希望の旅立ち
翌日の朝、ホルツヴァーグ魔導国侵攻作戦の当日。
侵攻作戦に参加する兵士達は三番艦の
その傍にはクロエと着替えたマギルスが控えるように補助席に座り、シルエスカが指揮する姿を見ていた。
今のシルエスカはクロエが作った赤色を基本とした金装飾の刺繍が施されたミスリル製の服を纏い、その腰には自身の武器である両槍を携えている。
そのシルエスカが艦橋内に映し出されたモニターの一つに視線を向け、そこに映し出されたダニアスを見て敬礼を向けた。
「――……行って来る。ダニアス」
『御武運を。シルエスカ』
互いの視線が合うように二人は話し、敬礼を交える。
今回の侵攻作戦の総指揮は軍部を統括するシルエスカが指揮官で、議長であるダニアスはこの基地に残る。
これは作戦が失敗した場合、同時に二人の
本来ならダニアスも『聖人』であり、その一個人としての戦力はシルエスカに次ぐ実力者。
魔導国の侵攻作戦に貴重な戦力として加えるべきだという進言もあったが、それを補える人材としてエリクを含めた三人が作戦参加する事で、納得を得られた。
シルエスカの指揮の下、同盟国の幹部兵で侵攻作戦に参加する中には元将軍だったグラドが副指揮官に任じられ、その息子ヒューイを始めとした十数名の隊長達が五百名の兵士達を率いる。
名目上、シルエスカは指揮官という立場だったが、彼女も貴重な『聖人』としての戦力が期待されている事から、兵士達の指揮はグラドに任せられた形になるだろう。
そのグラドは乗り込む際、息子ヒューイを呼び止めて話を交えた。
「――……ヒューイ!」
「
「まだ作戦前だ、
「また、その話かい?」
「今回の作戦、お前は残ったほうがいい」
「
「お前には家族がいる。嫁も、息子もな」
「父さんだって、俺の家族だよ」
「俺はもう、七十になる老兵だ。いつ死んでも誰も文句なんぞ言わんさ。だが、お前が死んだらアイツ等が悲しむ」
「父さんが死んでも、俺や
「ああ言えばこう言う奴だな」
「そういう風に、父さんを見て育ったからさ」
「へっ。……後悔は無いか?」
「無いわけじゃないよ。……でも、俺も父親になったから分かる。子供の為に、そして家族が生きていける世界が来るのなら、俺も戦いたい」
「……分かった。……でも、一つだけ言っとくぞ」
「?」
「俺達は死ぬ為に戦うんじゃねぇ。生きる為に戦うんだ。……最後まで、生きる事を諦めるな」
「それ、いつも聞いてるよ」
「当たり前だ。のこのこ死にに行くような兵士に、俺は育てねぇよ。俺の息子なら、尚更だ」
「俺もさ。……生き残るんだ。そして勝って、一緒に
「おう」
グラドとヒューイはそう話しながら右手で握手を交わし、互いに抱き寄せて背中を叩き合う。
今回の作戦で同盟国兵士の参加者達は、若年兵が多い。
募兵された五百名の兵士達の中には、三十代を超えた熟練兵は一割にも満たず、五割が二十代の青年達、残りの四割強は十代後半の少年兵達。
その誰もが今回の作戦がある事を通達された際に志願し、魔導国を打ち倒す意思を持った兵士達だった。
全員がそれぞれに家族を持ち、また戦友である仲間達を持つ。
更に今回の作戦が魔導国へ攻め込むという性質上、生存率は極めて低い事を全員が重々承知していた。
それでも全員が緊張感を高めた顔で
それに混じるように、クロエに渡された新しい服を着込んだエリクとケイルが
「――……エリク」
「……」
「エリク、聞いてるのか?」
「……ああ、聞いている」
二人は
そうした中で呆然とした態度を見せるエリクの手には、クロエが解読して渡したアリアの日記があった。
それを読み返すように何度も見るエリクに、ケイルは溜息を吐き出して喋り掛ける。
「何度も見たって、日記の内容は変わらねぇよ」
「……そうだな」
「アリアは……。アイツは、世界を滅ぼそうとしてる。アイツの性格と日記の内容を見たら、そうなっちまうのは確かに納得だ」
「……」
「記憶を戻すのも無理。説得も、きっと無理だ。……それでもまだ、アイツを連れ戻すつもりかよ?」
「ああ」
日記を読み返すエリクは、それでもアリアを連れ戻す事を諦めない事を教える。
それに渋い表情を見せるケイルは、戦車から背中を離しながら立ち上がり、エリクの前に歩み出た。
「――……エリク。アタシが言った事、覚えるか?」
「……」
「お前が死ぬくらいなら、アタシはアリアを殺す。……この日記を見る限り、アリアを連れ戻すのは不可能だ」
「……」
「アイツはもう、アタシ等が知ってるアリアじゃない。……ただ世界を滅ぼしたいだけの、
「……そうかもしれない」
「だったら――……」
「だから、俺はアリアを見捨てない。見捨てたくない」
「!!」
「世界中に憎まれても、世界中を憎んでいても、俺はアリアを連れ戻す。そう決めたんだ」
「……ああ、そうかよ」
「……」
「でも、アタシが先にアリアと
「……そうか」
「その時に、アタシを存分に憎めばいい」
ケイルは渋い表情で説得した顔を引き締め、真剣な表情でエリクにそう告げる。
そして背中を見せてその場から去ろうとしたケイルに、エリクは日記から目を離して後ろから声を掛けた。
「ケイル」
「……?」
「そうなっても、俺はお前を憎まない」
「!」
「俺達はこれから、戦争をしに行く。魔導国では、何が起こるか分からない。……お前はお前の為に、戦ってくれ」
「……部屋に戻ってる。出発する前には、戻って来いよ」
「ああ」
鼻で軽く溜息を吐いたケイルは、そのまま
それを見送り上り終えた姿を確認したエリクは、再びアリアの日記に目を落として目を動かしながら読んだ。
「……アリア。これが君の、今の君の、本当の望みなのか……?」
エリクは再び日記を読み終わり、最後に書かれた文字を読む。
『――……こんな世界なんて、滅びてしまえ。』
その一文は日記の中に書かれた内容を見れば当然にも思えたが、エリクはまた別の違和感も感じていた。
それから数時間後の正午に、三番艦の
それが伝えられる信号を箱舟から確認した議長ダニアス号令の下で、基地内と箱舟内の人員達に告げられた。
「――……
そう告げると同時に、ダニアスは箱舟に向けて敬礼を向ける。
そして各作業員達も敬礼を向けた後、基地内の中層と上層部のメインハッチが開き、
魔導力機が音を鳴らしながら可動を強め、燃料となる
そして一番艦と二番艦同様に、三番艦の
三番目の
こうして魔導国に対する人類の侵攻作戦が、様々な人々の思いを乗せてついに開始された。
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