代皇王と、反乱を起こしたとされるその貴族一門の当主は親友同士だったらしい。当時のナルヴァニアはまだ乳飲み子で、皇王に厚意で処刑を免れ、養子として当時の皇王に引き取られていたらしいんだ」


「そんな……。じゃあ、なんでそんな人がルクソード皇国の皇王になれたんです!?」


「それを知っているのが、極一部の者だけだったんだよ。ナルヴァニアの義兄である第二十代皇王アレクと、義姉の『赤』シルエスカ、そしてハルバニカ公爵家がナルヴァニアの出生情報を秘匿していたんだ。それを利用してナルヴァニアは二十年程前に皇族同士の内乱を画策して起こし、先々皇王アレクが死去した際にも色々と策謀して皇王に選ばせたらしい」


「……でも、そのナルヴァニアは先年に病死したという話を聞いていますが……?」


「表向きはそうだね。……ただ一つ、気になる情報が分かったんだ。……五十年以上も前、ナルヴァニアは十代頃に結婚して嫁いでいた場所があるんだよ。しかも、この帝国にね」


「え……!?」


「丁度、皇国のハルバニカ公爵家から打診があってね。ナルヴァニアと関わる貴族家の情報が届いて、その貴族家に注意するよう呼び掛けがあったんだ。その情報の確認も遅れてしまったけれど……。……そこは、ガルミッシュ帝国貴族の創設から建てられている名家。ゲルガルド伯爵家だ」


「……!?」


「ナルヴァニアはゲルガルド伯爵家に嫁ぎ、三十歳になる前に離婚という形で皇国に戻っている。私達の父親が幼い頃の話だ。……そして恐らく、その十数年間でナルヴァニアは子供を産んでいる。しかも男児を二人ね」


「……!」


「年齢からすれば、私達の父とそれほど差は無い歳だろう。そしてその長男もまた、二十年近く前には二人の子供が居たという情報がある。……その子供が生きていれば、私や君に近い年齢になっているはずだ」


「……ま、待ってください。それって……?」


「ゲルガルド伯爵家の屋敷周辺に、大きな花園の跡地があるそうだ。そこで何が育てられていたか調べると、雛菊デイジーだったらしい。しかも品種を調べると、薄紅ピンク色の雛菊デイジーだったそうだよ」


「……!!」


「ゲルガルド伯爵家は現在、血縁全員が行方不明だ。私達とそう変わりのない歳の、二人の子供もね」


「……まさか、リエスティアが……!?」


「その、『まさか』かもしれない」


「え、え……?」 


 セルジアスは鋭い視線を目の前に向け、ユグナリスは立った姿勢のまま同じ方を向いて驚きを見せる。

 しかし淡々と語られる聞いた事の無い情報を聞いていたリエスティアは、ただ動揺を浮かべていた。


 こうして幼い頃の記憶が無いリエスティアの正体に、もう一つの可能性が生まれる。

 それは処刑された元ルクソード皇王ナルヴァニアの血を引き、更に行方不明となっているゲルガルド伯爵家の血を引いた子供だったという可能性。


 それは同時に、もう一つの可能性を指し示す。


 リエスティアの兄と称する、ウォーリス=フォン=ベルグリンド。

 彼もまたゲルガルド伯爵家の血を引いた人物である可能性が、この場で明かされたのだった。

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