魂の対峙


 過去の追憶は終わり、闇に飲まれたエリクは意識を手放す。

 しかし再び意識を戻した時、エリクは全く別の空間に倒れていた。


「――……ぅ……ッ」


 仰向けに倒れていたエリクは瞳を開け、上半身を起こしながら身を捻りながら起き上がる。

 そして周囲を見ると、そこには土も空も無い、真っ白な空間だけが広がっていた。


「……ここは……?」


 目に見える景色が全て白く、また体を置いている場所さえ白い空間である事にエリクは驚く。

 それから軽い眩暈を生じさせたエリクが、よろめきながら踏み止まり首を振った。


「俺は、確か……。アリアと森で会って、それで……?」


 エリクは今まで何があったのかを思い出そうとすると、虚ろだった記憶が鮮明に頭の中に思い浮かぶ。


 アリアと会い旅を続け、樹海で森の部族達との交流やマシラ共和国への渡航、そうした中で数々の出来事があり、ケイルとマギルスが旅に同行した。

 そしてルクソード皇国の事件で様々な人々と出会い、フォウル国へ向かい旅を続ける。


 しかし螺旋の迷宮スパイラルラビリンスに遭遇しアリアと別れて三十年後の未来へ来てしまい、そこでホルツヴァーグ魔導国が全世界に対して侵攻戦争を仕掛けていた。

 そして魔導国にアリアがいると分かり、それを取り戻す為に旧ルクソード皇国の生き残りと手を組み、魔導国へ攻め込む計画へ参加する事を決意する。

 しかし『黒』の七大聖人セブンスワンクロエに自身の力を制御するよう諭され、それに従うように彼女が生み出した暗闇に自ら入った。


 今までの記憶を思い出したエリクは過去の追憶も思い出し、混濁した意識を覚醒させて目を見開く。


「――……そうだ。俺は、俺の力を制御する為に、ここへ……」


『そうだ。それが、お前がここに来た理由だ』


「!?」


 突如として背中越しに響く声に、エリクは驚愕しながら思わず振り返る。

 そしてエリクが目にしたのは、自分の後ろにいつの間にか座っていた、赤肌と黒髪で蛮族染みた服を来た人物だった。


 その人物は体格だけでも明らかにエリクより巨体であり、また人間とは懸け離れた容姿をしている。

 それを見たエリクは表情を強張らせて身を引き、背中の大剣を抜いて構えながらその人物に呼び掛けた。


「……お前は、誰だ?」


『なんだ? 今更、自己紹介しろってか』


「……?」


『俺はお前に、ここでもう何回も会ってる』


「!?」


『えーっと、何回だったか。――……ガルドって傭兵が死んだ時。ゴズヴァールとかいう魔人と戦った時。猫の魔人と戦った時。神兵と戦った時。そして黒と戦った時。合計で五回か』

  

「……俺は、お前を知らない」


『お前がいちいち死にそうになって、こっちに勝手に入って来やがるだけだ。毎回さっきみたいに、俺の後ろで寝てるんだよ』


「……」


 そう話す赤肌の男に、エリクは訝し気な目を向けながらも過去の出来事を思い出す。

 そうした戦いの中で赤鬼になった自分が正気を失い、その都度に暴れていたという事をエリクは聞いていた。

 神兵ランヴァルディアとの戦いでは、確かに自我をある程度は保ちながら赤鬼のまま戦っている。


 今までそうした自分の魔人化した時間を思い出し、そして目の前の人物が誰なのかを察したエリクは、背中を見せて座る赤肌の男に再び話し掛けた。


「……お前が、俺が魔人化した時に変身する、赤い鬼か?」


『ああ』


「……ここは、何処なんだ?」


『お前の深層心理って言っても、分からんよな?』


「ああ」


『お前にも分かるように話せば、そうだな。……ここは、お前の魂の中だ』


「!」


『んで、お前は魂の中にいる俺と話してる。そういうことだ』


「……俺の魂の中に、お前がいる?」


『ああ。こうやってお前と喋れてるのも、そのせいだ』


 赤肌の男はそう話しながら、欠伸をした背中を晒して体を横に倒す。

 そして寝転がりながら肘を着いて手を枕にし、寝そべりながら話した。


『――……それで、お前は?』


「……?」


『お前はぼーっとする為に、ここに来たのか?』


「……そうだ。俺は、俺の力を制御する為にここへ……」


『お前が使ってる魔人の力。あれは別に、お前自身の力じゃねぇぞ?』


「!?」


『お前自体、魂も身体は普通の人間だ。単に俺がお前の魂に残ってるせいで、人よりデカく育ったり、ちょいと普通の奴より力があって速く動ける、生命力が高いだけの人間だ』


「……何を、言っている?」


『こういう言い方じゃ、分からんか。……今まで使ってたお前の魔人の力は、お前のじゃなくて俺のなんだよ』


「!!」


『全部、俺がお前に力を貸してただけだ。分かったか?』


 そう話しながら寝そべる赤鬼に、エリクは驚愕しながら表情を強張らせる。

 自身の出生が魔人ではなく人間であり、今まで奮っていた魔人の力が本当は赤鬼の力を借りていただけのモノだったと明かされたエリクには、理解が追い付かずに強張らせた表情に困惑を溢れさせた。


