最前列の戦い


 ベルグリンド王国内の内乱は、ついに反乱領軍が放つ数百の矢によって開始される。

 討伐軍の中で最前列に歩む黒獣傭兵団を始めとした傭兵達に、その矢が降り注いだ。


「ッ!!」


「う、わぁああッ!!」


 傭兵達は降り注ぐ矢を防ぐ為に、手や腕に備えた盾を上に向ける。

 それを上手く盾を使って防ぐ者もいれば、粗末で小さな盾で防げず身体に矢が刺さり激痛を訴え転がる者達も多い。

 そうした中で黒獣傭兵団は上手く密集して全員が盾を上に掲げて矢を防ぎ、他の傭兵団のように犠牲者は生まれなかった。


 団長ガルドが今回の戦いに選んだ黒獣傭兵団の団員達は、それぞれに一定の修練を終えている。

 ガルドの指示さえあれば即座に意図を察し、矢の飛来に対しても冷静に対応して見せた。


 そして降り注ぐ矢は止まり、ガルドは周囲を見る。

 横に並んでいる各傭兵団の負傷者は多く、最前列に居た五百人以上の傭兵で動けるのは三百名も残っているかどうかという状態だった。

 しかしその状況にも拘わらず、グラドは怒鳴るように自身の傭兵団と周囲の傭兵団に呼び掛ける。


「テメェ等、敵陣に乗り込むぞ!! 急げ!!」


「おう!!」


「え、えっ!?」


「エリク、ワーグナーッ!! ボサっとすんな!!」


「は、はい!!」


 ガルドの呼び掛けに応えた団員達は、数十メートル先の敵陣営に乗り込むように走る。

 それに動揺し遅れるワーグナーと、名前を呼ばれて付いて行くのだと察するエリクは、敵陣に向けて走り出した。


 ワーグナーが動揺した理由は、被害を受けたこの状況で敵が身構える陣地に乗り込む指示が送られた為。

 最前列の戦力が数百名以上も削れた状態で、敵陣と相対するという行動がどういう意味なのかを、理解し損ねたからだ。

 幼いエリクに至っては、そんな疑問すら浮かべる知識も状況把握能力も薄い。


 しかしその出来事を思い出す現在のエリクは、それが戦う上で正しい戦術なのだと理解している。


 矢を受けたあの状況でその場に留まり混乱する様子を見せれば、第二射・第三射と敵から矢が降り注がれる。

 それを防ぐ為には敵の最前列に喰らい突くように接近し、混戦に持ち込んで矢の襲撃を防ぐしかない。


 他の傭兵団の中には兵士達がいる方へ駆け込もうと逃げる者もいたが、それも悪手である。

 敵が逃走する姿が見えれば、追い打ちとして矢を放つのは当たり前の事だろう。 


 ガルドはそれを咄嗟に悟ったのか、もしくは今までの戦いで経験していたのか、すぐに即決して敵方面へ走る事を選んだ。

 そして信頼し付き従う団員達は、団長ガルドの指示を聞いて走り出す。

 他の傭兵団の中でそれなりの戦場経験を持つ者達も、一つの傭兵団が走り出すのを見て行動の理由を察し、続いて敵陣へ走り出した。


 そして案の定、第二射を用意していた敵反乱領軍の最前列は、前方上方に構えていた弓を構え直し、走り近付く敵に向けて直接狙いを定める。

 そして引き絞った弓の弦を解き放ち、黒獣傭兵団を始めとした傭兵達に真っ直ぐ直進する矢が迫った。


 それを盾で防ごうと傭兵達は構えるが、それぞれ装備の重さや地力に差があり、第一射目のように密集して盾受けを出来ない。

 それぞれが身体の正面に盾を構えると、無事だった黒獣傭兵団の幾人かの身体にも矢が突き刺さった。


「グッ!!」


「うわぁあッ!!」


「転がるな! 止まるな! とにかく走れッ!!」


 ガルドは矢を浴びた団員に向けてそう叫び、とにかく前進する事を指示する。

 肩や腕などに矢が刺さる団員達は痛みを堪え、何とか立ち上がり走り始めた。

 しかし膝や足に矢が刺さってしまった傭兵達は、起き上がれずにそのまま地面に這いつくばる。


 それを渋い表情と視線で見るガルドは前を向き、先頭を走りながら敵陣を目指した。


 負傷し地面に転がる者が前に居た場合、どうなるのか。

 それは戦場を知る傭兵にとって、悲惨と言ってもいい。


 隊列を組んで進行している重装歩兵の装備は重く、屈む事はおろか、負傷している者に救いの手を差し伸べようとはしない。

 兵士は両手に武器と盾を持ち、敵と相対する為に存在しているからだ。


 そんな隊列の先に、使い捨ての傭兵が転がっていればどうなるか。

 無論、隊列を組んだ味方の重装歩兵に踏み潰されるか、良くて蹴手繰けたぐられられる。

