新装備と解読情報


 アリアに対する覚悟が別たれた三人は、それから作戦開始日時まで別々に行動する。


 エリクはクロエに頼み、仮想空間内の草原でしばらく籠りながら何かを行っていた。

 そしてケイルはエリクの傍に近付こうとはせず、自室や基地内を行き来しながら作戦準備の確認を行う。

 

 マギルスは基本的にクロエの傍に居続け、遊びに興じたり話を行い、時々は仮想空間に訪れて遊びと称した戦いを行った。


「――……ぅえーん! やっぱ勝てない!」


「はっはっはっ。私に勝つのは、千年くらい早いかな」


「えー! ……じゃあ、千年経ったら勝てる?」


「強くなりたいって、マギルスが思い続けられるならね」


「そっかぁ。じゃあ、頑張るかなぁ!」


「うん、頑張って」


 汗を流しながら仰向けに倒れていたマギルスは上半身を起こし、両手で逆立ちしながら足を動かして鎌の柄を上空に投げ、立ち上がりながら右手で鎌の柄を掴み回す。

 茶目っ気を見せるマギルスの微笑みに、クロエも微笑みで返しながら話していた。


 次の瞬間、仮想空間の草原が波のように揺れ動く。

 それと同時に二人が風にも似た流れを感じ取り、同じ方向を見ながら呟いた。


「――……流石、伝説の戦鬼バトルオーガだ。ここまで彼を仕上げてくれるなんてね」


「……」


「マギルスは、今の彼に勝てそう?」


「……分かんない」


「試してみるかい?」


「……止めとく」


「おや、珍しいね。君なら一度は、戦ってみたいと思ってたのに」


「僕、まだ死にたくないもん」


「へぇ?」


「だって、君みたいに手加減できないでしょ? 今のおじさん」


「そうだね。その調整をする為に、ずっとここに籠ってるみたいだよ」


「やっぱりおじさん、本気でアリアお姉さんを助ける気なんだね?」


「世界中を敵に回しても、彼女を連れ戻すと決意したんだ。それと釣り合う力が無ければ、今回は対応できないよ」


「ふーん。クロエには視えてるんだよね? どうなるの?」


「それは、今の私には分からないかな」


「えー、未来が視えるのに?」


「厳密には、未来の可能性が視えるだけ。それに、今の私がアリアさんを見た事が無いから、そういう事はまだ分からないんだ」


「そっかぁ。君の能力ちからって、意外と不便だね?」


「そうだね。……でも、先が視えて知り過ぎるというのは、凄くつまらないよ」


「そうなの?」


「分からない事を知りながら考えるのが、人生の楽しみであり、醍醐味さ」


「ふーん。僕は強くなる方法があったら、全部知りたいって思うのになぁ」


「方法が分かっても、実際にそれを出来るかは別だけどね。強くなる方法は、種族や個人の才能でまた違うから」


「そっか。強くなるって、難しいね」


「そうだね。……さて、続きする?」


「うん!」


 話を戻して遊びである戦いに興じる二人は、その場で再び向かい合う。

 そして高めたマギルスの青い魔力が迸り、その場一帯の草を揺らしながら立ち上った。


 一方、二人が先程まで見ていたずっと先にある人物が佇む。

 立ちながら瞳を閉じて手に僅かに力を込めていたその人物は、一呼吸した後に体中から生命力オーラの白い光を纏い、周囲の草を大きく波打たせた。


「――……の中とは、少し感覚が違うな……」


 生命力オーラを纏わせながら呟いて瞳を開けたのは、『聖人』に進化したエリク。

 瞳を開けて自身の掌を何度か広げながら見て、オーラの輝きを増そうとしたり、逆に減少させながら確認するように、草原の上で体を動かしていた。


 そして幾度か動かしながら、徒手で構えると同時に緩やかな初動で足を動かす。

 しかし次の瞬間には、十数メートル以上を瞬時に移動しながら右拳を正面の空間に打ち据えていた。


 打たれた空間は揺れるように草原を揺らし、僅かに土埃を生む。

 そして右腕を引きながら再び態勢を整えると、そのまま背負う大剣をエリクは掴み抜いた。


 そして赤い装飾玉が取り付けられたつば部分を見ながら、エリクは呟く。


「……あの時は、ありがとう」


『――……』


 大剣に感謝するエリクに、まるで応えるように赤い装飾玉が光を宿す。

 それを見て僅かに口元を微笑ませたエリクは、両手で大剣の柄を握りながら構えた。


 そして再び緩やかな初動を見せた後、目にも止まらぬ速さで大剣が振られる。

 無造作にも思えるその振りは、拳圧以上の風となって前方に激しい風を生み出し、草原を駆け巡った。


「……今まで以上に、お前を扱えている気がする」


