残された希望


 自らに移植した『神兵』の心臓コアを破壊し、封じていた悪魔の種に宿す自身の瘴気を『神』は宿す。

 そして『神』から『悪魔』へ変貌し凄まじい力を身に付け、圧倒していたアリアの優位性を崩した。


 その最中、エリクとケイルは気絶しているミネルヴァとマギルスを互いに背負い運び、地面に満ちる赤い瘴気の霧から逃れようと建物から建物へ飛び移る。

 そして中央付近に備わる高い塔へ登り抱えていた二人を床に降ろした瞬間、エリクとケイルはアリア達が戦っていた方角に悪寒を感じ振り向いた。


「――……なんだ?」


「この、ヤベェ感じは……アリアか?」


「いや、違う」


「え?」


「俺は、この感覚を知ってる」


「知ってるって……」


「……そうだ。この感覚、王国で見たあの時の男に、近い……」


 エリクはそう呟きながら窓がある方向へ移動し、外の光景を見ようとする。

 それに倣うようにケイルも後を追い、互いに同じ窓から外を見た。


 二人が視たのは、白い光と黒い闇が激しく交わり閃光を発しながら戦う光景。

 二人は目を見開き、先程まで見ていた状況と何かが違っている事を察した。


「――……あの白いのは、アリアだよな。……あいつ、押されてないか?」


「……『あっち』の姿が、変わっている」


「エリク、お前。この距離と暗さで見えるのかよ……!?」


「ああ。――……髪の毛と肌が、黒くなっている。……それに、角と蝙蝠のような黒い羽もあるように見える」


「……もうアイツが、どんな姿でどんな事をやってても驚くつもりは無いけどよ。……エリク、アリアはどうする気なんだ?」


「どうする……?」


「このままアリアは、自分を殺すつもりなのか? ……身体を取り戻すにしたって、人格と記憶のを入れる必要があるんだろ? でもそうしたら、アイツは廃人になる」


「……」


「アイツが自分をどうするつもりなのか、聞いてないのか?」


「聞く暇が無かった。……だが、俺の中に居た制約アリアは、こう言った」


「?」


「『今のじぶんを止められるのは、この世に一人しかいない』。そう言っていた。だから、アリアがなんとか――……」


「――……それは多分、アリアさんの事じゃないよ」


「!?」


「!」


 二人が外を見ながら話す最中、唐突に後ろから声が発せられる。

 それに驚き二人は後ろを振り向いたが、特に驚き目を見開きながら動揺したのはケイルだった。


「――……な、なんで生きてんだ!? クロエッ!!」


「やぁ、ケイルさん。さっきぶりだね」


「お前、さっき瓦礫で潰されて――……」


「ああ、あれ? 空間跳躍テレポートして逃げたよ?」


「……はぁ!?」


「言ってなかったっけ? 私は外だと人間と大差無いけど、空間跳躍テレポートは出来るんだ」


「……そんな方法モン、あるなら始めからやれよッ!!」


「始めからやったら、『かのじょ』は私の事を警戒し続けるでしょ? 私の存在は厄介だけど倒すのが容易いと誤解した上で死んだと確信してくれるには、ああいう演出をするしかなかったんだ」


「……やっぱこの連中なかでマトモなの、アタシだけじゃねぇか……」


 二人の後ろに居たのは、深い藍色の帽子とコートを身に付けた黒髪のクロエ。

 『神』が放つ夥しい数の瓦礫に押し潰されたはずのクロエが生還し、唐突に気配も無く塔の最上階まで来ていた事に、ケイルは異様な驚愕と動揺を見せた。


 そしてクロエはエリクにも顔を向け、微笑みながら話を続ける。


「エリクさん、ちゃんと生き返ってくれて良かったよ」


「……どういうことだ? アリアが自分で、『じぶん』を止めるんじゃないのか?」


「今のアリアさんにも無理だよ」


「!」 

 

「なに……!?」


「そういう未来さきは視えてた。エリクさんのなかに居たアリアさんが加わってくれた事で更に時間稼ぎは出来たけど、決め手には欠けるだろうね」


「……じゃあ、誰が『やつ』を止められるんだ? アリアは、自分を止められるのは一人だけだと――……」


「それが、私かな」


「!?」


「お前が……!?」


 クロエは自分に人差し指を向け、そう伝える。

 二人は微笑むクロエを見ながら驚愕したが、その余裕を持つ表情に何かを察し、改めて聞いた。


「……どうやって、今の『アリア』を止められる?」


「アリアさん自体は、もうどうこうする事はできないよ」


「!」


「彼女の肉体も精神も魂も、既に瘴気で犯されている。何より、アリアさん本人は二十年以上も前に死んでいるから、どうしようもない」


「え……」


「……アリアが、既に死んでいるだと……?」


「実際に彼女を視て分かったんだ。間違いないと思うよ」


「だ、だがアリアは――……」


「彼女が今まで生きていたように見えたのは、『神兵』の心臓コアを使っていたからだろうね。そうする事で感覚の無い死んだ肉体を活性化させ感覚を得ながら、生きているように偽装していたんだ」