 同情し避けてくれる者もいるだろうが、ほとんどが被る兜の狭い視界や盾で視界が遮られ、しっかりと重い装備の足で地を踏みながら進行するのだ。


 恐らく第一射と第二射の矢を受けて地面へ転がる傭兵達は、後方に控えゆっくりと歩き近付く歩兵達に踏み潰されるだろう。

 それで生きていれば運が良く、悪ければ動けない状態で踏み潰されて殺される。


 そんな末路を知るガルドだったが、それでも負傷した団員を置いて前へ走り続けた。

 そうしなければ、傭兵団の全員がそうなるのだと知っていたのだから。


 そしてついに、ガルドを先頭にした黒獣傭兵団が敵陣に喰らい突く。

 敵最前列も弓持ち以外は粗末な武具を備えた者達が多く、恐らく敵反乱領に付いた傭兵達だろう。

 中には鉄鎧を纏った兵士の姿も見え、それが指揮官である事をガルドは悟った。


 ガルドは矢が刺さる盾を敵傭兵に投げ、脳天に直撃させる。

 その僅かな動揺を突くように腰の剣を引き抜き、敵陣の傭兵に斬り込んだ。


「オォォオオオッ!!」


 それに続くように団員達も乗り込み、それぞれの武器を引き抜いて接敵する。

 ガルドを中心に凄まじい勢いで切り込まれた黒獣傭兵団に動揺した敵傭兵の列が崩れ、僅かな綻びが生まれた。


 更に他の傭兵団の傭兵達も到着し、とうとう最前列での戦闘が本格的に開始される。

 反乱領軍の傭兵と討伐軍の傭兵同士の混戦で、互いに死傷者が多く出始めた。


 ガルドは傭兵の中でも卓越した戦闘技術を持ち、隙を見せた敵には剛剣で叩き斬り、敵の攻撃が迫る時には身軽に受け流すように避けて相手の手首や足首を切り落とす。

 そんなガルドを中心に戦う団員達も、互いに援護をしながら敵傭兵と相対していた。


 その中で、周囲を見ながら一歩引いて戦いを見ている若者達もいる。

 それが初めて戦場に出た若いワーグナーとエリクであり、二人は組んだ状態で剣を引き抜き、どうするべきかを迷っているようだった。


「ど、どうしよう……!! 俺等もおやっさんみたいに……いや、でも俺じゃあ……」


「……!」


「!!」


 そうして棒立ちに近いワーグナーとエリクに気付いた敵傭兵が、剣を構えて走りながら近付く。

 それに気付いたワーグナーは怯えるように足を引いた時に躓き、後ろへ倒れてしまう。


 敵傭兵は倒れたワーグナーより近いエリクを先に狙い、そして剣を振り被った。


「エ、エリク! 避けろ!!」


「うぉあああッ!!」


 咄嗟にワーグナーはそう叫び、敵傭兵が剣を振り下ろす。

 エリクはその声に応えるように後ろへ飛んで剣を避けると、振り下ろされた剣を狙って右手に持つ剣を叩き付けた。


 敵傭兵の剣が叩き折られ、ワーグナーはそれに驚愕する。

 そして剣を折られた敵傭兵も驚愕し、剣を握っていた右手が痺れと思考の動揺で硬直した。


 その瞬間を狙ってエリクは左手で拳を握り、軽く跳躍して敵傭兵の顔面へ殴り掛かる。

 防げず殴られた敵傭兵は吹き飛ぶように地面を削りながら転がると、そのまま地面へ突っ伏して痙攣しながらも動かなくなった。


「……エ、エリク。お前……」


「これで、いいか?」


「えっ。あ、あぁ……?」


 エリクがそう尋ねると、驚くワーグナーは生返事で答える。

 ガルドとの訓練で実際に見ていたはずのワーグナーでさえ、実戦でそれをやり遂げるエリクの行動に思わず呆然とするしかなかった。


 その二人に対して、敵を斬り倒して視線を向けたガルドが叫び伝える。


「ワーグナー、何へたり込んでやがる!!」


「は、はぃ!!」


「エリク! やれるんなら、向こうを手伝え!! 前列で敵を指揮してる奴がいるはずだ!!」


「?」


「鎧着た奴をって来い!!」


「……よろい」


 ガルドにそう言われたエリクは、指示された方向を見る。

 敵傭兵と味方傭兵の隙間を縫うように、エリクの視力で鎧を着た兵士の姿を捉えた。


「……あれか。わかった」


「エ、エリク!?」


 それを見たエリクは走り出し、鎧を着た兵士を目指す。

 立ち上がったワーグナーはそれに声を掛けて止めようとしたが、エリクは混戦の中へ消えた。

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