時を知る者


 魔鋼マナメタルの黒い人形へ憑依したアリアと対峙する『神』は、上空で戦いと呼ぶべきか分からない状態へ陥る。

 その一方で、エリクとケイルを除いた地上の各人もその光景を目にしていた。


「――……なに、あの白いの……?」


「アレは、人間……? いや、聖人なのか?」


「ほぉ、あんな奴が人間側にも残ってたか!」


「……!?」


「!」


「うぉ!?」


 下から『神』を圧倒するアリアを見ていた干支衆まじんの三人は、そう呟き戦況を観察する。

 しかしその最中、三人はそれぞれに驚きを浮かべて後ろを振り返った。


 一方その頃、アズマ国のブゲンとトモエも上空で始まった新たな戦いの光景を見て驚きを深めている。


「――……アレほどの妖術ようじゅつ使いが、まだこの世に居ようとはな」


「親方様。アレは魔法使いでは?」


「妖術も魔法も変わらぬであろう。――……しかし、歯痒いな。儂も空をける事は出来ぬ」


箱舟ふねに戻るべき、でしょうね」


「そうするべきであろうがな。如何いかんせん、足場が心許こころもとない」


 ブゲンとトモエは共に高い建物を足場にし、地面に溢れ満ちる瘴気から逃れている。

 既に二階立ての建物すら瘴気の中に埋もれてしまう程に、赤い霧が都市内部に満ちていた。


「……!」


「!!」


 瘴気に満ちる地面を見ていた二人は、その背後に気配を感じて素早く振り返る。

 そして互いに刀を抜こうとした瞬間、その場から二人は姿を消失させた。


 更に視点は変わり、元『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカと、手足を失った『青』が居る建物に移る。

 二人は上空で交えらえる新たな白い翼を持つ存在を見上げ、他と同様に目を見開きながら状況を観察していた。


 そして白い翼を持つ者が『神』を圧倒する場面を目撃し、シルエスカは訝し気な目を向ける。


「あの白い翼は、誰だ……!?」


「……アルトリアだ」


「な……!? アルトリアは、あちらだろう!?」


「そう。あちらそちらも、アルトリアだ」


「どういうことだ……!?」


「――……儂は三十年前、皇国でアルトリアの身柄を一度は捕らえさせた。そしてランヴァルディアと対峙させる為に、アルトリアを研究施設へ搬送させた。……だがアルトリアが所持していた杖は、儂が回収しておいた。マシラ共和国で使ったアルトリアの憑依魔法に、違和感を覚えてな」


「……!!」


「儂は幼い頃のアルトリアに、あの杖を渡した。儂の指導を受け卒業した証として。……しかしアルトリアは、儂ですら考え及ばぬ細工を杖に施していた」


「細工……?」


「アルトリアの根源。魂と知識の力を分け与え、あの杖に宿らせていたのだ」


「!?」


「魂を別の物体に分け与え宿すという行為。一時的に魂を介して精神を人形に移す憑依魔法と違い、魂と精神を分離すれば能力と肉体の生命活動が大きく低下する。下手をすれば杖に宿した魂は無意味に消失し、脆弱となった魂が肉体と精神を維持できず死亡する」


「な、何を言って――……」


「三十年前……いや、それ以前からアルトリアは、自分に誓約を課し力を抑えていただけではない。自分自身の膨大な魂と力を、あの杖に封じていたのだ」


「……馬鹿な! なら今まで、アルトリアは本来の力とは程遠い戦いを続けていたと言うのか……!?」


「その通りだ」


「……!!」


「儂も不可解なあの杖を解析し何が施されているかを知った時、アルトリアという『人間』の真価を見誤っていた事に気付いた。そして記憶を失い『化物』に堕ちたアルトリアがあの杖を持てば危険だと判断し、隠し封じていた」


「……なら、お前の言うむこうのアルトリアは……」


「あの杖に宿るアルトリアの魂と人格が、魔鋼マナメタルの人形を依り代して復活した。……『クロ』はそれすら見越し、箱庭の機能そのものを停止させず人形を残していたのだろう」


「クロエも、アルトリアの復活を予知していただと……? しかし、そんな事まで出来るなんて……」


「アルトリアは『人間』として、まさに完璧な存在。……しかし脆弱な人間という肉体からだに生まれるという、矛盾を抱えていた。……その肉体の枷から解き放たれ、本来の力を取り戻したアルトリアに、この世に勝てる者が幾人おるのだろうか……」