 そう呟きながらエリクは両手を上げて上段に大剣を構えると、姿勢を止める。

 今度は身体に纏わせた生命力オーラを大剣に移すように移動させ、大剣に白い光が宿った。


 その大剣を、エリクは振り降ろす。

 すると目の前に凄まじい白い光が生まれ、空間と草原を抉るように白く大きな斬撃が凄まじい速度で通過した。


「……これも使えるな。次は……」


 自分のなかで繰り広げられた鬼神との戦いで、生命力オーラの扱い方をエリクは完全に習得する。

 それを自分なりの扱い方へ昇華する為に、エリクは試行錯誤を繰り返していた。


 更に一方、ケイルは自室にした部屋で座禅を組み、二つの剣を両脇に置きながら瞳を閉じている。

 そして幾度か浅い呼吸を行いながら瞳を開け、首を横に振りながら呟いた。


「……アタシって、本当に馬鹿だな……。素直に、手を貸してやるって言えばいいのによ……」


 自嘲したような笑みと言葉を漏らすケイルは、再び瞳を閉じて座禅を続ける。

 三名は作戦開始までのそれぞれの時間を過ごし、戦いに備えていた。


 それから更に四日後、作戦前日となる。


 大方の準備が整えられ、戦いを控えた兵士達には休養時間が与えられ、乗り込む兵士達と作業員達に僅かに残る酒がダニアスとシルエスカから振舞われた。

 地下基地にいるほとんどの者達がその施しを受け取り、仲間達と共に酒を酌み交わしながら過ごす。


 そうした雰囲気の中で、クロエの招集に応じたエリク達を始め、ダニアスとシルエスカが司令室の会議場に集まった。

 そして呼び出した当人が最後に現れると、集まった全員を見渡しながら話す。


「――……皆、集まってるね」


「どうしたのだ、クロエ?」


「何かありましたか?」


 シルエスカとダニアスが不安混じりの声でそう尋ねると、クロエは微笑みながら部屋の中央まで移動する。

 そしてエリク達がいる前に歩きながら、話し伝えた。


「まず、ケイルさんとマギルス、そしてエリクさんに渡しておきたいモノがあるんだ」


「?」


 そう伝えた後、クロエは三人の前で右腕を横へ伸ばす。

 すると腕が伸ばされた空間に穴が開き、そこからある物を取り出して見せた。


 それを机に綺麗に並べたクロエは、三人に微笑みながら伝える。


「――……はい。これは私からの、プレゼント」


「これは……」


「服か?」


「わー、なんかカッコイイ!」


「私が作った服だよ。皆に似合うようにデザインしてね」


「!」


 クロエが作ったというその服を見て、それぞれが目の前に置かれた服を掴み見る。

 その服は全て絹のような滑らかな肌触りの糸で出来ており、精巧な編み込まれ方で肌理が細かな服だった。


 エリクの服は全体的に黒く、装飾色として赤の刺繍が入れられた上下の服とマント。

 それと同時に、意匠が単純ながらも綺麗な色合いで作られた大剣の鞘を受け取った。


 ケイルの服は茶色と赤が混じる色合いで、袖口と裾口に凝った意匠が刺繍されている。

 更に魔剣である長剣に合うサイズの新しい鞘と、自分が持つ赤い魔剣の色合いに似た小剣と鞘が置かれていた。


 それを見たケイルが、驚きながらクロエを見て尋ねる。


「……おい。この剣って……」


「私が『収納』の中に貯蔵してた武器の一つ。ケイルさんにあげるよ」


「!!」


「私はこういう武器を使うのが苦手でね。使える人が持ってたほうが、有意義でしょ?」


「……分かった、貰っとくぜ」


「うん。大事にしてあげてね」 


 ケイルは訝し気な目を僅かに見せたが、貰った小剣を抜いて状態を確認する。

 小剣は状態も良く刃毀れも無いモノであり、少なくともケイルに不満を抱かせるような一品では無かった。


 続けてマギルスが服を受け取り、それを広げて見る。

 材質は二人と同じ糸の布地ながらも、深い青と紫の色合いを交わらせたその服とマントはマギルスの感性を十分に満足させ、更に折り畳んだ大鎌を収められる青い収納筒に喜んだ。


「わーい! ありがとね!」


「大事にしてね」


「うん!」


 互いに微笑みながら話すと、クロエは三人に視線を向ける。

 そして渡した服の説明を、軽く始めた。


「三人の渡した服には、少し特殊な素材を使ってるんだ」


「特殊な素材?」


「魔力を宿らせた糸。大昔には、『ミスリル』と呼ばれたモノを糸状にしたモノさ」


「ミスリル……!?」


 クロエが発した素材の名前に驚いたのは、シルエスカとダニアス。

 二人の反応に頷いて返したクロエは、説明の続きをした。 

 