 それを知ってか知らずか、赤鬼は続けて述べる。


『――……ついでに言えば、俺はこれ以上のお前に力を貸す気はない』


「!?」


『お前自身、よく分かってるだろ? 俺の貸してる力がほとんど制御できてねぇってことは』


「……」


『俺が貸してる力に、お前の精神と肉体が耐えられてない。これ以上、今のお前に力を貸しても暴走しちまうだけだ」


「……だが、俺は……」


『これ以上、お前が俺の力を使えばどうなるか、分かるか?』


「……どうなる?」


『死ぬな。確実に』


「……」


赤鬼おれの姿から人間に戻れず、暴走した挙句に周囲の奴等を殺す。敵味方、お構いなしにな』


「……ッ」


『実際、お前は一度はそうなりかけた。……まぁ、あの時からあの嬢ちゃんのせいで、お前は人間に戻れるようになってるがな』


「……嬢ちゃん?」


『あのアリアって嬢ちゃんだ。思い出してるんだろ?』


「!」


『あの嬢ちゃん、暴走してるお前を戻す為に、俺の魂に制約くさりを掛けていきやがった』


「……鎖?」


『ほれ、これだ』


 赤鬼はそう話しながら、自分の手足を動かす。

 その時にエリクは、白い空間の中に溶け込み見え難くなっている白い光の鎖が赤鬼の手足が取り付けられている事に気付いた。


「それは……」


『お前がギリギリで人間に戻れるように、俺をこれで縛りやがった。おかげで俺はここから動けんし、お前に貸せる力も大幅に制限された』


「……アリアが、俺を人間に戻す為に……?」


『やっぱり覚えてないか。あのゴズヴァールとかいう牛と、戦った時だぜ』


 赤鬼から告げられる話に、エリクは動揺しながらもマギルスが話していた事を思い出す。

 ゴズヴァールと戦い赤鬼となって暴走した際、アリアとも戦いを交えたという話があった。

 その時にアリアが何かを行い、魂の中にいる赤鬼に鎖を掛けて人間に戻れるように細工したのだと、エリクはやっと理解が追い付く。


 それが分かるのか、赤鬼は尻部分を掻きながら話を続けた。


『理解したか? お前は今まで、制限された俺の力ですら制御できてなかったんだ。これ以上の力を俺が貸したら、今のお前は間違いなく暴走して死ぬ』


「……」


『別にお前が死ぬのは勝手だが、同じ魂の中にいる俺としちゃ、わざわざ使えもしない力で死ぬようなら、これ以上は貸そうとは思わん。というか、貸しても死んじまうんじゃ意味がない』


「……ッ」


『分かったか? 分かったらさっさと帰れ。現実にな』


 突き放すように手を払う赤鬼は、背中を向けながらエリクを追い返そうとする。

 エリクは赤鬼の告げる事を理解する事は出来ていたが、それでも後ろには引かなかった。


「……俺は、アリアを守ると約束した」


『あ?』


「その為には、俺は力が必要だ。アリアを守れるだけの、力が」


『……』


「お前が今まで力を貸してくれていたのなら、感謝する。……だが、俺はもっと力が必要だ」


『……つまり、帰る気は無いってか?』


「ああ」


『そうか。まぁ、お前はそういう男だよな。俺はお前の糞が付く真っ直ぐさは、結構だが気に入ってる』


「……」


『……だが、借りモンの力にしか頼れないような情けないテメェになんぞ、力を貸す気は毛頭ないぞ』 


「!!」


 赤鬼は寝そべった姿勢を起こし、背中を見せて座ったまま凄みを含んだ静かな怒声を放つ。

 それと同時に凄まじい風圧がエリクを襲い、身震いを起こさせながら思わず足を引かせた。


 それは、赤鬼が発した凄まじい殺気。

 魂の世界で殺気を放った赤鬼は、エリクに対して鋭い視線を軽く振り向きながら見せた。


「……ッ」


『エリク。テメェがそんな腑抜けだから、あの嬢ちゃんはテメェから離れるんだろうが』


「!」


『お前は守っていた気でいるようだが、お前はあの嬢ちゃんに守られっぱなしだって事すら、分かってねぇようだな?』


「……!!」


『俺はお前のそういうところは、気に入らないんだぜ』


 赤鬼は凄まじい殺気を放ちながら、そう告げて身体を揺らす。

 そして手足に掛けられている光の鎖は立ち上がる赤鬼に合わせて伸び、その巨体は立ち上がらせて振り返った。


 その体は三メートル強の巨体であり、額に二本の黒い角を見せる。

 更に口から鋭い犬歯を見せた厳つい表情であり、赤い肌からは赤い魔力を迸らせた赤鬼の全身を晒した。


「……!!」


『――……俺の力が使いたきゃ、自分で奪え』


「!?」


『軟弱なテメェに、今後は俺の力を貸す気はない。例えお前が、また死にそうになってもだ』


「……」


『だったら、テメェは俺から力を奪え。そして、俺の力を自分で制御してみせろ』


「……つまり、お前に勝てばいいのか?」


『ハッ。分かり易く言えば、そうだな』


「そうか」


 赤鬼が口元を歪ませて笑みを浮かべ、エリクの言葉に頷く。

 それに応えたエリクは、簡潔な答えに一息を吐き出して大剣を構えながら身構えた。


『――……さぁ、来い。坊主!』


「オォオオッ!!」


 赤い魔力を放出した赤鬼が、まるでエリクを迎えるように手を広げて鬼気とした笑みを浮かべる。

 その魔力の放出と殺気に耐えながら、エリクは身の震えを抑えて大剣を走らせながら赤鬼に迫った。


 エリクは魂に内在する赤鬼と対峙し、そして戦う事になる。

 それはアリアを守る力を得る為には、避けられない自分自身との戦いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る