実力差


 復活したアリアとエリクが帰還し、瘴気に満たされつつある浮遊都市の戦況は一変する。

 アリアが行使する魔法は圧倒的だった『じぶん』を遥かに凌駕し、防御を看破され自身が放った光球を返されその身に浴びせながら数百回以上の爆発を繰り返す。


 その光景を合流したケイルは見上げ、生き返ったエリクを見ながら動揺しつつ話した。


「エリク! アレ! アレって――……」


「アレは、アリアだ」


「そう! お前、知ってるのか!? なんでアリアが!?」


「俺も、よく分からない。教えられた魔法陣を描いて、アリアが使っていた杖と黒い人形を載せたら、アリアになった」


「……はぁ!?」


 大雑把な説明を聞いて驚愕と動揺を含んだ声を漏らすケイルに、エリクは少し考えて説明する。

 それは魂の中に居た制約コピーのアリアについても、端的に話す事となった。


「俺に、アリアの制約が掛かっていたのは話したな」


「あ、ああ」


「その制約が、アリアに起こった事を記憶していただけじゃなく、アリアの姿でずっと俺と話し続けていた」


「……は?」


「その制約のアリアに頼まれて、教えられた魔法陣を描いて人形と杖を置いたら、あのアリアになった」


「……ダメだ。頭が追い付かねぇ……」


 ケイルは両腕で抱えていたマギルスとミネルヴァを足場にしている建物に置き、頭痛を抱くように頭を抱える。

 それを見たエリクは前に歩み寄りながら、ケイルに話し掛けた。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃねぇよ! なんだよ、アリアがずっとお前の中で話し掛けてたって!? 聞いてねぇぞ!」


「すまない。黙っているように言われた」


「……ああ、クソッ! それはもういい! それより、今のアリアは、人形の身体なんだな!?」


「ああ」


「じゃあ、なんであんな魔法を行使できる!? アリアは前に、人形のまま姿とか色々と偽装すれば、幾つも魔法を行使できないって――……」


「今のアリアには、誓約が無い」


「……!」


「俺達を助ける為にアリアは全ての誓約を解き、そして記憶を失った。……だが制約のアリアは、記憶を持ったまま俺のなかにいた」


「……まさか、あのアリアも……」


「今の『アリア』と同じように、誓約が無い。――……だから、全力で戦える」


「……!!」


 エリクの拙くも的を得た答えを聞いたケイルは、改めてアリアと『神』の戦いを見上げる。


 あの黒い人形に制約コピーの魂と人格を憑依させ、更に自身の移し身とも言える短杖を持たせる事で復活したアリアは、自身の全力を発揮する。

 それはケイルやエリクが予想していた以上の力であり、元々高かった魔法知識と技能に加えて、誓約が解かれ一切の反動を受けないアリアは躊躇せず全開の魔法を行使していた。


 そうしたアリアと対する事になってしまった『神』に浴びせられていた光球が、全て命中し爆発して消え失せる。

 それを見届けていたアリアは腕を組みながら爆発が途絶えた場所を見ると、そこには身体中の肌と衣服がボロボロになった『神』が辛うじて黒い翼で浮いていた。


 しかし六枚だった黒い翼は二枚まで減少し、今までのように服や肌が高速で再生せず、その兆候が無い。

 そうした状態に驚いていたのは、腕などを見ていた『神』自身だった。


「――……な、なんで……。なんで、身体の修復が始まらないのよ……!?」


「……馬鹿ね。本当に」


「!」


「『神兵』の心臓コアは、身体を治癒のたぐいで修復されるんじゃない。あくまで肉体を元通りにする、復元の現象で元の姿に戻れるだけよ」


「……ま、まさか……」


「アンタに埋め込まれた『神兵』の心臓コアとアンタの身体は、その状態が『元通り』だと認識している。――……というより、誤認させたのよ。私がね」


「!!」


「まさかあの光球こうげき全てが、馬鹿みたいに同じ効果しか与えられてないと思ってたの? 別の効果も混ぜて命中させたに決まってるじゃない。……そんな事も見破れなかったわけ?」


「……う、ウワアアッ!!」


 アリアが首を傾げながら聞く訝し気な表情に、『神』は初めて恐怖を抱く。

 それを叫びと共に晴らす為に両手に巨大な黒い稲妻を発生させ、それをアリアに向けて撃ち放った。


 光速を超える稲妻はアリアに直撃し、その身に黒い電撃を浴びてしまう。

 『青』に向けて放った効果と同じ、稲妻と共に相手の肉体を腐食させ治癒すら出来ない状態にする攻撃が成功した事で、『神』は恐怖の表情から僅かに余裕の笑みを浮かべた。


 しかし次の瞬間、その余裕の笑みは消えて再び恐怖の表情に戻る。


 アリアに纏うように浴びせられた稲妻が、突如として消失した。

 そしてその姿に傷一つさえ与えられていないアリアの姿を見て、『神』は背筋に悪寒を走らせ驚きの声を漏らした。


「……あ、ぁあ……」


「――……親切程度に教えとくけど。この身体、アンタが出した魔鋼マナメタルの人形よ?」


「……は?」


「まさか、私の偽装を見破れてなかったの?」


「……そ、そんなはずはない! 私が、私が人間と人形を見分けられないなんて、そんなはず――……」


「……ああ、そういうこと。アンタの技量レベルが低すぎて、私の偽装魔法すら認識できてなかっただけね」


「!?」


「まったく。これが今の私だなんて、呆れるしかないわ」


 驚愕するばかりの『神』の様子に、アリアは呆れた声を再び漏らす。

 それを聞いた『神』は恐怖を拭い激昂させた表情で、アリアに左手の人差し指を突き向けた。


「お、お前は! お前はいったいなんのよ!? 誰なのよ!?」


「は? ……ちょっと待って。アンタ、鏡で自分を見た事ないの?」


「……!?」


「嘘でしょ? まさか、今まで気付いてなかったわけ……?」


「……そ、そんなわけないでしょう! お前は、私の姿を偽装してるだけ――……」


「私の名前は、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンよ」


「……う、嘘だッ!!」


「こんな嘘を吐いてどうするのよ?」


「嘘に決まっているでしょ!? 私が、もう一人いるわけないッ!! ――……まさか『青』!? 人形に憑依して、私の姿になって混乱させようって作戦のつもりね!?」


「……ダメね。発想力が低すぎるわ」


「その化けの皮、すぐに剥がしてやるッ!!」


 『神』は目の前に居るアリアが『青』の偽装した偽者すがたであると確信し、再び巨大な黒い稲妻を両手に宿して上空に撃ち放つ。

 するとエリクの時のように稲妻が八つに別れ、竜の頭を模した黒い稲妻がアリアを飲み込むように襲った。


 それを見上げて溜息を吐き出したアリアは、左手を軽く動かす。

 そして人差し指を軽く曲げた瞬間、黒い稲妻はアリアを飲み込む前に消え失せた。


 今度は触れもしない状態で稲妻が消失した事に、『神』は呆然とした表情で声を漏らす。


「――……え?」


「言ったでしょ? アンタと私では、基礎技量レベルが違うのよ」


「う、ぅわあああッ!!」


「いちいち喚くんじゃないわよ」


「ッ!!」


 『神』は杖を両手に持ち何かを行おうとしたが、それを止めるようにアリアは左手の人差し指を動かす。

 すると『神』の周囲に突如として白い光の輪が五つも出現し、その身体を拘束するように囲い纏った。


「ぐ、ぁ……!?」


「『混沌と叡智の輪リングオブシューク』。魔法師としてなら、アンタよりテクラノスの方が質が良かったわ」


 身動きが取れず急速に身体を締め付ける光の輪に、『神』は曇る声を漏らす。

 そうした中でアリアは組んでいた両腕を解き放ち、左手の人差し指を下へ向けた。


 そして次の瞬間には、拘束された『神』の身体は急速に落下し、瘴気に満たされた地面へ激突する。


「ッ!!」


「そのまま、アンタが溜めた瘴気の中で溺れなさい」


「――……ク、ァアアッ!!」


 赤い瘴気の中で封じ込められていた『神』は、赤い魔力と白い生命力オーラを身体から放つ。

 するとその部分だけ瘴気が吹き飛ばされ、更に高めた身体の膂力で光の輪を破壊した『神』は、すぐに黒い翼を羽ばたかせて杖から黒い矛を出現させてアリアを下から強襲した。


 しかしそれすら意に介す様子のないアリアは、目を細めて『神』を見下ろしながら呟く。


「……妙ね。短時間とはいえ、瘴気に触れたのに……。……まさか……」


「――……貴様ァアアアアッ!!」


「うるさいのよ」


 迫る『神』に対してアリアは右手の短杖を振り翳した瞬間、『神』は自身の身体に凄まじい重圧を感じる。

 そして次の瞬間、アリアの短杖から恐ろしく巨大な白い閃光が放たれた。


 『神』はそれを避けられず、直撃してしまう。

 そして飲まれた閃光から逃れるように、『神』は弾き飛ばされ残る二枚の黒い翼を展開し浮遊した。


「――……ハァ、ハァ……!!」


「――……ちょっと?」


「!?」


「アンタ、自分の魂をたことある?」


「何を言って……!?」


「……なるほどね」


 『神』に問い掛けた後、アリアは少し考えた後に不敵な笑みを見せる。

 それに僅かな怯えを含んだ『神』は腰を引かせたが、アリアは短杖を向けながら言い放った。


「何が『昔の自分と比べられる』よ。……教えてあげるわ。アンタが私とは比較も出来ない、馬鹿だってことをね」


「ッ!!」 


 アリアは堂々とそう言い放ち、『神』はその言葉に動揺し困惑した後に再び憤怒の表情を宿らせる。

 それに真っ向から挑むアリアは、改めて自身の優位性を示した。


 しかしそうした傍らで、聖杯さかずきとなった浮遊都市には瘴気が満たされ続けている。

 この事態を治める鍵を握ったのは、上空で戦う白い翼と黒い翼を背負い戦う二人だった。

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