脱出路


 孤児院の子供達に連れられる黒獣傭兵団は、観衆の目を掻い潜り闇夜に紛れながら貧民街へ入る。

 そして呼んでいるというシスターがいる教会へ向かう中で、黒獣傭兵団は目の端々で貧民街の住民を見た。


 そしてそれ等の黒獣傭兵団を見ると、全員がこうした声を掛けていく。


「――……そっちはダメだ、あっちを通ってくれ!」


「向こうは、探してる連中がうろついてる!」


「こっちの道を使って!」


 黒獣傭兵団を誘導するように貧民街の住人達が道を示し、教会までの順路を案内する。

 自分達の脱出に協力しようとしてくれる貧民街の者達に団員達は驚きを浮かべ、先導する子供達にワーグナーは聞いた。


「どうして、あいつ等が……」


「みんな、黒獣傭兵団あなたたちに助けられた人達だよ!」


「!」


貧民街ここのみんな、感謝してるんだ」


「家を奪われそうになったり、騙されそうになったり。何も食べられなかったり、病気をして薬を買えずに死にそうになったり。捨てられたり、仕事を無くしたり……」


「そういう時に、貴方達に助けられた人達が協力してくれてる!」


「みんな、貴方達が無実だって信じてる」


「シスターも、私達も!」


「……そうか」


 貧民街の住人達が助けてくれる理由に、ワーグナーが僅かに顎に力を込めながらも僅かに震えて呟く。


 黒獣傭兵団が王都の治安状況に睨みを利かせ、その恩恵を最も受けていたのは貧民街の住人達だった。

 教会の寄付と炊き出しを始め、貧しさから無秩序になりつつある貧民街にある程度の秩序を齎し、住民達が過ごせる安全を提供していた。


 更に疫病になりそうな不衛生な状況をある程度は改善し、更にそうした事を仕事として生業にさせて給金を付与する。

 黒獣傭兵団は傭兵業で築いた個々人との繋がりで各店と繋がり貧民街の住人にも出来る仕事を渡し、今まで得られなかった生きる余裕と希望を貧民達に与えていた。


 本来ならば貧しさで死に、希望も無くその日を苦しみながら生きるはずだった者達に、エリクやワーグナーを始めとした黒獣傭兵団の団員達は手を差し伸べた。

 そして黒獣傭兵団が窮地に立った時、今度は貧民街の人々が手を差し伸べてくれる。

 それが黒獣傭兵団の団員達に、そしてワーグナーやエリクに言葉では言い表せない感慨を噛み示させた。


 こうして黒獣傭兵団は貧民街の者達に導かれながら、大きく迂回しながらも教会の裏手に辿り着く。

 そして待っていた子供達が黒獣傭兵団を教会の中に迎え、小さくも広い礼拝堂に案内した。


 そこで子供達と共に待っていた老齢のシスターに、ワーグナーとエリクは歩み寄りながら話し掛ける。


「――……すまない、シスター。だが助かったぜ」


「いいえ。私達では、この程度のことしか……」


「俺達の方で、状況がよく分かってないんだ。どうして連中が俺達を追い詰めてるのか、教えてくれ」


「私達で、知る限りは」


 ワーグナーの質問に、シスターや子供達は自分達が知る情報を答える。


 黒獣傭兵団が農村を襲い村人を虐殺したという情報が始めは広まり、貧民街を含んだ王都の住民達が始めは冤罪ではないかと大きな声で騒いでいた。

 しかし団長のエリクが騎士団に捕らえられたと情報が広まると、王都の各所で暴動染みた騒ぎが起こり始める。

 しかも暴動が起きた場所が黒獣傭兵団が睨みを利かせて封じていた者達が集まる場所であり、黒獣傭兵団を批判する者達と擁護する者達で暴動が発生していた。


 それを鎮圧しようとした兵団が暴動に巻き込まれ、過激に反応した擁護派に敵視されて襲われるという事件が各所に発生する。

 暴動は兵士達ですら鎮圧できず、また騎士団が動かない為に王都の治安状況は悪化を辿った。

 そして各所で暴動に紛れた強盗や強奪などの犯罪行為も始まり、混迷とした状況に怯える人々も増える。


 そんな中で、次期国王候補であるウォーリス王子が騎士団を引き連れ、黒獣傭兵団を拘束した経緯を民衆に伝えた。

 黒獣傭兵団が独善によって村を襲い住民を虐殺したと証言し、その理由に納得してしまった民衆達がその情報を広め、黒獣傭兵団を危険視する者達の数の方が多くなる。


 それを聞いたワーグナーは激怒の表情を浮かべ、拳を強く握りながら憎々しい様子で声を漏らした。


「……あのクソ王子やろう、やってくれるぜ……!!」


