悪魔の種


 復活したアリアは魔法師としての技量のみで『神』を打ち負かし、圧倒的な優勢を見せる。

 そうした中でアリアは『神』を訝し気な視線で見ながら、その魂に宿る瘴気の存在を指摘した。


「――……アンタの魂は、瘴気に汚染されてる。アンタも気付いてるんでしょ?」


「……」


「普通、瘴気に侵された魂は崩壊を起こしながら、精神と自我を失っていくはず。長くても数年で魂は現世から消失するわ。なのに――……」


「なんで私は、自我を失ってないのか? ……流石の私でも、そこには辿り着かないようね」


「アンタ、何処でその瘴気を? まさか螺旋の迷宮スパイラルラビリンスで、死者の魂と瘴気を全て浄化し損ねて浴びたの?」


「……フッ」


「!」


 アリアの問いに『神』は答えず、ただ口元を微笑ませて顔を上げる。

 その表情を見たアリアは視線を鋭くさせると、『神』は負の感情を込めた言葉を発し始めた。


「――……私のなかに宿る瘴気は、私が生み出したモノよ」


「……生者せいじゃの魂が瘴気を生み出すですって? そんなはず――……」


「ありえるのよ。――……だって、それが私なんだもの」


「……」


「私が記憶を失い目覚めてから、色んな事があったわ。――……その全てが、私に強い負の感情を抱かせた」


「……」


自分アルトリアを憎み、他者を憎み、世界を憎み、そして全てを滅ぼしたいとさえ願う。……そうすることで私は、魂に瘴気を生み出しながらも、その瘴気にさえ魂を適応できた」


「……魂が進化し、『瘴気』という環境にも適応した。瘴気で魂が崩壊しないのは、それが理由ということね。……でも、まだ腑に落ちないわね」


「何が?」


「身体よ」

 

「……」


「例え魂が瘴気に適応したとしても、生きている身体はそうはいかない。……身体は『生命力』があるからこそ活動している。真逆に位置する『瘴気』を発し浴びれば、身体は腐り枯れるだけよ」


「……フッ」


「『神兵』の心臓コアで腐り枯れる身体を復元し生命力を補い続けているにしても、限度があるはず。――……可能性があるとすれば、一つだけ」


「……」


「アンタ、既に死んでるのね」


「――……アハ、アハハハハハハハッ!!」


 その言葉を突き付けるように問うアリアに対して、『神』は高笑いを始める。

 アリアはそれを訝し気な視線で見ながら、短杖を向けて『神』に再び問い掛けた。


「いつ死んだの?」


「ハハハハハ――……。……ベルグリンド王国、だったかしら? そこと戦争になった時よ」


「……そういえば言ってたわね、『味方に殺されそうになった』って。本当は死んだのね?」


「……王国軍を殲滅して退却させた後、私は野営した天幕の中で用意された食事に薬を盛られたわ。そして動けなくなった私に、周りにいた連中は剣を突き立てた」


「……」


「私を殺したのは、私を担ぎ上げて皇帝にした貴族の将軍達だった。……奴等は言ったわ、『お前は危険だ』とね」


「……お父様やお兄様が統制できてない連中じゃ、そうもなるわね」


「まぁ、そいつ等はすぐに殺されたけれど」


「……殺された?」


「死んだはずの私が、次に目を開けた時。黒髪と青い瞳をした若い男と、左右で瞳の色が違う執事みたいな男が傍に立っていた。……そしてその傍で、私を殺した連中は死んでたわ。そして、あの二人が従えていた怪物達に喰われていた」


「……!」


「そして青い目の男の方が、私にこう言った。『君を生き返らせた』と」


「……そいつは魔法師だったの?」


「ええ。……でも、ただの魔法師じゃない」


「……?」


死霊術師ネクロマンサーよ」


「なんですって……!?」


 死霊術師ネクロマンサーという言葉を聞いたアリアは、僅かに驚きの声を漏らす。

 そうした存在がどういうモノかを知っているアリアは、今の『じぶん』が死者ながらに魂を宿し健在である様子に、合点を生んだ。


 そうしたアリアの驚きを見ながら、『神』は微笑みを浮かべて述べる。


「滅多刺しにされた身体の傷は治っていたけど、身体の感覚も熱も無くなっていたし、私は肉体的に間違いなく死んでいた。でも魂は死霊術によって生かされ、死んだ肉体に留まっていた」


「……」


「そんな私に、あの男は言ったわ。『君を利用し殺した世界に、復讐したくないか?』ってね」


「まさか、それに……?」


勿論もちろん、復讐したいと答えたわ。――……そして私はもう一人の奴と契約し、血が流れず動かない心臓に種を植えられた。だからこの死体からだは冷たくも姿や形を留め、魂を輪廻にかず現世に留まれた」


「契約ですって……? それに、種って……」


「『悪魔』の種よ」


「!?」


「今なら分かるわ。あの執事、かなり上位の悪魔だったのね。――……私が契約し心臓ここに植え付けたのは、悪魔になる為の種だったのよ」


「悪魔と、契約をした……!?」


「私が『神兵』の心臓コアを移植した理由は、不死を望んだからじゃない。この死んだ身体に、生きた身体と同じ感覚を得る為だった。――……そしてもう一つが、私の魂に呼応して瘴気を放つ『悪魔』の種に因って起こる、肉体の変質を抑え込む為よ」


