決別と帰還
クロエは『時』の称号を持つ
それを阻むように現れたマギルスはクロエに能力を使わせない為に、過去に戻る決断をしたエリクと敵対する構えを見せた。
互いに重傷の身体で体内の
そしてクロエを守ろうとするマギルスに、
エリクの揺らぎに気付いたマギルスは、大鎌を握る両手と踏み足に力が込める。
そして飛び出し襲い掛かろうとした瞬間、マギルスの背中を覆うようにクロエが歩み寄りながら腕を回して優しく抱き止めた。
「――……!」
「――……マギルス。私の事で、君達が争う必要は無いよ」
「……離して、クロエ。僕は、僕が嫌だからやってるだけ!」
「知ってるよ。……マギルス。前の私が、君に言ったこと。覚えているかい?」
「……どのこと?」
「私が死んでも、また何処かで生まれ変われる。そうしたら、大きくなった君とまた会えるかもしれない」
「……!」
「でも、君やアリアさん達が死んでしまったら、とても悲しい。つまらない。そんなの嫌だなって、言ったはずだよ?」
「……でも、僕はクロエが死ぬ方が嫌だよ……」
「うん、分かってる。……マギルスは、いつも優しいね」
「……」
「私が今まで、ずっと嫌われ役をしてると気付いてくれてたでしょう? だから傍に居て、私を守ってくれようとしていた」
「……ッ」
「おかげで
「……どうしても、ダメなの……?」
「うん。これは、私の役目だから。……役目を果たさないと、この世界で私が存在する意味が無くなってしまう。そうなったら、君とまた会うことも出来なくなってしまうんだ」
「……ッ」
クロエはそう言いながら緩やかにマギルスから腕と身体を離し、一歩分だけ身体を引かせる。
それに合わせるようにマギルスも構えを解き、悔しさと寂しさを合わせ強めた表情でクロエの顔を見た。
クロエは帽子を脱いで黒く長い髪と瞳を晒し、マギルスに優しく微笑み掛ける。
そして両手で帽子をマギルスの頭に被せると、手を引かせながら伝えた。
「……君が言った通り。この過去を遡り戻る
「……三十年前に戻ったら、三百年。転生できないんだね?」
「うん。……ただ、『青』や君が認識してる事とは、少し違う事も起こる」
「違う?」
「例えば私が生きている時間に戻ると、その時代の私はちゃんと生きている。でも戻した時間分の記憶は持っていないし、次に死んだ場合はその分の代償として転生時間が長くなってしまう。それが終わると、戻した時間分の記憶も有して次の私が転生する。……要するに、過去の生きてる私に代償の繰り越し返済をしてもらう事になるね」
「じゃあ、戻ったらクロエが生きてる時間になるの?」
「いいや。アリアさんを起点にした
「……じゃあ、三百年は転生できないんだね?」
「そこも、ちょっと違うんだ」
「違うの?」
「厳密に言えば、私は短期間で生まれ変わる。でもその私は、『私』の記憶を持っていないんだ」
「!」
「私が能力を行使する際に支払う
「……クロエは自分の事を覚えてないけど、生まれ変われはするってこと?」
「うん。……その時の私は、何の変哲も無い普通の子供として生まれる。魔力が効かない身体でもないし、
「そっか。……でも僕を覚えてる君とは、三百年もお別れになるんだ?」
「そうだね」
「……それじゃあ、僕はつまんないや……」
目を細めて眉を顰めながら唇を窄めるマギルスに、クロエは少し考えるように首を揺らしながら微笑を浮かべる
そしてマギルスの耳元に顔を近付けると、小さな声でクロエはある事を教えた。
「――……マギルス。これは皆にも内緒にしてたことだけどね?」
「?」
「君達と三十年前に死に別れてから、今の私になるまで。既に一度、転生して短い間で死んでるんだ」
「!」
「私の
「……!!」
「君が過去に戻ったら、その人から生まれた私と出会えるかもしれない。……もし君にその気あれば、その私とも友達になって欲しんだ。そして私が教えた遊びで、君が一緒に遊んであげて」
「……」
「ダメかな?」
「……うん、分かった。いいよ!」
「ありがとう、マギルス」