「……あのアルトリアは、我々の味方なのか……? ……それとも……」


 『青』は微笑みながら、上空に現れた白い翼を持つアリアについて語る。

 それを聞いていたシルエスカは上空を見上げ、アリアを見ながら鋭い視線と厳しい表情を見せた。


 その時、『青』は上句を見上げていた視線を横に流す。

 そして微笑みを止め、口を開いた。


「――……来たか。『クロ』よ」


「!?」


 シルエスカは『青』の言葉を聞き、驚きながら後ろを振り向く。

 二人だけしか居なかった建物の屋上に、黒い長髪を靡かせた女性の姿が在った。


 それは、『黒』の七大聖人セブンスワンであるクロエ。

 『神』の攻撃に因り瓦礫に押し潰されて死んだと思われたクロエが、二人の前に姿を見せた。


 二人はそれを知らなかったが、突如として現れたクロエにシルエスカは驚きを見せる。


「い、いつの間に……!?」


「――……やぁ、シルエスカ。それに『青』も、まだ生きてるね」


「……ついに、『とき』の能力を使えるようになったか」


ときだと……?」


 クロエは微笑みながら二人に話し掛け、いつもと変わらぬ様子を見せる。

 しかし『青』だけはクロエを見て何が起こったのかを察しながら呟き、それをシルエスカは不可解に聞き返す。


 その言葉を聞いたクロエは『青』に頷いて見せた後、再び口を開き話し始めた。


「話は後だ。ここに居るのも危ないし、君達を安全な場所に送ろう」


「な……――」


 クロエはそう述べながらシルエスカに歩み寄り、正面に立ちながら右腕を動かす。

 そしてシルエスカの左肩を掴んだ瞬間、その姿が瞬く間も無く消え失せた。


 更に振り返ったクロエは、塀の壁へ背を預ける『青』に歩み寄る。

 そして膝を曲げながら屈み、『青』の身体に右手を伸ばそうとした。


 しかしそれを止めるように、『青』はクロエに向けた問い掛けを行う。


「――……『クロ』。お前はこのときの流れを、ていたのか? ……それとも、知っていたのか?」


「知っていたよ」


「ならば何故、それを止めようとしなかった……? 三十年前、お前がアルトリアに付いていながら……」


「『青』。君は私の役目を、知っているはずだろ?」


「……世界のことわりの乱れを戻す、調律者チューナー。それが『創造神オリジン』によって与えられた、お前の使命……」


「その通り。私はこの世界に起こっている乱れを戻す事を、第一優先に行動しているんだ。――……それは、今も昔も変わらない」


「……まさか三十年前から、既にこのときを……?」


「少し違うね。――……巫女姫と君が協力し、百三十年前の私を殺した時からさ」


「……!!」


「私が自分の『死』を視ずに、彼女の招きに素直に応じて赴いたと思うのかい? ……あの時を迎える前から知ってたよ、君達が私を殺そうとしていたのはね。その後も、素直に君達に見つかって殺されてあげてただろう?」


「……ッ」


到達者エンドレス到達者エンドレスにしか殺せない。私にもそうする事で、いつか君達は私の魂が『創造神』の身体と共に消失すると考えた。――……そうすれば五百年前のような事は、起こらないと思ったんだね」


「……」


「でもね。そういう方法は、もう何十万年も前に試してるんだよ。そして失敗してる」


「!?」


「そんな生易しい方法で、私と『創造神』の身体は消せないよ。――……『わたし』と『創造神かのじょ』は、この世界と一心同体なんだ」


「――……『クロ』。貴様は――……」


「君達のおかげで、彼等はここまで生き延びる事が出来た。――……君達の役目は終わった。ご苦労様、感謝してるよ」


 『青』は怯えを含んだ表情を見せながら、自身に伸びるクロエの右手を瞳に移す。

 そして感謝を述べながら『青』の身体に触れた瞬間、シルエスカと同様にその場から姿を消した。


 そしてその後、『青』は目を見開いた状態で瞳に映る光景を目にする。


 そこは鉄床と鉄壁に囲まれた大きな空間であり、また僅かに振動と揺れを感じる場所。

 更にその周囲を見た時、困惑した様子のシルエスカを始め、干支衆やアズマ国の二人も同じ場所で佇み、周囲を見渡していた。


 そしてそんな全員に対して、複数の足音が周りから聞こえる。

 全員が音が鳴る方へ振り向いた時、そこに居た者達を見て目を見開いた。


「――……げ、元帥!?」


「元帥だって!?」


「いつの間に箱舟ふねに……!?」


「さっきまで、居なかったよな……?」


 シルエスカ達を囲むように周りに現れたのは、アスラント同盟国軍の兵士達。

 そして周囲の空間は見覚えのある格納庫であり、その場所が箱舟ノアの内部である事をシルエスカ達は知った。


 シルエスカは驚愕しながらも一人の兵士に目を向け、改めて問い掛ける。


「……こ、ここは?」


「え? ここは、箱舟ノア二号機の格納庫です!」


「……箱舟ふねだと? 我々は、外に居たはず……」


 シルエスカは自身に何が起きたのかを理解し損ね、今現在の状況に困惑する。

 それは他の者達も同様であり、突如として外から箱舟ノア内部に移動させられ、自身に何が起こったのかをそれぞれが呟き考えていた。


「後ろに、誰か現れたと思ったんだけど……」


「あの僅かな瞬間に、ここに飛ばされたのか。我々、全員が……」


「『いぬ』の女狐が使う、転移魔術と似たようなモンか……?」


「親方様、見えましたか?」


「……僅かに、黒髪らしき者は見えた。それ以外は、捉えられなかった……」


 干支衆とアズマ国の二人がそれぞれに呟き、急転した状況と自身の思考を結び付けようとする。

 そうした中で『青』だけは、それがクロエによって起こされた状況だと確信していた。


「……『黒』。お前はまた、何かをやる気なのか……? 五百年前の、天変地異のように……」


 『青』はそう言いながら口と目を閉ざし、疲弊した様子で意識を途絶えさせる。

 それから『青』はシルエスカの指示によって担架で医務室に運ばれ、瘴気に満ちた都市へ降下できなくなった干支衆とアズマ国の二人は船内に留まった。


 こうして参陣した者達は、クロエによって飛翔した箱舟ノア二号機の船内に戻される。

 それ等は『黒』の七大聖人セブンスワンであり『時』の称号を持つ到達者エンドレスの思惑に乗せられた形で、事態の行く末を見届けるしかなかった。

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