逆風の道筋


 黒獣傭兵団に吹き荒れる風は、ウォーリス王子が呼び掛けた民衆への言葉で追い風から逆風へ変わる。

 王都の東地区から逃げる算段を立てていたワーグナーと連れられるエリクや団員達は、人々の目を掻い潜りながら王都の東門へ到着しようとしていた。


 その時、東門の周囲で人々が大声が聞こえる。

 近くで暴動が起きているのかと思ったワーグナーだったが、その喧騒の種類が違う事を遠巻きながらも感じ取った。


「――……なんだ、ありゃ?」


「暴動にしては、ちょっと……。それに、なんでここで……?」


「……ワーグナーの旦那! ケイル達が……!」


「!」


 ワーグナーの疑問に、他の団員達も怪訝な表情を浮かべる。

 そうした中で屋根の上に登り確認していたマチスが降りて来ると、その言葉からケイル達に異変が起きている事を察した。


 この時、迂回しながら東門を目指していたエリク達と違い、既にウォーリス王子の言葉と行動は王都内の各所で広まっている。

 それ故に王都の民衆達は脱走した黒獣傭兵団の捜索に加わり、東門付近にワーグナー達を待っていたケイル達の班が見つかってしまった。


「――……どういうことなんだよ!!」


「アンタ達が、本当に村を襲ったのか!?」


「何処に行こうとしてたんだ、おい!!」


「まさか、王都ここから逃げようとしてたの!?」


「やってないなら、逃げる必要なんてないはずだろ!!」


 押し寄せる民衆の数は五十名以上を超え、その数は更に広がりを見せる。

 そして集まる声も黒獣傭兵団を擁護する声ではなく、訝しさを含んだ疑心の声と視線だった。


 ケイルとそれを率いる十名前後の団員達がその民衆達に囲まれるように門の近くの壁に追い詰められ、怒声を向ける民衆に対して困惑を見せている。

 突如として民衆の空気が様変わりになり、黒獣傭兵団に対する態度と空気を変えた事を察知してしまったが故に、囲む民衆への対応がケイルにすら出来なくなっていた。


「ケイル、どうする!?」


「これじゃあ、団長達が来てても近づけねぇよ!」


「……ッ」


 団員達の焦る声に、ケイルは状況を見ながら打開策を考えている。

 しかし数が増え続ける民衆と、その騒ぎの中で兵士達や騎士達が呼ばれている声を聞いたケイルは呟いた。


「……一旦、ここから離れた方がいい。別の出口を探すぞ」


「で、でも……」


「王都全てがこんな状態じゃ、ここ以外の出口なんて……」


「それに、この数を抜けて離れるなんて無理だろ……!?」


「……ッ」


 他の団員達がそう考えて述べる事も、ケイルは納得している。


 このままではエリクを脱走させたワーグナーやマチスの班は近付く事は困難であるし、例え近付きこの東門から王都を出ても、すぐに追ってが掛かってしまう。

 黒獣傭兵団は戦闘において王国の中では右に出る者は少ないが、逆に移動手段に関してだけは恵まれていない。

 馬や馬車を持てず徒歩でしか逃げられない黒獣傭兵団にとって、脱出路を明らかにして逃げる事は自殺行為に等しかった。


 そしてついに、ケイル達を囲む民衆の隙間から二十名程の兵士と騎士達が姿を見せる。

 その全員が武装し、囲む民衆の前方に立つと盾と武器を構え、更に弓を持ちケイル達に向けた。


「――……黒獣傭兵団! 貴様達を完全に包囲した! 大人しく投降をすれば良し、抵抗するのであれば命の保証はしない!!」


「ケ、ケイル!」


「どうする!?」


「……チッ」


 槍と弓を向け、降伏を勧告する騎士にケイルと他の団員達は表情を強張らせる。

 そしてケイルが腰にある剣の柄に手を伸ばし、他の団員達もそれを見て交戦を覚悟した。


 降伏を受け入れないケイル達を見た騎士は、指揮する兵士達に目を向けて槍を突き出し、矢を引き絞らせる。