クロエは過去に生まれる記憶の無い自分と、再び友達になって欲しいとマギルスに頼む。
それをしばらく考えた後、マギルスは頷きながら応じた。
互いに顔を近付け微笑み合うマギルスとクロエは、再び小声で話を続けた。
「それで、前はどこで生まれたの?」
「うん。前に生まれた場所、そしてその時の両親は――……」
「――……えっ、本当?」
「凄い偶然だよね。……いや、運命と呼ぶべきかな? それでね――……」
「……うん。……分かった。戻ったら、必ず行くよ!」
「お願いね」
マギルスは前のクロエが転生していた場所と両親の名を知り、思わず驚きを浮かべる。
それを見て微笑むクロエは更に何かを伝えると、マギルスは何かを考えながら表情を引き締め、決意した瞳で言葉を続けた。
「……クロエ。僕もお願いがあるんだけど」
「?」
「こういうのはエリクおじさんじゃなくて、僕に頼んでよ!」
「!」
「友達なんだから、僕に頼んで欲しかったな!」
「……そうか、確かにそうだね。……でも、いいのかい?」
「いいよ。誰かに
「そっか。……じゃあ、痛くないように頼んでいいかい?」
「うん、任せて!」
珍しくクロエは驚いた様子を見せた後、柔らかく微笑んでから頷きマギルスの言葉に応じる。
互いに微笑みを浮かべているにも関わらず、クロエは二歩分だけ足を下がらせ、マギルスは大鎌を構え大きく振れる態勢を整えたのだ。
「……いくよ!」
「うん。――……マギルス、またね」
「またね!」
笑顔を別れの挨拶を終えたクロエは黒い瞳を閉じ、マギルスは微笑みの後に僅かに唇を噛み締める。
そして顔を伏せながら帽子に隠れた瞳から僅かな雫を零し、大鎌の刃をクロエの首筋に一閃させた。
黒く長い髪を斬り散らす事は無く、切り取られたクロエの首が宙を舞う光景をエリクは見上げる。
その時、上空に出現した歯車群が突如として左回転し始めた事に気付いた。
歯車の変化と同時に、灰色に染まった世界は一気に真っ白な極光を帯び始め、世界全ての景色が白く染まり始める。
白い極光の眩しさに目が眩み瞳を閉じたエリクとマギルスは、白く染まる世界と同じように意識と思考を真っ白にさせた。
「――……ッ!!」
「……ぅ……!!」
歯車の回転が止まり、その音が世界に響く。
その瞬間に意識を戻したマギルスとエリクは、砂地に倒れ伏している状態で瞳を開けた。
二人は互いに腕に力を込めながら上半身を起こし、自身の状態を確認した。
互いに傷を負った姿のまま、衣服や装備類に変化は無い。
肉体の流血と傷に因る疲労感と倦怠感はそのままであり、手放していた意識の時間ほど休めているような感覚を互いに感じていなかった。
自身の状態を確認した後には周囲を見回し、周囲の変化も探る。
周囲は灰色だった世界から色を戻し、歯車の無い朝の空になっていた。
更に先程まで大量に崩れ落ちていた瓦礫は存在せず、ただの砂漠へ変化している。
その光景に驚き痛めた身体を起こす二人は、その傍に倒れているもう一人の人物を見つけた。
「……ケイル?」
「ケイルお姉さん……?」
二人が見つけたのは、赤い魔剣を握り持って倒れるケイルの姿。
同じように衣類や装備に変化は無かったが、いつものケイルよりも赤い髪色は明るい色合いと変化しており、一瞬だけ誰なのか分からず二人は困惑してしまう。
そしてエリクは折れた左手を庇いながら砂地の上に立ち上がり、ケイルから視線を外して後ろも見ようと振り向く。
そして視界の先に映るモノを見て、目を見開きながら驚愕した様子を見せた。
「――……!!」
「……」
「……アリア……ッ!!」
そこには全身から流れ出る血が砂地に染め、三十年前に別れた時の姿で倒れるアリアの姿が在る。
アリアが先程と違う姿と状態である事に気付いたエリクは、痛む身体を引き摺りながらアリアの方へ歩み寄った。
こうしてクロエの
それは『螺旋』のように絡まった憎悪と悲哀の始まりの時代であり、新たな未来を紡ぐ転換点でもあった。
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