聖女の施し
『黒』の
その傍には意識を途絶えさせ全身から流血している三十年前の姿をしたアリアが倒れ、エリクは重傷の身体で歩み寄った。
傍に辿り着いたエリクは膝を曲げ、刃が欠けた大剣を砂の上に落とすように置く。
そしてアリアの背に触れながら揺らし、必死に呼び掛けた。
「――……アリア! ……アリアッ!!」
「……」
「……ッ!!」
呼び掛けても反応は無く、顔が見えないアリアを仰向けにするようにエリクは右手でゆっくりと動かす。
そしてアリアの状態を見て目を見開き、唇を噛み締めた。
鼻や口は勿論、目や耳から流血をした跡がアリアには見られる。
更に見える手足には夥しい数の裂傷が起きており、刃物とは別の亀裂痕を負っていた。
更にエリクは、アリアの状態が表面上に見える傷以外にも在る事を悟る。
口などから夥しい流血をした跡を見る限り、内臓も激しく損傷している事が目に見えて分かった。
「――……グ、ゥウ……ッ!!」
既に死んでもおかしくない状態のアリアだったが、まだ微かな息を残している。
それを確認したエリクは痛む身体を無理に動かし、瀕死のアリアを背負い担ごうとした。
「――……!」
「!?」
その時、砂漠の風を切るように一つの光が一行の近くに現れ、砂地を巻き上げるように着陸する。
凄まじい着地音と巻き上げられる砂を確認したエリクとマギルスは、意識と視線を向けて急ぎ立ち上がった。
巻き上げられた砂の中に、一人分の人影が見える。
そこに現れた人物が只者では無い事を気配で感じ取ったエリクとマギルスは、互いに置いていた武器を手に取り、砂埃から現れた人物を目視した。
「――……お前は……!」
「『黄』の
晴れた砂の中から現れたのは、『黄』の
その姿は三十年前のルクソード皇国で交戦した際の容姿でありながら、身に付ける武装は以前と酷似した旗槍以外にも重装的な服飾と防具を身に纏っていた。
ミネルヴァは転移魔法を用いてこの場に現れ、自分の肉体に纏わせていた結界を解いてエリクとマギルスに視線を向ける。
同時に構える二人は、目の前に現れたミネルヴァに対して内心の焦りを色濃くした。
二人は満身創痍であり、今の状態で卓越した身技と魔法技術を持つミネルヴァを退けられるか分からない。
それでもアリアを守る為に武器を持ち向かい合うエリクと、クロエとの約束を果たすと決意しているマギルスは、互いにミネルヴァと交戦する覚悟を持っていた。
しかしミネルヴァは立っている二人の姿を視認し終えると、砂地に倒れているケイルとアリアに視線を向ける。
そして交戦する構えを見せる二人に視線を戻し、はっきりとした口調で話し掛けた。
「――……お前達も、我が神に選ばれたのだな」
「……え?」
「選ばれた……?」
「我が神の
「……!」
「!!」
「だが私とお前達は、神によって選ばれた存在。遡られた
「……まさか、お前も……!?」
そう述べるミネルヴァの言葉を聞き、エリクはクロエと最後に交えた話を思い出す。
『時』の能力を使用したクロエは、特定数の人物に対してその影響を受けないように出来るという事を話していた。
その影響は
時間が遡られている事を自覚しているミネルヴァもまた、自分達と同じくクロエに選ばれていたのだと察した。
思考するエリクを他所に、アリアに視線を向けていたミネルヴァは砂地を踏みながら歩み寄って来る。
それに気付き反応するエリクは、折れた大剣を右手に持ちながらミネルヴァに向け歩みを止めた。
「何をする気だ……!?」
「我が神の願いを、叶える為に」
「……お前の言っている神とは、クロエのことか。……その願いとは、なんだ?」
「時の遡った後、再びあの未来を起こさぬ為の行動を」
「……アリアを、殺すつもりか……ッ!!」
ミネルヴァの言葉にアリアを害する意味が含まれている事を察したエリクは、ミネルヴァに殺気を向け交戦する覚悟と構えを見せる。
それに対してミネルヴァは静かに顔を横に振り、エリクの言葉を否定して見せた。
「――……神は
「!」
「こうも仰られた。『彼女を救う為に、私と彼等に協力してほしい』と。――……その娘を救い、お前達に協力する。それが我が神の願いであり、我が身命を賭して行うべきことだ」
「……!!」
ミネルヴァは
はっきりと決意と使命感を持った態度を見せるミネルヴァの姿は、エリクに真意であると悟らせた。
そして、二人は擦れ違うように身体を横切らせる。
仰向けで瀕死の状態にあるアリアの傍に歩み寄ったミネルヴァは、膝を曲げながら身体を屈めて傷の状態を確認していく。
すると右手に持つ旗槍をアリアの真上に右手で掲げ持ち、魔法の詠唱を始めた。
「――……『
「……!!」
ミネルヴァの詠唱と同時に、アリアの肉体に亀裂状に刻まれていた傷が白い光を帯び始める。
亀裂状の傷は誓約を解いた
しばらくして黒い光がアリアの身体から出なくなると、ミネルヴァは詠唱を止める。
そして旗槍を砂地に置きながら、手の空いた両手をアリアの身体の各所に触れながら傷と状態の確認を行った。
確認が終わると、傷付いた身体の各箇所に両手を翳しながら魔法を唱えていく。
それはアリアの治癒や回復魔法を幾度も見ていたエリクにとって、聞き覚えと見覚えのある魔法だった。
「――……『
「……アリアが使っていた、回復の魔法……」
「――……『
「!」
アリアと同等の魔法を使い治癒と回復の魔法を施すミネルヴァは、僅かに額に汗を浮かばせながら魔法を施し続ける。
そして最後には、アリアが最上位の回復魔法であると述べた回復魔法も行い、二人の肉体が同時に淡く暖かな白い光に包まれた。
光が無くなった数秒後、ミネルヴァは一息を漏らしながら立ち上がる。
そしてアリアを見た後に、エリクに振り向きながら伝えた。
「――……これで、この娘の治癒は終わりだ。……次は、お前だな」
「……!」
アリアの治癒を終えたミネルヴァは、続けてエリクに近付く。
そして両手をエリクの左腕に翳し、『
更に全身に及ぶ傷と痛めた内側にも治癒の魔法を施し、聖人となったエリクの傷はアリアよりも早く治されていく。
そしてエリクの傷も治し終えると、ミネルヴァはマギルスに視線を向けながら問い掛けた。
「――……これでいいだろう。……お前も、治癒が要るか?」
「ううん、要らない。魔力さえ戻れば、傷は治るし!」
「そうか」
ミネルヴァは魔人であるマギルスに対してはやや刺々しい雰囲気を宿しながらも、是非を聞いた上で最後の一人へ視線を向ける。
砂の地面に横たわるケイルに歩み寄ったミネルヴァは屈んだ状態で容体を確認した後、特に魔法を何も行わずに立ち上がった。
「――……この女には、治療は要らないようだな」
四人を診た上で治療と回復の魔法を施したミネルヴァは振り向き、周囲を見回しながら鋭い警戒を見せる。
思わぬ形で元の時代へ帰還した一行は、その負傷した肉体を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます