強襲の再会


 黒い人形達の停止によって起こる状況の変化に対応する為、再びそれぞれが動き始める。

 そうした中で『神』から逃れ『青』に助けられたケイルとクロエも、気を失っているエリクとマギルスを抱えて箱舟ノアを目指し走り続けていた。


 しかし約二キロ程の距離を走った所で、ケイルにとって予想外の事が起こる。

 それはクロエが大きく疲弊した様子で立ち止まり、地面に両膝を付けてしまったのだ。


「――……お、おい!?」


「……はぁ……。はぁ……」


「どうしたんだ!?」


「はぁ、はぁ……。つ、疲れただけ、だよ……」


「疲れたって……!?」


「言った……でしょ? 私は、自分の空間じゃないと、見た目通りの、華奢な女の子なんだよ……」


「さっきはベラベラ喋ってたろ!?」


「痩せ我慢ってヤツさ……。男の子一人、担いで走るのは……流石にね……。はぁ……」


 額に汗を流し大きく息を吐き出し肩や胸を揺らすクロエの姿を見て、その言葉が嘘ではないのだとケイルは察する。


 クロエの肉体は、手足や胴も含めて細めな十代後半の少女。

 鍛えているケイルと違い、明らかに体力や力は無いように見える。

 しかし基地内部の仮想空間で幾度か戦いマギルスとの訓練も目にしていたケイルには、クロエが仮想空間外でもある程度は聖人として動けるモノだとばかり考えていた。


 それを予想外の形で裏切られ、ケイルは焦った表情で氷柱の結界に目を向ける。

 遠目から見ても巨大な氷柱の内部からは音は聞こえないが、凄まじい生命力オーラを持つ者同士が激しく動き戦う気配を、気術の扱いに長けたケイルは感じ取っていた。 

 しかしクロエが『青』との別れ際に口にした様子から、未来を視れるその瞳に何が映ったのかをケイルは予想している。

 

 恐らく、『青』は負ける。

 それが分かるからこそエリクを背負いながらも走る速度を強めていたケイルだったが、先にクロエが疲れ果て倒れるという事態に唖然とし、思わず口を開きながら聞いた。


「――……このままじゃ、あの『おとこ』も負けるんだろ?」


「はぁ……。……うん」


「今のアリアを殺せる方法なんて、あるのかよ……!?」


「……幾つか、あるにはあるよ。……でも、それじゃ駄目なんだ……」


「ダメ……?」


「私の、役目を果たすには……。彼女を殺して解決するのは、ダメなんだ……」


「役目ってなんだよ……!? もう、アリアを殺す以外にこの世界を救う手立ては無いだろ!?」


「……そうだね。この世界は、もうそれしか救う手立てはない……」


「だったら――……ッ!!」


「……マギルス?」


 そうした話が行われる中で、クロエに抱えられていたマギルスがうずめていた顔を僅かに上げ、手足を動かす。

 そして倒れ膝を着いているクロエから離れるように起き、よろめきながらも立ち上がった。


「……もう、大丈夫。僕も、走るから……」


「無理をしちゃダメだよ……。君にとって魔力は、命そのものなんだから……」


「うん……。でも、走るくらいはやるよ。お荷物は、嫌だもんね……!」


「……そうだね。なら、私も頑張ろうか……!」


 そう言いながらマギルスはよろめきながらも走り始め、クロエも息の乱れが収まらない内に立ち上がり走り始める。

 それを見てケイルも二人の後ろを走り、とにかく『神』と『青』の戦いの場から一歩でも遠ざかる為に進んだ。


 そうして走る中で、疲弊していた一行はまだ気付かない。

 『神』の下に赴こうとしていた人物が、氷柱結界の近くを走る三人を見つけていたことを。


 しかし三人は気付かずとも、姿を消していた青馬は気付く。

 それを知らせるように透明な姿と声のまま、隣を走るマギルスに声を伝えた。


『――……ヒヒィンッ!!』


「!?」


 マギルスは自分にしか聞こえない鳴き声で異変を知り、透明な青馬が向ける視線の先を見る。

 一行が走る都市通路の右側から、影と闇に紛れ完全に気配を消して近付いていた人物が来た。


「ッ!!」


 マギルスは背の鞘から大鎌を抜き構えると同時に、右側から突撃して来た人物の武器を受け止める。

 しかし内在魔力の底を尽いているマギルスは、踏み堪える事が出来ずに吹き飛ばされた。


「うわあぁあ――……ッ!!」


「!」


「マギルス!?」


 マギルスは吹き飛ばされた先に在った建物の外壁に直撃し、そのまま崩れる建物の瓦礫の中に埋もれる。

 襲来した人物をケイルとクロエは見ると、互いに驚愕を表情を浮かべた。


「――……見つけたぞ、罪人共ッ!!」


「テメェは……!」


 三人の前に現れたのは、旗槍を振り握る『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァ。

 ここに来て『神』の手駒と化していた狂人ミネルヴァが、一行と遭遇戦に陥った。


「クロエ、下がれッ!!」


 ミネルヴァを視認したケイルは咄嗟に背負っていたエリクを乱暴に降ろし、同時に右手に持った棒状の布筒をその場に落とす。

 そしてクロエの前に飛び出て、ミネルヴァに赤い魔剣の抜刀を浴びせた。


 しかしケイルの剣は左手に持ち替えたミネルヴァの旗槍によって容易く受け流される。


「クッ!」


「裁きをッ!!」


「ガ、ハ……ッ!!」


 更に旗槍を回し剣を握る右腕を動かされ態勢を崩したケイルの腹部に、ミネルヴァの右拳が下から突かれる。

 それを防御できず諸に受けたケイルは、口を大きく開きながら息と同時に血を吐き吹き飛び、建物の外壁に激突した。

 ケイルはマギルスのように建物内部まで吹き飛ばされず、小さな瓦礫と共に建物外の地面へ倒れる。


 一行の中で唯一戦える力を残していたケイルが意識を失い敗北し、マギルスも瓦礫に埋もれたまま手足を僅かに震えさせるが動けない。

 その二人に目もくれず、ミネルヴァは残るクロエに対して狂気の目を向けた。


「罪人に、神の鉄槌をッ!!」

 

「……」

 

 旗槍を回し右手に持ち替えたミネルヴァは、クロエが居る場所に向けて地面が割れ砕ける程の脚力で駆け出す。

 そして凄まじい速度と腕力で振るわれる旗槍が、クロエの頭部に薙ぎ振られた。


「……ッ!?」


 この時、ミネルヴァはクロエに近付きその姿を間近に見る。

 そして目を見開くと同時に、凄まじい速度で駆ける足を無理矢理に止め、更に振られた旗槍も右腕に凄まじい筋力と血管を浮かべながら急停止させた。


 ミネルヴァが止めた旗槍は、凄まじい強風を生み出す。

 それによってクロエが被っていた帽子は吹き飛ばされ、黒い髪を揺らしながら顔全体が晒された。


 その顔を見たミネルヴァは、見開いた目を更に大きくさせながら驚嘆を漏らす。


「……ま、まさか……。お前は……貴方は……!?」


「――……そうか。君をじかに視て、やっと繋がった」


「あ、貴方は……そんなはず……! 我が神は、あそこに……!」


「君は、あの時の子だったんだね」


 クロエは帽子の無い顔で素顔を晒し、長い黒い髪を揺らしながらミネルヴァに微笑む。

 それを見て更に動揺を浮かべたミネルヴァは、数歩下がりながら旗槍を落とし、その場で跪くように祈りの姿勢を整えた。


 見下ろす形になったクロエは足を進め、ミネルヴァの前で立ち止まりながら膝を落とす。

 そして金色ブロンドの短い髪を持つミネルヴァの頭を右手で優しく撫でた後に、優しさを込めた声で話し掛けた。


「久しぶりだね。こうして会うのは、百八十年ぶりくらいかな?」


「……!?」


「そういえば、あの頃の私は君の名を聞かなかったんだ。……もっと前に、こうやって再会できる機会はあったはずなんだけどね」


「……あ、貴方が本当に、あの時の……私を知るのなら……!」


「小さな頃の君は、あの教会の裏手にある塀がある木陰で泣いていたね。そこで私は、君を見つけたんだ」


「!!」


「一人で居る君に、色んな事を話したよね。……あの本は、今でも大事にしているかい?」


「――……神よ。我が神よ……」


 クロエの話で何かを確信したミネルヴァは、再び祈りながら深々と頭を下げる。

 そして懐から取り出した手帳程の大きさがある聖書を両手で差し出し、クロエに見せた。


 唐突に狂人と称されていたミネルヴァが鎮まり、そしてクロエを神と称え始める光景。

 それは二人だげが共有する過去の出会いによって成された、繋がりが生んだ光景ものだった。

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