 逃れられない一触即発の中で、騎士が片手を上げて攻撃の合図を下そうとした。


 その時、一人の小柄な男が集まる民衆と兵士達の足元に何かを幾つも投げ込む。

 それは小石程の球体であり、それには油が染み込んだ細い糸に火が付けられていた。


「……!?」


「あれは、まさか……。目を閉じろ!!」


「!」


 それに気付き足元を見た騎士や兵士達、そして民衆は一瞬だけ疑問の表情を浮かべる。

 しかしケイルはそれを見て咄嗟に団員達に呼び掛け、マントで顔を覆い守った。

 それを真似るように団員達も顔を黒いマントで覆った瞬間、火が根元に届いた球体が突如として眩い閃光を発する。


「ぐぁ……!?」


「な……!?」


「なに、これ……!?」


 突如として夜の暗さが周囲の松明以外の光で覆われ、目を塞げなかったほぼ全員が光で眩まされる。

 更に夥しい量の煙が周囲に発生し、それに覆われた民衆や兵士達が煙を吸い込み苦しそうに咳を零しながら蹲った。


 そして光と煙で視界を奪われ弓や槍の矛先が乱れた瞬間、囲む民衆達の中からケイル達の聞き覚えがある大声が発せられる。


「――……ケイル! 今だ!!」


「!」


「ここを抜けるぞ!!」


 それはマチスの声であり、気付いた団員達と状況を素早く察知したケイルが顔を覆っていたマントを払い、素早く包囲が乱れた場所へ走り出す。

 それに続くように他の団員達も走り出し、兵士と民衆の包囲網の突破を試みた。


 そして周囲の動揺と困惑を耳にして視界を戻していない兵士達を掻い潜り、更に武器を叩き落とし民衆達を押し退け倒しながらケイル達は包囲を突破する。

 更に煙を突破して建物の影で手招きする仲間の姿を目撃し、ケイル達は建物の影へと逃げ込んだ。


 包囲していた民衆や兵士達、そして騎士の視界は数十秒後に回復した。

 しかし包囲していた黒獣傭兵団はいなくなり、倒れ突き崩された包囲の一画を見て逃げられた事を察する。


「……クッ、逃げられたか! 全員、周囲の捜索を急げ!! そう遠くには行っていないはずだ!」


「ハッ!」


「東地区の周辺を封鎖するよう、騎士団と兵団に連絡を! そして各門の警備を強化するようにも! 奴等は他の黒獣傭兵団と合流し、この王都から逃げる気だ!!」


「ハッ!!」


 騎士はそう命じて、黒獣傭兵団を王都から逃がさない為に包囲網を作るよう要請する。

 それに応じるように騎士団と兵団を指揮するよう命じられたアルフレッドは、東地区を中心に検問を敷くと同時に民衆の避難を進め、騎士団と兵団を増員して黒獣傭兵団を確保するよう命じた。


 一方で、逃げ延びたケイルと合流した黒獣傭兵団は全員が揃う。

 しかし状況が悪化し、この短時間で民衆が自分達を追い詰める側に回っている事にワーグナーやマチスは苦悶の表情を見せていた。


「――……どういうことだ。なんで連中、一気に俺等を……?」


「分かりやせん。……でも、もしかしたら。俺達が脱走する事も、向こうは折り込み済みだったのかも……。そう考えれば、暴動がやけに大きな規模でやってた理由が説明できやすぜ」


「!?」


「向こうはわざと、王都の連中を煽ってたんだ。情報を拡大させて過激な動きをわざと起こして騒動の目を大きくして、俺達が王都から隠れて脱出する逃げ道を塞ぎに来たってことですぜ……」


「……そういうことかッ!!」


 マチスが状況の推移を予測し、民衆の暴動が予想より大きかった理由から向こうの思惑を推察する。


 騎士団もといウォーリス王子派閥側は、敢えて黒獣傭兵団に罪を被せ団長であるエリクを拘束し、更にその情報を各所に流して過激派となる者達を扇動して各所で暴動を起こした。