「!!」


「でも、もう全てがどうでもいいわ。――……アンタを、そして世界を滅ぼせるなら、『悪魔』にだってなってやるッ!!」


「待ち――……ッ!!」


 『神』はそう叫びながら杖を持たない左手に白い魔力を纏わせ、自身の胸に突き立てる。

 そして胸部分を裂きながら左手は内部に侵入し、そこから何かを掴み取り引き抜いた。


 『神』の左手に掴み取られたのは、赤い半透明の心臓。

 それが『神兵』の心臓コアだと察したアリアは、次に『神』が起こす事を予測し跳び出した。


 しかしそれは間に合わず、『神』によって心臓コアが握り潰される。

 そして赤い魔力が『神』の左手の周囲に飛散すると同時に、握る左手の内側からドス黒い泥のような魔力が発生し溢れ始めた。


めなさいッ!!」


「――……始めから、こうしていればよかったんだわ――……」


 その泥は瞬く間に肥大化し、『神』の左手から肉体を覆い尽くすように纏い始める。

 アリアはそれを阻止する為に右手に持つ短杖と左手に白い魔力を纏わせ、『神』の身体に接触しようとした。


 しかし黒い泥と瘴気がアリアを阻むように『神』に纏い、黒い球体を作り出す。

 それにアリアは左手を付けようとした瞬間、人形に宿る魂が凄まじい悪寒を走らせ一瞬で飛び退いた。


「ッ!!」 


 アリアは厳しい表情を見せ、詠唱を呟き再び六枚の白い翼を背後に展開する。

 そして飛翔し黒い泥を纏った『神』から距離を取り、様子を窺うように見下ろした。


 十数秒後、黒い泥の球体に変化が起こる。

 泥の内部から手が藻搔き出るように出現し、まるで泥が肌となるかのようにその手に纏わり付いた。


 更に頭と胴体を中心に泥の中から何かが這い出て来ると、それ等にも泥が張り付き纏う。

 そして黒い泥が全て這い出て来た存在に纏わり付きながらも、泥の隙間から肌を晒し始めた。

 それを見下ろすアリアは表情を更に強張らせ、泥の中から現れた存在に注目し呟く。


「……まさか人間を、悪魔にする方法があるなんて……!」


 そう述べながら驚愕するアリアは、泥の中から姿を見せた存在を凝視する。

 その存在は黒い髪と薄黒い肌に変化し、手足や身体に黒いドレスを着飾った女性となっていた。

 姿は原型である女性アリアの面影を残しながらも、髪の流れに沿うような黒い角を頭部に四つ生やし、更にその背中には先程までとは違う黒く歪な悪魔の翼が背中に生やされている。

 

 明らかに異形と化した事が見た目で分かる女性それはゆっくりと顔を上げ、見開いた黒い瞳でアリアを見上げながら言葉を発した。


「――……生まれ変わるって、こんなにも良い気分なのね」


「……!」


「悪魔になるなんて嫌だと思ってた自分が、馬鹿だったわ。――……『神兵』の心臓コアのような負担も無く、仮初の到達者エンドレスのような偽りの力でもない。……まさにコレが、純粋な力を持つということ……!」


「……」


「今だったら、アンタとも楽しく遊べそうよ。――……アルトリア」


「!!」


 そう述べた瞬間、『悪魔』は軽く両足に力を込めて跳ぶ。

 その速度は今までとは比べ物にならず、瞬きをする間も無く上空に飛翔していたアリアの眼前に『悪魔』の腕が迫っていた。


 それを防ぐ為に短杖に嵌め込まれた白い魔玉を光らせ、アリアは結界を発動させる。

 『神』とは比較できない技巧を凝らした重厚な結界だったが、それは『悪魔』の指が触れた瞬間に砕き割られた。


「ッ!?」


「――……アハハハッ!!」


 『悪魔』は高笑いを上げ、目にも見えない速さでアリアをただ殴る。

 しかしこの世で何よりも硬い魔鋼マナメタルの人形に凄まじい振動を与えてる程の威力と衝撃で、中央付近に在る高い塔へ吹き飛びながらアリアは激突した。


 塔の瓦礫に埋もれたアリアだったが、傷付いた様子は無く身を起こす。

 しかし僅かに動揺している最中にアリアは、身を起こし目を開けた瞬間に驚愕することになった。


「……ッ!!」


「――……起きるのが遅いわね?」


「クッ!!」


 瓦礫で崩れかけている塔の中に、既に『悪魔』は目の前で立っている。

 それに対応しようと動くアリアの眼前に『悪魔』は、既に貯め終えていた右手に纏う黒いエネルギーをアリアに向けて放った。


「ウ、ァ―――……ッ!!」


 アリアは黒い閃光に飲み込まれ、それと共に塔を突き破りながら放出される。

 その光景を見送った『悪魔』は、黒い閃光を放ち野性味を帯びた自身の黒い手を見ながら呟いた。


「……凄い。凄いわ、このパワー……! これなら、誰が相手でも勝てる! 例え到達者エンドレスだろうが、誰であろうが……!!」


「――……ッ」


「……でも先に、アンタをボロクソにしてあげる」


 『悪魔』はそう言いながら視線を向け、何とか白い翼を羽ばたかせながら黒いエネルギーの放出から逃れたアリアを見る。

 そして逆襲の為に変身した『悪魔』の身体を駆使し、アリアに再び襲い掛かった。


 こうして『神』は自分自身で『神兵』の心臓コアを破壊し、その身に宿す瘴気の種で『悪魔』へ変貌する。

 それは圧倒的に優勢だったアリアを覆し、その技量を差し挟めぬ程の脅威な存在となっていた。

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