「ミスリルは人工的に作るんだけど、その技術は大昔に途絶えてしまって、今の人間大陸で作れる人間はいない。魔大陸なら一部の魔族が作れるかもしれないけど、それも指で数える程度のはずさ」


「そんな素材を、どうして……?」


「何で持ってるかと聞かれると、私はその精製方法を知ってるし、私の『収納』の中に幾らかあるからね」


「!」


「ミスリルは魔力を極限まで圧縮して物質化させるんだけど、その精製と抽出方法が難しい。でも物質化したミスリルで作られた服や防具は、物理的にも魔力的にも耐久性は高く、伸ばしても千切れない。紋様を刻めば、魔法効果も付与できる。三人の服には、それを施してあるよ」


「これが……」


「ちなみに、魔導国が作った新型の魔導人形ゴーレム。あれの外装だった鉄もミスリルだよ。未完成だけどね」


「!?」


「圧縮が甘くて純度が低いし、鉱石の混ざり物で出来てると言えばいいかな。魔導国もミスリルの精製をしてるらしいけど、思ったより上手くいってないのが分かるよ」


「……なるほど。敵の飛空艇や新型の魔導人形ゴーレムの異常な硬さは、ミスリルを使用していたからなんですね」


「そういうこと。だったらこちらも、ミスリルを使って武装しても文句は言われ無いさ」


 ダニアスがミスリルの詳細を聞き、納得を浮かべながらエリク達が持つ服を見る。

 それと同時にケイルが眉を顰めながら、クロエの話で思い出したのは事を呟いた。


「……アリアの奴。確か屑石に魔力を込めて、自前で魔石を作ってたって言ってたが……。まさか……?」


「そう。アリアさんがやってたのは、ミスリルの精製方法に似たやり方なんだ。本来は大規模な装置を使って作られるものだから、手製だと純度に限界があるけどね」


「!」


「シルエスカ、君の分は明日までに用意するから、それを着て作戦時は戦うといいよ」


「我にもあるのか!?」


「この三人と君は、今回の戦力の中で最前線で戦う事になるからね。仮に魔導国の魔法師達がいても、ミスリル製の服ならどんな魔法にも高い耐久性を見せるよ」


「!!」


「それと、新型の魔導人形ゴーレムが放つ魔弾だけどね。このミスリルを使って簡易的に防げる、防弾チョッキならぬ防魔チョッキを五百人分くらい作っておいた。それも作戦当日に渡すから、兵士達みんなに配っておいてね」


「五百人分を……!?」


「命を賭けて戦う彼等に対する、私なりの誠意だよ。――……これが、ここに集まってもらった用事の一つだ」


「……他にもあるんだな?」


 一つの用事を伝えたクロエに、エリクはそう問い掛ける。

 クロエは察したエリクに微笑みながら、再び『収納』である物を取り出した。


 それは、見覚えのある三冊の本。

 エリク達の事が書かれた、アリアが残した本《もの》だった。


「エリクさんに頼まれてたアリアさんのこれ、確かに暗号があったよ」


「!」


「解読方法が特殊でね。三冊の本に重なる文章が所々にあるんだけど、それを古代文字化させて紐解きながら繋ぎ合わせて、過去に存在した暗号形式と照らすと、どうも聖典方陣式の理論を応用しているようで――……」


「いや、そういう説明はいい」


「えぇ? せっかく四日間、寝ずに解いたのに……。仕方ない、単刀直入に言おうか」


 頬を僅かに膨らませて拗ねた様子を演じた後に笑ったクロエは、三冊の本を机に置く。

 そして集まった五人に向けて、アリアが残した本の本当の意味を教えた。


「この本に書かれていたのは、彼女アリアが記憶を失ってからの日記と思しき内容と、衝撃インパクトの強い最後の一言だった」


「……?」


「彼女は最後に、こう書いている。『――……こんな世界なんて、滅びてしまえ』とね」


「!?」


「自分の解読方法が間違ったんじゃないかと思って何度かやり直したけど、やはりどう解読しても恨みや憎悪を綴った彼女の日記としか考えられない。……やはり彼女が魔導国に与している理由は、人間を滅ぼす為のようだね」


 少し残念そうな笑みを浮かべたクロエは、三冊の本に手を重ねながら述べる。

 そして懐から十数ページ分の紙を取り出し、エリクに手渡した。

 紙を受け取ったエリクは、そこに書かれた文章を目で追うように読む。


 そこには記憶を失ったアリアの周囲に起きた出来事が書かれており、それに対する強い嫌悪を宿した感情が書き綴られていた。

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