 それにより王都は夜ながらも人が溢れ動き、脱走しようと試みる黒獣傭兵団はそうした人々の動きと目を気にして逃げ道が限定されてしまう。


 その結果、逃げ道を確保していたケイル達は民衆に見つかり、しかも逆風となった民衆達の疑心が脱走しようとする黒獣傭兵団に対する不信を招いた。

 本来ならば今までの実績で擁護し味方となるはずの王都の民衆が、この出来事で一気に黒獣傭兵団に対する不信感を高める事に繋がってしまう。


 最早、王都の民衆は味方ではない。

 自分達を見つける斥候であり、更に不信の種を撒き広める集団と化している。


 それを悟ったワーグナーは建物の壁を右拳で叩き、苦渋の声と表情を見せた。

 そして他の団員達は、逆転した状況に困惑しながらワーグナーに尋ねる。


「どうします、副団長?」


「……」


「東門がダメとなると、別の逃げ道を探さないと。……でも……」


「警備を強化されたら、仮に突破できても逃げきれないっすよ……」


 状況を理解している団員達は、この状況で逃げられるかを考え苦しい表情を見せる。

 

 各門の警備が厳重となれば、必然として突破する事が困難になる。

 更に警戒している出入口から突破できても、そこから馬に騎乗した騎兵隊が追撃してくるだろう。

 このままでは予定していた逃げ道も封鎖され、傭兵ギルドがある港町まで逃げる事は困難になる事は確実だった。


 それを理解しているワーグナーは、必死に頭を回して策を考える。

 しかしどれも先手を取られ、必然として追撃を免れずに団員全体が疲弊し、全滅する未来が予想できてしまった。


 その時、呆然としながら聞いていたエリクが何かに気付き視線を横へ向ける。

 それに呼応してケイルやマチスも気付き、目を見開いて同時に構えた。


「誰だ!?」


「!!」


 ケイルがそう短く声を発し、団員全員がケイル達が見ている方角に意識を向けて武器に手を掛ける。

 そこは建物の影にある更に内側の路地であり、そこから一人の十代後半の青年と少女が姿を見せた。


 その青年と少女を見た時、エリクやワーグナーが驚きの声を見せる。


「お前達は……」


「教会の……!」


「――……やっぱり、おじさん達だ!」


 路地から姿を見せたその二人は、以前に教会で出会い世話をした事もあった孤児の子供だった。

 何度かエリクやワーグナーも遊んだ事があり、身を守る手段として幾度か体を動かす事を教えた事もある。

 今では教会の手伝いながら仕事をしながら年老いたシスターと共に孤児院を支えていた二人が、黒獣傭兵団を見て喜びの表情を浮かべながら近寄った。


「おじさん達、一緒に来て!」


「……?」


「あのね、シスター様が呼んでるの!」


「シスター……。あの婆さんが?」


「うん!」


「どうして?」


「あのね。おじさん達が困ってるなら、力になりたいって!」


「!」


「みんな、おかしくなってるんだ。おじさん達を悪者みたいに言って。だから俺達も、力になりたいんだ!」


「!!」


 そう話す子供達に、団員の全員が顔を見合わせる。


 この状況下でその言葉を信じ、二人に付いて行くべきなのか。

 もしくはこの呼び出しは罠であり、自分達を捕らえる為に誘き寄せようとしているのではないか。

 その可能性が頭にチラつく団員達は、訝し気な視線を二人の子供に向けた。


 それはワーグナーも同様であり、子供達の誘いに乗るべきかを考える。

 そうして迷っている中で、エリクが一歩前に出て子供達に話し掛けた。


「……分かった。行こう」


「エリク!?」


「他に道が無いなら、行くしかない」


「……分かった。教会へ行こう」


 エリクのその言葉で、ワーグナーは子供達に付いて行く事を決断する。

 子供達は二人で先導し、民衆の目を先に見渡しながら傭兵団が通る道を確保し、貧民街にある教会まで導いた。 

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