「……そんな……」


 クロエは自身が気付いていた事をエリクとケイルにも伝える。

 それを聞いたエリクは苦悩の表情で顔を伏せ、憤りに近い虚無感を見せた。


 そんなエリクを見ていたケイルは表情を強張らせながら、クロエの方へ顔を向ける。


「――……お前が持ってたアレで、アリアを生き返らせるのは?」


「私が持ってる薬液アレは、死後一日以内の人にしか効果が無いんだ。エリクさんのようには出来ないね」


「じゃあ、アリアが『ヤツ』に人格と記憶を移したとしても……?」


「死体に移したとしても、蘇生は無理だろうね。逆に瘴気で汚染された『かのじょ』の魂に触れてしまえば、無事だったほうも瘴気の影響を受けて、魂は死ぬ可能性がある」


「……じゃあ、今の『アイツ』を救える手段は……?」


「無いね。――……死者である『かのじょ』を滅する以外に、止める手段は無い」


「……ッ」


「――……ただそれは、通常の手段だけを行えばという話に限るけど」


「!」


 クロエが述べた最後の部分は、影を落とし表情を強張らせていたエリクとケイルの顔を上げる。

 そしてクロエは微笑みながら、二人のその手段を話した。


「私は『黒』の七大聖人セブンスワンなんて呼ばれているけれど、本来はこの世界で『時』の称号を持つ到達者エンドレスなんだ。――……そして私には、創造神オリジンに与えられた役目に沿った能力がある」


「……?」


「良く言えば世界の均衡を保ち、悪く言えば偏りを失くす事。私はこの世界において、そうしたバランスを整える『調律者チューナー』でもあるんだ」


「ちゅーなー……?」


「そして今、明らかに世界の均衡は崩れている。現世だけではなく、輪廻の世界にもそれは影響してるんだ」


「……!」


「現世で死んだ者達の魂が輪廻にかず留まり、あまつさえその死者が世界のことわりを乱し脅かしている。――……そういう時に調律者チューナーの私が使える、『時』の能力があるんだ」


「時の、能力……?」


「ただ、その能力を発動させるには幾つか条件がある。今の状況でほとんど満たせてるけど、残ってた条件の一つはアリアさんがあんな形でも復活してくれたおかげで達成した。そしてあと二つ、私の能力を発動させる条件を満たす為に、エリクさんに手伝って欲しい事があるんだ」


 クロエはそう微笑みながら告げ頼む言葉に、ケイルとエリクは互いに顔を見合う。

 その直後、背後の外から凄まじい衝撃音が鳴り響き、振り返った二人は窓から外を見た。


 外から見える上空では、白い光が黒い闇に押される形で交戦している。

 特に白い光の様子は先程よりも弱々しく、状況が更に劣勢へ進んでいる事を二人は悟らざるを得なかった。


 そして二人は同時に振り向き、エリクはクロエに頷きながら聞く。


「……分かった。何をすればいい?」


「ありがとう。――……君にお願いするのは、あの赤いコアに囚われた死者達の魂を解放して、瘴気を浄化してほしい。アリアさん達と協力してね」


「分かった。……もう一つは?」


「もう一つは私がやるよ。というより、私しかできない事なんだ」


「そうか。……ケイルは?」


「アタシは、あんな化物共の戦いには役に立たんだろうしな。ここに残って、寝てるあの二人の面倒を見るさ。ヤバそうなら、他の場所に逃げる」


「そうか、頼む」


「……エリク」


「?」


「もし、また死んだりしやがったら、生き返っても絶対に許さないからな」


「分かった」


 ケイルは厳しい表情で睨みながらそう述べ、エリクもそれに頷いて答える。

 そうした二人を微笑みながら見ていたクロエは、何かを思い出してエリクに声を掛けた。


「――……ああ、そうそう。エリクさん」


「?」


「この子、拾っておいたんだ。返しておくよ」


「……ああ、ありがとう」


 クロエはそう言いながら何も無い右側の空間へ右手を伸ばし、そこに時空の穴が生まれる。

 その穴から床へ突き刺さるようにエリクの黒い大剣が出現すると、エリクは礼を述べながら歩み寄り大剣の柄を握り持った。


 こうしてクロエの助言により、後も無い窮地に追い込まれた状況で新たな希望が見出みいだされる。

 それはこの絶望に溢れた未来の中で、唯一残された光明だった。

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