「皆がその情報に踊らされ、また頭を下げてまで頼む王子の誠実な反応に感化され、貴方達が農村を襲ったという情報を信じてしまっております」


「……アンタ達は、それを信じるか?」


「いいえ。例え理由があったとしても、貴方達がそのような浅慮な事を行うはずがないと分かっておりますから」


「褒めてくれるのは嬉しいがな。……他の連中は、そう思ってくれなさそうだ」


「はい。……皆様は、これからどのように?」


「王都を出て、国を出る。そしてこの状況が落ち着くのを、外側から待つつもりだった」


「その方が、確かに良いでしょう」


「しかし、逃げ道に使えそうな門の警備が分厚くなった。突破できても、すぐに追跡されちまう。これだと、国の外まで逃げ切れない」


 シスターと話しながら自分達の状況を伝えるワーグナーは、悩む様子を見せながら思案する。

 それを聞いていたシスターは少し考え、黒獣傭兵団の全員を見渡しながら呟くように話し始めた。


「……私に一つ、この王都から逃げる道に心当たりがあります」


「!」


「昔、この王都には幾つかの教会がありました。この教会と同じ宗派のものもありましたが、今はほとんどが廃れ、古い教会はここだけとなっております」


「それが?」


「実はこの教会には、そうした各教会へ通じる地下の道があるのです」


「!?」


「元々は各教会同士が王侯貴族派などからの監視を妨げる為に作られた連絡通路で、今はそうした教会の数が少なく使われておりませんが……。丁度、あの像の下。それを動かすと、地下に続く階段があります」


 そう話すシスターは、礼拝堂にある人型に模られた大き目の白い像に指を向ける。

 それを聞いたワーグナーはエリクを見て頷き、その像に近付いて動かした。


 重い像は横へ移動させると、シスターの言う通りに地下へ続く階段が見える。

 マチスが階段を少し下りながら、地下の様子を上へ伝えた。


「――……ずっと下に続いてるっすね。音を聞く限り、広い空間もあるかも」


「そうか。シスターの話が本当なら、これで王都の地下を移動できるってわけか」


「はい」


「だが、ただ通れるってだけじゃな……」


「私も、以前いた司祭様に伝え聞いただけですが。南に向かう通路を歩むと、他の教会と通じる交差路があるそうです。そしてその近くには、王都の外へ通ずる道もあると」


「!?」


「そこを通れるようであれば、誰にも気付かれずに王都から出られるかもしれません」


 そう話すシスターの言葉に、団員達が顔を見合わせ微妙な表情を浮かべる。


 シスター自身も地下に入った事はなく、伝え聞く話も恐らく古い情報。

 本当に地下通路があったとしても、王都から出れる場所が本当にあるのかという信憑性を全員が考えざるを得ない。


 そうした理由で僅かに悩む中で、自然とワーグナーに全員の目が向く。

 思案し考えるワーグナーはエリクに視線を向けて目を合わせると、互いに頷き合った。


「……よし。ここの地下を通って、外に出れるかの確認しよう。出れるなら、そのまま王都から脱出する」


「了解!」


「もし出口が無いようだったら、エリクに外に出れるような穴でも掘ってもらうか」


「分かった」


「冗談だよ、真に受けんな」


「そうか」


「ハハッ!」


 ワーグナーとエリクの漫才染みた様子に、その場の全員が笑顔を浮かべて笑う。

 緊迫した状況ながらもそうした冗談で場を和ませ緊張を和らげたワーグナーは、団員達に地下の階段を下りるように命じようとした。


「よし。マチス、確か光る魔石のランタンがあったよな?」


「ありますぜ」


「なら、それを使ってマチスは先導してくれ。全員、階段を下りて移動を――……」


 そうワーグナーが命じようした時、それより前にエリクが何かに気付き教会の外に意識と視線を向ける。

 それと同時にケイルも同じ方向へ意識を向けると、エリクからワーグナーに伝えた。


「――……ワーグナー」


「!」


「連中、ここに集まって来やがった」


「!!」


 エリクとケイルが気付いた事を伝えると、各団員が外を伺える隙間から周囲を確認して苦い表情を浮かべる。

 教会の外には、火の付いた松明を持ち武器となる物を携えた民衆が数十人規模で集まりつつあった。

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